銀河戦記/鳴動編 第二部 第五章 アル・サフリエニ Ⅰ
2021.06.27

第五章 アル・サフリエニ




 アル・サフリエニ方面タルシエン要塞。
 中央コントロール室。
 要塞司令官のフランク・ガードナー少将は、銀河帝国から放映されているアレックス・ランドールこと、アレクサンダー皇子の元帥号親授式及び宇宙艦隊司令長官就任式の模様をいぶかしげに眺めていた。
 アナウンサーは、アレクサンダー皇子についての詳細を解説していた。行方不明になってからのいきさつ、統制官としての軍部の改革、そして宇宙艦隊司令長官への抜擢。
 やがてアレックスが登場して、儀典がはじまった。
 大勢の参列者が立ち並ぶ大広間の中央、真紅の絨毯の敷かれた上を、正装して静かに歩みを進めるアレックス。
 参列者の最前列には皇女たちも居並んでいる。
 エリザベスの待つ壇上前にたどり着くアレックス。
 ファンファーレが鳴り響き、摂政エリザベスが宣言する。
「これより大元帥号親授式を執り行う」
 壇上の袖から、紫のビロードで覆われた飾り盆に乗せられて、黄金の錫杖が運び込まれる。錫杖は権威の象徴であり、軍の最高官位を表わしているものである。

 そんな儀典の一部始終を、タルシエン要塞の一同はじっと目を凝らして見つめている。
「やっぱりただものじゃなかったですね。ランドール提督は」
 要塞駐留第八艦隊司令のリデル・マーカー准将が口を開いた。
「ただものじゃない?」
「皇家の血統だとされるエメラルド・アイですよ。またぞろ帝国のスパイ説という議論が再燃しそうです。解放戦線の将兵達の士気に影響しなければよいのですがね」
「アナウンサーの解説を聞いただろう。幼少時に誘拐されて、その後の経緯は不明だが共和国に拾われたのだそうだ。生まれは帝国かもしれないが、育ちは共和国だ。生みの親より育ての親というじゃないか。提督は、純粋に共和国人と言ってもいいんじゃないか?」
「確かにそうかも知れませんが、人の感情というものは推し量れないものがあるものです。仲間だと思っていた人間が、ある日突然皇帝という天上人という近寄りがたい存在となった時、人は羨望や嫉妬を覚えないわけにはいかないのです」
 准将の危惧は当たっているといえた。
 要塞に駐留する艦隊内では、あちらこちらでアレックスの話題で盛り上がっていた。
「大元帥だってよ。えらく出世したもんだ」
 銀河帝国と共和国同盟とでは、軍人の階級については違いがある。
 同盟では、大将が最高の階級である。
「しかも、ゆくゆくは皇帝陛下さまだろ。身分が違いすぎじゃないか?」
「やっぱりあの噂は本当だったということかしら」
「帝国のスパイってやつか?」
「また蒸し返している。赤ちゃんの時に拾われた提督が、スパイ活動できるわけないじゃない」
「そうそう、たまたま行方不明になっていた王子様を同盟軍が拾って何も知らないで育ててきただけだ」
「だからってよお……。今日の今日まで、誰も気がつかなかったってのは変じゃないか。時の王子様が行方不明になっているっていうのにさ」
「それは、王子が行方不明になったことは極秘にされたのよ。大切なお世継ぎが誘拐されたなんて、帝国の沽券に関わるじゃない」


