銀河戦記/鳴動編 第二部 第四章 皇位継承の証 Ⅶ
2021.06.25

第四章 皇位継承の証




 その時一人の従者が駆け込んできた。
「大変です。共和国同盟との国境を守るマリアンヌ皇女さまの艦隊が攻撃を受けています」
「なんですって!」
 共和国同盟との国境にあるエセックス候国の守備艦隊として、ジュリエッタの第三艦隊と、マリアンヌの第六艦隊が交代で任務に当たっていた。現在はマリアンヌが、その旗艦マジェスティックにて指揮を執っていたのである。
 一同は驚愕し、アレックスを見つめた。
「連邦の先遣隊でしょう。本隊が進軍する前に偵察をかねて先遣隊を出すことはありえます。それがたまたま皇女艦隊と鉢合わせてして、交戦状態に入ったのでしょう」
「エリザベスさま。早速、救援を向かわせましょう」
 しかし、アレックスはそれを制止した。
「言ったはずです。国境を越えられてから行動を起こしても遅いとね。現場まで何時間かかるとお思いですか。救援隊が到着した時には、とっくに全滅しています」
「しかし、マリアンヌ皇女さまが襲われているのを、黙って手をこまねいているわけにはいかない」
「敵が攻め寄せて来ているというのに、体裁を気にしてばかりで行動に移さなかったあなた方の責任でしょう。私の忠告を無視せずに、あの時点で艦隊を派遣していれば十分間に合ったのです」
「そ、それは……」
 パトリシアが入室してきた。
「提督……」
「どうだった?」
「はい。マリアンヌ皇女さまは、ご無事です」
 おお!
 という感嘆の声と、何があったのかという疑問の声が交錯した。
「国境付近に待機させておいた提督の配下の者が救援に間に合ったようです。旗艦マジェスティックは大破するも、マリアンヌ皇女さまはかすり傷一つなくノームにご移乗なされてご安泰です」

「皆の者よ。良く聞きなさい」
 それまで静かに聞き役にあまんじていたエリザベスが口を開いた。
「摂政の権限としての決定を言い渡します」
 と言い出して、皆の様子を伺いながら言葉を続けていく。
「共和国総督軍が、帝国への侵略のために艦隊を差し向けたことは、もはや疑いのない事実です。不可侵にして絶対的である我等が聖域に、侵略者達に一歩足りとも足を踏み入れさせることなど、断じて許してはなりません。一刻も早く対処せねばなりません。ここに至っては摂政の権限として、このアレクサンダー皇子を宇宙艦隊司令長官に任じ、銀河帝国宇宙艦隊全軍の指揮を任せます」
 謁見室にいる全員が感嘆の声をあげた。
 宇宙艦隊司令長官に任じたことは、アレックスを皇太子として公式的に認めることを意味するからである。
 不可侵にして絶対的なる聖域である帝国領土を、敵の侵略から守るために、共和国同盟軍の英雄として采配を奮った常勝の将軍を、宇宙艦隊司令長官に任ずるという決定は即座に全艦隊に伝えられた。
 もちろん皇太子であることには一切触れられてはいなかったのであるが、皇太子殿下ご帰還の報はすでに非公式ながら全国に流されていたので、皇室が皇太子殿下を正式に認知したものとして、民衆はアレックスの宇宙艦隊司令長官就任の報に大いに歓喜したのである。


 新たなる情報がもたらされた。
 バーナード星系連邦において、クーデターが発生したというものであった。
 一部の高級将校が決起して、軍統帥本部などの軍事施設を占拠して高級官僚を拘禁し、国会議事堂、中央銀行、放送局など、軍事と政治経済の重要施設を手中に収めたのである。
 総督軍の帝国侵略開始と時を同じくして決起したのは、総督軍からの鎮圧部隊の派遣が困難な情勢となったことを見越してのことであろう。
「これで連邦側からの侵略の可能性は当分ないだろう。心置きなく総督軍と対峙する事ができる」
 軍事クーデターが成功したとはいえ、政治経済の中枢を押さえただけで、これから国家を立て直し、軍や艦隊を動かせるようになるにはまだまだ先の話となる。
 マーガレットの第二皇女艦隊とジュリエッタの第三皇女艦隊とを併合し、これにランドール旗艦艦隊を合流させて、総督軍に対する迎撃艦隊とした。他の艦隊を加えなかったのは、戦闘の経験もなく脆弱すぎて被害ばかりが増えると判断したからだ。また解放戦線に援軍を求めるにも遠すぎて無理がある。総督軍にはまだ二百万隻もの艦艇が残されている。それに対処するためにも解放戦線は動かせなかった。
 陣容は整ったものの、すぐには出撃はできなかった。
 国境を越えての大遠征となるために、補給を確保するための補給艦隊の編成と、燃料・弾薬・食料などの積み込みだけで三日を要した。
 それらの準備が整うまでの時間を使って、アレックスの大元帥号親授式と宇宙艦隊司令長官の就任式が執り行われることとなった。

 宮殿謁見の間が華やかな式典の会場となった。
 普段は謁見の間への参列を許されていない荘園領主や城主、そして下級の将軍達が顔を揃えていた。祝いの席をより多くの人々に見届けてもらおうという配慮だった。
「アレクサンダー第一皇子、ご入来!」
 重厚な扉が開かれ、儀礼用の軍服に身を包んだアレックスがゆっくりと緋色の絨毯の上を歩んでいく。宮廷楽団がおごそかな楽曲を奏でている。やがて壇上の手前で立ち止まるアレックス。
 参列者の最前列には皇女たちも居並んでいる。
 大僧正の待つ壇上前にたどり着くアレックス。
 ファンファーレが鳴り響き、摂政エリザベスが宣言する。
「これより大元帥号親授式を執り行う」
 壇上の袖から、紫のビロードで覆われた飾り盆に乗せられて、黄金の錫杖が女官によって運び込まれる。錫杖は権威の象徴であり、軍の最高官位を表わしているものである。
「銀河帝国第一皇子アレクサンダーよ。このたび銀河帝国は、汝に大元帥号の称号を与え、宇宙艦隊司令長官に任命する。銀河帝国摂政エリザベス」
 別の女官が勲章を乗せた運び盆を持って出てくる。エリザベスは、たすき掛けの勲章を受け取ってアレックスの肩に掛け、胸にも一つ勲章を取り付けた。そして豪華な織物でできたマントを羽織らせて、黄金色に輝く錫杖を手渡した。
 アレックスが与えられた錫杖を高く掲げると、再びファンファーレが鳴り響き、
「アレクサンダー大元帥閣下万歳!」
「宇宙艦隊司令長官万歳!」
 というシュプレヒコールの大合唱が湧き上がった。
 この儀式の一部始終は国際放映され、連邦や共和国へも流されたのである。

第四章 了

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2021.06.25 09:21 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)

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