梢ちゃんの非日常 page.20
2021.08.11

梢ちゃんの非日常(ルナリアン戦記前章譚)


page.20

雪だるま

 三十年ぶりの大雪が東部アメリカ一帯を襲った。梓達の住むニューヨークでは大停電によるパニックが起こっていた。
 ブロンクスの篠崎邸では、使用人達が総出で雪かきや雪下ろしの真っ最中であった。広い邸内に降り積もった大量の雪を処理するため、除雪車が雪をかき集めて後続のダンプに積載し、除雪車の通れない箇所ではブルドーザーがうなりをあげていた。機械が入らない所は、人力で行われている。そして、かき集められた大量の雪を積んだダンプは何処かへと運んでいく。
 これらの除雪機械部隊は、真条寺国際空港を抱える梓のところから、滑走路保全施設隊の一小隊が応援に差し向けられたものである。来訪のついでに、両家を結ぶ道路もついでに除雪してきたらしく、一条の道筋がきれいになっている。篠崎家にも建設機械メーカーや建設会社が配下にあるので、ブルドーザーなどを出すことが出来るのだが、いかんせんこの大雪で機械オペーレーターが足留めされているために、出動することが出来ないでいるのだ。各会社の倉庫・車両置場や建設現場には、”オペレーターいなけりゃただの鉄屑”と化した建設機械が、虚しく横たわったままになっている。
『こんなことならオペレーターを全員当直させればよかったわ。まさかこんなに降り積もるなんて予報は出てなかったもの。最近の気象は異常すぎる』
 とは、今朝になってその大雪に驚いた絵利香の後悔の弁である。
 とにもかくにも、篠崎重工アメリカのCEOである花岡一郎氏とも相談の上、ニューヨークとその近隣にある篠崎グループ各社に対して、緊急災害援助の大号令を発令する絵利香だった。篠崎グループの常任取締役に与えられた権限を発動したのである。

 大勢の人々が忙しく雪かきに汗を流しているその傍らで、絵利香と真理亜が雪だるま作りに精を出していた。二人で力を合わせて雪の球を転がしている。
 朝一番には緊急災害援助を発令した絵利香だが、後の事は現場の責任者達に任せておけばいいので、こうして真理亜の遊び相手を務めている。
『真理亜ちゃん。寒くない?』
『寒くないよ。ほら、汗もかいてるもん』
 そう答える真理亜の格好は、頭から毛糸の帽子にイヤーマッフルを被り、フード付きの防寒ジャケットにマフラー、手袋に防寒ブーツを履いて完全装備である。それで大丈夫だと思って絵利香が着せてあげたのだが、念のために本人に確認したのである。
 確かに真理亜はうっすらと額に汗をかいている。子供は風の子という通り、動きまわっている限りには心配無用のようだった。
 ころころ転がすたびに大きくなっていく雪だるまに、まるで魔法を見ているかのごとく真理亜を驚嘆させ、面白がって一所懸命に球を押して転がしている。
『こんなもんでいいんじゃない』
 絵利香が言っても、
『もっともっと大きくしようよ! 絵利香、力一杯押して』
 と催促する。
 やがて雪だるまは大きく重くなって、二人掛りでは動かせなくなった。
『これが限界よ、真理亜ちゃん。これくらいにしましょう』
『うーん。しかたないね』
 残念そうに動かなくなった雪だるまを見つめる真理亜。
『じゃあ、次ぎは頭の部分を作りましょう。今度は真理亜ちゃんひとりで作ってみて』
『うん!』
 絵利香に教えられた通りにまず芯を作ってから、それを転がして大きくしていく真理亜。
『もう動かないよ』
 小さな真理亜の体力ではそう大きな球は作れないので、頭の部分に丁度良い大きさになるだろう。そう思って一人で作らせたのだが、まだ少し小さかった。止まった位置からさらに大球のところまで転がして適当な大きさになったところで、大球の上に乗せることにする。
 下準備として大球の上部にくぼみを作っておくことも忘れてはいけない。そして、手が滑ったり、大球の上から転がり落ちて、真理亜に危害が及ばないように声を掛ける。
『真理亜ちゃん、危ないから少し離れていてね』
『わかった』
 真理亜が離れたのを確認してから、ぎっくり腰にならないように、十分腰を落として、呼吸をととのえ力をためて、
『よっこいしょ』
 といっきに持ち上げる。頭の部分は無事に胴体の上に乗り、雪だるまは出来上がった。
『すごーい! 絵利香、力持ち』
 パチパチと真理亜が拍手する。
『さあて、仕上げにお顔を作っておててをつけてあげましょう』
『うん!』
 早速用意しておいた顔の部品を雪だるまに張り付けていく真理亜。
 暖炉の付け火用の炭が眉毛、ゴムのカラーボールが目玉、三角に固めた雪をくっつけて鼻として、乾電池の口である。
 最後に古びた帚とはたきを突き刺して両腕にし、バケツを被せて帽子とした。
『ようし。こんなもんでしょ』
『うん! 完成だね』
 真理亜も満足げに自分達が作り上げた雪だるまを見つめている。
『記念に写真を撮りましょう』
 と、雪かきをしていた使用人を呼び止めてスマートフォンを持たせて、ポーズをとる絵利香と真理亜。雪だるまの斜前で、カメラに向かってピースサインを送っている真理亜、しゃがみ込んでその両肩を抱くようにしている絵利香。
『はい、結構ですよ。撮り終わりました』
『ありがとう』
『どういたしまして、それでは雪かきに戻ります』
 スマホを絵利香に戻して、一礼して自分の持ち場に戻る使用人。

