銀河戦記/鳴動編 第二部 第二章 デュプロス星系会戦 Ⅳ
2021.06.03

第二章 デュプロス星系会戦




 サラマンダー艦橋では、アレックスからの連絡を今か今かと待ちわびていた。
「あれからだいぶ経ちますが、いまだに連絡がありません。提督はご無事なのでしょうか?」
「提督は十分な熟慮の上に行動なされたのです。心配することはないでしょう」
 アレックスとの付き合いが最も長く、その人となりを知り尽くしているスザンナが平然と答えた。
 いっかいの旗艦艦長から旗艦艦隊司令へと大抜擢され、アレックスからの信望厚い人物の発言である。その言葉を疑うものはいなかった。
「それよりも敵艦隊の動静に変わりはないか?」
「はい。侵攻ルート及び速度共に変化ありません」
「よろしい。こちらは戦闘態勢を維持、進路そのまま」
 アレックスからは戦闘態勢の発令があったものの、その後の指示はいっこうに出されていなかった。
 巨大惑星による重力ターンの実行中であり、進路を変えて迎撃に向かうことは不可能だった。
 仮に進路転換しようものなら、強力な重力によって失速し、巨大惑星に飲み込まれるのは必至だった。そのことは、スザンナが一番良く知っていることである。
「提督より入電です」
 一同がいっせいに通信士の方を振り向く。
「映像を正面スクリーンに映せ」
 敵艦隊の進撃推定コースの投影されていた正面スクリーンがアレックスの映像に切り替わった。SPとして同行しているコレットも側に待機している。
「提督、何かありましたか?」
 スザンナが尋ねる。
「ああ……。このわたしがミスト艦隊を臨時に指揮することになった」
「提督がミスト艦隊の指揮を?」
 スザンナに驚いた表情は見受けられなかった。もちろん通信を聞いている他の者も同様であった。
 敵艦隊の来襲となれば、英雄と称えられる提督に指揮を依頼することは、誰にも納得できる。
「そういうわけだ。君達は、そのまま予定通りに動いてくれ。こちらのことが済めば、後を追いかける」
「お一人で大丈夫ですか}
「我々は部外者だ。ミストのことに関しては、君達の手を借りることはできないだろう? ああ、戦闘態勢を解除して、警戒態勢に変更しておいてくれ。やつらが追撃してくることは不可能だろうからな」
「判りました。警戒態勢に移行し、このままのコースを予定通りに進みます」
「よろしくな」
 通信が切れ、敵艦隊の侵攻ルートの映像に切り替わった。
 アレックスらしく簡潔明瞭な短い通信だった。
「ということだけど、パトリシアはどう思っているの?」
 艦橋の後部で通信を聞いていたジェシカが隣にいるパトリシアに囁く。
「成り行き上で、そういうことになったのでしょうけど……。心配する必要はないと思いますよ」
「その根拠はどこから?」
「提督は、勝算のない戦いはなさりませんから」
「なるほど……。提督はミスト艦隊を指揮して、敵艦隊との戦いに勝利できると考えているわけね? それも三倍の敵艦隊と……」
「はい」
「そっか……。あなたがそう思っているのなら、確かなものでしょうね」
 パトリシアに限らず、艦橋にいる者のほとんどが、アレックスが負けるとは誰も思っていなかった。
 たとえ一度も指揮をとったことのない、未知数の多い艦隊としてもである。
「スザンナ。提督は後から追いかけられるとのことですから、その足となる高速艦艇を残しておかなければ」
「はい。すでに手配済みです」
 スザンナが答えた通りに、旗艦艦隊から護衛艦を含めた十二隻の小隊が、列から離れて惑星ミストへと向かっていた。
 もちろん重力ターンの最中なので、巨大惑星の重力に逆らわないように遠回りではあるが、いったん惑星をぐるりと周回するようなコースを取らなければいけない。
「旗艦艦隊が中立地帯に到着するのが早いか、提督がこの場を早々に片付けて、追いついてくるのが早いか……。ぎりぎりかしらね」
「そうですね……」
 敵艦隊の本体である連邦の先遣隊の動きが気になっていた。
 第三皇女を拉致しようとして、中立地帯へと向かっているはずである。
 もう一つの競争が存在していたのである。
 ランドール提督が追いついてくるのが早いか、連邦が中立地帯から帝国領内へ侵入して第三皇女が拉致されるのが早いか。
 時間との戦いでもあった。


