梢ちゃんの非日常 page.18
2021.08.09

梢ちゃんの非日常(ルナリアン戦記前章譚)


page.18

 バルコニーで三時のティータイムに集まったいつものメンバーだが、梓の姿が見えず梢は仕方なく幼児高椅子に座って一人でチョコレートパフェを食べている。
 そこへ絵利香が入ってくる。
『いらっしゃいませ、絵利香さま』
 その声に、スプーンを口に咥えたまま後ろを振り向く梢。
『ん……?』
 食べるのに夢中で、何者が来たのか? と、ほおけた表情を見せている。
『あ、その表情いいねえ』
 といって、持っていたスマホカメラで撮影する絵利香。子供と一緒にいると、その表情がくるくると目まぐるしく変わり、一瞬驚きの表情を見せる時がある、そのシャッターチャンスを逃すまいと、子供達と会う時はいつも携帯しているのだった。
 相手が絵利香と気づいて、すぐに正気を取り戻す梢。
『あ! 絵利香だ。いらっしゃい』
 手を振っておいでおいでしている。
『なに、そのお顔は。あはは……』
 梢の口のまわりには、チョコレートがぺっとりと付いて、まるで口髭みたいになっていたのであった。
 梢の隣の席に腰を降ろし、そばのメイドからナプキンを受け取って、梢の口まわりを拭ってやる絵利香。
『はい。きれいになったわよ』
『うん。ありがと』
 素直に礼を言う梢。そして、メイドに向かって、
『降りるから』
 と言いながら、椅子を動かしてと意志表示する。
 メイドが椅子を引いて降りられるようにすると、ぴょんと飛び降りて、絵利香の方に近づき、よっこらっしょと椅子を這いあがって、その膝の上にちょこんと乗っかる。
 いつものことなので、その辺は絵利香も慣れてしまっている。
『取って』
 と、パフェを指差し、
『はい、はい』
 絵利香がパフェグラスを梢の前に引き寄せてあげると、何事もなかったようにおいしそうに再び食べはじめる。
 おやつは、やはり母親の膝の上に抱かれて食べるのが一番と考えているようだ。何せ絵利香はもう一人の母親なのだから。このおやつの時間には、梓がいても絵利香が尋ねて来ている時は、絵利香の膝の方を選んで座りたがる。梓はおやつが済めばまた執務室に戻ってしまうが、絵利香は梢と遊んでくれるために尋ねて来ていることが多いことを、経験学習で知っているからだ。

『梢ちゃん。ママはどうしたの?』
『あのね。一緒におやつ食べてたら、お客さんがきちゃったの』
『そっか、お客さんか……それで、一人で寂しく食べてたのね』
『うん。でも絵利香がきたから、もうさびしくないよ』
『ありがと』
 確かに絵利香が来る前と比べれば、ことほどさように上機嫌になっている。時々絵利香の方を見つめ、背中に温かみを感じながら、おいしそうにパフェを口に運んでいる。

『ふうん。やっぱりね』
『何が、やっぱりなんですか?』
『いえね。わたし達が梢ちゃんのお口を拭おうとすると、食事を邪魔されたと思ってか、怒りだすんだよ』
『なにそれ、まるで食事を途中で取り上げられた飼犬みたいじゃないですか』
『本当なんですよ。梢お嬢さま、反抗期ですから、ちょっと機嫌を悪くすると、わたし達にはもうお手上げになります』
『反抗期ですか……わたしの前では、とってもお利口で素直ですけどね』
『それはだね。梢ちゃんにとって絵利香さんは、第二の母親だし、何より屋敷の外に連れていってくれる大切な人だからだよ。嫌われたら、外に連れてってもらえなくなるから、猫かぶりしてるんだよ』
『ふうん……そうなの? 梢ちゃん』
『ん……? 梢、わかんない』
 と、きょとんとした表情で首を傾げている。
 無理もないだろう、パフェを食べるのに意識が集中しているし、大人達の会話は文章が長く、速度も早いので梢には聞き取れないのだ。
『だいたいからして、わたしや世話役三人のお膝が明いているというのに、完全に無視しているんだものね。梢ちゃんが選ぶのは、ママと絵利香さんのお膝だけ』


 やがて梓が戻って来た。
『お邪魔してるわよ。梓』
『ああ、絵利香、来てたんだ』
 といいながら自分の席に腰を降ろす。
『ママ、お客さんは?』
『帰ったわよ』
『うん。良かったね』
 お客というものは、梢にとっては梓との貴重な時間を奪う邪魔者でしかないから、早く帰ってもらうに限る。とはいっても、今日は絵利香がいるから事情は異なり、梓が戻ってきても、絵利香の膝の上から動こうとはしない。
『ところで、真理亜ちゃんは一緒じゃないの?』
『今日は、ママと久しぶりにお出かけしてる。いつもそばにいる真理亜ちゃんがいないと、何か物足りないというか寂しいというか、だからこっちに来たってわけよ』
『そっか……。しかし、絵利香はほんとに子煩悩だね。そんなに子供が好きなら、早く結婚して自分の子を産めばいいのに』
『相手がいればね』
『婿養子候補選びは、どうなっているのかな』
『審査は進んでいるみたいよ。梓と一緒にコロンビア大学進学でこっちに来ちゃったから、どこまで進んでるかわからないけど。まあ大学卒業したら、正式にお披露目があるんじゃないかな』
『他人ごとみたいなこと言うのね』
『なるようにしかならないわ。まあ、見合いとか恋愛とかにはこだわらないし、ある日突然いい人が現れて電撃結婚しないとも限らないしね』

 ワゴンを押して絵利香と真理亜が第三厨房室に入ってくる。その後から興味津々という表情で梢がついてくる。
『ねえ、今日は何をするの?』
 それに真理亜が答える。
『お好み焼きを作るんだよ』
『おこのみやき?』
『うん。絵利香の作るお好み焼きは、とってもおいしいんだよ』
『ふうん……』

『真理亜ちゃんも手伝ってね』
『はーい!』
 常日頃から、おやつ用のケーキなどを絵利香が作る時に、真理亜にも手伝わせているので、素直に受け応える。おいしいおやつを食べるには、それなりの労力も必要と教え込んでいるからだ。もっとも女の子なので、料理にはそれなりに興味を持っている。
 絵利香は調理用の三角頭巾を真理亜の頭に被せてやり、自分も被ってからエプロンを着込む。真理亜も自分で子供用のエプロンを着ている。
 ワゴンから電磁ホットプレートなどの調理器具を取り出して調理台の上に置き、
『真理亜ちゃん、バスケットの中身を出してくれるかしら』
 と指示すると、
『はーい』
 椅子を持って来て踏み台にして、テーブルの上に言われた通りに、バスケットからお好み焼きの具の入ったパック容器を取り出して並べる真理亜。具は篠崎邸の板前達によって下ごしらえが済んでいるので、後は焼くだけになっている。
『梢もお手伝いする』
 椅子を真理亜の隣に並べて、一緒に手伝っている。これから何がはじまるのか、興味津々といった感じで、黙って見ていられないようだ。
『コンセントはありますか。あ、二百ボルトですけど』
『調理台の脇にあります。当屋敷のコンセントは全室二百ボルトになっております』
『なら大丈夫ですね。ああ、これね』

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