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梢ちゃんの非日常 page.19
2021.08.10

梢ちゃんの非日常(ルナリアン戦記前章譚)


page.19

『真理亜ちゃん、プレートに油を引いてちょうだい』
『わかった』
 テーブルの上のホットプレートに油を引いている真理亜。

 具材は、真理亜の大好きな牡蠣を筆頭に、いか・蛸・シュリンプ・キャベツ・わけぎ・紅生姜、そして豚肉である。
 絵利香の指示に従って、具材を生地に乗せていく二人。

 生地に串を刺して焼き具合をみている絵利香。
『そろそろいいかな……じゃあ、真理亜ちゃん。牡蠣を乗せてもいいわよ』
『うん。乗せるね』
 と、嬉しそうに答えて、牡蠣を一つ一つ乗せはじめる。
『梢にもやらせて』
 真理亜の隣で、その様子を見ていた梢が、じれったそうに頼んだ。
『いいよ。はい』
 牡蠣の入った器を少しずらして梢に取れるようにする真理亜。
 そして、
『熱いから気をつけてね』
 と、まるで絵利香のような口調で注意している。調理手伝いでは、真理亜の方が経験豊富なので、お姉さん気分になっているようだ。
 二人が生地にあたっている間に、グリルオーブンに火を入れる絵利香。お好み生地はプレート一杯に広がっていてひっくり返せないし、電磁プレートの熱量では厚くなった生地の全体に火を通すには力不足で、やはりオーブンが必要だ。


