梢ちゃんの非日常 page.14
2021.08.03

梢ちゃんの非日常(ルナリアン戦記前章譚)


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 ベッドの上でバスローブからパジャマに着替えた梢と真理亜が、ネグリジェ姿の絵利香を挟んで、絵本を読んでもらっている。梢の着ているパジャマは真理亜のものであるが、本人の許しを得ている。他人が見たら、仲の良い姉妹とその母親という風に、見間違えるほどしっくりと絵になっている。
 しばらくして眠りに入った二人の寝顔を、腕枕しながら見つめる絵利香。真理亜、梢、そして絵利香という順で並んでいる。梢を真ん中にしたのは寝相が悪いからである。真理亜も絵利香のすぐ隣に寝たがったが、絵利香が真ん中になると起きだすことが難しくなるので、説得して反対側に寝かせた。
『どんなにやんちゃでも、寝顔はやっぱり可愛いね』
 大きなあくびをして、
『さてと……今日は、梢を連れて歩き回ったから、疲れたわ。ちょっと早いけど、わたしも眠りますか』
 布団をかぶる絵利香。


 翌朝。
 ベッドで眠る梢と真理亜。絵利香はすでに起きだしていて、ここにはいない。
 扉が開いて、絵利香そしてぬいぐるみを抱えた梓が入ってくる。絵利香は昨日までの大まかなことを、梓に伝えてある。
『真理亜ちゃん、朝よ』
『梢ちゃん、朝ですよ』
 と、二人はそれぞれの娘を起こしにかかる。
『ん、おはよう。絵利香』
 真理亜はすぐに目覚めるが、
『ん……うん』
 寝起きの悪い梢は、目をこすりながらも、まだ夢うつつ状態である。
『早く起きないと帰っちゃうわよ』
 やさしい声で、梢の耳元でささやく梓。
 その声にやっと目覚める梢。
『ママ! ママ、お帰りなさい!』
 梓に飛びつく梢。二晩ぶりの再会に、感激してキスと長い抱擁がつづく。
『梢ちゃん。ママがいない間、お利口にしてたかな』
『うん。お利口にしてたよ』
『そう。じゃあ、約束のおみやげよ』
 と言って、コアラのぬいぐるみを手渡す。
『ありがとう、ママ』
 梢は、再びお礼に軽くキスをする。
『あのね。真理亜ちゃんと、お友達になったんだよ』
『そうなの。良かったわね。お友達ができて』
『うん!』
 真理亜の方に向き直って、
『真理亜ちゃん、梢ちゃんと、仲良くしてあげてね』
『うん。いいよ』
『ありがとう。それじゃあ、真理亜ちゃんにも、ハイ! 梢ちゃんと遊んでくれたお礼よ』
 と言ってコアラのぬいぐるみを手渡す梓。
『ありがとう』
 梓にお礼を言って、コアラを抱いて頬擦りする真理亜。女の子なので、ふわふわしたものには無意識に頬擦りしたくなるようだ。

『梢ちゃん。動物園はどうだった?』
『あのね、あのね。あしかさんと仲良しになって握手したよ。それからね、足し算の競争したよ』
『あしかさんと競争したのね。どっちが勝ったのかしら?』
『最初はね。梢、負けちゃったの。でも二回目は勝ったよ』
『じゃあ、引き分けね』
『うん。それからね、ぬいぐるみもらったよ』
 というとベッドを降りて、絵利香の勉強机の上に置いてある、あしかを持ってくる。
『これだよ』
『まあ、あしかさんね』
『うん』
 動物園で体験したことを、記憶に残っている限り身振り手振りで補いながらも、一所懸命に母親に伝えようとしている梢と、それをしっかりと聞いてあげようとする梓であった。母と娘のスキンシップのありかたは、梓が渚から身を持って教えこまれたものであり、それをそのまま自分の娘に対して実践している。
『これだったら、ママのコアラさんはいらなかったかな』
『そんなことないよ。ママのプレゼントのコアラさん、とっても嬉しいよ。そしてね、あしかさんは、絵利香のプレゼントだよ。だって、絵利香が動物園に連れていってくれたから、もらえたんだよ』
 絵利香と動物園に行く。あしかショウでぬいぐるみをもらう。だからあしかは絵利香のプレゼント。見事な三段論法である。三歳の梢がこれだけの論理を展開できるとは、感心する梓と絵利香だった。

