梓の非日常/第二部 第四章・峠バトルとセーターと(一)セーター
2021.05.20

続 梓の非日常・第四章・峠バトルとセーターと


(一)セーター

 自分の部屋で窓辺に椅子を寄せて編み物に熱中している梓がいる。
 優しそうな表情をして無心に編み棒を動かして編み続けている。
 そよ風がそのしなやかな髪をたなびかせている。
「はーい! 梓ちゃん、遊びに来たわよ」
 開いていた扉から絵利香が入ってくる。
「あ、絵利香。いらっしゃい」
「絵利香?」
 きょとんとしている絵利香だった。
 なぜならいつもはちゃんづけして呼んでいたからだ。
「編み物してるなんて珍しいじゃない」
「ん……ちょっとね」
「信二君にあげるのね」
「わかる?」
「そんな大きなサイズを着れる身近な人といえば彼しかいないじゃない」
「そうね。うふふ」
 と、否定もせず少し照れた表情を見せる梓だった。

 なんか変ね……。
 喧嘩が何より好きで、男勝りなあの梓が……編み物?

 絵利香には、梓の心変わりが理解できなかった。
「お嬢さま、慎二さまからお電話です」
 麗華が電話子機を持って入ってきた。
「ありがとう」
 トレーに乗せられた電話子機を取り、話し出す梓。
「替わりました、梓です。慎二君、こんにちは。え? デート? ……ん、どうしようかしら。今度の日曜か……予定はないけど。そうね、いいわ。迎えに来るの? じゃあ、待ってる。うん、それじゃあ」
 電話を返す梓。
 いかにも嬉しそうだ。
「あ、梓ちゃん。慎二君とデートの約束したの?」
「ええ。バイクでかっ飛ばそうとか言ってた」
「バイクでデートねえ……慎二君らしい発想だけど。梓ちゃんが、うんと言うとは思わなかったわ。今までは、慎二君が誘っても、一蹴の元に断っていたじゃない」
「たまにはいいんじゃない?」
「いいのかな……」
 梓がいいというのなら、口を挟むべきことじゃないと思いつつも、どうしてもしっくりこない絵利香だった。
「麗華さん、日曜日、慎二君とデートだから。予定に入れておいてください。たぶん忘れてたりするから、その時は教えてください」
「お忘れになるって……?」
 きょとんとしている麗華。
 いくらなんでもデートを約束して、その日を忘れるなんてことがあるのだろうか?
 麗華も絵利香も首を捻っていた。
「ん……。ちょっとね、最近物忘れが多くてね」
「それは、構いませんけど」
「うーん……デートまでに編みあがるといいんだけどなあ……」
 そしてまた、編み物に専念する梓だった。

 絵利香が、麗華にそっと耳打ちする。
「ねえ、麗華さん。最近の梓ちゃん、変わったと思いませんか?」
「確かに変わりましたよ。そうですね、あの研究所火災以来だと思います。ああやって、毎日編み物していますし、ピアノの練習も以前よりも増えています。慎二さまに命を助けられて、心境も変わられたのではないでしょうか」
「それって、恋する乙女心ということ?」
「はい。ああして慎二さまのためにセーターを編んでらっしゃる姿は、まさしく恋心に目覚めたとしか言えないと思います」
「麗華さんは、慎二君のこと肯定してる?」
「お嬢さまがなさることには口を挟むことはできません。それに渚さまも慎二さまのこと、お気に入りになられていますしね」
「そうなの?」
「はい」
「ふうん……。娘を命がけで助けてくれたのだから、それなりに感謝の意を表すのは判るけど」


 翌日となった。
 教室へ向かって廊下を歩いている二人。
「ええ? あたしが、慎二とデートの約束したあ?」
「大きな声出さないでしょ。びっくりするじゃない」
「びっくりするのは、こっちだよ。なんであたしが、慎二となんかデートしなくちゃいけないのよ」
「梓ちゃん、本気で言ってる?」
「本気もなにも、絵利香ちゃんこそ冗談言わないでよ」
 絵利香ちゃん……?
 今度はちゃんづけなのね。
 呼び方も違うし、約束事を忘れるなんて……。
 絶対に変だ。