『それじゃあ、真理亜ちゃん。みんなに分けてあげて頂戴』
『はーい』
『あ! それなら私がやります』
 早苗が立ち上がる。
『ああ、いいのよ。真理亜にやらせてあげて。そうしないと納得しないから』
『納得?』
 首を傾げる大人達であったが、すぐに理由を理解することになる。
 真理亜は、お好み焼きをすぐに分けないで、切り身の上に乗った牡蠣を数えはじめたのである。梢も一緒になって数えている。牡蠣を乗せたのは幼児達なので、全体に均一でなく、切り身にもばらつきがある。一応各自三個ずつあての牡蠣を用意したのであるが……。
『1・2……4。じゃあ、これは梢ちゃんにあげるね』
 一番牡蠣の多かった切り身を梢に分けてあげる真理亜。
『ありがとう』
『次ぎは……3。それと半分ね』
 三個と半分では、梢よりも少ない。
 で、どうするだろうかと、一同が見守っていると、
『半分こは、牡蠣さんがかわいそうだから、一緒にしてあげましょうね』
 と言いながら、真理亜は隣の切り身から、残りの半分を箸でつまんで移してしまったのである。擬人法を使って自分の行為を正当化しようとする真理亜の言葉に、思わず吹き出しそうになるのをこらえている大人達であった。
『……4と。真理亜の分は、これでいいね』
 と、一人で納得して、他の人々の分を分けはじめる。自分達で多い所を取ってしまったので、後はどうでもいいらしく適当に皿に盛って各自に配っている。
『配り終わったよ』
『ごくろうさま。ありがとうね』
『どういたしまして』
『さあ、頂きましょうか』
『うん!』
 というと、自分の皿を引き寄せつつ、絵利香の膝の上に這いあがる真理亜。
 いつもなら絵利香の膝に座る梢も、真理亜がいるので梓の膝に座ることになった。
『でも梢ちゃんに先に譲るなんてえらいわよ。真理亜ちゃん』
『だって、お友達だもん』
『そうね。お友達は大切にしなくちゃね』
『うん!』
 真理亜が誉められているのを横目に見ながら、指を加え何か言いたそうな表情をしている梢。その様子を見ていた絵利香が、梢のその心情を察して言った。
『梢ちゃんもね。絵利香のお手伝いしてくれたのよ。とってもお利口なのよ』
『そうなの?』
『うん。梢、お手伝いしたよ』
 ここぞ得たり! といった明るい表情を見せる梢。
『そうか。梢ちゃんもえらいわよ。また一つお利口になったわね』
『えへへ……』
 自分もほめられて、頬を赤らめる梢。
 梢が手伝ったのは牡蠣を並べるなどたいしたことはしていないが、これくらいの年齢では、どれくらいお手伝いしたかということよりも、確かにお手伝いしたのだという記憶しか残っていないものだ。
 絵利香もその辺の子供心はよく理解しているので、事実だけを報告して、梢もほめてもらえるようにしたのである。幼児が二人いる時に、一人だけをほめることは、もう一人をひがませる要因になる。だからどんな些細なことでもいいから、平等にほめてあげることが肝心である。

 親の膝の上で牡蠣の乗ったお好み焼きをおいしそうに頬張る幼児達。
『これ、おいしいね』
 梢が舌鼓を打ち、呟く。
『でしょ。絵利香の作るおやつはとってもおいしいんだ』
 と、真理亜が答える。
 そりゃそうだ。好みの具材や味・食感など、真理亜の好みを知り尽くしているのだから。

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梢ちゃんの非日常 page.18
2021.08.09

梢ちゃんの非日常(ルナリアン戦記前章譚)


page.18

 バルコニーで三時のティータイムに集まったいつものメンバーだが、梓の姿が見えず梢は仕方なく幼児高椅子に座って一人でチョコレートパフェを食べている。
 そこへ絵利香が入ってくる。
『いらっしゃいませ、絵利香さま』
 その声に、スプーンを口に咥えたまま後ろを振り向く梢。
『ん……?』
 食べるのに夢中で、何者が来たのか? と、ほおけた表情を見せている。
『あ、その表情いいねえ』
 といって、持っていたスマホカメラで撮影する絵利香。子供と一緒にいると、その表情がくるくると目まぐるしく変わり、一瞬驚きの表情を見せる時がある、そのシャッターチャンスを逃すまいと、子供達と会う時はいつも携帯しているのだった。
 相手が絵利香と気づいて、すぐに正気を取り戻す梢。
『あ! 絵利香だ。いらっしゃい』
 手を振っておいでおいでしている。
『なに、そのお顔は。あはは……』
 梢の口のまわりには、チョコレートがぺっとりと付いて、まるで口髭みたいになっていたのであった。
 梢の隣の席に腰を降ろし、そばのメイドからナプキンを受け取って、梢の口まわりを拭ってやる絵利香。
『はい。きれいになったわよ』
『うん。ありがと』
 素直に礼を言う梢。そして、メイドに向かって、
『降りるから』
 と言いながら、椅子を動かしてと意志表示する。
 メイドが椅子を引いて降りられるようにすると、ぴょんと飛び降りて、絵利香の方に近づき、よっこらっしょと椅子を這いあがって、その膝の上にちょこんと乗っかる。
 いつものことなので、その辺は絵利香も慣れてしまっている。
『取って』
 と、パフェを指差し、
『はい、はい』
 絵利香がパフェグラスを梢の前に引き寄せてあげると、何事もなかったようにおいしそうに再び食べはじめる。
 おやつは、やはり母親の膝の上に抱かれて食べるのが一番と考えているようだ。何せ絵利香はもう一人の母親なのだから。このおやつの時間には、梓がいても絵利香が尋ねて来ている時は、絵利香の膝の方を選んで座りたがる。梓はおやつが済めばまた執務室に戻ってしまうが、絵利香は梢と遊んでくれるために尋ねて来ていることが多いことを、経験学習で知っているからだ。

