続 梓の非日常/第二章・宇宙へのいざない
(五)衛星追跡管理センター 「ははは、ものは試しです、やってみましょう。まずはここに手をついてください」  所長が示した場所には、ガラススクリーンが輝いている。 「指紋照合機ね」 「指紋照合の後に自動的に網膜パターン照合が始まります。まっすぐ正面を向いてい てください」  梓が指紋照合機に掌をかざすと、ガラススクリーンに揮線が走ってスキャンされ、 続いて顔の目の位置にレーザー光線が当たって網膜パターン照合が行われた。  パネルスクリーンに照合結果が表示された。 「真条寺梓−AFC代表。無監査、進入OK」  同時に通路に続くゲートが開いて、地下の施設へ降りるエレベーターが現れた。 「地下なんですか?」 「はい」 「ん……」  梓は、地下施設に閉じこめられた火災事件を思い起こし、足がすくんでいた。あの 日以来閉鎖された地下へは降りられなくなっていたのだった。 「お嬢さま、どうなさいます。止めますか?」  そのことに気がついた麗香が、やさしくささやいた。 「大丈夫、麗香さんが一緒ならね」  といいながら麗香の手を取り、握り締めてきた。 「わかりました。一緒に参りましょう」  麗香がその手をそっと握りかえしてやると、安心したように笑顔を見せる梓だった。  手をつないでエレベーターに乗り地下施設の衛星追跡コントロールセンターに降り る二人。 「網膜パターン照合によるゲート通過承認は、それぞれのゲートごとに登録された者 だけが通過できるのですが、お嬢さまだけは無監査承認となっておりますので、すべ てのゲートを通過できます」 「研究所の正面ゲートの時みたいに?」 「はい。代表として当然でしょう」  エレベーターのドアが開いて、目の前に追跡コントロールセンターの全貌が広がっ た。正面にはメルカトル図法で描かれた世界図に数多くの軌跡が走っている。 「お嬢様、いらっしゃいませ」  センター長が駆け寄ってきて、挨拶もそこそこに説明を始めた。 「ここではAFCが打ち上げたすべての衛星と、協力関係にあるその他の衛星も追跡 しています。なお衛星が地球の裏側などに回っても大丈夫なように、ここ以外にも、 スイスのAFCチューリヒ事業部およびブロンクスの航空管制センター内の地下にも 同様の中継施設があり、AFCの光ファイバー通信網及び通信衛星『あずさ』の中継 で連絡されています。画面をご覧ください。青の軌跡が通信衛星の『あずさ』と赤の 軌跡が資源探査気象衛星『AZUSA』です」 『こちらの太陽系が描かれているスクリーンは?』 『惑星探査ロケットの軌道を追跡していますが、こちらのコントロールはブロンクス の方で行っております。一応ここからでもコントロールは可能ですがね』 「そうですか。しかし……平仮名の『あずさ』にローマ字の『AZUSA』って、いちい ち紛らわしいわねえ。これって、お母さんが名付けたの?」 「その通りです。ついでに言いますと、漢字表記の『梓』という原子力潜水艦もあり ますけど」 「あ、それ。乗ったことあるよね。ハワイへ行くときに」 「そうですね。まあ、お嬢さまを思う渚さまの母心とお思いくださいませ」  センター長は、どうやら太平洋の事件のことを知っているようだ。鍾乳洞に落ちた 梓を探すためや、ハープーンミサイル誘導で「AZUSA 5号B機」が使用されているので、 当然その運用には追跡センターが関与しているだろう。 「それでは、資源探査気象衛星『AZUSA』に搭載された地表探査カメラを操作してみ ましょう。丁度六号F機が日本上空を通過中ですので、それを使用します。正面のス クリーンをごらんください」  宇宙から鳥瞰された日本列島が、スクリーンに大写しされている。 「解像度をあげましょう」  まるでカメラが地上に接近しているかのような錯覚をふと覚えながら、どこかで見 たような町並みと、その中に飛び抜けて広大な敷地を抱えた邸宅が映しだされた。 「あ! あたしの屋敷ですね」 「はい。比較しやすいでしょうから」  ふと見ると、正面門の前をうろうろと動き回っている怪しげな影に気づく。 「ああ、ここ。もう少し大写しできませんか」 「わかりました」  やがてスクリーンに拡大投影された人物。 「これで最大です」  それはまぎれもなく梓につきまとうあの男。 「慎二だ」 「お知り合いですか」 「そんなところです」  慎二は正面から脇道に回り、しばし壁を見つめていたが、やおら壁をよじ登りはじ めた。 「あ、あの馬鹿」 「不法浸入ですね。警察に通報しますか」 「その必要はないでしょう。どうせ、すぐつまみ出されると思うから」  数分後、正面門からガードマンに襟首をつかまれるようにして慎二が放り出されて いた。 「屋敷のセキュリティーが完璧なことは知っているくせに、なんで侵入しようとする かなあ。あの、馬鹿は。ガードマンが慎二の顔を知っているから、追い出されるだけ で済んでるけど」 「馬鹿……なんですか?」 「でなきゃ、真っ昼間から塀をよじ登ったりしないでしょ」 「そりゃそうですね」  と納得している研究員。 「しかし、すごい技術ですね。宇宙のかなたから個人の表情まではっきりと識別でき るカメラが開発されていたなんて」 「お嬢様のお名前を頂いている衛星ですからね。技術陣も生半可な気持ちでは開発で きません。もちろん打ち上げに際しても、百パーセント自信を持っていました」  梓と研究員との会話を傍聴しながら、麗香は内心冷や汗ものだった。梓の事を四六 時中監視していることは、今なお秘密にしていたからである。 「もう結構ですわ。通常業務に戻してください」 「かしこまりました。では次の場所に移動しましょう」
     
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