銀河戦記/鳴動編 第二部 第二章 デュプロス星系会戦 Ⅵ
2021.06.06

第二章 デュプロス星系会戦




「全艦、回頭せよ」
 オペレーターが復唱する。
 ゆっくりと回頭をはじめる連邦艦隊。
 しかし、様子がおかしかった。
 回頭の中途で失速し、その体勢のまま流されている艦が続出していた。
「どうしたというのだ?」
 司令が怒鳴り散らすが、事態が好転するはずもなかった。
 艦体はガタガタと異常震動を続けており、オペレーター達の表情は暗かった。
「機関出力、大幅なパワーダウン」
「出力をもっと上げろ!」
「機関オーバーロード。これ以上出力を上げれば暴走爆発します」
「ええい、かまわん! 目の前にアイツがいるのに、みすみす逃してたまるものか。出力を上げろ、もっと上げるんだ!」
 カリスの強大な重力によって引き寄せられていることが、誰の目にも明らかとなっていた。外宇宙航行艦にとっては、方向転換をも不可能とする強大な重力である。

 その一方で、惑星間航行艦ながら馬力のある荷役馬のミスト艦隊は、カリスの重力をものともせずに、悠然と突き進んでいた。
「後方の敵艦隊が乱れています。どうやら失速しているもよう」
 オペレーターの報告を受けて頷くアレックスだった。
「こちらの思惑通りだ」
 そして総反撃ののろしを上げる。
「よし、今だ! 後方で回頭する連邦艦隊を撃て!」
 それまで前方を向いていた砲門が一斉に後方へと向き直った。徹底防戦に甘んじていた隊員は、鬱憤を晴らすかのように、夢中になって総攻撃に転じたのである。
 その破壊力はすさまじかった。あまつさえ失速して機動レベルを確保できない敵艦隊は迎撃の力もなく、一方的に攻撃を受けるのみであった。
 千隻の艦隊が、百五十隻の艦隊に翻弄されていた。
 やがて別働隊も追いついてきて攻撃に参加した。
 次々と撃破されてゆく敵艦隊。無事に攻撃をかわせたとしても、カリスの強大な重力がそれらを飲み込んでゆく。カリスに近寄りすぎて、その重力から逃れるのは競走馬の連邦艦隊には不可能だった。
 十分後、敵艦隊は全滅した。
 千隻の艦隊に、三百隻で臨んで勝利したのである。
 艦橋に歓喜の大合唱が沸き起こった。
 ミスト艦隊司令のフランドル・キャニスターは、アレックスの作戦大成功を目の当たりにして感心しきりの様子であった。
「これが英雄と呼ばれる男の戦い方か……。カリスの強大な重力を味方にしてしまうとはな。交戦状態に入ったときにはすでに敵は自滅の道を突き進んでいたのだ。その情勢を作り出してしまう作戦の妙というところだな」

 アレックスの乗る旗艦でも拍手の渦であった。
「おめでとうございます提督。ミストは救われました」
 と言いながら、右手を差し出す副司令。握手に応じるアレックス。
「いやいや。当然のことしただけですよ。共和国同盟軍の同士ではないですか」
「共和国同盟ですか……なるほどね」
 事実上として共和国同盟は滅んではいるが、解放戦線を呼称するアレックスたちにとっては、今なお健在なのである。


 衛星ミストの軌道上に浮かぶ軍事宇宙ステーションに近づく小艦隊があった。
 アレックスを迎えるために、スザンナが寄こした高速艦隊である。
 艦隊はステーションの周囲に待機し、指揮艦と思しき艦だけが入港ゲートへと進行していく。
 その指揮艦の艦内では、入港に向けてのステーションとの交信がひっきりなしに続いている。
「艦長。入港許可が出ました」
「よし、入港せよ」
「入港します」
 操舵手が答え、艦に制動が掛けられる。
「ステーションより、誘導すると言ってきておりますが」
「丁重にお断りしろ。我が艦は手動制御で入港する。操舵手いいな」
「了解しました。これより手動による入港体勢に入ります」
 操舵手に緊張した表情は見られないし、気負った態度もなかった。ごく自然に平然と答えている。
「サラマンダー艦隊の操艦技術を見せつけてやれ」
「了解」
 他のオペレーター達も、自分に与えられた端末を黙々と操作しており、余裕のあるところを見せていた。
 艦体の側面には、真っ赤に燃える火の精霊を配色し異彩を放っている。
 暗号名「サラマンダー」を呼称するもう一つの旗艦「ヘルハウンド」が正式称号である。
 そう……。
 アレックス・ランドール提督が、少尉時代に乗艦・指揮し、ミッドウェイ会戦で大戦果を挙げたあの艦である。
 ヘルハウンドはゆっくりと橋梁に近づき、所定の位置から五センチもずれることなくピタリと接岸した。
「見事だ。さすがに提督が直接指揮したことがあるだけのことはあるな」
 ステーションの管制員は感心しきりだった。
 タラップが掛けられ、艦長以下の出迎え陣が勢揃いした。

