銀河戦記/鳴動編 第二部 第八章 トランター解放 Ⅵ
2021.07.17
第八章 トランター解放
Ⅵ
惑星トカレフに近づく艦隊があった。
ジュリエッタ皇女が坐乗するインヴィンシブル率いる第三皇女艦隊である。
自国領エセックス侯国の伯爵が、先走って共和国同盟への簒奪に走ったとの報を受けて、自ら説得のために足を運んだのである。
今後とも同じような轍を踏まないように、きっちりとした態度を見せねばならない。
カーペンター伯爵艦隊を取り囲むようにして、第三皇女艦隊の配備が完了した。
インヴィンシブル艦橋に玉座するジュリエッタが発令する。
「トカレフを包囲する艦隊に威嚇射撃を行います」
ホレーショ・ネルソン提督は、その意を察して下令する。
「威嚇射撃用意!艦に当てない至近に設定」
伯爵艦隊では、突然の攻撃に右往左往していた。
「今の攻撃はなんだ?」
軌道待機の艦隊を預かっている指揮官が尋ねる。
「味方艦、帝国艦隊です」
「味方だと?何故、攻撃する」
「巡洋戦艦インヴィンシブルを確認。ジュリエッタ様の艦隊です」
皇女艦隊だと知って狼狽える指揮官。
まさか皇女相手に反撃するわけにもいかず、そもそも艦船数で敵うはずもなかった。
「今の攻撃は威嚇だけのようです」
「入電しました。インヴィンシブルからです」
「伯爵様に繋げ」
それが精一杯の指令だった。
通信は伯爵の元へと中継される。
「ジュリエッタ皇女様から通信が入っています」
「皇女様から?繋いでくれ」
副官が通信端末を開いて受信操作をする。
壁際のパネルスクリーンにジュリエッタ皇女の姿が映し出される。
「これはこれは皇女様。こんな辺鄙なところに何用でございましょう」
川の流れを受け流す柳のように、平然至極のように尋ねる伯爵。
「それはこちらが聞きたい」
「何をでしょうか?」
「では聞くが、殿下がこの共和国同盟領に進撃した趣旨は理解しておろうな」
「はい。バーナード星系連邦から解放するためです」
「ならば問う。連邦を追い出したまでは良い。代わりに占領政策を行うとは、殿下の意志に反するとは思わなかったのか?」
「そ、それは……」
さすがに言葉に詰まる伯爵だった。
一惑星の城主という身分では飽き足らないと感じていた。
もっと大きな権限や領地が欲しかったのである。
その気持ちが先走りして、大胆にも同盟領の占領という行為になったのだ。
窓の外には、ジュリエッタが派遣したと思われる部隊が次々と降下していた。
やがて、伯爵の居室に銃を構えた兵士がなだれ込んできた。
そこへ悠然と姿を現す一人の文官。
ジュリエッタ艦隊の中でも、戦闘に関わらずもっぱら政務に従事することを任としていた。
「政務次官補のレイノア・ロビンソン中佐です」
と名乗った。
「この惑星トカレフの解放政策のために派遣されました」
「解放政策?」
「はい。アレクサンダー殿下のご意思のままに、このトカレフを元の共和国体制に復帰させるためにです」
「帝国の領土にするのではなく、共和国制度に戻す……それが殿下のご意思なのか?」
「御意!伯爵、あなたを拘禁させて頂きます」
配下の兵士に指令する政務次官補。
兵士に両腕を掴まれ、うなだれる伯爵。
ほどなくして伯爵配下の艦隊はサセックス侯国へと帰還することとなった。
惑星トカレフの顛末を、アレックスに報告するジュリエッタ。
「以上のごとく、殿下のご意思に反して、混乱に乗じ自身の領地を広げようと策謀した貴族は自国に帰還させました。引き続き、同様の行為者に対し厳罰に対処します。殿下におかれましては、心置きなくトランター解放に専念してください」
通信が途切れて、パネルスクリーンの映像が切れた。
「さてと……」
参謀達の方に向き直って、
「そろそろ始めるとするか」
と声を掛けると、
「やりましょう!」
「祖国を取り返しましょう」
参謀達はもちろんのこと、オペレーター達からも声が上がった。
「メビウスのレイチェル・ウィング大佐に繋いでくれ」