「そんなことよりもさあ。帝国艦隊全軍を掌握したんなら、あたし達に援軍を差し向けられるようになったことでしょう?」
「そうだよ。援軍どころか帝国艦隊全軍でもって連邦を追い出して共和国を取り戻せるじゃないか」
「しかしよ。共和国を取り戻せても、帝国の属国とか統治領とかにされるんじゃないのか? 何せ帝国皇帝になるってお方だからな」
「馬鹿なこと言わないでよ。属国にしようと考えるような提督なら解放戦線なんか組織しないわよ。アル・サフリエニのシャイニング基地を首都とする独立国家を起こしていたと思うのよ。周辺を侵略して国の領土を広げていたんじゃないかしら」
「アル・サフリエニ共和国かよ」
 会話は尽きなかった。
 アル・サフリエニ共和国。
 乗員達が冗談めいて話したこのことが、やがて実現することになるとは、誰も予想しなかったであろう。
 フランク・ガードナー提督にとって、アレックスは実の弟のように可愛がってきたし、信頼できる唯一無二の親友でもある。解放戦線を組織してタルシエン要塞のすべてを委任して、自らは援助・協定を結ぶために帝国へと渡った。そして偶然にして、行方不明だった王子だと判明したのである。
 権力を手に入れたとき、人は変わるという。虫も殺せなかった善人が、保身のために他人をないがしろにし、果ては殺戮までをもいとわない極悪非道に走ることもよくあることである。
「変わってほしくないものだな」
 椅子に深々と腰を沈め、物思いにふけるフランク。
 その時、通信士が救援要請の入電を報じた。
「カルバニア共和国から救援要請です」
 またか……という表情を見せるフランク。
 アレックスが帝国皇太子だったという報が入ってからというもの、周辺国家からの救援要請の数が一段と増えてしまった。解放戦線には銀河帝国というバックボーンが控えているという早合点がそうさせていた。しかし、アレックスが帝国艦隊を掌握しようとも、総督軍が守りを固めている共和国を通り越して、アル・サフリエニに艦隊を進めることは不可能なのだ。
 帝国艦隊が総督軍を打ち破るまでは、現有勢力だけで戦わなければならない。たとえ周辺諸国を救援したとしても、防衛陣は広範囲となり、補給路の確保すらできない状況に陥ってしまう。
「悪いが、これ以上の救援要請は受け入れられない。救援要請は今後すべて丁重に断りたまえ」
「ですが、すでにオニール提督がウィンディーネ艦隊を率いて現地へと出動されました」
「なんだと! 勝手な……」
 頭を抱えるフランクだった。
 当初の予定の作戦では、タルシエン要塞を拠点として、カラカス、クリーグ、シャイニング基地の三地点を防衛陣として、篭城戦を主体として戦うはずだった。
 その間に、アレックスが帝国との救援要請と協定を結んで、反攻作戦を開始する。それまではじっと耐え忍ぶはずだった。

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2021.06.27 09:35 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第十三章 カーター男爵 Ⅳ
2021.06.26

第十三章 カーター男爵




 公爵より情状酌量を得られたカーター男爵。
 捲土重来よろしく、公爵の信頼を取り戻すためには何をするべきなのか……。
 自分を拾ってくれた公爵への恩を返すには何をすべきなのか?
 自らの居城に戻り策略を巡らす。


 時は遡ること二十年ほど前。
 男爵マンソン・カーターの家系は、没落貴族で爵位をも失っていた。
 十五歳のおり糧を求めて、輸送船の乗組員として雑用係をやっていた。
 その輸送船はロベスピエール公爵の持ち船であり、荷役に折に時折姿を見せる公爵の威厳ある態度に、憧れをも抱いていた。
 そんなある日、公爵がウェセックス公国から帝国本星アルデラーンへと行幸する旅に同行することが叶ったのだった。
 しかも、公爵の御座に酒などを運ぶ配膳掛かりに任命されたのだった。
 行方不明となっているアレクサンダー王子に次ぐ皇位継承第二位であり、次期皇帝確実という身分であった。
 間近で見る高級貴族に羨望のまなざしを向けるカーターだった。


 突然大きく揺れる船体。
「何事だ!」
「か、海賊です!」
「やはり来たか! 応戦しろ!」
 公爵の乗る船の周りに護衛艦が集まって、海賊の攻撃から守りつつ、反撃を開始した。
「どこの所属の海賊か?」
「おそらくは、この辺りを荒らしているドレーク海賊団かと思われます」
「そうか、捕まえて儂の前に引っ立てよ」
「かしこまりました」
 船長はうやうやしく頭を垂れると、オペレーターに命令した。
「重戦艦を公爵の船の前に並べよ! さらに海賊船団を取り囲め!」
 どうやら海賊の出現を予見して、護衛艦隊を隠し持っていたようだ。
 完全包囲される海賊船団。
 海賊と正規軍隊では火力がまるで違った。
 抵抗空しく海賊はリーダーの船を残して全滅した。