 ミスト艦隊旗艦の作戦室。
 アレックスは各艦の艦長と部署の責任者を招集して、作戦会議を開いていた。
 アレックスが育て鍛えた艦隊の士官達なら、一つのことを伝えれば十のことを理解してくれていた。これまでのアレックス流の戦闘のありかたを知り尽くしていたので、こまごまとした残りの九割の部分は、言わずとも確実に伝わったのである。
 今回の戦闘に勝利するには、意思伝達を緊密に図っておかなければ、勝てるものも勝てなくなる。
「艦隊の半数を別働隊として、このラグランジュ点に待機させて、側面攻撃をかけます」
「別働隊ですか? ただでさえ、こちらの艦数が少ないというのに、別働隊を無視して本隊に急襲をかけられれば持ちこたえられません」
「そうかも知れませんが、我々に勝つ方法があるとすれば、これしか考えられません。側面から攻撃を掛けられたら、回頭して相手にするか、やり過ごして加速し本隊を急襲するかでしょう。そこに勝算が生まれます」
 会議に参加する者には、アレックスの真意が伝わらないようであった。自分が育てた艦隊ではないから致し方のないことであろう。
「詳しく解説してください」
「判りました」
 アレックスは苦々しく思った。
 パトリシアがいれば……。
 サラマンダーに残してきた作戦参謀。身近にその存在がないというのは、痛切なほどに身に沁みた。
 最高速・高性能のCPUを持っていたとしても、ディスプレイなどの表示装置や通信機器などの周辺機器が接続されていなければ、無用の長物と化してしまうのは必至である。
 敵に確実に打ち勝つには、綿密なる作戦立案が必要である。それはアレックスの頭の中でまとまってはいるのだが、何も知らない一兵卒に至るまで周知させるのは並大抵のことではない。
 早い話が口下手といって良いかも知れない。
 作戦会議から三時間が経過した。
 ミスト艦隊の本隊から離れていく別働隊。
 その指揮を執るのは、ミスト艦隊司令のフランドール・キャニスターである。
「司令、どうして別働隊の指揮を買って出たのですか?」
 副官が改めて聞きなおした。
 本来ならよそ者のアレックスが率いるべきはずである。
「別働隊は陽動とし、敵の攻撃を直接受け止めるのが本隊と考えるのが普通なのだが、提督はこちらが主力だと言った。それがゆえに半数の艦隊を割いたのだと」
「それが判りません。一応説明はされたのですが、どうしても納得できません」
「納得するしかないだろう。これまでの提督の作戦は、当初には誰にも受け入れられないことが多かったじゃないか。しかし、最終的には劇的な戦果を挙げて昇進してきた」
「それはそうですけどね」
「ともかくだ……。我々の総意で提督に指揮を委ねたのだから、最後まで信じて戦うよりないだろう」
「判りました」

 ミスト旗艦。
 その指揮官席に陣取るアレックス。
 正面のスクリーンには、本隊から離れていく別働隊が映し出されていた。
「別働隊。予定のコースに入りました」
「よろしい。敵艦隊との遭遇推定時刻は?」
「およそ五時間後です」
「そいじゃ、お出迎えするとしますか。全艦微速前進!」
「全艦微速前進」
 アレックスの補佐を勤める役になった副司令のコーマック・ジェイソンが命令を全艦に発令する。
 艦橋にいるすべての者が、これから繰り広げられることになる連邦軍との戦闘に胸をときめかせていた。
 何せ、共和国同盟の英雄と称えられる名将が、自分達の艦隊の指揮を執るのである。
 たとえ相手の艦数が数倍に勝り、歴戦の勇士達だったとしても、誰一人として不安を抱く者はいなかった。

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2021.06.03 16:40 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)

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