電波妨害されていたが、守備艦隊を蹴散らしたうえに、トランター軌道上までくれば、もはや妨害は不可能だろう。
「ウィング大佐が出ました」
パネルスクリーンにレイチェルが映し出された。
「提督、お久しぶりです」
「そちらも元気なようだな」
「作戦発動ですね」
「その通りだ。準備状況は?」
「万端整っております。号令一過いつでも突撃できます」
「わかった。待機して指令を待て」
「かしこまりました」
通信が終了し、映像は途切れた。
アンディー・レイン少将に向かって、
「作戦通りに降下作戦に入ってください」
「了解しました」
アレックスの指令を受けて、レイン少将の指揮による降下作戦が始まった。
これまでトランターの防衛としての任務に当たっていた艦隊である。
惑星における連邦軍の配備状況など、すべての情報を知り尽くしているのだ。
適材適所に部隊を派遣して、次々と攻略していった。
その頃、地上ではメビウス部隊による反抗作戦が繰り広げられていた。
かつての統合総参謀本部である総督府を取り囲む艦船の群れ。
地上では戦車や装甲車が、敵地上部隊との壮絶な戦いを続けている。
その間を縫うように、モビルスーツが進軍する。
それらの戦いざまを、後方のミネルバ艦橋から指揮統制するフランソワ・クレール大尉の元には、続々と報告が届いている。
「地上部隊、総統府を取り囲みました」
適時的確に指令を下すフランソワ。
「白兵部隊を突入させて下さい」
ミネルバには強靭な白兵部隊が編制されている。
かつての士官学校模擬戦闘において、ミリオン・アーティス率いるジャストール校が守る第八番基地を攻略した白兵部隊。その時に従軍した士官たちが、昇進しながらもより強い部隊へと鍛え上げてきたのである。
*参照/模擬戦闘
戦車の砲撃一発、正面玄関が吹き飛ぶ。
戦車や装甲車の後ろに隠れて進んでいた歩兵が、一斉に総統府へとなだれ込んでゆく。
空中では敵空戦部隊を壊滅して、制空権を確保したミネルバの空挺部隊から、降下兵が舞い降りてゆく。
その一部は、総統府の屋上へと降下して、階下へと突き進む。
上からと下からと挟撃を受けた総統府は、数時間後には白旗を上げた。
ちなみに、地球日本国で白旗を上げるという正式な降伏(戦時国際法による)が認められたのは、江戸末期ペリー艦隊が幕府に、『開国しないなら攻撃するから、降参するなら掲げよ』と白旗を送り付けたのが最初と言われている。
古代地球史1899年、第1回万国平和会議で採択されたハーグ陸戦条約第三章第32条には、白旗を掲げて来た者を軍使とする規定があり、これを攻撃してはならないこととなっている。
第八章 了
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銀河戦記/鳴動編 第二部 第八章 トランター解放 V
2021.07.16
第八章 トランター解放
V
惑星トカレフに接近しつつある艦隊がある。
サセックス侯国内のサウサンプトン城主ニコラ・カーペンター伯爵率いる二百五十隻の艦隊である。
「惑星トカレフが見えてきました」
正面のスクリーンに漆黒の宇宙に浮かぶ青い惑星が映し出されていた。
「ほう、これが新しい領地か」
「しかし殿下の許可を得なくて大丈夫でしょうか?」
「これからの戦いは、殿下のなされている共和国解放の一役を担うものなのだ」
と、侵略行為を後付けで正当化しようとしていた。
バーナード星系連邦の敗退により、首都星は共和国同盟解放軍の手によって陥落したが、地方の領域には今まだ連邦軍が駐留して支配下に治めていた。
そんな地方に向けて、帝国の貴族達がアレックス殿下の共和国解放の名の下に、侵奪をはじめたのである。
「トカレフより戦艦。その数十五隻」
「さっそくお出迎えですか。しかし十五隻とはね」
「ここは首都星から遠く離れた辺境ですから。そんなに重要視していなかったのでしょうう」
「ふむ、ともかく戦闘配備だ」
連邦旗艦艦橋。
「おいでなすったぞ!」
と指揮官が叫ぶと同時に、
「全艦戦闘態勢!」
副官が応答する。