 リーダーのドレークは捕えられ、公爵の前に引きだされた。
 後ろ手に縛られ跪かされているドレーク。
「一応、お主の名前を聞こうか」
 厳かに質問する公爵。
「ドレーク。フランシス・ドレークだ!」
 言うが早いか、隠し持っていたナイフで手綱を切って、公爵に襲い掛かった。
「危ない!」
 配膳掛かりで傍に立っていたカーターが、公爵の前に立ちはだかりドレークの襲撃を防ぐ。ドレークのナイフが腹に突き刺さるも、カーターはその手をしっかりと掴んで離さなかった。
 身動き取れなくなったドレークは、従者によって取り押さえられた。
「医者だ! 医者を呼べ!」
 公爵の声が遠くなっていく。
 無事を確認したカーターはそのまま意識を失った。

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2021.06.26 12:37 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第四章 皇位継承の証 Ⅶ
2021.06.25

第四章 皇位継承の証




 その時一人の従者が駆け込んできた。
「大変です。共和国同盟との国境を守るマリアンヌ皇女さまの艦隊が攻撃を受けています」
「なんですって!」
 共和国同盟との国境にあるエセックス候国の守備艦隊として、ジュリエッタの第三艦隊と、マリアンヌの第六艦隊が交代で任務に当たっていた。現在はマリアンヌが、その旗艦マジェスティックにて指揮を執っていたのである。
 一同は驚愕し、アレックスを見つめた。
「連邦の先遣隊でしょう。本隊が進軍する前に偵察をかねて先遣隊を出すことはありえます。それがたまたま皇女艦隊と鉢合わせてして、交戦状態に入ったのでしょう」
「エリザベスさま。早速、救援を向かわせましょう」
 しかし、アレックスはそれを制止した。
「言ったはずです。国境を越えられてから行動を起こしても遅いとね。現場まで何時間かかるとお思いですか。救援隊が到着した時には、とっくに全滅しています」
「しかし、マリアンヌ皇女さまが襲われているのを、黙って手をこまねいているわけにはいかない」
「敵が攻め寄せて来ているというのに、体裁を気にしてばかりで行動に移さなかったあなた方の責任でしょう。私の忠告を無視せずに、あの時点で艦隊を派遣していれば十分間に合ったのです」
「そ、それは……」
 パトリシアが入室してきた。
「提督……」
「どうだった?」
「はい。マリアンヌ皇女さまは、ご無事です」
 おお!
 という感嘆の声と、何があったのかという疑問の声が交錯した。
「国境付近に待機させておいた提督の配下の者が救援に間に合ったようです。旗艦マジェスティックは大破するも、マリアンヌ皇女さまはかすり傷一つなくノームにご移乗なされてご安泰です」

「皆の者よ。良く聞きなさい」
 それまで静かに聞き役にあまんじていたエリザベスが口を開いた。
「摂政の権限としての決定を言い渡します」
 と言い出して、皆の様子を伺いながら言葉を続けていく。
「共和国総督軍が、帝国への侵略のために艦隊を差し向けたことは、もはや疑いのない事実です。不可侵にして絶対的である我等が聖域に、侵略者達に一歩足りとも足を踏み入れさせることなど、断じて許してはなりません。一刻も早く対処せねばなりません。ここに至っては摂政の権限として、このアレクサンダー皇子を宇宙艦隊司令長官に任じ、銀河帝国宇宙艦隊全軍の指揮を任せます」
 謁見室にいる全員が感嘆の声をあげた。
 宇宙艦隊司令長官に任じたことは、アレックスを皇太子として公式的に認めることを意味するからである。
 不可侵にして絶対的なる聖域である帝国領土を、敵の侵略から守るために、共和国同盟軍の英雄として采配を奮った常勝の将軍を、宇宙艦隊司令長官に任ずるという決定は即座に全艦隊に伝えられた。
 もちろん皇太子であることには一切触れられてはいなかったのであるが、皇太子殿下ご帰還の報はすでに非公式ながら全国に流されていたので、皇室が皇太子殿下を正式に認知したものとして、民衆はアレックスの宇宙艦隊司令長官就任の報に大いに歓喜したのである。


