銀河戦記/鳴動編 第二部 第四章・皇位継承の証 Ⅱ
2021.06.20

第四章 皇位継承の証




 宮廷楽団の奏でる音楽の旋律が変わって、パーティーのはじまりを告げていた。
 正面壇上にパーティー主催者であるウェセックス公国ロベスピエール公爵が立った。そばには小さな子供、嫡男であり皇太子候補のロベール王子。
「パーティーにご列席の皆様、ようこそおいで下さいました。ご存知の通りに、帝国に対して謀反を引き起こしていましたマーガレット皇女様が逮捕され、内乱は鎮圧されました。このパーティーは、それを祝いまして開催いたしました。と同時に、我が息子のロベール王子が正式に皇太子として認められたことになる記念日でもあります」
 場内に拍手が沸き起こった。
 皇室議会においてロベール王子が皇太子に推されたことは事実ではあるが、皇女の一人が意義を唱えて内乱を引き起こしたことによって、一時棚上げとされたのである。しかし首謀者のマーガレット皇女が捕らえられたことによって、ロベール王子擁立に反対する者がいなくなって、皇太子として正式に認知されたということである。
 会場に、アレックスとパトリシアが遅れて入場した。
「おお! 今宵の主賓の登場でありますぞ」
 と、アレックスの方に向かって、大きなジェスチャーで紹介するロベスピエール公爵だった。
「この度の電撃作戦によって、見事マーガレット皇女様を逮捕された功労者であります。銀河帝国客員中将となられたアレックス・ランドール提督です」
 ざわめきが起こった。
「何とお若い……」
「あの若さで中将とは」
「それにほら、あの瞳。エメラルド・アイではございませんこと」
「すると皇室ゆかりの方でいらっしゃられる?」
「でも、お見受けしたこともございませんわ」
 会場に参列した貴族達に、アレックスの第一印象はおおむね良好のようであった。
「さあさあ、飲み物も食べ物もふんだんにご用意しております。どうぞ、心ゆくまでご堪能下さいませ」
 アレックスのことは簡単に紹介を済ましてしまったロベスピエール公爵。
 その本当の身分が共和国同盟解放戦線最高司令官であることは伏せておくつもりのようだ。パーティー主催の真の目的がロベール王子の紹介であることは明白の事実であった。貴族達の間を回って、自慢の嫡男を紹介していた。
 参列者達の間でも、それぞれに挨拶を交し合い、自分の子供の自慢話で盛り上がる。
 やがてそれらが一段落となり、見知らぬ女性の存在を気にかけるようになる。
「何でしょうねえ……。提督のご同伴の女性」
 パトリシアである。
 中将提督と共に入場してきた場違いの雰囲気を持つ女性に注目が集まっていた。
「何か、みすぼらしいと思いませんか?」
「ドレスだって、借り物じゃございませんこと?」
 蔑むような視線を投げかけ、卑屈な笑いを扇子で隠している。
「それにほら、あの首飾りです。エメラルドじゃありません?」
「あらまあ、ご存じないのかしら。エメラルドは皇家の者しか身につけてはならな
いこと」
「でもどうせイミテーションでしょ」
「噂をすれば、ほら侍従長が気が付かれたようですわ」
「あらら、どうなることやら……。ほほほ」
 侍従長がパトリシアに近づいていく。


 パトリシアの前に立ち、神妙な表情で話しかける。
「ちょっとよろしいですかな?」
「何か?」
「その首飾りを見せて頂けませんか?」
「え? ……ええ、どうぞ」
 パトリシアの首に掛けたまま、首飾りを手にとって念入りに調べていたが、警備兵を呼び寄せて、
「あなた様は、この首飾りをどこで手にお入れなさりましたか?」
 と、不審そうな目つきで尋ねる。
「ランドール提督から、婚約指輪の代わりに頂きました」
「婚約指輪ですか?」
 今度はきびしい目つきとなり、アレックスを睨むようにしている。
「申し訳ございませんが、お二人には別室においで頂けませんか?」
 警備兵が銃を構えて、抵抗できない状況であった。
「判りました。行きましょう」
 承諾せざるを得ないアレックスだった。
 ほとんど連行されるようにして別室へと向かう。
 首飾りも詳しい調査をするとして取り上げられてしまった。
 案内されたのは、元の貴賓室であった。犯罪性を疑われているようだが、帝国の恩人で摂政から客員提督として叙された者を、無碍にもできないというところであった。それでも警備兵の監視の下軟禁状態にあった。
 しばらくして、首飾りを持って侍従長が戻ってきた。
「さてと……。改めて質問しますが、提督にはこの首飾りをどちらでお手に入れられましたか?」
 という侍従長の目つきは、連行する時の厳しいものから、穏やかな目つきに変わっていた。
「どちらで……と言われましても、私は孤児でして、拾われた時に首に掛けられていたそうです。親の形見として今日まで大事に持っていたものです」
「親の形見ですか……。提督のお名前はどなたが付けられたのですか」
「それも拾われた時にしていた、よだれ掛けに刺繍されていたイニシャルから取ったものだそうです」
「よだれ掛けの刺繍ですね」
「はい、その通りです」
「なるほど、良く判りました。それでは念のために提督の血液を採取させて頂いてもよろしいですか?」
「血液検査ですね」
「はい、その通りです」
「判りました。結構ですよ」
 早速、看護婦が呼ばれてきて、アレックスの血液を採取して出て行った。
「結果が判るまでの二三日、この部屋でお待ち下さいませ。それからこの首飾りは提督の物のようですから、一応お返ししておきます。大切にしまっておいて下さい」
「イミテーションではないのですか?」
「とんでもございません! 正真正銘の価値ある宝石です」
「これが本物?」
 言葉にならないショックを覚えるアレックスだった。
 これまで偽造品だと信じきっていて、親の形見だと思って大切にはしてきたが……。まさかという気持ちであった。
「そう……。銀河帝国皇家の至宝【皇位継承の証】です」
 重大な言葉を残して、侍従長は微笑みながら部屋を出て行った。


