梢ちゃんの非日常 page.13
2021.08.02

梢ちゃんの非日常(ルナリアン戦記前章譚)


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 食事を終えて、リビングでくつろぐ一同。
『ねえ、今晩も、よそでおねんねするの?』
 寂しそうな表情を見せて真理亜が口を開いた。
『ごめんね』
『真理亜、つまんない』
 真理亜は、昼間は一緒に外出するなどして遊んでもらったり、夜は寝入るまでの間、絵本を読んでもらったりしていたのである。昨晩に続いて今晩も絵利香が外泊すると聞いて寂しがっているのだ。梢が絵利香に感じているように、真理亜もまた絵利香に母親のような感情を抱いている。
『梢ちゃんはね。今晩もママがいないのよ。真理亜ちゃんもママがいないと寂しいでしょ』
『うん。でも……』
『ごめんね。真理亜ちゃん』
 梢が、真理亜の手を取りながら謝った。
『う、うん……』
 当の本人の梢に謝れては、真理亜も致し方なしといった表情を見せた。仲良しになった梢のためと思い直したようだ。しかし、それでもあきらめ切れない。
『あのね。真理亜、いいこと考えたよ』
『何かな』
『梢ちゃんが、この家でおねんねすれはいいんだよ』
 真理亜は、どうしても絵利香と離れたくないようだ。一晩ならともかく、二晩は我慢できない。梢が泊まれば、真理亜も梢も絵利香と離れなくて済むことに、気づいたようだ。
『そうねえ。それもいいかも知れないわね。梢ちゃん、この家でおねんねする?』
『梢が? ここでおねんねするの?』
 一方の梢は外泊した経験がなかった。梓は泊まりになる出張には梢を連れて行かなかったからである。その代わりに絵利香が呼ばれてお守り役を任された。
『そうよ。絵利香のお部屋で真理亜ちゃんと一緒におねんねするの』
『あのね。絵本も読んでくれる?』
『いいわよ』
『じゃあ、おねんねしていいよ』
『さ、決まりね。そうと決まったら、お風呂に入るわよ。真理亜ちゃん、梢ちゃんをお風呂に連れていって頂戴。わたしも後からすぐに行くから』
『わかった。梢ちゃん、こっちよ』
 真理亜と梢が仲良く手をつないでお風呂の方へと向かう。絵利香が外泊しないとわかれば元気なものである。
『子供に好かれるのも苦労が絶えないわね。真理亜ちゃんたら、母親の私よりも、絵利香のそばにいたがるんだから。私の立場がないわよ』
『あははは……』
 言葉が見つからなくて苦笑する絵利香。
『さてと……。一応、梓と渚さまに連絡しておかなくちゃ』
 といいながら、携帯電話で連絡を取り始める絵利香。