 新たなる情報がもたらされた。
 バーナード星系連邦において、クーデターが発生したというものであった。
 一部の高級将校が決起して、軍統帥本部などの軍事施設を占拠して高級官僚を拘禁し、国会議事堂、中央銀行、放送局など、軍事と政治経済の重要施設を手中に収めたのである。
 総督軍の帝国侵略開始と時を同じくして決起したのは、総督軍からの鎮圧部隊の派遣が困難な情勢となったことを見越してのことであろう。
「これで連邦側からの侵略の可能性は当分ないだろう。心置きなく総督軍と対峙する事ができる」
 軍事クーデターが成功したとはいえ、政治経済の中枢を押さえただけで、これから国家を立て直し、軍や艦隊を動かせるようになるにはまだまだ先の話となる。
 マーガレットの第二皇女艦隊とジュリエッタの第三皇女艦隊とを併合し、これにランドール旗艦艦隊を合流させて、総督軍に対する迎撃艦隊とした。他の艦隊を加えなかったのは、戦闘の経験もなく脆弱すぎて被害ばかりが増えると判断したからだ。また解放戦線に援軍を求めるにも遠すぎて無理がある。総督軍にはまだ二百万隻もの艦艇が残されている。それに対処するためにも解放戦線は動かせなかった。
 陣容は整ったものの、すぐには出撃はできなかった。
 国境を越えての大遠征となるために、補給を確保するための補給艦隊の編成と、燃料・弾薬・食料などの積み込みだけで三日を要した。
 それらの準備が整うまでの時間を使って、アレックスの大元帥号親授式と宇宙艦隊司令長官の就任式が執り行われることとなった。

 宮殿謁見の間が華やかな式典の会場となった。
 普段は謁見の間への参列を許されていない荘園領主や城主、そして下級の将軍達が顔を揃えていた。祝いの席をより多くの人々に見届けてもらおうという配慮だった。
「アレクサンダー第一皇子、ご入来!」
 重厚な扉が開かれ、儀礼用の軍服に身を包んだアレックスがゆっくりと緋色の絨毯の上を歩んでいく。宮廷楽団がおごそかな楽曲を奏でている。やがて壇上の手前で立ち止まるアレックス。
 参列者の最前列には皇女たちも居並んでいる。
 大僧正の待つ壇上前にたどり着くアレックス。
 ファンファーレが鳴り響き、摂政エリザベスが宣言する。
「これより大元帥号親授式を執り行う」
 壇上の袖から、紫のビロードで覆われた飾り盆に乗せられて、黄金の錫杖が女官によって運び込まれる。錫杖は権威の象徴であり、軍の最高官位を表わしているものである。
「銀河帝国第一皇子アレクサンダーよ。このたび銀河帝国は、汝に大元帥号の称号を与え、宇宙艦隊司令長官に任命する。銀河帝国摂政エリザベス」
 別の女官が勲章を乗せた運び盆を持って出てくる。エリザベスは、たすき掛けの勲章を受け取ってアレックスの肩に掛け、胸にも一つ勲章を取り付けた。そして豪華な織物でできたマントを羽織らせて、黄金色に輝く錫杖を手渡した。
 アレックスが与えられた錫杖を高く掲げると、再びファンファーレが鳴り響き、
「アレクサンダー大元帥閣下万歳!」
「宇宙艦隊司令長官万歳!」
 というシュプレヒコールの大合唱が湧き上がった。
 この儀式の一部始終は国際放映され、連邦や共和国へも流されたのである。

第四章 了

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2021.06.25 09:21 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第四章 皇位継承の証 Ⅵ
2021.06.24