 ここで改めて確認することにしよう。
 サラマンダー艦隊と言えば、ハイドライド高速戦艦改造II式「サラマンダー」以下の二千隻の旗艦艦隊だと思っている者が多いが、それは正しくない。
 アレックスが初めて独立遊撃艦隊を任され、その旗艦として高速巡洋艦「ヘルハウンド」が与えられた。その暗号名が「サラマンダー」であるから、艦隊としての行動する時の暗号名も「サラマンダー艦隊」というのがそもそもの名称のはじまりなのである。これらの呼称は軍籍簿にも登録されている正式称号であることを忘れてはいけない。
 その後に転属してきたレイチェル・ウィングの骨折りで、高速戦艦五隻を手に入れ、新たに「サラマンダー」と名づけられた艦に、アレックスが乗艦するようになった。しかしながらその時点では、純然として旗艦登録は「ヘルハウンド」のままであった。
 高速戦艦サラマンダーが正式に旗艦登録されたのは、アレックスが中佐となり艦隊数が増強されて以降のことである。しかしながら、ヘルハウンド以下の独立遊撃艦隊はそのまま残され、アレックスの直属のサラマンダー艦隊として、ヘルハウンドも旗艦登録されたまま今日に至っているのである。
 アレックス配下の全艦隊を総称する時は、ランドール艦隊と呼称するのが正しい。


 アレックスがフランドルに案内されながら現れた。
 一斉に敬礼して出迎える艦長達。
「出港準備完了しております」
「うん。ご苦労だった」
 振り返ってフランドルに別れの挨拶をするアレックス。
「おせわになりました」
「何もできませんが、せめて補給基地に立ち寄って補給を受けてください。二千隻すべてへの補給は無理でしょうが、行って帰ってこれる程度の備蓄はあります」
「よろしいのですか?」
「なあに、これくらいの礼はさせてもらわないと、罰が当たりますよ」
「そうですか……。それではご好意に甘えさせていただきます」
「ご武運を祈っています」
「ありがとう」
 握手をして別れ、アレックスはヘルハウンドに乗艦した。
「おめでとうございます。提督のご奮戦振りモニターしておりました」
 艦橋に入るやいなや、女性オペレーター達の熱烈な祝福を受ける。
「そうか……」
 指揮艦席に腰を降ろすアレックス。
 この席に座るのは実に久しぶりのことであった。
 懐かしそうに、機器を撫でている。
「ステーションより、補給基地のベクトル座標データが入電しております」
「よし、データを艦隊に送信し、先に補給しろと伝えろ」
「了解」
「提督。このベクトル座標データからすると、補給基地は中立地帯のすぐそばです」
 航海長が説明した。
 数字の羅列を読んだだけで、およその位置を言い当ててみせるのは、その頭の中に航海図がまるごと入っているからだろう。
「補給基地の位置を五次元天球儀に投影してみろ」
「判りました」
 五次元天球儀は、透明球状体にレーザーを照射して、その内側に航路図を投影できるものである。ワープ中でも常に艦の位置を表示できる。敵艦隊や新築されたばかりの施設などの更新されていないデータは表示されないので、構築物の所有者や国家は、国際宇宙航路図協会への報告を厳重に義務付けられている。
 補給基地を示す青い光点が明滅し、そのすぐそばを銀河帝国領との境界にある中立地帯が、淡いレッドゾーンとして表示されている。
「目と鼻の先だな」
「中立地帯近辺の警備における補給を担っているのでしょう」
「だろうな……」
 と頷いて、オペレーター達を見渡してから、
「出航する。機関出力五分の一、微速前進」
 命令を下した。
「了解。機関出力五分の一、微速前進」
 艦長が命令を復唱する。
「機関出力五分の一」
「微速前進」
 各オペレーター達が復唱しながら機器を操作している。

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2021.06.06 14:01 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)

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