「十五隻対二百五十隻か……」
「どうしますか?」
「まともに戦ってはひとたまりもない。かといって、トカレフを放棄して撤退しようにも、帰る場所は既にない」
全滅しかない状況に、艦橋オペレーターは押し黙っていた。
「作戦どうこう言う状況ではないし、この際敵中のど真ん中に突入して暴れるか」
「いいですね。ランドール戦法とやらをやってみますか」
「ランドール戦法か」
「どうせ相手は、まともに戦ったことがないのです」
「よし!存分に暴れてやろう。全艦突撃!」
「全艦突撃!」
指揮官の号令に、副官が復唱して戦闘が開始された。
伯爵の戦艦艦橋ではひと悶着が起きていた。
彼らが普段から軍事訓練してきた戦法は、離れて向かい合って砲撃し合うというものだった。
「無茶苦茶だ!」
「戦闘というものを知らないのか?」
いわゆるランドール戦法は、手慣れていないと同士討ちになることもある。。
もっとも連邦側にしてみれば、それが狙いなのだ。
「全艦全速前進! 敵の中央に潜り込め!」
艦艇の絶対数で劣っている連邦としては、乱撃戦に持ち込んで同士討ちに誘い込むしかない。
連邦の作戦行動に驚愕の反応を見せる伯爵。
「馬鹿な、ありえない!」
「多勢に無勢、気がふれましたか?」
戦闘訓練では、向かい合っての撃ち合いが基本の帝国軍には、往来激戦など理解できなかった。
懐に飛び込まれて右往左往する間に同士討ちを始めた。
「思った通りだ。これで少しは長生きできるな」
「いつまで持ちますかね」
「ま、神に祈るだけの時間は稼げるさ」
「祈るのですか?神を信じているなんて意外です」
「俺は信じてはいないが、部下の中には一人ぐらいはいるだろう」
「ですかね」
「さてと、そろそろ反撃が来る頃だな」
冷静さを保っている艦及び冷静さを取り戻した艦を中心に反撃を開始した。
十五対二百五十では、まぐれ当たりでも損害率には大きな開きが出る。
次々と撃沈されていく連邦艦。
「味方艦全滅!この艦のみになりました」
「敵艦にどれくらいの損害を与えたか?」
「およそ八十隻かと」
「まあ、よくやったというべきだろうな」
帰る道を閉ざされている以上、降伏か玉砕しか選択肢はない。
「ようし!全速で敵旗艦へ迎え。ぶち当ててやる!」
「特攻ですか?」
「今更、降伏もないだろうからな」
「了解!機関全速、取り舵十度!」
「真っすぐ向かってきます!」
正面スクリーンに、猛スピードで迫りくる敵艦に、伯爵艦は慌てふためいている。
「回避しろ!」
「取り舵全速!」
「だめです。間に合いません!」
パネルスクリーンに目前に迫る敵艦。
「衝突警報!総員、何かに掴まれ!」
と同時に激しい震動が艦内を襲った。
艦内の至る所で、衝撃を受けて転倒する者が続出した。
「みんな無事か?」
「は、はい」
「艦内の損傷をチェックしろ」
「今調べているところです」
「敵艦はどうしたか?」
「粉々に砕け散ったもようです」
「こちらの装甲がより厚かったというところだな」
「それに敵艦はかなり損傷を受けていましたしね」
被弾した艦艇に残る将兵達の救助が始められた。
ある程度作業が進んだ頃合いを見てから、
「救助艦を残して残った艦艇を再編成してトカレフに向かうぞ」
侵略を開始した。
惑星トカレフ軌道上に展開して、揚陸作戦を開始する伯爵艦隊。
次々と降下してゆく揚陸艦の姿を、艦橋の正面のパネルスクリーンで確認する伯爵。
「守備艦隊はいないか?」
「いないようです。先ほど戦った相手が最後のようです」
「なら安心して占領できるな」
「占領とは……直接な言い方ですね」
「言いつくろっても仕方あるまい」
「ですな」
「降下部隊より連絡有り」
「報告しろ」
「行政府、放送局などの主要施設の掌握完了しました。惑星のほぼ三分の一を制圧しました」
惑星から次々と占領報告が上がってくる。
「そろそろいいだろう。艦を降下させろ。私自ら、陣頭指揮に立つ」
部下に先鋒を任せ、自らは後方に陣取って動かない。
安全が確保されと知るや、今度は自分の手で武勲を横取りしようというのである。