『梢ちゃん。ママはどうしたの?』
『あのね。一緒におやつ食べてたら、お客さんがきちゃったの』
『そっか、お客さんか……それで、一人で寂しく食べてたのね』
『うん。でも絵利香がきたから、もうさびしくないよ』
『ありがと』
 確かに絵利香が来る前と比べれば、ことほどさように上機嫌になっている。時々絵利香の方を見つめ、背中に温かみを感じながら、おいしそうにパフェを口に運んでいる。

『ふうん。やっぱりね』
『何が、やっぱりなんですか?』
『いえね。わたし達が梢ちゃんのお口を拭おうとすると、食事を邪魔されたと思ってか、怒りだすんだよ』
『なにそれ、まるで食事を途中で取り上げられた飼犬みたいじゃないですか』
『本当なんですよ。梢お嬢さま、反抗期ですから、ちょっと機嫌を悪くすると、わたし達にはもうお手上げになります』
『反抗期ですか……わたしの前では、とってもお利口で素直ですけどね』
『それはだね。梢ちゃんにとって絵利香さんは、第二の母親だし、何より屋敷の外に連れていってくれる大切な人だからだよ。嫌われたら、外に連れてってもらえなくなるから、猫かぶりしてるんだよ』
『ふうん……そうなの? 梢ちゃん』
『ん……? 梢、わかんない』
 と、きょとんとした表情で首を傾げている。
 無理もないだろう、パフェを食べるのに意識が集中しているし、大人達の会話は文章が長く、速度も早いので梢には聞き取れないのだ。
『だいたいからして、わたしや世話役三人のお膝が明いているというのに、完全に無視しているんだものね。梢ちゃんが選ぶのは、ママと絵利香さんのお膝だけ』


 やがて梓が戻って来た。
『お邪魔してるわよ。梓』
『ああ、絵利香、来てたんだ』
 といいながら自分の席に腰を降ろす。
『ママ、お客さんは?』
『帰ったわよ』
『うん。良かったね』
 お客というものは、梢にとっては梓との貴重な時間を奪う邪魔者でしかないから、早く帰ってもらうに限る。とはいっても、今日は絵利香がいるから事情は異なり、梓が戻ってきても、絵利香の膝の上から動こうとはしない。
『ところで、真理亜ちゃんは一緒じゃないの?』
『今日は、ママと久しぶりにお出かけしてる。いつもそばにいる真理亜ちゃんがいないと、何か物足りないというか寂しいというか、だからこっちに来たってわけよ』
『そっか……。しかし、絵利香はほんとに子煩悩だね。そんなに子供が好きなら、早く結婚して自分の子を産めばいいのに』
『相手がいればね』
『婿養子候補選びは、どうなっているのかな』
『審査は進んでいるみたいよ。梓と一緒にコロンビア大学進学でこっちに来ちゃったから、どこまで進んでるかわからないけど。まあ大学卒業したら、正式にお披露目があるんじゃないかな』
『他人ごとみたいなこと言うのね』
『なるようにしかならないわ。まあ、見合いとか恋愛とかにはこだわらないし、ある日突然いい人が現れて電撃結婚しないとも限らないしね』

 ワゴンを押して絵利香と真理亜が第三厨房室に入ってくる。その後から興味津々という表情で梢がついてくる。
『ねえ、今日は何をするの?』
 それに真理亜が答える。
『お好み焼きを作るんだよ』
『おこのみやき?』
『うん。絵利香の作るお好み焼きは、とってもおいしいんだよ』
『ふうん……』

