銀河戦記/鳴動編 第二部 第四章 皇位継承の証 Ⅵ
2021.06.24

第四章 皇位継承の証




 その夜のアレクサンダー皇子を迎えての晩餐会は盛大であった。
 アルビエール候国内の委任統治領の領主達が全員顔を揃えていた。
 彼らの子弟達は統制官大号令によって、将軍の給与をカットされて不満があるはずだろうが、今はその事よりも自分の顔を売って、委任統治領の領主たることを安寧にすることの方が大切だと考えていたのである。
 アレックスのもとには、領主達が入れ替わりで挨拶伺いにきていた。その順番は、爵位や格式によって決められているようである。
 共和国に生まれ育った者としては、実に面倒くさくて放り出したくなる風習だが、これが立憲君主国における貴族達との交流であり、国政をも左右する儀式でもある。これから彼らを傅かせて帝国を存続させてゆく上で大切なものであった。
「いかがですかな? 楽しんでいらっしゃいますか?」
「はい。堪能させてもらっています」
 貴族達の挨拶には辟易するが、目の前に並べられた料理には感嘆していた。選びに選び抜かれた極上の品々、舌もとろけそうなほどの美味な一品。どれも見張るばかりの豪勢なものばかりだ。
「それは良かった」

「そうそう、この星に来る時に海賊に襲われましてね」
「なんと! それはまことですか?」
「私が幼少の頃にも襲われたようですけどね」
「あの時は、皇后がこちらで出産、育児と静養をしておりましてね。そして帝国へお戻りになられる時でしたな。船ごと誘拐されまして、皇后はお亡くなりになり、皇子も行方不明となられました。その実は、共和国同盟でご存命であらせられ、軍人として立派な偉業を成し遂げていらっしゃった。さすがにソートガイヤー大公様の血を継がれたお方だと感心している次第であります」
 褒めちぎられて、こそばゆく感じるアレックスだった。
「ともかく、帝国領と自治領との境界や、国境中立地帯付近を通る時は注意した方がよろしいでしょう」
「そうですな。気をつけることに致しましょう」
 これらの会話において、ハロルド侯爵の表情の変化を読み取ろうとしていたアレックスだった。内通者としての疑惑的な態度が現れないかと探っていたのであるが、侯爵の表情は真剣に心配している様子だった。そもそも、侯爵が皇子を誘拐する理由はどこにもないし、皇帝と血縁関係にあるものを自ら断ち切るはずもなかった。叔父と甥という関係は、確実に存在しているようであった。
 一応は念のための確認であった。

 翌日。
 自治領艦隊の一部を護衛に付けると言う侯爵の申し出を丁重に断って、サラマンダー艦隊にて首都星に戻ったアレックス。
 統合軍作戦本部長を執務室に呼び寄せると、海賊に襲われた経緯を伝えて、国境警備を厳重にして、海賊が侵入できないようにするように命じた。海賊追撃のために自治領への越境の許可も与えた。
 次々と戦争に向けての準備を続けているアレックス。
 そんな中、トランターのレイチェルのもとから暗号文がもたらされた。
 総督軍が、二百万隻の艦隊を率いて、銀河帝国への進軍を開始したというものだ。タルシエン要塞からも、進軍する二百五十万隻の艦隊を確認したという報告が入った。後者の数字が多いのは、輸送艦隊を含んでのことであろう。
 ついに戦争がはじまる。
 アレックスは身震いした。


 ただちに御前会議が招集された。
 その席には、パトリシアもアレックスの参謀として参列していた。
 トランターを発して進軍する二百五十万隻の艦艇の模様が放映されている。
 その映像に説明を加えるパトリシア。
「この映像は、皇子すなわちランドール提督配下の特務哨戒艇が撮影した、今まさに進軍中の総督軍の様子です。十日もしないうちに中立地帯を越え、銀河帝国への侵略を開始するでしょう。一刻も早く迎撃体勢を整えるべきです」
「しかし、友好通商条約はどうなるのだ」
「それは前にも申しましたように、条約は破られるものです」
「まさか、神聖不可侵のこの帝国が……」
 うろたえる大臣達。
「しかし、我々の情報部には何も」
「それはそうでしょう。帝国内にいる我々と違って、ランドール提督の元には同盟内にあって活発な活動をしている解放軍情報部を持っているのですから」
 パトリシアが説明する。
「そうはいっても現実に侵略を受けていない以上、帝国艦隊を動かすことはできない。宇宙艦隊司令長官がいない現状では」
「しかし国境を越えられてから行動開始しては遅すぎます。総督軍が進軍を開始したのは明白な事実なのです」
「戦略上重要なことは、情報戦において敵の動静を素早くキャッチして行動に移せるかにかかっているのです」
「二個艦隊以上を同時に動かし、国境を越えるかもしれない作戦を発動できるのは、宇宙艦隊司令長官だけなのです」
「宇宙艦隊司令長官ですか」
「銀河帝国皇太子殿下の要職で、他の者が就くことはできません」
「つまりは皇太子殿下がいなければ、どうしようもないということですか」
「帝国建設以来、一度も侵略の危機を経験することのなかった治世下にできた法ですから、矛盾が多いとはいえ法は順守されねばなりません」
 数時間が浪費され、その日の御前会議はもの別れという結果で終わった。

 それから幾度となく御前会議が行われたが、議論を重ねるだけで何の進展もない日々が続いた。
 二百五十万隻の艦隊が押し寄せてきているというのに、一向にその対策を見い出せず狼狽するばかりである。
 一方の将軍達は、日頃からアレックスに尻を叩かれながらも大演習に参加したり、新造戦艦の造船の様子を見るにつけ、戦争が間近に迫っていることを、身に沁みて感じ取っていた。
 アレックスの先見性の妙、共和国同盟の英雄たる卓越した指導能力には絶大なる信頼となっていたのである。
「それでは、この災厄ともいうべき事態。皇子はどのように対処なさるおつもりですか」
 エリザベスが改めて質問した。
「もちろん迎撃に打って出ます。第二と第三艦隊に出動を要請し、私の配下の艦隊と合わせて連合軍を組織して、この私が指揮を執らせて頂きます」
「しかし、中立地帯を越えての出撃は問題ですぞ。たとえ第一皇子とてその権限はありませぬぞ」
 アレックスは呆れかえった。
 侵略の危機にあるというのに、相も変わらず法令を持ち出す大臣達の保守的な態度は救いようがない。
 どうにかしてくれという表情で、エリザベスを見つめるアレックス。
 もはや最期の手段を決断する時がやってきているのである。

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2021.06.24 12:37 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)

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