銀河戦記/鳴動編 第二部 第五章 アル・サフリエニ Ⅰ
2021.06.27

第五章 アル・サフリエニ




 アル・サフリエニ方面タルシエン要塞。
 中央コントロール室。
 要塞司令官のフランク・ガードナー少将は、銀河帝国から放映されているアレックス・ランドールこと、アレクサンダー皇子の元帥号親授式及び宇宙艦隊司令長官就任式の模様をいぶかしげに眺めていた。
 アナウンサーは、アレクサンダー皇子についての詳細を解説していた。行方不明になってからのいきさつ、統制官としての軍部の改革、そして宇宙艦隊司令長官への抜擢。
 やがてアレックスが登場して、儀典がはじまった。
 大勢の参列者が立ち並ぶ大広間の中央、真紅の絨毯の敷かれた上を、正装して静かに歩みを進めるアレックス。
 参列者の最前列には皇女たちも居並んでいる。
 エリザベスの待つ壇上前にたどり着くアレックス。
 ファンファーレが鳴り響き、摂政エリザベスが宣言する。
「これより大元帥号親授式を執り行う」
 壇上の袖から、紫のビロードで覆われた飾り盆に乗せられて、黄金の錫杖が運び込まれる。錫杖は権威の象徴であり、軍の最高官位を表わしているものである。

 そんな儀典の一部始終を、タルシエン要塞の一同はじっと目を凝らして見つめている。
「やっぱりただものじゃなかったですね。ランドール提督は」
 要塞駐留第八艦隊司令のリデル・マーカー准将が口を開いた。
「ただものじゃない?」
「皇家の血統だとされるエメラルド・アイですよ。またぞろ帝国のスパイ説という議論が再燃しそうです。解放戦線の将兵達の士気に影響しなければよいのですがね」
「アナウンサーの解説を聞いただろう。幼少時に誘拐されて、その後の経緯は不明だが共和国に拾われたのだそうだ。生まれは帝国かもしれないが、育ちは共和国だ。生みの親より育ての親というじゃないか。提督は、純粋に共和国人と言ってもいいんじゃないか?」
「確かにそうかも知れませんが、人の感情というものは推し量れないものがあるものです。仲間だと思っていた人間が、ある日突然皇帝という天上人という近寄りがたい存在となった時、人は羨望や嫉妬を覚えないわけにはいかないのです」
 准将の危惧は当たっているといえた。
 要塞に駐留する艦隊内では、あちらこちらでアレックスの話題で盛り上がっていた。
「大元帥だってよ。えらく出世したもんだ」
 銀河帝国と共和国同盟とでは、軍人の階級については違いがある。
 同盟では、大将が最高の階級である。
「しかも、ゆくゆくは皇帝陛下さまだろ。身分が違いすぎじゃないか?」
「やっぱりあの噂は本当だったということかしら」
「帝国のスパイってやつか?」
「また蒸し返している。赤ちゃんの時に拾われた提督が、スパイ活動できるわけないじゃない」
「そうそう、たまたま行方不明になっていた王子様を同盟軍が拾って何も知らないで育ててきただけだ」
「だからってよお……。今日の今日まで、誰も気がつかなかったってのは変じゃないか。時の王子様が行方不明になっているっていうのにさ」
「それは、王子が行方不明になったことは極秘にされたのよ。大切なお世継ぎが誘拐されたなんて、帝国の沽券に関わるじゃない」


「そんなことよりもさあ。帝国艦隊全軍を掌握したんなら、あたし達に援軍を差し向けられるようになったことでしょう?」
「そうだよ。援軍どころか帝国艦隊全軍でもって連邦を追い出して共和国を取り戻せるじゃないか」
「しかしよ。共和国を取り戻せても、帝国の属国とか統治領とかにされるんじゃないのか? 何せ帝国皇帝になるってお方だからな」
「馬鹿なこと言わないでよ。属国にしようと考えるような提督なら解放戦線なんか組織しないわよ。アル・サフリエニのシャイニング基地を首都とする独立国家を起こしていたと思うのよ。周辺を侵略して国の領土を広げていたんじゃないかしら」
「アル・サフリエニ共和国かよ」
 会話は尽きなかった。
 アル・サフリエニ共和国。
 乗員達が冗談めいて話したこのことが、やがて実現することになるとは、誰も予想しなかったであろう。
 フランク・ガードナー提督にとって、アレックスは実の弟のように可愛がってきたし、信頼できる唯一無二の親友でもある。解放戦線を組織してタルシエン要塞のすべてを委任して、自らは援助・協定を結ぶために帝国へと渡った。そして偶然にして、行方不明だった王子だと判明したのである。
 権力を手に入れたとき、人は変わるという。虫も殺せなかった善人が、保身のために他人をないがしろにし、果ては殺戮までをもいとわない極悪非道に走ることもよくあることである。
「変わってほしくないものだな」
 椅子に深々と腰を沈め、物思いにふけるフランク。
 その時、通信士が救援要請の入電を報じた。
「カルバニア共和国から救援要請です」
 またか……という表情を見せるフランク。
 アレックスが帝国皇太子だったという報が入ってからというもの、周辺国家からの救援要請の数が一段と増えてしまった。解放戦線には銀河帝国というバックボーンが控えているという早合点がそうさせていた。しかし、アレックスが帝国艦隊を掌握しようとも、総督軍が守りを固めている共和国を通り越して、アル・サフリエニに艦隊を進めることは不可能なのだ。
 帝国艦隊が総督軍を打ち破るまでは、現有勢力だけで戦わなければならない。たとえ周辺諸国を救援したとしても、防衛陣は広範囲となり、補給路の確保すらできない状況に陥ってしまう。
「悪いが、これ以上の救援要請は受け入れられない。救援要請は今後すべて丁重に断りたまえ」
「ですが、すでにオニール提督がウィンディーネ艦隊を率いて現地へと出動されました」
「なんだと! 勝手な……」
 頭を抱えるフランクだった。
 当初の予定の作戦では、タルシエン要塞を拠点として、カラカス、クリーグ、シャイニング基地の三地点を防衛陣として、篭城戦を主体として戦うはずだった。
 その間に、アレックスが帝国との救援要請と協定を結んで、反攻作戦を開始する。それまではじっと耐え忍ぶはずだった。

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2021.06.27 09:35 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)

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