『真理亜ちゃんも手伝ってね』
『はーい!』
 常日頃から、おやつ用のケーキなどを絵利香が作る時に、真理亜にも手伝わせているので、素直に受け応える。おいしいおやつを食べるには、それなりの労力も必要と教え込んでいるからだ。もっとも女の子なので、料理にはそれなりに興味を持っている。
 絵利香は調理用の三角頭巾を真理亜の頭に被せてやり、自分も被ってからエプロンを着込む。真理亜も自分で子供用のエプロンを着ている。
 ワゴンから電磁ホットプレートなどの調理器具を取り出して調理台の上に置き、
『真理亜ちゃん、バスケットの中身を出してくれるかしら』
 と指示すると、
『はーい』
 椅子を持って来て踏み台にして、テーブルの上に言われた通りに、バスケットからお好み焼きの具の入ったパック容器を取り出して並べる真理亜。具は篠崎邸の板前達によって下ごしらえが済んでいるので、後は焼くだけになっている。
『梢もお手伝いする』
 椅子を真理亜の隣に並べて、一緒に手伝っている。これから何がはじまるのか、興味津々といった感じで、黙って見ていられないようだ。
『コンセントはありますか。あ、二百ボルトですけど』
『調理台の脇にあります。当屋敷のコンセントは全室二百ボルトになっております』
『なら大丈夫ですね。ああ、これね』

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梢ちゃんの非日常 page.17
2021.08.08

梢ちゃんの非日常(ルナリアン戦記前章譚)


page.17

『絵利香さま』
 前田マネージャーが耳打ちする。
『なに?』
『実は、夕食用にお屋敷の方にもフグが届けられているのですよ』
『あら、そうなの? こちらではお刺し身ということだから、夕食は鍋物にしましょうか』
『わかりました。お屋敷の方には、私から連絡しておきましょう』
『よろしくお願いします』

 ウェイトレスがマネージャーに耳打ちしている。
『どれもうちのメニューに入ってないようですが、大丈夫なのでしょうか?』
『大丈夫も何も、絵利香さまのご注文したものが作れなければ、板前長は失格だよ。明日から新しい板前長に変わるだけだ』
『そんなことがあるんですか?』
『絵利香さまは、この店にある食材はすべて把握されていらっしゃるのだ。その中から選んだ食材と調理方法を指示して注文を出される。牡蠣とほうれん草・まいたけのスープという具合にね。もちろん指示された食材だけでなく、その風味を壊さない程度に独自の判断で自由に追加してもいいし、スープと言われても多種多様のスープが存在するからね。しかも海と野と山からそれぞれ選ばれた、これはもう板前長の器量を試されるということだよ』
『板前長になるのも大変ですね』
『もちろんだよ。真条寺家の屋敷で開催される晩餐会で日本料理が出される時は、うちの板前達に依頼がくるからね。何と言っても各国の大統領や国王を招待しての晩餐会だ、料理の格も尋常ならざるを得ないからね。常日頃から腕を磨いておかないと、いざという時に役にたたないからね。絵利香さまは、それを考慮して、メニューにないお品をご注文されるのさ』
『もう一つ聞いてもいいですか?』
『かまわんよ』
『トラフグって猛毒を含んでいるんですよね』
『ああ、そうだ』
『よく輸入なんてできましたね』
『特別許可をもらってるさ。厳重な保管と輸送を実施することを条件にな。真条寺空港ならそれが可能だから、絵利香さまが真条寺梓さまに依頼して輸入できるようになったのさ。梓さまを介して、真条寺グループに働きかけることのできる絵利香さま、それがゆえに篠崎グループの常任取締役にもなってらっしゃる』

 しばらくして子供達が早苗と共に戻って来た。
 再び窓にへばりつく二人。
『あ! 見て見て。梢ちゃんのお家に飛行機が降りてくよ』
『ほんとだ。誰が来たのかな?』
『でもすごいね。お家に飛行場があるなんて』
『そうかな……』
 飛行場にしても、ベルサイユ宮殿並みの屋敷にしても、そこで生まれ育った梢にしてみれば、ごく日常生活のことなので、少しも気にしていないようだ。
(そういえば、子供の頃の梓も同じ様な反応をしてたっけ。やはり母娘ね)
『こんなビルを持ってる絵利香もすごいよ』

『絵利香さま。つかぬことをお聞きしますが、そちらのお嬢さまは、もしかして真条寺家のご令嬢さまですか?』
 子供達の会話に耳を傾けていた前田が尋ねた。
『その通りよ。梢ちゃんは、梓の一人娘。つまり真条寺家の正統な後継者よ』
『やはりそうでしたか。飛行場のある屋敷といえば、真条寺家ですからね』
『梢ちゃんには、これからもここを利用してもらうことになるから、覚えておいてね』
『かしこまりました』