 脱衣場で服を脱いでいる、真理亜と梢。どちらもまだ三歳なので、手際よく服を脱ぐことができない。特にボタンを外すのにてこずっている。箸使いをすぐに覚えた梢も、ボタンの掛け外しは、さらに繊細な指先の器用さが必要なので巧くいかない。通常ボタンの掛け外しが自由にできるのは、個人差はあるものの四歳くらいだと言われている。
 そうこうしているうちに絵利香がやってくる。
『あらあら、まだ脱いでなかったのね』
 二人の服のボタンだけ外してあげて、あとは自分で脱いでもらう。全部手伝ってしまうといつまでたっても着替えができないからである。脱いだ服は脱衣籠に入れてから、風呂の中へ向かう。
 篠崎邸の風呂場は総大理石の床で総面積は京間の八畳程度ぐらい、浴槽も大人二人がゆったりと入れる程度の広さがある。住宅事情で窮屈な思いをしている日本家屋とは比べようがない。
 風呂に入らない昼間は、扉を開けておくと真理亜が水遊びすることがあるので、鍵をかけて入れないようにしてある。勝手に浴槽に水を張ったあげくに、落ちておぼれないようにとの配慮である。
 浴槽の湯量は子供が楽に立てる高さに、温度も少しぬるめにしてある。いつも一番に入る真理亜のために美紀子が設定しているのだ。浴槽は幼児には深く一人では出入りできないので、絵利香が抱きかかえて入れてあげる。
 複数の幼児が水のあるところでやることといえば、水かけ遊びである。
『きゃっ、きゃっ! きゃはは』
 と叫びながら、お風呂のお湯を、小さな手でさかんにかけあっている真理亜と梢。
 こういった遊びを通して、二人の絆がより深くなってくれるようにと、今日は特別に好きなようにさせている絵利香。自分と梓がそうであったように、遊びは真の友情をはぐくむ大切な行為のはじまりなのだと。
 などと考えていると、いきなり顔にお湯を掛けられる。
『んもう……どっちがやったの?』
 二人を問い詰めようとすると、
『知らない』
 と、とぼけた表情で、ぷるぷると首を横に振る梢。隠し事をしていることを示す、癖になっているその仕草が命取り。そうでなくてもこんなことするのは、やんちゃな梢に決まっている。
『梢ちゃんがやったのね。嘘ついてもわかりますよ』
 絵利香も反撃してお湯を梢に掛けはじめる。とはいっても大人の手のひらは、三歳の梢たちよりもはるかに大きいので、指先を揃えてちょいちょいと軽くお湯をすくう程度である。
『あーん。ごめんなさい』
 なんで嘘がばれてしまったのか、梓ゆずりの癖に気づいていない梢は、ただ謝るばかり。
『罰として、梢ちゃんから、身体を洗うわよ。はい。そこに座って頂戴』
 梢を抱きかかえて浴槽から引っ張りだすと、バスチェアーに座らせる。
『あん。いやん』
 遊びの場となっていた浴槽から引き出されたので残念がる梢。
『真理亜ちゃん。梢ちゃんにスポンジ貸してあげてね』
『うん。いいよ』
 棚に置いてある動物の形をしたスポンジの一つを手にとってシャボンをつけて梢に渡す。
『梢ちゃん。自分で洗えるところは洗ってね』
『うん』
 手足とか前部は梢に洗わせて、絵利香は背中を重点的に洗ってあげる。
 自分でできることは多少時間がかかってもやらせる。躾の基本である。
 身体の次ぎは髪の毛であるが、これは梢にはまだ無理なので、絵利香が洗ってあげる。梢の髪は、長い上に細くてしなやかなので、髪がからまないように慎重に洗ってやらなければならない。
 床にバスマットを引いて正座して、
『はい、梢ちゃん。ここに頭を乗せて頂戴』
『はーい』
 上向きに膝枕させた上に、折ったタオルを額に乗せてシャボンが目に入らないようにする。
『タオル押さえててね』
『うん』
 準備が整ったところで、髪にシャボンをつけて丁寧に洗いはじめる。
『シャボンが目に入ったら言ってね』
『うん』
 梢が髪を洗ってもらっている間、真理亜は浴槽に動物のおもちゃを浮かべて一人遊びしている。
 髪を洗い終わって、タオルで水気を丁寧に拭ってやって、梢を解放してやる。
『はい。次ぎ真理亜ちゃんね』
『はーい』
 素直に返事をして、身体を洗ってもらう真理亜。日頃から洗ってもらっているから慣れたもので、自分で洗えるところは、動物状のスポンジにシャボンをたっぷりとつけて洗っている。髪の毛はやはり絵利香が洗ってあげるが、梢みたく長くないので、短時間で終了する。
 梢も真理亜も、赤ん坊のころから、梓・絵利香・美紀子らによって、毎日一連の洗い方をされてきたので、もうすっかり慣れていて、遊び疲れている時などは、洗髪の途中で居眠りしてしまうことさえある。
『はい。オッケーよ』
 洗髪を終え、真理亜を解放してあげる。
『それじゃあ。今度は、絵利香が洗う番ね』
 すると二人が絵利香の背中に回って、
『真理亜、背中流してあげるね』
『梢も、流してあげるよ』
 と言って、二人はスポンジにシャボンをつけはじめた。
『ありがとう。じゃあ、お願いね』
 子供達の好意は素直に受けておくものである。背中を洗う力加減が足りなくて、汚れがきれいに落ちないのは承知の上だが、人のために何かをしてあげようとする心意気は、大切にしてあげなければならない。
 スポンジで一所懸命に絵利香の背中を洗っている二人。実際には遊びの延長線上にある行為なのかもしれない。
 やがて絵利香も洗いが終わり、子供達の最後の仕上げに入ることにする。
『それじゃあ、20まで数えたらあがっていいわよ』
 といって梢を抱えて湯船に肩まで入れる絵利香。梢も真理亜も数えられる上限は20までである。21から上は、舌が回らなくてうまく発音できないし、また13と30などの語尾変化の違いも判らない。
『1・2・3……19・20』
『はい。いいわよ。次ぎは真理亜ちゃんね』
『うん』
 梢と入れ代わりに真理亜を入れる絵利香。
『真理亜ちゃんも、20数えようね』
『はーい。1・2……20!』
 真理亜を浴槽の外に出して、自分も上がる絵利香。
『さあ、今日の入浴タイムはおしまいよ。二人とも、お外に出てバスローブに着替えてね』
『はーい!』
 濡れた足でぺたぺたと脱衣場の方に出て行く二人。その後に続く絵利香。脱衣場の棚には美紀子が用意してくれたバスタオルとバスローブが置いてある。バスタオルで軽く濡れた身体を拭ってから、幼児用のバスローブを着る二人、そして絵利香も。流れる汗が引くまでの間、バスローブでくつろぐのが日課のようになっている。
 脱衣籠の中に脱いだ衣類は、後で美紀子が洗濯してくれるはずだ。
 風呂から上がり部屋に戻った梢と真理亜は、早速追い掛けっこをはじめて、バスローブのまま部屋中を駆け回っている。活発でやんちゃな梢にじっとしていろというのは、無理な話しである。食事の前は、まだ会ったばかりで気心がはかれなかったので、二人で静かに絵を描いていたが、仲良くなったら、もう自由奔放である。真理亜もそれに引きずられて、一緒になってはしゃいでいる。

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