妖奇退魔夜行/胞衣壺(えなつぼ)の怪 其の漆
2019.06.21


陰陽退魔士・逢坂蘭子/胞衣壺(えなつぼ)の怪


其の漆 夢遊病

 夜が明けた。
 神田美咲の自室。
 パジャマ姿でベッドの縁に腰かけて、呆然としている美咲がいる。
 べっとりと血に染められた手のひら。
「どうして……」
 何がなんだか、自問自答してみても何も思い出さない。
 昨夜、一体何があったのか?
 洗面所で血を洗い流してみるが、自分自身には何の傷もなかった。
 どこで血が付着したのか、まるで記憶になかった。
 ベッドに戻り、その上に膝を抱えるように(体育座り)固まったように動かなかった。

 その日の阿倍野女子高校の一年三組の教室。
 授業中、一つの机が開いていた。
 神田美咲の席で、これまで無遅刻無欠席の優良児だった。
「これで三日か……珍しいな、神田が休むなんて」
 土御門弥生担任の声に、教室内がざわめく。
「逢坂さん」
「はい?」
「家が近くだろう、ちょっと様子を見に行ってくれないか」
「分かりました」
 ということで、神田家を訪れた蘭子。
 大人なら病気見舞い品片手にというところだろが、高校生なのでそこまで気を遣うこ
とはないだろう。
 そもそも病気を知ってすぐでは失礼にあたる場合があるから、とりあえず様子を聞く
だけである。
「それがねえ、部屋に閉じこもったまま出てこないのよ。食事時間に呼びかけても返事
はないし……」
 来訪を受けて、玄関先に顔を出した母親が、困り切ったように答える。
「病気とか怪我とかじゃないみたいだから……。誰かに虐められたとか?」
 逆に問いかけられる。
「それはないと思いますよ。友達受けする性格みたいですから」
「そうですか……。年頃だし、そっとしておいて欲しいのです」
「分かりました。学校側には、そのように伝えておきます」
「よろしくお願いいたします」
 深く腰を折って哀願する。
 蘭子も挨拶を交わして神田家の門を出る。
 ふと仰げば、日も落ちて暗がりが覆い始めた空の下、美咲の窓には明かりは灯らない。


 逢魔が時。
 読んで字のごとく、妖怪や幽霊など怪しいものに出会いそうな時間帯。
 黄昏れ時、暮れ六つ、酉の刻とも言う。
 日が暮れて周りの景色が見えづらくなるくらい薄暗くなってきた状態をいう。
 季節にもよるが午後六時前後である。

 行き交うパトカーの群れ。
 新たな被害者。
 現場検証の陣頭指揮を執るしかめっ面の井上課長。
 その傍には携帯電話で呼び出された蘭子もいる。
 毎度のことながら、民間人(それも女子高生)を現場に立ち会わせることに懐疑的な
同僚もいるが、現場責任者である課長の意向には逆らえない。
 科学捜査が一般的な日本警察においては、陰陽師の手を借りるということはあり得な
いことだった。
「内臓を持ち去る理由がさっぱり分からん」
 事件が起こるたびに、つい口に溢(こぼす)してしまう井上課長だった。


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