アレックスとは対照的な人物のようである。
宇宙港に着艦した旗艦の搭乗口が開いて伯爵が姿を現す。。
太陽が眩しいのかサングラスを掛け、パイプを咥えながら昇降エレベーターを降りてくる。
旧日本占領軍司令官ダグラス・マッカーサーさながらの、トカレフの第一歩だった。
降り立った伯爵を待ち受けていたのは、先鋒隊が現地調達で用意した車だった。
向かう先は放送局だった。
有線・無線を問わずすべての映像チャンネルが独占的に使用された。
数多くのTVカメラやマイクに囲まれて政見放送を行う伯爵。
「本日をもって、この惑星トカレフは銀河帝国アレクサンダー皇太子殿下の名の下に、我がニコラ・カーペンター伯爵の領地とする」
そんな政見放送を見つめる住民達の関心事は、税金をどれくらい取られることになるのか、増えるのか減るのか? という一点だけである。
他国によって侵略されているということに変わりはなく、それが連邦から帝国に変わっただけである。
かつての司令官エッケハルト少佐が住んでいた豪邸で、占領祝賀パーティーが開かれることとなった。
招かれた惑星各地の豪商や政治家達。
新しい支配者に媚びる姿勢は、いつの時代でも同様なことが繰り返される
酌み交わされる祝杯。
ただ一つ、朗報というべきものがあった。
バーナード星系連邦が占領地に設営していた、とある施設が廃棄されることとなったのだ。
授産施設である。
当地の女性を徴用して人口殖産に励むことを強制する連邦の制度。
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銀河戦記/鳴動編 第二部 第八章 トランター解放 Ⅳ
2021.07.15
第八章 トランター解放
Ⅳ
サラマンダー艦橋。
正面スクリーンに投影される戦況。
まばゆい砲撃の光の数々。
その中には撃沈された艦艇の残骸や、艦から投げ出された将兵達の遺影も映し出されていた。
戦争の悲惨さを物語る光景であった。
すでに戦闘は終結を迎えようとしていた。
裏切りともいうべき旧共和国同盟軍の反撃によって、連邦軍はほとんど成す術もなく撃沈されていく。
「連邦軍より入電。降伏勧告を受諾する」
通信オペレーターが静かに報告する。
「よし。全艦戦闘停止」
オペレーター達が一斉に緊張を解いてリラックスする。
我らが指揮官の下、負けるはずがないと信じていたとはいえ、やはり勝利の瞬間は何度でも感動する。
パトリシアが近寄る。
「おめでとうございます」
「時間の問題だっただけだよ」
と言いながら、指揮パネルの通信端末を取り上げた。
受話器の向こうから応答がある。
『レイン少将です』
「ご協力ありがとうございました。おかげさまで勝つことができました」
『当然のことをしたまでですよ。将兵達も連邦軍のやり方には腹を据えかねていましたからね』
「早速ですが、降下作戦の指揮を執って頂きたいのです」
『お安い御用ですよ』
「助かります。作戦概要について協議したいので、こちらへご足労願いませんか」
『かしこまりました』
数時間後。
サラマンダーの作戦会議室にレイン少将を加えて集まった参謀達。
ちなみに、この会議場には皇女艦隊の面々は参加していない。
首都星トランターへの降下作戦は、あくまで解放戦線としての任務である。
皇女艦隊は、トランター周辺にて哨戒任務あたっていた。
パネルスクリーンにレイチェル・ウィング大佐が映し出され、メビウス部隊からの報告伝達が行われていた。
『現在、連邦軍守備艦隊との兵力はほぼ互角。旗艦ミネルバを主力とした攻略部隊を組織して、総統府への総攻撃を敢行しておりますが、市民を人質にして抵抗しており苦慮しております』
「人質か……。敵も必死というわけか」
『しかしながら、地下組織の応援を得て少しずつ市民を解放しつつあります』
「ところで、核弾頭ミサイルはまだ確保しているか?」
『はい。それを奪われ使用されてはトランターの破滅。例の秘密の場所に厳重保管してあります』