『ねえ。絵利香……あれ? 椅子に何か書いてあるよ』
 振り向いた梢が、幼児椅子の背に文字が書かれているのに気づいた。
『えっと……M・A・R・I・A……って、真理亜ちゃん?』
『うん。これね。真理亜が書いたんだよ』
 その幼児椅子は、ロイヤル席専用のものなので、今のところ真理亜以外使用しないものだった。真理亜が度々ここを訪れる際に、一般席とは違う上質のこの椅子が必ず出されることに気がつき、孫に甘い祖父母の花岡一郎夫妻に連れられて来た時に、自分の名前を書いてしまったのである。自分の持ち物に名前を書くというのは、梢に感化されてのことである。真条寺家に遊びに行った時に、あちこちに梢の名前が書かれているのを見て以来である。

『ねえ、絵利香。こっちの椅子には梢の名前書いてもいい?』
 自分の家では、梓の目を盗んでは問答無用で書きまくっている梢だが、ここではお利口にするという約束があるので、一応絵利香の承諾を得てからにするようだ。
『しようがないわね。書いていいわよ。はい、サインペン』
 すでに真理亜が自分の名前を書いているのに、梢にはだめとは言えるわけもなし。仕方なく了承して、バックからサインペンを取り出して渡す絵利香。
『ありがとう。じゃあ、書くよ』
 絵利香からペンを受け取って椅子の背に自分の名前を書きはじめる梢。
『K・O・Z・U・E……っと。これでいいね』
『気が済んだかしら』
『うん!』

 軽い鈴のような音が静かに鳴り渡った。
 その音を聞いて、前田がウェイトレスを連れて厨房室へと入っていった。
 やがて板前長と共に、ワゴンを押して戻ってくる。
『お待たせ致しました。牡蠣とほうれん草・まいたけのスープです』
 ウェイトレスと前田が、ワゴンから料理をテーブルに並べている。
 料理が運ばれて来たので、それぞれの席に着く子供達。
『二人とも食べていいわよ』
 という絵利香の声に、スプーンを手に取り食べはじめる。
『いただきまーす』
 何が入っているのかな? というような表情で、スープカップの中身をスプーンで確認している真理亜。
『あ! ほら、牡蠣が入っているよ』
 嬉しそうにスプーンですくい上げて見せている。とにもかくにも牡蠣さえ入っていれば上機嫌なほど、大好きなのである。
『えへへ。梢のにも入ってるよ』
 もちろん梢も大好きであるし、同じ品なので両方に牡蠣が入っているのは当たり前。
 牡蠣が入っているのに納得して、スープを食べはじめる二人。
『どう、おいしい?』
 絵利香がやさしく尋ねると、
『うん。おいしいよ』
 と、二人ともご満悦の様子だ。
『どれ、わたしも頂いてみますか』
 スープを一口すすってみる。
『うん。いいじゃない』
 絵利香がスープを口にしたのを見て、傍らにいた板前長が説明をはじめた。
『鍋にバターとベーコンを入れて火を通し、バターが溶けたら玉葱とセロリを加えて炒めます。玉葱が透き通って来たら、小麦粉を加えてさらに炒めながら、適宜に切りそろえた人参・じゃがいもを順次加えて、別に下茹でしていた牡蠣の出し汁を加えて十分ほど煮込みます。さらに牛乳と下茹でしていた牡蠣・ほうれん草・まいたけを加えて二・三分煮詰め、塩・胡椒で味を調えました。器にとってパセリのみじん切りと破砕クラッカーをまぶしました』
『基本の調理方法は、クラムチャウダーみたいですね』
 クラムチャウダーとは、アメリカではお馴染みの人気メニューで、クラム(あさりなどの二枚貝)をたくさんの野菜とベーコンと共にチャウダー(語源はフランス語で大釜・鍋の意味。煮込み料理やスープを意味する)したもの。牛乳や生クリームを使わず、ケチャップなどでトマト風味にしたものがニューヨーク風。
『お察しの通りです。クラムの代わりに地中海産のブロム牡蠣を使っていますけど。お嬢さま方にはこちらの料理の方が食べやすいでしょう』
『そうね。日本料理店だからといって、何も和風にこだわることはないでしょう。日本で大衆レストランに入ると、和洋中を問わず大概カレーライスがメニューに加わっています。この店のランチメニューにもアメリカ的なクラムチャウダーが入っていても不思議ではないでしょう。前田さん、検討してみてください』
『かしこまりました。ランチメニューに入れるかどうか、従業員にも試食をしてもらって検討してみます』
『よろしくね』
『それでは、絵利香さま、次のフグ刺しの調理に入りますので、これで失礼いたします』