第四章 皇位継承の証




 その夜のアレクサンダー皇子を迎えての晩餐会は盛大であった。
 アルビエール候国内の委任統治領の領主達が全員顔を揃えていた。
 彼らの子弟達は統制官大号令によって、将軍の給与をカットされて不満があるはずだろうが、今はその事よりも自分の顔を売って、委任統治領の領主たることを安寧にすることの方が大切だと考えていたのである。
 アレックスのもとには、領主達が入れ替わりで挨拶伺いにきていた。その順番は、爵位や格式によって決められているようである。
 共和国に生まれ育った者としては、実に面倒くさくて放り出したくなる風習だが、これが立憲君主国における貴族達との交流であり、国政をも左右する儀式でもある。これから彼らを傅かせて帝国を存続させてゆく上で大切なものであった。
「いかがですかな? 楽しんでいらっしゃいますか?」
「はい。堪能させてもらっています」
 貴族達の挨拶には辟易するが、目の前に並べられた料理には感嘆していた。選びに選び抜かれた極上の品々、舌もとろけそうなほどの美味な一品。どれも見張るばかりの豪勢なものばかりだ。
「それは良かった」

「そうそう、この星に来る時に海賊に襲われましてね」
「なんと! それはまことですか?」
「私が幼少の頃にも襲われたようですけどね」
「あの時は、皇后がこちらで出産、育児と静養をしておりましてね。そして帝国へお戻りになられる時でしたな。船ごと誘拐されまして、皇后はお亡くなりになり、皇子も行方不明となられました。その実は、共和国同盟でご存命であらせられ、軍人として立派な偉業を成し遂げていらっしゃった。さすがにソートガイヤー大公様の血を継がれたお方だと感心している次第であります」
 褒めちぎられて、こそばゆく感じるアレックスだった。
「ともかく、帝国領と自治領との境界や、国境中立地帯付近を通る時は注意した方がよろしいでしょう」
「そうですな。気をつけることに致しましょう」
 これらの会話において、ハロルド侯爵の表情の変化を読み取ろうとしていたアレックスだった。内通者としての疑惑的な態度が現れないかと探っていたのであるが、侯爵の表情は真剣に心配している様子だった。そもそも、侯爵が皇子を誘拐する理由はどこにもないし、皇帝と血縁関係にあるものを自ら断ち切るはずもなかった。叔父と甥という関係は、確実に存在しているようであった。
 一応は念のための確認であった。

 翌日。
 自治領艦隊の一部を護衛に付けると言う侯爵の申し出を丁重に断って、サラマンダー艦隊にて首都星に戻ったアレックス。
 統合軍作戦本部長を執務室に呼び寄せると、海賊に襲われた経緯を伝えて、国境警備を厳重にして、海賊が侵入できないようにするように命じた。海賊追撃のために自治領への越境の許可も与えた。
 次々と戦争に向けての準備を続けているアレックス。
 そんな中、トランターのレイチェルのもとから暗号文がもたらされた。
 総督軍が、二百万隻の艦隊を率いて、銀河帝国への進軍を開始したというものだ。タルシエン要塞からも、進軍する二百五十万隻の艦隊を確認したという報告が入った。後者の数字が多いのは、輸送艦隊を含んでのことであろう。
 ついに戦争がはじまる。
 アレックスは身震いした。


 ただちに御前会議が招集された。
 その席には、パトリシアもアレックスの参謀として参列していた。
 トランターを発して進軍する二百五十万隻の艦艇の模様が放映されている。
 その映像に説明を加えるパトリシア。
「この映像は、皇子すなわちランドール提督配下の特務哨戒艇が撮影した、今まさに進軍中の総督軍の様子です。十日もしないうちに中立地帯を越え、銀河帝国への侵略を開始するでしょう。一刻も早く迎撃体勢を整えるべきです」
「しかし、友好通商条約はどうなるのだ」
「それは前にも申しましたように、条約は破られるものです」
「まさか、神聖不可侵のこの帝国が……」
 うろたえる大臣達。
「しかし、我々の情報部には何も」
「それはそうでしょう。帝国内にいる我々と違って、ランドール提督の元には同盟内にあって活発な活動をしている解放軍情報部を持っているのですから」
 パトリシアが説明する。
「そうはいっても現実に侵略を受けていない以上、帝国艦隊を動かすことはできない。宇宙艦隊司令長官がいない現状では」
「しかし国境を越えられてから行動開始しては遅すぎます。総督軍が進軍を開始したのは明白な事実なのです」
「戦略上重要なことは、情報戦において敵の動静を素早くキャッチして行動に移せるかにかかっているのです」
「二個艦隊以上を同時に動かし、国境を越えるかもしれない作戦を発動できるのは、宇宙艦隊司令長官だけなのです」
「宇宙艦隊司令長官ですか」
「銀河帝国皇太子殿下の要職で、他の者が就くことはできません」
「つまりは皇太子殿下がいなければ、どうしようもないということですか」
「帝国建設以来、一度も侵略の危機を経験することのなかった治世下にできた法ですから、矛盾が多いとはいえ法は順守されねばなりません」
 数時間が浪費され、その日の御前会議はもの別れという結果で終わった。