「それを聞いて安心した。これから降下作戦に入る。もうしばらく辛抱してくれ」
『了解しました』
レイチェルとの通信が終了した。
くるりと向き直り参謀達との会議をはじめるアレックス。
「……というわけだ。ミネルバ部隊が反抗作戦を開始して二十四時間が経った。補給物資も底をつきかけており、将兵達の疲労度も増している。すみやかに揚陸部隊を出して救援に向かわねばならない」
そこへマーガレットから連絡が入った。
「大変です。連合軍に参戦していた一部の帝国自治領主が、トランターに至る惑星を不正占拠し、簒奪を繰り返しています」
「なに、ほんとうか?」
トリスタニア共和国同盟所領内にあるバルラント星域にある惑星トカレフ。
首都星トランターから銀河帝国へ向かう輸送船などが、物資の補給でたまに立ち寄る程度の寂れた星である。
共和国同盟の敗北により、ここにも連邦軍の監視艇十五隻が派遣されていた。
かつての行政府には、監視艇団の司令官エッケハルト少佐が、連邦軍の命を受けて行政官の任に就いていた。
むろん政策は、連邦軍の法令にそって行われていたが、こんな辺ぴな星を訪れる中央政府役人はおらず、少佐は好き勝手放題の行政を行っていた。
中央に納めるべき税収の一部を着服して私腹を肥やし、さらに独自の税を創設して民衆から搾り取っていた。
行政府のすぐ近くに豪邸を建て、まるで貴族のような生活を過ごしていた。
だが、夢のような生活も終わりを告げようとしていた。
豪邸の一室。
ただ広い部屋の中、大きな窓際に大きな机が置かれてあり、一人の男が書類に目を通している。
バーナード星系連邦軍、バルラント星域監視艇団司令官、ムスタファ・エッケハルト少佐である。
机を挟んで向かい合うように立って報告書を読み上げているのは、副官のフリーデグント・ビッケンバーグ中尉である。
二人とも旧地球ドイツ系連邦人である。
「信じられんな……」
報告を受けて唸るように呟くエッケハルト少佐。
銀河帝国遠征艦隊がランドール艦隊によって全滅させられ、トランター駐留艦隊までもが敗れて、首都星トランターが奪還・解放された報がもたらされたのである。
「事実であります」
淡々と答えるビッケンバーグ。
「どうしたもんかのう」
「と、仰られますと?」
「我々の身の振り方だ」
「そうですね。いずれ掃討作戦が始まるでしょう。この地のように、連邦軍に占領された惑星を奪還しにきます。しかし我々には、この地を放棄しても、連邦に帰る術がありません」
「だろうなあ……」
頭を抱えるエッケハルト。
「答えは一つ。投降するしかないでしょう」
「しかし何もしないで明け渡すのも癪だ。迎え撃とうではないか」
と言いつつ立ち上がる。
「どうせなら、綺麗に終わりたいですね」
「立つ鳥跡を濁さずと言うしな。まかせる」
「了解致しました」
ランドール配下の掃討作戦部隊が刻々と近づいているだろうから時間は切迫している。
ビッケンバーグは、大車輪でその作業に取り掛かった。
惑星トカレフ住民に対して、占領政策の終了の告知。
拘留していた旧政権の首脳陣達の釈放。
授産施設に拘束していた女性達の解放。
バーナード星系連邦においては、非戦闘員たる人民に対しては、丁重に扱うべき国風があった。
それはかつて、スティール・メイスンがバリンジャー星域で見せた、惑星住民完全撤退作戦にみることができる。
数日後、接近する艦隊の報が入ってくる。
「いらっしゃいましたね」
「おうよ、丁重にお出迎えしようじゃないか」
「戦艦を主力とした総勢二百五十隻」
「ランドール配下の同盟軍か?」
「いえ、どうやら帝国軍のようです」
「帝国軍?」
「帝国皇太子となったランドールに迎合する新派の貴族というところでしょう」
「混乱に乗じて領土を広げようという魂胆だな。ついでに戦果を上げてランドールに取り入ろうというとこだ」
「こちらの勢力は約十五隻。数の上では不利ですが」
「なあに、戦争したことのないお飾り艦隊だろう。恐れるに足りずだ。出撃するぞ」
