梓の非日常/第三部 神条寺家の陰謀 part-4
2021.05.28
神条寺家の陰謀
part-4
それから数日後。
学校の教室で、梓と絵利香が会話している。
「例の女の人、あたしの仲間になったわ」
「そうなの? それで黒幕のことも話してくれたの?」
「少しずつね」
「少しずつ?」
「そりゃまあ、いきなり仲間になるというのも無理でしょ。本当に身の保証をしてくれるかわからないものね。様子をみながら少しずつ……ね!」
「なるほどね」
そこへ聞いたことのある声がした。
その人物は教室を見回して、慎二がいないことを確認するように言った。
「あら、梓さん。慎二君はどうしたの?」
それは梓をライバルと思って、何かと言いがかりを付けてくる神条寺葵だった。
「ちょっとね」
あえてはぐらかす梓。
「お久しぶりです。葵さん」
絵利香が挨拶する。
それを無視するかのように、
「もしかしたら、警察のご厄介になっているのかしらね」
……何故それを尋ねる?……
思ったが、素知らぬ顔をして聞き返す。
「それにしてもなんであなたが、この学校にいるの?」
「知らないの?」
「知るわけないでしょ」
「近くの公民館で、高校生の英語弁論大会があってね。その帰りなのよ。もちろん優勝したわよ」
と胸を張る。
「自慢するために、わざわざ来たわけね」
米国生まれ育ちの梓と絵利香には興味のない大会なので参加していなかった。
「で、慎二君はいるの?」
改めて確認を求める葵。
すると背後から、
「俺ならここにいるぜ!」
慎二が登場する。
振り返って驚く葵。
「な、なんであなたがここにいるのよ」
「はん。警察にでも取っ捕まったと思ったか?」
どうやら葵は、慎二が警察に逮捕されたと思っていたようだ。
「ねえ、教えて。どうして慎二が警察に捕まったと思ったの?」
「そ、それは……」
返答に窮する葵。
「は、母が言っていたのよ。『沢渡が警察沙汰(ざた)になった今、真条寺梓も終わりね……』って」
声を縛りだすように答える。
葵の母親は、神条寺財閥の当主の神条寺靜である。
『真条寺家に財産を奪われた』
と、何かにつけて因縁をふっかけてくる厄介な母親である。
「そっかあ、あんたの母親もとうとう認知症を患ったのかしらねえ」
あえて事件のことは伏せて、とぼけてみせる梓だった。
「冗談言わないでよ!」
さすがに自分の母親を馬鹿にされて怒らない娘はいない。
ともかくだいたいの筋書きが見えてきた。
事件を指導したのは、母親の神条寺靜のようだ。
何かにつけて、真条寺家と張り合い、蹴落とそうと画策(かくさく)している。
配下の者が失態を犯したので始末したが、この際こいつを使って梓に一泡吹かせてやろう。
梓本人はガードが固いので、身辺にいる沢渡という男を使えばよい。
そこで配下の組織を使って、例の部屋での殺人事件を演出したのだろう。
まあ、何とか無事に脱出できたのは幸いである。
どうやらこの事件に、葵は関わっていないようだ。
葵が帰った後で、相談を続ける三人。
「例の殺人部屋に慎二君を拉致監禁した犯人が、慎二君の姿をみればどうするかしらね」
「はん? 見城とかいう奴とはまた別なのか?」
「ええそうよ。見城さんは、カルテを盗めと命じられただけだそうよ」
「なんか……スパイ映画みたくなってきたな」
「神条寺家も本気を出してきたみたいよ」
梓が、これまで狙われたのは、
・帰国早々のファントムⅥブレーキ細工事件。
・交差点トラックひき逃げ事件。
・太平洋航路墜落事件。
・駆逐艦vs潜水艦対戦。
などがあるが、一度失敗しても二度目にも仕掛けてくることがわかる。
「計画が失敗したと分かれば、当然二の矢を放ってくるでしょうねえ。上層部にバレれば消されるのは確実なんだろうから」
