梢ちゃんの非日常 page.15
2021.08.05

梢ちゃんの非日常(ルナリアン戦記前章譚)


page.15

 地下五階、地上八十八階建ての篠崎ビルがそびえている。地下二階から地上十八階までがデパート、十九階から四十五階までがUSA篠崎グループとAFCグループ各社の本社オフィス、四十六階から八十五階までがホテル、そして八十六階から上が大展望レストランとなっている。また十三階は機械・総合電源調整室、残る地下三階から五階は駐車場と自家発電装置がある。さらにその下には震度7クラスの大地震にも耐えうる最新鋭世界最高水準の免震機構が設置されている。またビルの震動波長に応じた各階にも横揺れを吸収する免震バランサーが置かれている。ビルが傾いた時に、傾斜計と重力加速計が感知して、停電補償電源により駆動されるバランサーが適速度で逆方向にスライドして揺れを防ぐ仕組みである。このシステムは地震以外にもハリケーンのような暴風による揺れにも対応できる。
 免震機構以外にも、各階ごとに設けられた区画防火シャッターと強力排煙・消火装置。一区画で火災が起きても、防火シャッターが炎と煙を完全遮断して他区画への延焼を防ぐと同時に、消火装置が火を消しつつ排煙装置が煙を外に追い出す仕組みである。また超高層ビルで最も問題になる電気設備や電力ケーブルから発生する電気火災を防ぐために、通常の五倍以上の電力容量をもったケーブルなどの電気設備を使用し、さらに各階ごとに電力調整室が設けられ、十三階の総合電源調整室で二十四時間監視している。
 何せ篠崎財閥と梓財団が採算性を度外視して金に糸目をつけずに安全第一に建設した本社ビルなのだから。
 建築業界では、世界一安全で揺れのほとんどない免震高層ビルとして、各国から研究者がひっきりなしに視察に訪れるという。


 メインストリートに面したビルの南側がホテルの入り口・ロビーで、大駐車場に面した北側がデパートの入り口、そして東西にオフィス用の入り口と非常階段がある。デパートとホテル間には、連絡通路があるのでどちらの入り口からでも双方を利用することができる。

 ホテルの車寄せに停車するフリートウッド。
 すかさずドアボーイが寄って来て、後部座席のドアを開けると、待ちきれなかったように梢が飛び出して来る。そして車寄せから、ひさしのない、ビルを見上げられる位置まで駆け降りる。
『うわー! 高いね。てっぺんが見えないよ』
 そびえ立つ篠崎ビルの圧巻さ、最上階の方は霞がかかってはっきりと見えない。空を見上げ感嘆の声をあげる梢。これまでに超高層ビルを間近で見たことがなかったようだ。
『あのね。このビルは絵利香のものだって、グランパが言ってたよ』
 遅れてついて来た真理亜が解説する。
『そうなの?』
 尊敬のまなざしで絵利香を見つめる梢。
『あのね。このビルは絵利香のパパの会社のものなのよ。ただオーナーとして運営を任されているだけなの。それにビルが建っている土地は、梢ちゃんのママのものなのよ。ママから土地を借りてビルを建てたの』
『そうなんだ……。ママと絵利香はお友達だもんね』