 もしかしたら……。

 梓には、麗華はおろか母親にも知らされていない秘密がある。
 それは梓と絵利香、そして慎二だけが知っていること。
 まだ確証はないが、梓の変貌振りの原因を推測すれば、その秘密に起因する以外に可能性が考えられない。
 これは確かめてみるしかないわね。


 日曜日の朝である。
 いつものように、麗華に髪を梳かしてもらっている梓。
「バイクということですから、今日はポニーテールにしましょうね」
 髪型についてアドバイスする麗華。
「ねえ、麗華さん。あたし、本当に慎二君とデートの約束したの?」
「はい、間違いありません。『たぶん忘れてたりするから、その時は教えてください』と念押しなされました」
「うーん……絵利香ちゃんも言ってたけど、あたし記憶がないのよね」
 言いながら着替えをはじめる梓。
 バイクに跨るのを考慮して、黒地に白い動物の絵柄の入った厚手のタイツにミニスカート。そして上着はフェイクムートンジャケットで決まりだ。梓にパンツスタイルは似合わないとの麗華のチョイスである。
「お嬢さま、沢渡様がお見えになりました。玄関ロビーにお通ししてあります」
 メイドが知らせに来た。
「もう来ちゃったの?」
 しようがない。
 といった表情で、部屋を出ようとすると、
「これを忘れないでください」
「なにこれ?」
「慎二さまへのプレゼントでしょう? 昨夜に編みあがったばかりの手編みのセーターですよ」
「あたしが、セーター編んだ?」
「きっと喜ばれますよ」
 とセーターの入った紙袋を手渡される梓だった。
「どうも納得できないな……」
 何もかもが自分のあずかり知らないところで回っている?
 階段を降りると、玄関ロビーの応接椅子に慎二が座って待っていた。
「よう!」
 片手を挙げて迎える慎二。
「早かったな」
「初めてのデートだからな」
「ほれ、これやるよ」
「お! なんだ?」
 紙袋を開けて確認する慎二。
「おお! セーターじゃないか。梓ちゃんが編んだのか?」
「一応、そういうことらしい」
「へえ、意外だな」
「いらないなら、返せよ」
「いや、貰っておくよ」
 と言って、頭からセーターを被る慎二。
「温まるぜ」
「そりゃあ、……手作りだからな」
「よっしゃあ、そろそろ行くか?」
「そうだな……」
 立ち上がる慎二。

 玄関前。
 すでにバイクに跨ってエンジンの調子をみている慎二と、見送りに出ている麗華やメイドたちに挨拶している梓。
「ほれ、ヘルメット。買ったばかりで使ってないから、変な匂いとかつかないから安心しろ」
「あ、そ」
 ヘルメットを被りバイクに跨る梓。
「それじゃあ、麗華さん。行ってきますね」
「お気をつけて」
 重低音と共に、二人を乗せた自動二輪が走り出す。


「で、どこへ行くんだ?」
「え? なに?」
 風切って走る自動二輪。しかもヘルメットを被っていては会話は難しい。
「どこへ行くのか、って聞いてるの!」
 しかたなく大声で話しかける梓。
「ああ、正丸峠だよ」
 慎二も大声で返してくる。
「しょうまる?」
「この辺で峠走りのできるのは、そこしかないしな」
「なんで、デートに峠走りなんだよ?」
「あはは、梓ちゃんに合わせたんだよ」
「何でだよ」
「だってよ。映画館とか遊園地って柄じゃないだろ?」
「そりゃまあ……そうだけど」
 確かにその通りだった。
 映画館は眠くなるだけだし、遊園地で遊ぶような女の子じゃないつもりだった。

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v


ファンタジー・SF小説ランキング


小説・詩ランキング



11

- CafeLog -