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銀河戦記/鳴動編 第二部 第十四章 アクティウム宙域会戦 Ⅳ
2021.08.07

第十四章 アクティウム海域会戦





 およそ八時間後、カスバート・コリングウッド提督率いる摂政派の艦隊がアクティウム海域にたどり着いた。
「前方に感あり!」
「敵艦隊多数!」
「警報鳴らせ!」
「全艦戦闘態勢を取れ!」
 矢継ぎ早に指令が飛び交う。

 戦端を開く前に、総司令官のコリングウッド提督は、各艦隊司令官を集めての作戦会議を開いていた。

「兼ねてよりの計画通りに、本隊から戦列艦を主体とした部隊を分離編成、別動隊として船の墓場を迂回、敵の側面から奇襲攻撃を敢行する」
 戦列艦とは、太古の海戦で主流だった艦の側面に多数の大砲を並べた艦種である。
 海で出会った戦艦同士が側面を向けあって、大砲を打ち合ったという戦法向けに開発されたものだ。
 現代戦ではほとんど姿を消したが、紡錘陣形による敵陣中央突破戦法には絶大なる効果を期待できるので、最後の切り札として艦隊編成に加えている。
 今回の作戦では、その戦列艦を主力とした艦艇を集めて一個艦隊として再編成して奇襲攻撃部隊を派遣するということだ。
「戦列艦ヴィル・デ・パリスから私が指揮する。本隊の指揮は、サー・ジョン・ムーア提督に任せる」
 知ってか知らずか、アレックスがテルモピューレ会戦で使った回り込み作戦を実行しようとしているようだ。

 本隊より別れて船の墓場迂回ルートへと向かう別動隊。

 その行方を見送った戦艦レゾリューション座乗のサー・ジョン・ムーア提督は、本隊に対して指令を下した。
「よおし! 戦端を開くぞ! 戦闘開始せよ!」
 副長が応える。
「全艦全速前進!」


 迎え撃つ皇太子派軍旗艦インヴィンシブル。
 今なお、アレックスは旗艦をサラマンダーに移していなかった。
 サラマンダーは共和国同盟軍の旗艦である。
 この戦いが、銀河帝国内紛であり皇太子派軍として挙兵している以上、帝国旗艦としての立ち位置が必要であると考えてのことであった。
 サラマンダー以下の旗艦艦隊の指揮は、スザンナ・ベンソンに委ねていた。
「摂政派軍が動き出しました。こちらも前進しますか?」
「いや、動かないでよい。この位置のまま戦う。FPL{最終防御砲撃線}を動かすのは面倒だからな」
 帝国艦隊は未だ戦闘未熟な艦艇が多いので、いちいち指揮官が命令を下すことなく、各艦の艦長の判断のみで攻撃を開始・続行できるようにFPLを設定していた。
 最終防護射撃の要点は、敵艦を個別に狙って撃つのではなく、事前に設定された地域に敵を発見、あるいは敵の気配を察知したら、視界のいかんにかかわらず、その場所に徹底的に大量のミサイルや砲撃を加えて、そこに存在するであろう敵艦が確実に撃沈するだけの火力を投入することで、確率論的に敵艦を殲滅することを目標としている所にある。
「目標戦艦を、先頭を行く戦艦に設定。射程内に入り次第、戦闘開始!」
 先頭戦艦を確認して、艦名を添えて復唱するジュリエッタ皇女。
「目標戦艦を戦艦デヴァステーションに設定せよ!」
「了解! 目標戦艦、戦艦デヴァステーションに設定」

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2021.08.07 07:55 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)

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