梓の非日常/第二部 第一章・新たなる境遇(五)決闘!
2021.05.01

続 梓の非日常/第一章・新たなる境遇


(五)決闘!

「おい、梓ちゃん。映画とかでよく見る光景だけど。もしかして、これって……決闘だっ! ってやつじゃない?」
「もしかしなくても決闘の申し込みだよ」
「やっぱり!」
「貴様のような奴に、いくら口で言っても判らないようだからな」
「おう! やったろうじゃないか。で、決闘の方法は?」
 決闘を申し込まれたというのに、明らかに喜んでいる風の慎二。
「最近、暴れていないからなあ……。腕が鳴るよ」
 指をぽきぽきと折り鳴らしながら臨戦態勢に入ろうという感じか。
「野蛮な貴様のことだ。どうせ、喧嘩ぐらいしかしたことないのだろう」
「おうよ。喧嘩は三度の飯より好きだぜ」
 という慎二に頷く絵利香。
(まあ、最近は梓ちゃんの手前、手を出すのを控えて耐えているのをよく見かけるけどね)
 その屈強な精神と肉体を有する慎二には、心配するようなものはなさそうであるが、相手の俊介の方が、やはり気になるところではある。
(大丈夫かしらね……)
「いいだろう。決闘の方法は、自分の腕と足が頼りの拳法ということにしようじゃないか」
「拳法か……。いいね、それでいこう」
 というと後ろに下がって構える慎二。
 俊介の方も、片足を引き両腕を軽く胸の前に置いて構えていた。
 そんな俊介の構えを眺めている梓。
 さながら自分を取り合って決闘をはじめた相手を前に、心配顔で成り行きを見守ろうとしているお姫様って様子だろうか。
「ふうん……。見たところ、隙だらけって感じだけど。誘いの隙ってやつかな」
 二人は対峙したまま動かなかった。
 相手の様子を窺いながら、出方を待っているのだ。
 慎二も不用意に仕掛ければ、相手の思う壺というのが判っている。
「どうした、掛かってこないのかい?」
 俊介のほうから言葉をかけてきた。
「いやなにね。貴様のテコンドーの足技を警戒しているだけなんだけどね」
 その答えを聞いて表情を変え、感心したような口調で返す俊介。
「ほう……構えだけから、私の得意種目を言い当てるとはただものではないな」
「百戦錬磨だからな。いろんな奴とやってる中には、テコンドーを武器とする奴がいたというわけさ。足技はリーチが長く破壊力も抜群だからな。一撃必殺、そうやってわざと誘いの隙を作って、相手が殴りかかってくるのをじっと待ってるのさ」
「さすがだな。そこまで見切っているとはね。こりゃ、早まったかな」
「何をおっしゃる。自信満々のくせに」
「しかし、こうやって睨み合っていても勝負はいつまでたってもつかないぞ」
「そうだな。ここは一発、相手の実力を測るためにも、あえてその手に乗ってみるもんだ」
「こっちはいつでもいいぞ」
「では、いくぜ!」
 というと、相手の懐に向かって突進する慎二。
 俊介はそれを軽く交わして、大きく足を振り上げた。
「ヨブリギか!」
 慎二を交わして、俊介が仕掛けた技は、ヨブリギと呼ぶ逆廻し蹴り。内側から横に振るように蹴る技である。
 技が見事に決まって吹き飛ぶ慎二。そばにあった大木の幹に激突し、その根元に崩れ落ちた。



「馬鹿が! 俺のテコンドーを交わした奴はいないんだぜ」
 動かない慎二。
「気絶したか……。たいした奴じゃなかったな」
 と、梓の方へ歩み寄って行く俊介。
「君が、どうしてあんな野蛮な奴と付き合っているのかは知らないが、君にはふさわしくない」
 それをさえぎるように言葉を繋げる梓。
「この僕が理想の男性だ。とでもいいたいのか?」
「その通りだよ。財力、学力、ルックスとも最上だ」
「言ってろよ。それより、決闘を放棄するつもりか?」
「放棄? 奴なら死んだ」
「ははん。後ろを見てみろよ」
 俊介が振り向くと、大木に寄りかかるようにしながら、ゆっくりと立ち上がろうとする慎二の姿があった。
「馬鹿な! 僕のヨブリギを受けて立ち上がった奴はいない」
 その声に答える慎二。
「それが、ここに居るんだよな」
 すでにしっかりと両足を踏ん張って立ち上がっていた。
「この死にぞこないめが」
 そして再び俊介に挑みかかって行った。
 俊介は今度もその攻撃を交わして反撃を加えた。
「ネリョチャギ・チッキか!」
 脳天蹴りという、足底を真上から打ち下ろす蹴りを受けて、俊介の足元に臥す慎二。
 しかしすぐに立ち上がった。
 起き上がっては挑みかかって倒されるというのを繰り返していた。
 半月蹴り(パンダルチャギ)。接近した間合いから外廻しまたは内廻しで蹴る技。
 後ろ蹴り(ティチャギ)。振り向きながら直線的に蹴る技。
「しかし、すごいな。あれだけ大きく足を振り回しているのに、全然体勢が崩れていない」
 感心している梓。
 そのそばで心配顔の絵利香。
「そんな悠長なこと言ってていいの? 慎二君、やられっぱなしなのよ」
「大丈夫だよ。そのうちにけりがつくよ。もちろん慎二の勝ちだ」
「どうしてそうなるの?」
「よく見ろよ。俊介の息が上がってきているよ」
 梓の指摘の通りに、俊介は汗を流し呼吸も乱れて、肩を震わせていた。
 どうやらこんなにも長期戦を戦ったことがないのだろう。
 一方の慎二は身体中傷だらけになってはいるが、しっかりと両足で立ち意識も明瞭のようであった。
「な、なんてしぶとい奴なんだ」
「教えてやろう。おまえが対戦した相手は、せいぜい試合でのことだろう。百戦錬磨で鋼の肉体を持つ俺には、どんな技も体表面を傷つけはするが、五臓六腑には届くことはない。どんなに傷ついてもすぐに回復するぜ。そして俺の喧嘩拳法は、相手に合わせて無限に進化する究極の技だ。テコンドーなんざ、空手を模倣した猿芝居にすぎんわい。テコンドーの試合を見たことがあるが、足を振り回すだけのダンスだよ」
「言わせておけば!」
 俊介の足技が再び飛んでくる。
 しかし慎二はそれを交わしたのだった。
「は、はずしたあ!?」
 足技が宙を切り、体勢を崩す俊介。
 次の瞬間だった。
「真空透徹拳!」
 慎二が掛けた技が決まり、宙を舞って吹き飛ぶ俊介。
 どうっ、とばかりに地面に激突してそのまま気絶してしまった。
 ついにというか、勝負は一撃で決まった。
 慎二が放った大技に茫然自失となる梓だった。
「あ、あれは……。聖龍拳!」
 それはかつてスケ番蘭子との決闘で梓が見せ付けた、沖縄古流拳法の一撃必殺の奥技、聖龍掌に他ならなかった。
 放心したように呟く梓の声が聞こえなかったのか、
「慎二君、すごいね。たった一撃で倒しちゃったよ」
 絵利香は興奮した表情で、慎二のほうへ駆けていった。
「おうよ。俺は、無敵だからな」

 こうして決闘は慎二の勝利で終わった。

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