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銀河戦記/鳴動編 第二部 第八章 トランター解放 Ⅲ
2021.07.14
第八章 トランター解放
Ⅲ
サラマンダー艦橋。
「総督軍艦隊、リモコンコードを受信完了しました」
「各艦の指揮管制系統へのコードのセット完了を確認しました」
「よし。そのままで待機」
というと、アレックスは指揮パネルの通信機を取った。
通信相手は、サジタリウムの司令官である。
「私だ」
受信機からアレックスの声が届いている。
「ああ、君か。準備は完了したぞ。この後はどうする。判った、任せる」
通信を切ると同時に、
「全艦各砲台、コンピューターに指示された攻撃目標にセット・オン」
すると砲撃管制官が声を上げる。
「しかし、この目標は?」
「復唱はどうした。言われたとおりにしろ!」
怒鳴り散らすレイン少将。
「りょ、了解しました」
通信士が報告する。
「サラマンダーより映像回線で通信が入っております」
「全艦隊に流せ」
「全艦隊にですか?」
「そうだ」
「了解」
映像回線で通信が行われ全艦隊に放送された。
そして、各艦の映像スクリーンに投影されたのは、まぎれもなくアレックスだった。
スクリーンのアレックスが静かに語りだす。
『共和国同盟解放戦線最高司令官、アレックス・ランドールである』
その姿に総督軍将兵のほとんどが叫喚した。
なぜランドール提督が?
全員がそう感じたはずである。
「どうしたんだ。なぜ敵将が出ているんだ?」
監察官が叫んだ。
平然とレイン少将が応える。
「軍事ネットをハッカーされたのでしょう。向こうにはハッカーの天才がいますからね」
トランターの軍事ネットがハッカーされ偽情報に惑わされて、首都星の防衛艦隊が留守にしている間に、ワープゲートを奪取されて敵艦隊の侵入を許したのは、つい数時間前のことである。
そして解放戦線・帝国連合軍が目の前に迫っていることも事実だった。
納得する以外にはなかった。
アレックスの声は続く。
『共和国同盟軍の将兵たちよ。今こそ立ち上がって連邦軍を蹴散らして、虐げられた国民達を解放し、この手に平和を取り戻すのだ』
総督軍ではなく共和国同盟軍と呼称したアレックスの言葉に将兵たちは奮い立つこととなった。
『全艦隊、連邦艦隊に対して攻撃を開始せよ!』
アレックスの攻撃開始命令にレイン少将も即座に対応する。
「全艦、攻撃開始!」
一斉に連邦艦隊に対して砲撃を開始する共和国同盟艦隊。
連邦軍艦隊は、ほとんど不意打ちを食らった状態で、指揮系統も乱れてやられ放題となっていた。
まさかの寝返りになす術もなかった。
その戦況はサジタリウム艦橋のスクリーンに投影されている。
「どういうことだ!」
なおも事態を把握しかねている監察官。
「見ての通りですよ」
平然と答えるレイン少将。
「共和国同盟艦隊の指揮系統はランドール提督に移ってしまったんです」
ここではたと気づく監察官。
「さっきの通信か?」
「その通りです。艦隊リモコンコードというものをご存知ですか?」
「聞いたことはある」
「行軍や戦闘行動を整然と行うために、艦隊コントロールを旗艦に同調させるシステムです」
「それを作動させたということか」
「そうです。総督軍として再編成したとしても、艦の運用システムは旧共和国同盟軍のものをそのまま使用していた。それが裏目に出たわけです。システムの総入れ替えを行うべきでした」
戦術コンピューターのクリーン再インストール。
それはアレックスが一番気を使っていることであった。
艦艇はコンピューターで動く。
搾取した艦のコンピューターには、何がインストールされているか判らない。
バグがあったり、ウイルスが仕込まれているかも知れない。
アレックスが戦闘に勝利して搾取した艦は数知れず、しかしそのまま自軍に編入することはしなかった。必ずシステムをクリーンインストールしてきた。
では総督軍の編成が行われた時に、なぜ連邦軍はそれを実施しなかったのか?
