梢ちゃんの非日常 page.22
2021.08.13

梢の非日常(ルナリアン戦記前章譚)


page.22

『麗香さん、スタートの合図をお願いします』
『かしこまりました。ただ美鈴さん一人で、撮影しながらの雪の上の移動は滑って危険なので、後二人カメラ担当を増やしましょう。スタート地点、プールサイド地点、その中間点に配置して固定撮影します』
『そういえばそうね。気がつかなったわ。すぐに手配してください』
 早速携帯を使って、カメラと担当者を手配する麗香。
 数分後、明美と美智子が呼ばれ、カメラの準備も整って、スタートの合図を待つだけになった。
『では、用意してください』
『ああ、待って。一応フェアプレイとして、忠告しておくわ。母娘で動かせる限界は、これくらいの大きさだからね』
 といって、手のひらで高さを示す絵利香だった。

『ママ、負けてるよ。真理亜ちゃんの方が大きいよ』
『大丈夫よ。今は負けてるけど、だいぶこつがつかめてきたから、十分逆転できるわ。最後に勝つのは梢ちゃんよ』
『そうだね。勝とうね』
『ママにまかせておきなさい』
『うん!』
 日頃学業と仕事とで忙しい梓ゆえに、一緒に身体を動かして遊ぶ機会の少ない梢にとって、母親と力を合わせて雪だるまを作り上げるというゲームは、このうえなく幸せな気分を味わえる至極の時間といえた。満面の笑みを浮かべ、梓にぴったり寄り添うように一所懸命に雪球を押している。
 梢組の雪球は次第に大きさを増して、真理亜組にほぼ並んだようだ。
『終了まで、あと十分です』
 麗香が残り時間を告げる。
『ようし、梢ちゃん。最初の地点にいっきに戻るわよ』
『わかった!』
 怒濤の勢いで雪球を転がしはじめる梢組。妊娠出産授乳を経て体力をかなり失っている梓ではあるが、スポーツマンとして鍛えた身体にはまだ十分な体力が残されているようだ。
 一気に押しまくってスタート地点に舞い戻る梢組。ほとんど同時に真理亜組も到着する。
『ふう……さすがに堪えるわ。少し頑張りすぎたみたい』
 両膝に手をつき、肩で息をしている梓。
『ママ、大丈夫?』
 梢が心配そうに顔をのぞいている。
『大丈夫よ。少し休めば、元気になるわ』
『ほんと?』
『心配ないわ』

『終了まで、あと五分です』
『ふう。休んでる暇はなさそうね』
 すっくと立ち上がり、大きく深呼吸して息を整えると、
『梢ちゃん、もうひと頑張り。今度は頭を作るわよ』
 と声をかける。
『うん。頑張る』

 梓母娘の奮闘ぶりを眺めている絵利香。
『さすがに実の母娘ね。はじめて雪だるまを一緒に作ったというのに、息がぴったり合ってるわ。といって真理亜ちゃんがひけをとるというわけじゃないけど』
『絵利香。梢ちゃん達、行っちゃったよ。負けちゃうよ』
 梢たちを指差しながら、真理亜が不安そうにしている。
『ようし、こっちも頑張ろう。行くわよ』
『うん!』
 遅れ馳せながら絵利香たちも動きだした。

『時間です』
 正午を告げる鐘が鳴り響いた。
 スタート地点には、ほぼ大きさの同じ雪だるまが並んでいる。
『お互い何とか間に合ったわね』
『あなたに担ぎだされて難儀させられたけど。いい汗かいたし、梢ちゃんも満足しているようだから、よしとしよう』
『なに言ってるんだか……』
『さて、どっちの勝ちかな。公平な立場で、麗香さんに審判してもらいましょう』
 二つの雪だるまを見比べていた麗香が判定を告げた。
『これは引き分けでよろしいのではないでしょうか』
『そうね。どっちが大きいかなどと野暮なことはやめておきしょう』
『賛成だわ。梢ちゃんも真理亜ちゃんもいいわね』
『うん。いいよ』
 とほとんど同時に答える子供達。
 子供達にとって、勝負がどうのというより、母親と一緒に遊べたことのほうが楽しかったようだ。
『さあ、記念写真を撮ってお食事にしましょう』
『はーい!』
『麗香さん、お願いします』
 といって、絵利香が自分のデジタルカメラを手渡した。
『かしこまりました』
 麗香がカメラを構え、雪だるまの前に並んで、記念写真におさまる一同。