『さあさあ、いつまでもここに立ってないで、中に入りましょう』
『はーい』
 二人の手を引いて、ビルの中へ向かう絵利香。
『いらっしゃいませ、絵利香さま』
 深々と頭を下げて絵利香を出迎えたのは、ホテル総支配人の田口であった。おそらくドアボーイから、オーナーの絵利香が来たという連絡を受けて、わざわざ出て来たのであろう。馴染みの客の顔をすべて覚えているドアボーイだ、絵利香を知らないはずはない。
『今日はどちらをご利用なされますか?』
『はい。この子達を連れてデパートの方へ』
『そうですか。あ、そちらのお嬢さまは真条寺家のご令嬢ではありませんか?』
『あたり! よくわかりましたね』
『いえ、梓さまに面影が似てらしたし、真理亜さまと同い年のお嬢さまがおられるとのことでしたので』
『あは、ホテル業界の人って、お客の特徴を覚えるのが上手なのね』
『はい。それがホテルマンの必須条件ですから』
『ともかく、昼食は展望レストランで取りますが、この子達のために食後の休憩をしたいと思います。一部屋用意しておいていただけますか?』
『かしこまりました。スウィートルームをご用意しておきますので、その時分に連絡していただければ、お迎えに参ります』
『お手数かけます』
『どういたしまして、それではごゆっくりお買い物を楽しんでくださいませ』
 挨拶が済むと同時に、真理亜が展望エレベーターまで駆け出して、昇降ボタンを押している。展望エレベーターには、コンパニオンがガイドとして常勤し、昇降の操作をしているので、一階には黙っていても降りて来てくれるから、昇降ボタンを押す必要はないのだが。

 デパート入り口側にもある二基の外面総硝子張りの展望エレベーターは、オフィス階を除く各階止まりで、通常速度で運行している。だから急ぐ人達は、ホテル階・オフィス階まで直通ノンストップの高速エレベーターを利用する。もちろん通常速度で運行する全階止まりの普通エレベーターもあるが、高速エレベーターの急激な加速度や気圧の変化に耐えられない、老人・婦人・幼児連れ、そして障害者の人々が利用するようだ。高速エレベーターにコンパニオンがいないのもうなずけることで、長時間乗っていれば内臓疾患や自律神経失調を引き起こすことは間違いない。


 デパートの最上階にある展望レストラン街。その一角にある日本料理店に、子供達を連れて入る絵利香と早苗。
 早速ウエイトレスが寄ってくる。
『いらっしゃいませ。誠に申し訳ありませんが、只今満席となっておりまして、しばらくお待ちいただくことになっておりますが、よろしいでしょうか?』
『ロイヤルボックス席は明いていますか?』
『え? 今は、明いていますけど……』
『じゃあ、使わせていただくわね』
『あ! ちょっとお待ち下さい。そこは特別予約席です』
『いいのよ』
『待ってください。困りますよ』
『あなた……』
『は?』
『新入りみたいね』
『は、はい』
『だったら、ゼネラルマネージャーの前田さんを呼んで来てくださるかしら。いるはずよね?』
『前田マネージャーですか?』
『絵利香が来たといえばわかるから』
 というとさっさとロイヤルボックス席に入ってしまう。

 数分後、前田マネージャーが、血相を変えて飛んでくる。
 前田は、絵利香の直属の配下であり、全米にある日本料理店「しのざき」の統括総支配人を務め、経営上の最高責任者である。
 本来、日本料理店「しのざき」は、篠崎グループの一角を担う国際観光旅行社のレストラン事業部の直営となっている。全世界に七十八店舗を展開しているが、全米十二店舗だけは、篠崎グループの常任取締役でもある絵利香が特別事業部長オーナーとして独立経営体系をとっている。そしてこのブロンクスデパート&ホテル「SINOZAKI」の中に、事業本部を置いて拠点としている。

 オーナーである絵利香が時々この店を利用することは知っているが、ウェイトレスを通して自分が呼ばれたのははじめてであったからだ。自分に用がある時は、直接事務所を訪れるか、屋敷に呼び寄せるかのどちらかだった。
『これは、ウェイトレスが何かまずいことをしたに違いない』
 しどろもどろのウェイトレスを見て、そう思った前田は、ウェイトレスを従え、途中フロアにいたフロアマネージャーの下沢も呼んで、絵利香の元に急いだ。
『あの方は一体、何者なんですか?』
『馬鹿! この店はもちろん、この篠崎ビルのオーナーだよ』
『ええ? それじゃあ、篠崎財閥のご令嬢?』
『そういうことだ』

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