 【皇位継承の証】が出てきたという報は、皇家・貴族達の間はもちろんの事、全国津々浦々にまで広がった。これほどまでの重大事に対して、他人の口に戸は立てられぬのごとく、血液検査を担当した研究者によって外部に漏れてしまったのである。しかもそれを携えていたのが、内乱を鎮圧したランドール提督であり、共和国同盟の英雄と讃えられる若き指導者であることも知られることとなった。
 気の早いニュース誌などは、「行方不明の皇太子現る」のスクープを報じていた。
 エリザベス皇女もまた謁見の間において、侍従長の報告を聞いて絶句した。
「間違いないのですか?」
「間違いはございません。【皇位継承の証】は正真正銘の物であり、血液鑑定の結果も行方不明であられたアレクサンダー皇子の血液と一致いたしました。提督のエメラルド・アイが、それを証明してくださるでしょう。拾われた時に御身に付けられていたと言う、よだれ掛けのイニシャルの刺繍もアレックス、皇子の幼名であらせられます」
「そうですか、アレックスが……」
「もう一度申し上げます。アレックス・ランドール提督は、銀河帝国における皇位継承第一順位であらせられる、アレクサンダー皇子に相違ありません」
 事実を突きつけられ、アレックスが行方不明となっていたアレクサンダー皇子であることは明白なこととなった。本来なら大歓迎を受けるはずであったが、行方不明を受けてロベール王子が皇太子として擁立され、皇室議会で承認されている。
 二人の皇太子候補が並び立ったのである。
 新たなる騒動の予感が沸き起こった。

 緊急の皇室議会が召集されることとなった。
 議題はもちろん皇太子の件であるが、開会と同時に議場は紛糾した。
 ウェセックス公国ロベスピエール公爵の息のかかった、いわゆる摂政派と呼ばれる議員が頑なに主張を続けた。
 ロベール王子の皇太子擁立はすでに決定されたことであり、それをいとも簡単に覆して新たに皇太子を論ずるなど皇室議会の沽券に関わる。
 というものであった。
 一方、
 【皇位継承の証】を拠り所として、帝国至宝の絶対的権威をないがしろにするのか?
 という、正統派の意見も半数近くまで占めていた。
 議会は完全に真っ二つに分かれ、険悪ムードとなっていた。
 このままでは、再び内乱の火種となりそうな勢いとなりつつあった。
 しかし、内乱となることだけは、絶対に避けなければならない。
 そこで中立派ともいうべき議員達から折衷案が提出された。
 次期皇太子、皇帝は議会決定通りにロベール王子が継ぐこととし、さらなる次世代にはアレクサンダー皇子もしくはその子孫が皇帝を継承する。ロベール王子は一代限りの皇帝として、アレクサンダー皇子が世襲する。
 というものであった。
 議会の決定を尊重し、かつ【皇位継承の証】の権威を守る唯一の解決策であった。
 とにもかくにも、アレクサンダー皇子の皇室への復籍と、皇位継承権第一位を意味する第一皇子という称号授与が確認された。
 これを中間報告として、皇太子問題は継続審議とされることが決定された。
 謹慎処分を受け、軟禁状態に置かれていたマーガレット皇女は、アレクサンダー第一皇子復籍の報告を受けてもさほど驚きもせず、改めて謁見の許可を求めたという。
 それは認められて、アレクサンダー第一皇子とマーガレット皇女との対面が実現した。
 行方不明だった皇子が現れ、【皇位継承の証】も戻ってきた。
 マーガレットが反乱の拠り所としたものが、目の前に立っていた。その主張が正しかったことを証明する結果となった。

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2021.06.20 08:17 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)

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