「それはできなかった。トランターに残っていたランドール配下の艦隊が、パルチザンとして反乱行動を起こして、その対処に翻弄されていたからだ」
「先見の明ということですね。ランドール提督は、この日のためにメビウス部隊を残したのです」
「そんなことはどうでもいい! 指揮系統を元に戻せ!」
「だめですよ。一度指揮権を移動すると、相手側が解除しない限り元に戻すことはできません」
「なんとかしろ。死にたいのか」
「私を殺しても無駄ですよ。すでにすべての艦隊の戦闘命令系統はランドール提督の指揮下にあります」
「馬鹿なことを言うな」
「共和国同盟艦隊の戦術コンピューターはランドール提督の旗艦サラマンダーに同調されているのです。戦術システムがそういう具合になっているのです」
「解除しろ!」
「お断りします」
「死にたいのか?」
「お好きなように」
「ならば死ね」
銃の引き金に掛けた指に力を入れる監察官。
突然、監察官に覆いかぶさった者がいた。
副官である。
監察官に気づかれないように、こっそりと近づき飛び掛ったのである。
「何をする!」
暴漢に拳銃を撃とうとするが、直前に叩き落されてしまった。
拳銃は床を転がってレイン少将の足元に転がった。
その拳銃を拾い上げながら、
「形勢逆転ですね」
監察官は副官によって床に押さえつけられて身動きが取れなくなっていた。
「拘禁しろ!」
連絡を受けてやってきたSPに連れ出される監察官。
「やっと、厄介者がいなくなりましたね」
副官が歩み寄ってきて語り掛けた。
「君のおかげだ」
「当然のことをしたまでですよ」
スクリーンに投影される戦闘状況に見入る二人。
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銀河戦記/鳴動編 第二部 第八章 トランター解放 Ⅱ
2021.07.13
第八章 トランター解放
Ⅱ
戦艦サジタリウムの艦橋内。
正面スクリーンには、アレクサンダー皇太子率いる帝国・解放軍連合艦隊が迫っている姿が投影されている。
「帝国軍、停止しました」
「敵艦隊より降伏勧告が打電され続けています」
通信士のその言葉には、早く結論を出してくれという悲哀にも似た感情が込められていた。
目の前にいる艦隊は、総督軍二百五十万隻を打ち破った艦隊である。
しかも、あの共和国同盟の英雄と称えられているアレックス・ランドール提督が率いているのだ。
誰が考えても勝てる見込みはないと思えるだろう。
そう……。
司令官でさえ、そう思っているのだから。
それを踏み留めさせているのは、連邦軍から派遣されて同乗している監察官の存在があるからである。
「司令官殿。判っておいでですよね」
彼の名は、ユリウス・マーカス大佐。
その手には拳銃が握り締められている。
武器の持込が禁じられている艦橋において、監察官だけは武器の所持が許されている。
そして今、その武器を構えて司令官に徹底抗戦を指図しているのだ。
監察官の任務として、トランター総督府統帥本部からの指令を忠実に守ろうとしている。
連邦軍三十万隻の将兵達は、本国において革命が起きた以上、ここを死守しなければ帰る場所はない。
しかし旧共和国同盟軍の将兵達にとっては、銀河帝国は友好通商条約国であり、ランドール艦隊は同胞である。
できれば戦わずに済めば良いと考えるのは至極当然のことであろう。
「私達に、あのランドール提督と戦えと命ずるのですか?」
