銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 Ⅰ
2021.06.10

第三章 第三皇女




 銀河帝国領内。
 今まさに、第三皇女の艦隊が連邦軍先遣隊による奇襲攻撃を受けていた。
 貴賓席に腰を降ろす皇女ジュリエッタの表情は硬かった。側に仕える二人の侍女は、ただオロオロとするばかりだった。
「何としても姫を後方へお逃がしして差し上げるのだ。艦隊でバリケードを築いて、後方へのルートを確保するのだ」
 貴族と庶民との身分の隔たり。こういう状態においてこそ、その人となりが良く判るものだ。
 庶民を人とも思わずに税金を搾り取るだけの存在と考えたり、高慢で貴族であることを鼻に掛けて、庶民を虐げるだけの者は、いざとなった時には誰も助けてはくれない。庶民達は自分可愛さにさっさと逃げてしまうだろう。
 しかし、ジュリエッタを取り巻く人々には、責任放棄する者はいなかった。命を張ってでもジュリエッタを救うための戦いを繰り広げていた。
 気分を悪くした兵士を見かけたら、やさしくいたわり休息を与えたたり、全体が暗いムードに陥っている時には、レクレーションやパーティーを開いて、士気を高める努力を惜しまなかった。常に兵士一人一人に対して分け隔てなく気配りを忘れなかった。
 ジュリエッタは民衆を愛し、かつまた民衆からも愛されていたのである。
「わたくし一人のために、多くの兵士達が犠牲になるのは、耐え難いことです。わたくし一人が……」
「いけません! 奴らは姫を捕虜にして、自分達の都合の良い交渉を強引に推し進める算段なのです。かつてアレクサンダー第一皇子が、海賊に襲われ行方不明となった時にも、皇子を捕虜にしていることを暗に匂わせて、十四万トンものの食糧の無償援助と、鉱物資源五十万トンを要求してきたのです。その後、皇子は連邦軍の元にはいないことが判明して、交渉はないものとなりましたが……」
 貴賓席に深々と沈み込み、自分には何もできないのか? と苦渋の表情にゆがむジュリエッタ皇女。そうしている間にも、数多くの戦艦と将兵達が消えてゆく。

 その頃、急ぎ救出に向かっていたランドール艦隊は、やっと中立地帯を抜け出たばかりだった。
「銀河帝国領内に入りました」
「前方に火炎を認めます」
 銀河帝国艦隊と連邦軍先遣隊との戦闘が繰り広げられ、まるでネオンの明滅のような光景がスクリーンに投影されていた。
「全艦に戦闘配備だ」
「了解。全艦戦闘配備」
「うーむ……。何とかギリギリにセーフといったところか。第三皇女の旗艦は識別できるか?」
「お待ちください」
 指揮艦席の手すりに肩肘ついてスクリーンを凝視しているアレックス。
「双方の戦況分析はどうか?」
「はい。圧倒的に連邦軍側が優勢です」
「だろうな。連邦軍にはつわものが揃っているからな」
「皇女の艦を特定できました」
「奴らの目的が皇女の誘拐であるならば、旗艦を無傷で拿捕しようとするだろうが、流れ弾が当たって撃沈ということもあり得る。私のサラマンダー艦隊は、旗艦に取り付いている奴らを蹴散らす。スザンナは旗艦艦隊を指揮して、連邦軍の掃討をよろしく頼む」
「判りました。旗艦艦隊は連邦軍の掃討に当たります」
「それでは行くとしますか。全艦突撃開始! 我に続け!」
 アレックスの乗るヘルハウンドを先頭にして、勇猛果敢に敵艦隊の只中に突入していくランドール艦隊。


 連邦軍先遣隊の旗艦艦橋。
「皇女艦の包囲をほぼ完了しました」
「ようし、降伏を勧告してみろ」
「了解」
 戦闘情勢は有利とみて、余裕の表情だったが……。
「未知の重力加速度を検知! ワープアウトしてくる艦隊があります」
「なんだと? 艦が密集している空間へか?」
「間違いありません。重力値からすると、およそ二百隻かと」
「ワープアウトします!」
 戦闘区域のど真ん中にいきなり出現した艦隊。
 二百隻の艦隊は、皇女艦に取り付いている連邦軍艦隊に対して戦闘を開始した。
「包囲網が崩されています」
「何としたことだ。一体どこの艦隊なのだ」
 すさまじい攻撃だった。
 まるで戦闘機のように縦横無尽に駆け回る艦隊に翻弄される連邦軍艦隊。
 さらに連邦軍を震撼させる事態が迫った。
「背後より敵襲です! その数二千隻」
「敵襲だと? 帝国の援軍が到着したのか、しかも背後から」
「そんなはずはありません。本隊が救援に来れるのは、早くても三十分かかるはずです」
「じゃあ、どこの艦隊だ? 今取り付いているこいつらにしてもだ」
 と、言いかけた時、激しい震動と爆音が艦内に響き渡った。
「左舷エンジン部に被弾! 機関出力三十パーセントダウン」
 パネルスクリーンには、敵艦隊の攻撃を受けて、次々と被弾・撃沈されていく味方艦隊の模様が生々しく映し出されていた。高速で接近し攻撃し、一旦離脱して反転攻撃を加え続けていた。
「この戦い方は……。ランドール戦法か?」
 折りしも正面スクリーンに、攻撃を加えて離脱する高速巡洋艦。その舷側に赤い鳥のような図柄の配置された艦体が映し出された。
「こ、これは! サラマンダーじゃないか」
 その名前は連邦軍を震撼させる代名詞となっている。その精霊を見た艦隊は、ことごとく全滅ないし撤退の憂き目に合わされているという。
「そうか! デュプロスに向かった別働隊との連絡が途切れたのもこいつらのせいに違いない」
「ランドールのサラマンダー艦隊は、タルシエン要塞にあるのでは? それが何故、中立地帯を越えたこんな所で……」
「知るもんか。これ以上、被害を増やさないためにも撤退するぞ」
「撤退? 後少しで皇女を拉致できるというのにですか?」
「何を言うか! すでに皇女艦の包囲網すら突き崩されてしまっているじゃないか。逆にこちらの方が捕虜にされかねん情勢が判らないのか。ランドールは撤退する艦隊を追撃したケースは、これまでに一度もない。だから捲土重来のためにも、潔く撤退するのだ」
「判りました。撤退しましょう」
「戦闘中止の信号弾を上げろ! それで奴らの攻撃も止むだろう。その間に体勢を整えて撤退する」
 旗艦から白色信号弾が打ち上げられた。

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2021.06.10 08:21 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)

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