梢ちゃんの非日常 page.21
2021.08.12

梢ちゃんの非日常(ルナリアン戦記前章譚)


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『さあて、これから梢ちゃんのお家に行きましょうか』
『梢ちゃん?』
『そうよ。いいでしょ』
『うん。遊びに行くんだね』
『途中の道は、梓のところの除雪部隊が、いの一番に除雪してくれたみたいだから問題ないでしょ』
『ねえ。はやく、行こうよ』
 雪に閉ざされた中、梢に会えると喜んで、駐車場へと絵利香を引っ張って行こうとする。
『と、その前に汗をかいたから、風邪をひかないように、下着を着替えてからね』
『わかった』
 踵を返し屋敷の中へと向かう真理亜。

 真条寺家邸宅内のリビング。
 ソファーに腰掛けた梓の膝の上で絵本を読んでもらっている梢。
 そこへ絵利香に連れられた真理亜が入ってくる。
『梢ちゃん! 遊びに来たよ』
『あ! 真理亜ちゃん、いらっしゃい!』
 梓の膝をぴょんと飛び降りると、真理亜の元に駆け寄る梢。絵本を読んでもらうよりも、真理亜と遊ぶほうが楽しいに決まっている。早速二人で追い駆けっこをはじめた。
 そんな二人を横目で見ながら、
『やっぱり家の中でくすぶっていたわね。梓』
『だって、外は大雪で寒いじゃない。誰も外を出歩く人なんていないわ』
『使用人達は邸内の雪かきに精を出しているというのにね』
『あの人達はお仕事、あたしは暇潰し』
『何言ってるんだか……。とにかく、除雪部隊の派遣、お礼を言っておくわね』
『気にしないでいいわよ。空港の方は融雪装置が振りはじめからずっと働いていて、そんなに積もっていないから、余裕があったからね』
『ところで麗香さん達、ここへ来るまでに見掛けなかったけど』
『ああ、大勢の人達が雪かきに出てるから、その陣頭指揮に当たってるわ。邸内は広いから、会えなかったのね。お母さんには空港の方の指揮と、地下発電所の余剰電力を停電している近隣地区へ給電支援する手配、市から要請がきてる道路の除雪の手配などやってもってる。篠崎グループの方でも災害援助に出動したって聞いてる。たぶんあなたが命令を下したのは推測できるけど』
『まあね……。地下発電所というと、百二十万キロワットの発電能力があって、ブロンクス地域を余裕でまかなうことができるんだっけ』
『そうよ。電力会社と緊急時の給電契約を取り交わしてる』
『ふうん……。ニューヨークは最近よく停電するものね。で、皆が忙しく動いてる中、あなたは一人、ここでくすぶっているのね』
『あたしは梢ちゃんの相手よ。それにちゃんと寒中雪かき手当を用意しているわよ。あなただって、こうして遊びに来てるじゃない』
『なんだかなあ……』
 呆れた表情で梓を見つめる絵利香。これ以上会話しても無意味と察して子供達を呼び止める。
『梢ちゃん!』
 追い駆けっこをやめて立ち止まり、絵利香の方に振り向く子供達。
『お外で雪だるま作るわよ。着替えてらっしゃい』
『雪だるま? うん。作る、作る』
 外に出られると聞いてはしゃぎだす梢。
『ほれ、あなたもよ。梓』
『えー? あたしもやるの?』
『当たり前でしょうが』
『あたしが寒がりで雪が嫌いなの知ってて言ってるでしょう』
『もちろん!』
 ふう……。
 と、大きなため息をつく梓。
『多分梢ちゃんが籠の鳥になっているんじゃないかと思って、大雪の中をやってきたんだから。活発な梢ちゃんを、部屋の中に閉じこめてたら可哀想でしょ。子供は外で遊ばせてあげましょうよ。幸い雪は止んでいるし気温もそんなに寒くないわよ』
『そりゃ、そうだけどね』

『ママ、早く、早く。お外で雪だるま作ろうよ』
 一向に動く気配を見せない梓に、じれったそうに梢がその手を引っ張って哀願する。その母親に精一杯甘える表情と口調に接すれば、梓の親心を突き動かさずにはおれなかったようだ。
『わかった! 雪だるま作りましょう。着替えるわよ、梢ちゃん』
『はーい!』
 嬉しそうに答える梢の手を引いて部屋の方に向かう梓。
 梓を動かすには、本人に直接アプローチするよりも、梢を利用するというからめ手で攻めるに限る。絵利香は、梢を誘うことにより、梓の母性本能に訴える手段に出たのである。

『さてわたし達は、先にお外に行ってましょうか』
『うん!』


 玄関から外に出ると、麗香が車寄せに戻って来ていた。
『あら。絵利香さま、いらっしゃいませ』
『こんにちわ』
『お帰りですか?』
『いえ。これから雪だるま作りです。後から梢ちゃん達も出て来ます』
『そうですか。雪だるま作りに最適な場所を確保しておきましょう。だるまはどういう作り方をされますか?』
 雪だるま作りには、転がして大きくする方法と、雪をバケツなどで集めて突き固め形成する方法とがあるので、それを確認したようだ。
『雪球を転がして大きくして作ります』
『では、雪下が舗装の方がよろしいですね。地面だと土がついて黒く汚くなりますから』
 といって携帯で連絡を取りはじめた。どうやら麗香が雪かきの総監督を務めているようだ。
 やがて完全防寒装備で身を固めた梢が飛び出して来る。着替えおわって、部屋からずっと駆けっぱなしでやってきたようだ。
『わーい! 雪だ、雪だ!』
 雪に足跡をつけて、はしゃぎまわっている。
 すかさず真理亜がそばに寄って来て、早速雪のかけ合いがはじまった。
 ややあってから梓がやってくる。ビデオカメラを持った防寒姿の専属メイドの美鈴を従えている。
『ああ、もうはじめちゃってるのね』
『子供にじっとしていろというのは無理な話しよ』
『わかってるわよ。それじゃ美鈴さん、お願いしますね。子供達を重点的に撮ってあげてください』
『はい。かしこまりました』
 早速カメラを構え、雪遊びをする子供達を撮りはじめる美鈴。
『ふうん……いやがってたわりには用意周到じゃない』
『あたしはアイドリング時間が長いのよ。動きだしたらスーパーカーなんだから』
『へいへい。さて、そろそろはじめましょうか』
『そうだね。はじめますか』
『梢ちゃん、真理亜ちゃん。こっちにいらっしゃい』
 絵利香が呼ぶと、
『はーい!』
 元気な返事とともに駆け寄って来る。
『絵利香さま。車寄せから東に向かってプールサイドにかけての一帯をお使い下さい。屋敷から風下で積雪も雪だるま作りに適度な深さです。雪かきの順番を後に回しました』
『ありがとう。麗香さん』
『どういたしまして』
 絵利香が子供達の前にしゃがんで伝える。
『さあ、雪だるま作るわよ。いいかしら』
『うん。いいよ』
『雪だるま、作ろう』
『ママと梢ちゃん、絵利香と真理亜ちゃんのペアで競争しましょうか』
 梓が競争を提案すると、絵利香も賛同する。
『そうねえ。転がし方式で、どっちが先により大きく作るか、制限時間はお昼のチャイムが鳴るまで』
『いいわ。梢ちゃん、競争よ』
『うん。勝とうね、ママ』
『真理亜ちゃんも、いいわね』
『うん。頑張ろうね』

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