司令官のアンディー・レイン少将が念押しする。
「その通りだ」
マーカス監察官は冷酷に答える。
彼とて勝算はないことは判りきっていることである。
ワープゲートを奪取されたと判った時に、奪還のために迎撃に出ることも考えたが、現れたのは銀河最強のアル・サフリエニ方面軍六十万隻である。残存の百万隻を持ってしても勝ち目のない相手である。
そうこうするうちに遠征軍をものの見事に看破して、目の前に押し並べてやってきた。
もはや逃げも隠れもできない切羽詰った状態である。
まさか二百五十万隻の艦隊が百五十万隻の艦隊に敗れようとは思わなかったから、留守居役を任されたとしても、気楽に考えて何の策も講じていなかった。
結局、ランドールは百二十万隻の隠し玉を用意していて、都合二百七十万隻の艦隊で当たったのだから勝つのは当たり前。
残された道は、降伏か玉砕かであるのだが……。
この際、かつての同胞同士で戦ってもらおうじゃないか。
はっきり言って、旧共和国同盟がどうなろうと知ったこっちゃないというのが本音であろう。
「どうした? 出撃命令を出さないのか」
拳銃を握る手先に力をこめるマーカス監察官。
その時、指揮官パネルが鳴った。
付帯している通話機に入電である。
即座に艦隊リモコンコードによる緊急連絡であると気づくレイン少将。
相手は誰か?
艦隊リモコンコードによる緊急連絡を行える艦艇は、この付近にはいないはずである。
同様の艦政システムを搭載していて、アクセスできる相手となると……。
ランドール提督座乗のサラマンダーしかない。
おもむろに送受器を取るレイン少将。
「わたしだ」
あくまでも艦内連絡かのように振舞うレイン少将。
この連絡手段を知らないであろうマーカス監察官に気取られないためである。
『解放軍司令のランドールです』
感が当たった。
「ああ、君か。今忙しいのだ。用件は手短にしてくれないか」
『なるほど。そばに監察官がいるのですね。それも連邦軍で、徹底抗戦を?』
「そのとおりだ」
『まさか同胞同士で戦うつもりはないでしょう?』
「確かにそう願いたいものだよ」
『では、こうしませんか。こちらから艦隊リモコンコードを送信します。それを全艦隊に再送信して同調させてはくれませんか』
「するとなにか、君は徹底抗戦を進言すると言うのだな。勝てる見込みがあるというのか」
『おまかせください』
「判った。そうしよう」
『では、艦隊リモコンコードを送信します』
レイン少将は指揮パネルを受信にセットした。
ややあってコードは受信完了した。
そしてマーカス監察官に向かって言った。
「部下の一人から意見具申がありました」
「で?」
「帝国軍は遠征軍と一戦交えた後で、兵士達も疲弊しているはず。しかもランドール提督にとっては、同胞同士の戦いは避けたいと考えるのが常識。そこが付け目で、十分互角に戦えるはずとね」
「ふん」
「というわけで、あなたのご意向通りに戦闘開始することにしました」
「そう願いたいものだな」
マーカス監察官は、レイン少将とランドール提督との密約に気づいていない。
これから起こることに目をむくことになるだろう。
その後逆上した監察官が取りうる行動は予想だに難しくないが、将兵達の命を救うためにも、自らを犠牲にするもやぶさかではない。
「全艦戦闘配備! これより送信する艦隊リモコンコードに同調させよ」
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