銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第四章 新型モビルスーツを奪還せよ VI
2019.06.23


 機動戦艦ミネルバ/第四章 新型モビルスーツを奪回せよ


                 VI

 海上を進む戦艦ミネルバ。
 艦橋の最先端にあるガラス張りの場所に立ち尽くして、バイモアール基地のある前方
を静かに見つめているフランソワ。
 上級大尉の肩章の施された淡いベージュ色のタイトスカートスーツに身を包み、その
胸には戦術用兵士官であることを示す徽章(職能胸章)が、夕焼けの光を受けて赤く輝
いている。
 半舷休息から戻ってきたばかりで、じっと正面を眺めたまま腕組みをして、何事か思
案の模様であった。
 その様子を見つめている周囲のオペレーター達。
「艦長は何を考えていらっしゃるのだろか?」

 フランソワには四歳下の弟がいた。
 成績優秀で品行方正にして、クレール家の次期当主として両親の期待を受けていたフ
ランソワ。
 対して弟の方は、姉とはまるで正反対の粗忽者で乱暴者、毎日のように誰かと喧嘩し
て生傷が絶えなかった。
 そんな弟ではあったが、子供のいないとある軍閥の家系に養子として迎えられた。
 養子と言えば聞こえが良いが、実情はクレール家から厄介払いしたに等しかった。
 フランソワにとっては、できの悪い弟であったが、幼少の頃から世話をやいてきた可
愛い弟でもあった。
 その後、クレール家と養子先の軍閥家との交流は断絶し、弟の消息も途絶えた。
 風の噂に、家に寄り付かず放蕩のあげく、勘当されてしまったという。
「今どこで何をしているのかしら……」
 士官学校に入隊する少し前の話である。
 どこに注視することもなく、ぼんやりと前方を見つめるフランソワであった。

 突如、艦内に警報が鳴り響いた。
 自分の端末に集中するオペレーター達。
「バイモアール基地の探査レーダーに補足されました。基地の絶対防衛圏内に侵入」
 我に返り指揮官席に向かって駆け出しながら、
「戦闘配備。アーレス発射準備!」
 フランソワは命令を下した。
 まだ半舷休息の時間は終わっていなかったが、戦闘となれば最上位の士官が指揮を執
るものだ。
 ゆっくりと休んでなどいられない。
 戦闘配備と同時に、眺めていた展望用ガラスの外壁に防護シャッターが降ろされ、メ
インパネルスクリーンなどのシステム機器が下降してくる。
 それまで指揮官席に陣取っていた副長が席を譲りながら、
「これより艦長が指揮を執る。戦闘配備。アーレス発射準備」
 と指揮権の交代を告げながら、命令を復唱した。
「戦闘配備!」
「アーレス発射準備」
 各オペレーター達も命令を復唱して確認した。
 兵装の内でも、原子レーザー砲のアーレスは、発射準備が整うまで時間が掛かるので、
使用の時にはいの一番に準備させておかなければならない。
 原子をレーザー励起させるために極超低温にし保持する装置。莫大な電力を瞬間的に
発生させる超伝導コイル蓄電装置など。それぞれに冷却材である液体ヘリウムの注入が
必要だった。
「バイモアール基地の詳細図をスクリーンに投影。敵艦艇の位置データを重ね合わせて
ください」
 スクリーンに基地が映され、海上を埋め尽くすように水上艦艇がひしめいていた。
「水上艦艇の総数は、およそ七十二隻です」
「たいした設備もないのに、これだけの艦艇が集合しているのは珍しいわね」
「新型モビルスーツのせいではないですかね。このバイモアール基地には、カサンドラ
訓練所と共にモビルスーツ研究所も併設されてますから。新型をここへ運び込んだのも
そのためで、警備のために派遣されてきたものと思われます。何せ、あのフリード・
ケースン中佐が設計したマシンです、ただものでないことは誰しも察しがつきますから
ね」
「それは言えてますね」
 うなづくフランソワ。
 サラマンダー艦隊に配属されて日も浅かったために、フリードとはほとんど話しをし
たことがないが、噂の限りではとんでもない天才科学者であることは、彼が開発したも
のを見れば一目瞭然。極超短距離ワープミサイル、ステルス哨戒艇P-300VX、そ
してなんといってもこの機動戦艦ミネルバである。
「さて……。まず最初に射程に入るのは湾内を固める水上艦艇ですが、これは純然たる
旧共和国同盟軍から転進した部隊です。同じ祖国同士ということになります」
「もちろんすべて撃沈破壊します。水上艦艇を残しておけば、いずれ我々の秘密基地の
探索に借り出されることになります」
「なるほど、それは問題ですね」
 パネルスクリーン上の艦艇データの明滅がが、一斉にこちらに向かっていることを示
した。
「敵艦隊が動き始めました」
「目標戦闘艦、先頭を進む艦艇に設定」
「了解。目標戦闘艦として、ミサイル巡洋艦チャンセラーズに設定」
 艤装、mk26ミサイルランチャー、mk41垂直発射トマホーク、mk46三連装
魚雷発射管、5インチ54口径軽量速射砲2門、20mmCIWS機関砲2門。機関出力、ガ
スタービン4基2軸の80,000shp、速力30ノット。
 スクリーンに目標戦闘艦に設定した艦艇データがテロップで流れていた。
「およそ平均的な部隊編成ですね。このミネルバの戦闘能力からすれば、それほどの脅
威ではないと思われます」
「油断は禁物ですよ。一頭の猛獣が蟻の大群に倒されることもあるのですから」
 確かにフランソワの言うとおりである。
 格段の火力を誇るミネルバとて、その対象は上空から迫る宇宙戦艦が本来の相手であ
る。海上を航行する水上艦では、水平発射しかできないアーレスは使用不可だし、ヒペ
リオンも上空迎撃が主任務である。結局のところ下向き攻撃できるのは、135mm速射砲
第三砲塔と爆雷による攻撃しかない。しかし相手はすべての兵器を使用することができ、
トマホークなどのミサイルを集中させられると、さすがのミネルバも苦戦を強いられる
ことになる。
「海面に着水してください」
 これしかない。
 着水すれば、ほとんどの兵器が使用可能となるが、反面として破壊力の大きな魚雷攻
撃を受けることになる。
 攻撃力をとるか、防御力をとるか、二者選択である。


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