 それから幾度となく御前会議が行われたが、議論を重ねるだけで何の進展もない日々が続いた。
 二百五十万隻の艦隊が押し寄せてきているというのに、一向にその対策を見い出せず狼狽するばかりである。
 一方の将軍達は、日頃からアレックスに尻を叩かれながらも大演習に参加したり、新造戦艦の造船の様子を見るにつけ、戦争が間近に迫っていることを、身に沁みて感じ取っていた。
 アレックスの先見性の妙、共和国同盟の英雄たる卓越した指導能力には絶大なる信頼となっていたのである。
「それでは、この災厄ともいうべき事態。皇子はどのように対処なさるおつもりですか」
 エリザベスが改めて質問した。
「もちろん迎撃に打って出ます。第二と第三艦隊に出動を要請し、私の配下の艦隊と合わせて連合軍を組織して、この私が指揮を執らせて頂きます」
「しかし、中立地帯を越えての出撃は問題ですぞ。たとえ第一皇子とてその権限はありませぬぞ」
 アレックスは呆れかえった。
 侵略の危機にあるというのに、相も変わらず法令を持ち出す大臣達の保守的な態度は救いようがない。
 どうにかしてくれという表情で、エリザベスを見つめるアレックス。
 もはや最期の手段を決断する時がやってきているのである。

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2021.06.24 12:37 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第四章 皇位継承の証 V
2021.06.23

第四章 皇位継承の証




 宮殿謁見の間。
「アレックス、だいぶ活躍しているようですね」
 エリザベスは、統制官大号令によって貴族達の反感が高まってきているのを知っていた。貴族達からの陳情もあったが、あえて是正はしなかった。
 ひたひたと押し寄せてくる外敵からの脅威に備えなければならないのは、ジュリエッタが襲われたことからしても、身に沁みて感じていたからである。
「はい。総督軍なり連邦軍との戦争が間近に控えているというのに、平和的ムードに浸っている人々があまりにも多いので、致し方なくはっぱを掛けております」
 すると大臣の一人が意見を求めた。
「統制官殿は戦争が間近だとおっしゃられたが、連邦・共和国双方とは友好通商条約を締結しており、戦争の危惧はないはずですぞ」
 大臣達は、貴族達の代弁者でもある。何かにつけて統制官たるアレックスのやることに異論を訴えていた。
「条約はいずれ破られるものです。過去の歴史をみれば判るでしょう。ジュリエッタ皇女が襲われたことは知らぬとおっしゃられるか?」
「いや、あれは海賊の仕業だということだが……」
「連邦軍ですよ。連邦艦を偽装して海賊に見せかけてはいるが、内装やシステムは紛れもなく連邦のものです。搾取した艦艇を調べて判明しました。総督軍は着々と侵略に向けての準備を進めています」
 さらに大臣達に脅しをかけるように強い口調で言った。
「もし仮に帝国軍が敗れるようなことになれば、貴族達のすべてが爵位を剥奪され、領地や土地を没収されてしまいます。よろしいのですか?」
 さすがに反論はできないようであった。
「私は、共和国同盟において連邦軍と戦い、同盟が滅んだ今もなお解放戦線を組織して戦い続けています。解放戦線の情報部からは、リアルタイムで連邦軍や総督軍の動きが、逐一報告されてきているのです。総督軍の帝国侵略近しとね」
 実際に戦い続けてきた解放戦線最高司令官としての発言は、重厚な響きを持っていた。
 静まり返る謁見の間。