『真理亜も動物園、行きたかったな』
 親指の爪を軽く噛んで、うらやましそうに梢と絵利香を見つめる真理亜。
『真理亜ちゃんとは、先週遊園地に行ったばかりじゃない』
『でも、ぬいぐるみもらえなかったもん。真理亜もあしかさん欲しかったな』
『次に行ってもあしかさん貰えるとは限らないわよ。たまたま貰えただけかもしれないし』
『ううん……でも』
 うらめしそうに絵利香をじっと見つめる真理亜。
『わかったわよ。動物園に連れて行ってあげるわよ』
『ほんと? いつ、連れていってくれるの?』
 目をきらきらと輝かせて真理亜が尋ねる。絵利香が嘘を言わないことを知っているからだ。
『そうねえ……来週の日曜日には、真理亜ちゃんの、保育園の入園式があるでしょ』
 保育園では共働きの家庭を考慮して、日曜日に入園式を行っていた。
『うん。真理亜、保育園に入るよ』
『だからね。その次の週の日曜日にしましょう』
『うん。それでいいよ』
『忘れないように、お部屋のカレンダーに印を付けておきましょうね』
『うん!』
 勉強机に歩いていき、正面に下げられているカレンダーの当日の日に赤丸をつける絵利香。すでに来週の日曜日には、入園式を示す赤丸がついている。その真下に赤丸が追加された。
『はい。これでいいわね』
『うん』
 ベッドの上からにっこりと微笑む真理亜。
 そんな二人を見つめながら、梓が梢にさらに問いかける。
『パンダさんはどうだった?』
『あのね。パンダさん、おねんねしててつまんなかった』
『なんだ。おねんねしてたんだ。梢ちゃんだって、お昼寝するから、パンダさんだって、お昼寝するのね』
『うん。絵利香もそう言ってた。それでね、起きてる時にまた来ようねって、言ってくれたよ』
『じゃあ、今度はママと一緒に行こうか?』
『うん。行く、行く!』
『そうねえ。真理亜ちゃんと、同じ日に一緒に行きましょう』
『うん。真理亜ちゃんと一緒だね』

 篠崎邸玄関車寄せにフリートウッドが停まっている。
 絵利香と真理亜、梓と梢が対面して、別れの挨拶をしている。
 真理亜は絵利香のスカートを握っているし、梢はあしかのぬいぐるみをしっかりと抱えている。さすがに大きくて二つ同時に持てないようだが、コアラでなくてあしかの方を持っているということは、よりそちらが大事に思えるらしい。動物園での絵利香との楽しい思い出がいっぱい詰まっているのだから。
 コアラは梓が持っている。
『今回は、本当に感謝しているわ。この借りはいつか返すわね』
『まあ、期待しないで待っているわ』
『梢ちゃん。絵利香と真理亜ちゃんにお礼言いなさい』
『絵利香、ありがとう。真理亜ちゃん、また遊んでね』
『どういたしまして』
『うん。またね』

『はい。梢ちゃん、乗って』
『はーい。ママ、ちょっと持ってて』
 ぬいぐるみを持っていては、邪魔になって車に乗れないので、一旦梓に渡してから車に乗り込み、席についたところで、再び返してもらう梢。
『今度からうちの屋敷に来る時は、真理亜ちゃんも一緒に連れてきてよ。梢ちゃんも喜ぶだろうから』
『そうね。そうするわ』
 以前から真条寺家を訪れる時に、何度か真理亜を連れて行こうかと思ったことがあるが、梢と違って人見知りをするので、ためらっていたのだった。幼児の記憶が発達するのは、三歳からということだし、幼児社会性が芽生え友達を求めるようになる時期に入る頃、それからでもいいだろうと判断していた。同い年の梢が友達になったことで、これからは遠慮はいらないだろう。
 やがてゆっくりとフリートウッドが動きだす。
 梢が、後部座席から後ろを振り向いて、さかんに手を振っている。絵利香と真理亜も、それに応えるように手を振る。

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