「犯人は事件現場に戻るって言うから、慎二君が拉致された場所に行けば、何かしら動きがあると思う」
「あん? 俺に囮(おとり)になれっちゅうんか?」
「大丈夫よ。命までは奪わないでしょうから」
「嘘つけ! 殺されかけたんだぞ!」
「それはそれとして……」
「ちょっと待てえ!」
「うるさいわね。それもこれも慎二君のためなんだから」
「俺のため? どういうことだよ」
「とにかく行動あるのみよ!」
というわけで、一昨日梓と待ち合わせていた場所へと向かうこととなった。
途中、竜崎麗香に事の次第を報告する。
真条寺家執務室。
電話に出て梓と応対している竜崎麗香。
「おとり捜査ですか?」
梓の計画を聞き終わり、送受機を置くと他の場所へと連絡を入れる。
財団法人AFC衛星事業部若葉台研究所地下施設の衛星追跡管理センターである。
「資源探査気象衛星『azusa 6号G機』に地上探査命令! 梓お嬢様の行く先々を探査して、周囲に潜む不審人物を洗い出してください!」
宇宙空間を回る資源探査衛星に搭載された監視カメラは、地上を歩く人々の顔の表情まで映し出すほどの超高感度高精細の性能を持っている。
晴れてさえいれば、梓の周辺に潜む怪しげな人物をいち早くキャッチしてくれるのだ。
参照=第二部/第二章・宇宙へのいざない(五)
ところ変わって、ここは繁華街である。
並んで歩く梓と慎二。
慎二が誘うはずだったゲームセンターも見える。
やがて裏通りへと入った。
「ここが誘拐現場なの?」
「ああ、女の子がカツアゲされているのに出会ってね」
「助けようとしたら、実は女の子も仲間だったというわけね」
「そういうこと。後ろからガツン! と殴られて気絶したようだ」
「それで気が付いたら、例の部屋の中だった?」
「まあな」
その時、梓のスマホが着信した。
「はい」
スマホに出る梓。相手は竜崎麗香である。
『お嬢様。そこから北へ百メートルの所に公園があります。それとなく向かってください。公園に入ったら、ベンチに慎二さまを残して、公衆トイレに入ってください』
「分かった」
スマホを切ってから、
「ここで話しても無駄みたいだから、この先の公園に行きましょう」
と誘う。
適当なベンチに慎二を案内してから、
「ちょっとトイレ行くね。そこで待っていて」
慎二を残して公衆トイレへと行く。
トイレに入ると、早速スマホに連絡が入る。
「麗香さん。トイレに入ったわよ」
『これから言うことを良く聞いてください」
麗香が伝えて来たのは、慎二のいるベンチを公園外のビル影からずっと覗いている人物がいるということだった。
「今からこっそりトイレを抜け出して、その人物の背後に回って確保するのが良いかと」
そして迷うことなく実行する梓だった。
「見つけたわよ! そこで何をしているのかしら?」
背後から、怪しげな人物に声を掛ける梓。
それは女性だった。慌てて手で顔を隠す。
バレてしまっては逃げるしかない。
脱兎のごとく駆け出す女性。
だが通路の先に人の塊が邪魔をして通せんぼしていた。
梓が追い付いて、女性の肩に手が触れた。
と、その瞬間。
女性は、梓の手を掴んで一本背負いを掛けたのだった。
宙を飛んでゆく梓だったが、体制を立て直して、猫の宙返りのようにスタッと地に降りた。
「あなたもやるわね」
武術のたしなみがあると悟った梓は身構えた。
しかし、女性はくるりと踵を返して反対方向公園側へと逃げ出した。
そこには慎二が立ちふさがっていた。
「よお、そんなところで何をしてるんだ?」
梓に気が付いて声を掛ける。
女性が向かってくる。
「その人、捕まえて!」
梓が叫ぶ!