 統制官執務室に戻ったアレックス。
 窓辺に佇みながら、眼下の宮殿参りの貴族達の行列を眺めている。
「戦争が間近に迫っているというのに、呆れた連中だな。己の保身のことばかり考えている。貢物を献上するくらいなら、民衆にほどこしをするなり、税金を下げるなりしないのだ。賄賂が横行し腐敗政治となっている委任統治領も少なくないという。いっそのこと統治領を輪番制にして、三年なり四年の任期で、どんどん頭を挿げ替えればいいのかも知れないな」
「それは軍部統制官の職務からはずれます」
 そばに控えていた次官が忠告した。
「判っている。言ってみただけだ」
 軍部統制官の仕事だけで、問題が山積みとなっているのである。
「国政のことを考えている暇はありません」
 とでも言いたげな次官の表情である。
「国政に関しましては、皇太子におなりになられた時に、改めてお考えになってください」
「ああ、そうだな……」
 それがいつになるかは判らないが……。
「さてと……。明日、明後日は故郷へ里帰りだ。留守の間のことは、予定通りに進めておいてくれ」
「かしこまりました」
 故郷とは、アレックスが生まれ育った土地である。アルビエール候国ハロルド侯爵の領地、惑星ソレントである。
 アレックスがこの大切な時期に、ソレントへの渡郷を決断したのには理由がある。
 あることを確認しようと考えたからである。


 首都星アルデランを出立する二百隻ほどの艦隊。
 アレックスを乗せたソレント行の一団である。
 アルデランを出立して六時間が経過した頃、艦のレーダーにほぼ同数の艦隊が映し出された。
「お迎えがきたようだ」
 それはサラマンダー艦隊であった。
 旗艦ヘルハウンドに乗り移り、ここまで送ってきた帝国艦隊に帰還を命じた。
 それは当初の予定にない行動であった。
「さてと……。奴らが乗ってくるかだな……」
 一言呟いて、サラマンダー艦隊に、予定していたコースを進軍させた。
 アルビエール候国との領界に差し掛かった時だった。
「右舷三十度前方に、国籍不明の戦艦多数! その数およそ三百隻」
 警報が鳴り響き、正面スクリーンには迫り来る敵艦隊が映し出された。
「やはりおいでなすったな。これで帝国内に内通者がいることがはっきりした」
 帝国内には、【皇位継承の証】を持つ皇太子に生きていられては困ると考えている連中がいるということである。彼らはどうやってかは知らぬが、海賊達と連絡を取り合って、今回と幼少の頃のアレックスを襲って、将来邪魔となる人物であるアレックスを消しに掛かっているのである。あるいは莫大なる身代金目的の場合もあるだろう。
「戦闘配備! 相手は国籍を隠蔽している海賊だ。徹底的にやっても構わん。しかしリーダーと思しき艦は足止めするだけにしておけ。捕らえて首謀者を吐かせてやる」
 いかに戦闘能力の高い海賊艦とて、サラマンダー艦隊とは比較にもならなかった。瞬く間に全滅させられ、リーダーらしき数隻がエンジン部を打ち抜かれて漂流していた。
 投降を呼びかけるアレックスだったが、リーダー達は無言で自爆の道を選んだ。
「こうなるとは思っていたが……。ま、確認が取れただけでよしとしよう」
 海賊艦隊を全滅させて、アルビエール候国へと向かうアレックスだった。

 アルビエール候国は、先代皇后の故郷であり、アレックスの故郷でもある。
 領主のハロルド侯爵は、自分の甥の来訪を大歓迎した。
「これはこれは、アレクサンダー皇子。よくぞ参られた」
「今日、明日とおせわになります」
「いやいや、二日間だけと言わずに、お好きなだけご滞在なされても結構ですぞ」
 血の繋がった叔父と甥という関係なのだから、もっと親しく会話してもよさそうなのであるが、幼少の頃より二十余年もの間音信不通で、形式ばった会話になるのは仕方のないことだった。
「メグも一緒だと思っていたのですが」
 もちろんメグとはマーガレット皇女のことである。
「いや、皇女は謹慎処分が完全に解けていないのです」
「それは残念です。次の機会には兄妹ご一緒にどうぞお越しください」
「ぜひ、そうさせて頂きます」

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2021.06.23 09:18 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)

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