梓の非日常/第二部 第二章・宇宙へのいざない(二)若葉台研究所
2021.05.04

続 梓の非日常/第二章・宇宙へのいざない


(二)若葉台研究所

 ファントムⅥは、若葉台工業団地入り口と書かれた案内板のそばを通過し、やがて財団法人AFC衛星事業部若葉台研究所に入っていく。
「正面ゲートに到着しました」
 ゲート前で一旦停車するファントムⅥ。
 ゲートの側には警備員詰め所があって、出入りする者をチェックしているが、停車したまま動かない車に不審そうに窓から身を乗り出して確認しようとしているようだった。
「お嬢さま、わたしの申します通りに、携帯を操作してください」
「え? はい」
「まずは、O*8118#と入力してください」
 言われた通りにボタンをプッシュする梓。
「0*8118#、と。あら、何か数字が出てきたわ。3759よ」
「では、その数字の位ごとに5963を足してください。8・16・11・12となりますよね。その数字の一位の数字である、8612に#を加えて入力しましょう」
「8612#ね。画面に確認って文字が出たわ」
「では、指紋センサーを人差し指で触れてください。指紋照合ですので、第一関節部全面を押す感じで、お願いします」
「指紋照合なんかするの?」
「はい。携帯を盗まれて悪用されないよう、間違いなく梓さま本人かどうかを確認するためです」
「ふーん。そういえば麗香さんにこれを渡された時に、指紋登録しますから指紋センサーに指を触れてくださいって言われたっけ。はい、指紋を押したわ」
 すると目の前の通用ゲートが自然に上がっていった。
「お嬢さま、ゲートが開きました。進入します」
「お願いします」
 ファントムⅥを発進させる白井。
 ゲートが開いて驚いた表情を見せる警備員。
「最初に入力した0*8118#が、通門ゲートの解錠コードで、次の画面に表示された数字と5963とから導きだされる四桁の数字が暗証コードです。そして指紋照合の三つで入場審査が完了します。これはAFCが所有するあらゆる施設の通門ゲートで共通です」
「つまり、0*8118#と5963という数字を覚えておけばいいのね」
「はい。『お米はいいわ、ごくろうさん』と覚えておけばよろしいかと」
「はは、御用聞きみたい。アスタリスク(*)を米と読ませるのね」
「念のために申しておきますが、その手続きができるのは、今お持ちの携帯電話だけですので、お間違えのないようにお願いします」
「これが壊れたり失くしたら?」
「またお作りします」

 ファントムⅥが研究所の玄関前に到着する。
 白井が後部座席のドアを開けて、梓がゆっくりと降りて来る。
「ところで、ここは大丈夫でしょうねえ」
「煙草でしたら、心配ありません。灰皿一つ置いてませんし、喫煙者もおりません」
 それもそのはず衛星事業部は、地球軌道上を回っている『あずさシリーズ』を開発・製造している部門である。煙草の煙は無論、極微小な塵一つ許されない精密な部品で構成された衛星なのだ。玄関内に入るにも二層のエアカーテンを潜らねばならず、空気は完璧なまでに清浄化されている。
 そもそも『あずさシリーズ』は麗香が管理している。当然としてこの研究所には何度も足を運んでいるので、禁煙の勧告令はもとより、屋内の整理整頓と清掃を徹底させ、トイレにいたっても男子・女子共々ぴかぴかに磨き上げられている。清潔好きな梓が気に入らないと感じるような状況はなに一つないはずである。
「突然来訪して迷惑じゃなかったかな」
「大丈夫ですよ。私も、時々アポイントなしで訪れることがありますから」
「麗香さん、時々来てるんだ。ここに」
「ええ、まあ……」

 その頃、当研究所の所長室に、受付嬢からの一報が伝えられていた。
「つい先程玄関先に到着したロールス・ロイスから、十六歳前後の髪の長い女の子が降り立たれました」
「ロールス・ロイスに乗った十六歳前後の女の子か。わたしの知る限りでは、そのような要人はたった一人しかおられない」
「はい。もしかしたらあの真条寺梓さまじゃないかと」
「うむ……正門ゲートの守衛に連絡してみるか。あそこの受け付けを通らねば入ってこれないからな」

「それが不思議なんです。車の中で、女の子が携帯かなんかを操作していたかと思うと、ディスプレイに、無監査・進入OKという表示が出て、自動的にゲートが開いてしまって、そのまま車は入っていきました。通常は、来訪者に読み取り装置のカード挿入口にICカードを入れてもらってから、ディスプレイに表示される来訪者の所属・性別・年齢そして写真画像を確認した後で、守衛室内にあるゲート解錠ボタンを押して、はじめてゲートが開くはずなのですが」
「そうか、わかった。後のことはこちらで処理する。君はそのまま職務を遂行したまえ」
「わかりました」

「直ちに部長クラス以上に全員招集をかけろ。接客中の者を除いて、至急玄関先に集合だ。梓さまをお出迎えする」
「かしこまりました」
 所長の指令のもと、秘書から全役員に対して招集がかけられた。

 とある一室。篠崎重工の社長と研究所の副所長が、設計図を広げ部下達の説明を受けながら会議を開いている。
「外が騒がしいですね」
 会議室のドアがノックされ、所長の秘書が入室してくる。
「会議中のところ、失礼いたします」
「外が騒がしいようだが、一体何事だ」
「はい。真条寺梓さまがお見えになられていて、接客中以外の部長以上の役員は玄関先に集合です」
「梓さまが、見えているのか。接客中以外のものとなると」
「いえ。篠崎社長様には、梓さまとはご懇意だそうですので、お差し支えなければ、お会いなさってはいかがですかと、所長の角田が申しておりました。それでお呼びに伺ったのです」
「いかがされますか。社長」
「もちろん、お会いするよ」
「では、ご一緒に」

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