 寝室。
 ベッドですやすやと眠る梢と真理亜。
 そのベッドの両縁に腰掛け、子供達の寝顔を見つめる梓と絵利香。
『さすがに雪だるま作りで疲れたようね。食べたらすぐ寝る状態だもん。普段なら食後三十分くらいしないと眠くならないのに』
『そうね。真理亜ちゃんなんか、朝から二つも作ったせいで、食事の最中からこっくりやってた』
『おやつの時間までには起きるかな』
『まあ、起きないでしょうけど。目覚めた時には開口一番、おなかすいたって言うんじゃないかな』
『そうだね。いつでもすぐに食べられるように、おやつは用意しておきましょう』
『さて、リビングに戻りましょうか』
『それじゃあ、早苗さん。お願いします』
『はい。かしこまりました』
 梓達が寝室を退室する中、早苗と梢づきのメイドが残った。。
 寝返りをうったりして乱れた布団を掛け直すことの他、梢が寝ぼけてうろついたり、屋敷内をまだ知らない真理亜が目覚めて、絵利香を探して泣いたりしないように見守るためである。

 リビング。
 TVを見ている梓達。
 ニュース番組が流れ、真条寺家の屋敷前でキャスターが解説している。
『昨夜からの大雪で大停電とそれに伴う断水に見舞われているニューヨークにありましても、ここブロンクス地区だけは電気と飲料水が供給され、公民館や公立学校などの公共施設には給湯と床暖房用の温水さえも豊富に供給されています。それらの公共施設や自然緑地の広場に設けられたテント村では、停電や断水により食事が出来ないブロンクス近隣住民の為に、現在無償で炊き出しが行われています。近隣住民にはもよりのステーションに送迎バスが用意され順次ピストン運行されています。もちろん暖房の効いた公共施設は、避難所として寝泊まりできるようになっています』
 そしてヘリコプターからの真条寺家の全景に切り替わった。
『ご覧ください。眼下に見えますのが、私設国際空港と救命救急医療センター及び自然緑地に囲まれた、ブロンクスのベルサイユ宮殿とも称される真条寺家の大邸宅です。空港の地下には百二十万キロワットのコージェネレーション発電機が設けられ、空港や医療センターそして邸宅に電力と温水を供給しています。また、自然緑地の地下には、ブロンクス住民が一週間生活できるだけの豊富な飲料水が貯えられています。そして現在、それらがブロンクス住民に供給されているのです』

『意外と知られていないのですが、ここ真条寺家は空港を拠点とした国際災害救助支援センターの機能をも果たしています。私設国際空港の利便性をフルに活用して、ブロンクスやアメリカ本土はもとより、世界各地へ災害発生から一時間以内に、テントや非常食・粉ミルクなどの援助物資を空輸することができます。それらの物資は空港の一角に設けられた災害用品備蓄倉庫から拠出されます。倉庫にはブロンクス住民を一週間賄うだけの量があるといわれています』

『こちらは第二中継所です。この公民館でも炊き出しが行われております。あ、今大型バスが到着しました。電気・水道を絶たれた近隣住民を乗せた送迎バスです。車体には国際観光旅行社と篠崎グループのロゴマークが見えます。当グループは、この大停電の期間中営業を停止して、観光バスや運輸トラック・除雪用に使用する土木建設機械などの全車両を災害援助に差し向ける方針を表明しています。炊き出しに使われている食料のすべても、グループの食糧部門から拠出されています。さすがに真条寺家と肩を並べるブロンクスの第二勢力ですね。こちらも災害救助活動では負けていません』

『都会の中にこれだけの大邸宅を構えながらも、近隣住民から反発が起きないのも、そういった事情があるからです。地域住民のことも考えた
『さて再びマンハッタンにカメラを戻しましょう』

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