「おお?」
向かってくる女性に対して身構える慎二。
捕まえようとするが、スルリと滑りこむように避けて通る女性。
「おりょりょ!」
一瞬ビックリする慎二だったが、反射神経は抜群だった。
まさに通り抜ける瞬間、むんずとその腕を掴んで路上に組み伏せた。
「きゃあっ!」
思わず悲鳴を上げる女性。
「でかしたわ、慎二。そのまま押さえて逃がさないでね」
駆け寄る梓。
「観念することね」
通路を塞いでいた人々も寄ってきた。
「梓お嬢様、大丈夫でしたか?」
と襟を捲(まく)って見せたのは、真条寺家SPのバッジだった。
梓の近辺に常に張り付いて、影日向に梓の身を守る警備員だったのだ。一応警視庁警備部要人警護課特別班ということになっている。
犯人が逃げ出さないように、通路を塞いでいたということ。
やがてSP用護送車が到着した。
すべては竜崎麗香が手配したものだ。
本来SPが近くにいるならば彼らに犯人を確保させれば良いことなのだが、梓自ら乗り出してきた件であるがために、本人に任せるしかないだろう。
でないと梓の機嫌を損ねるというのは重々承知の麗香だった。
犯人には手錠が掛けられて、護送車に乗せられる。
梓のスマホに麗香から着信する。
「今、彼女が車に乗せられて行ったけど、この後どうなるの?」
素直に尋ねてみる。
『現状実質的には、慎二君を監視していただけで、今回の事件の実行犯と断定することはできないかと思われます』
「まさか拷問とか自白剤とか使って白状させるの?」
『そんなことは致しません』
麗香が解説するには、ビッグデータによる動線調査を行うということだった。
梓の一挙一動が、各地にある監視カメラや、人工衛星カメラによって、常時監視されていることは公然の秘密である。
同様に最重要人物としてマークされていた沢渡慎二に対しても、衛星追跡は行っていないが、町の監視カメラによって動線の軌跡は記録されていた。街中で犯人達によって拉致される場面も、今回捕まった女性の顔の表情もくっきりと記録されていたのである。
その頃。
神条寺家執務室では、不甲斐ない手下の失態続きに、激怒する神条寺靜がいた。
「不甲斐ないわね! たった一人の一般人すら篭絡(ろうらく)できないの⁉」
逆鱗に触れたような感情を高ぶらせて叱咤しつづける。
部下達にとっても緊張を緩めることのできない時間が延々と続くわけだ。
「真条寺家の竜崎麗香様からTV電話が入っております」
隣室の秘書が伝えてきた。
「麗香だと?」
部下に鋭い一瞥を与えてから、
「もういい! 下がりなさい」
と退室を命じる。
ホッと胸を撫で下ろしながら静かに退室する部下達。
「こちらにまわして」
デスクのPCのTV電話に出る靜。
『お久しぶりです、靜さま。竜崎麗香です』
「世話役ごときが何の用ですか?」
「沢渡慎二という人物はご存じですよね?」
「誰ですか? その方は?」
しらばっくれる靜だったが、麗香は平然と続ける。
「実は、沢渡君が拉致監禁されましてね。無事脱出は出来たようですが……。ああ、今から拉致監禁される現場の監視カメラの映像を送りますのでご覧ください」
やがて監視カメラの映像に切り替わる。
町の一角で一人の男性が囲まれており、背後から鉄棒で殴られて気絶させられ、やがて車に乗せられて運び出される。
と再び麗香の映像に切り替わった。
「先ほどの男性が沢渡慎二君です。そして男たちの中に一人いた女性は、我々が確保しております。さて、ここまでお伝えすれば、わたくしが何を言いたいかは理解できますよね」
映像が切れてTV電話は終わった。
しばし呆然とする靜。
やがて我に返って、
「警察庁長官に連絡を取って」
と執事に伝える。
それから何事もなく過ぎ去ったある日の放課後。
教室で談話する梓と絵利香に慎二の三人。
「どうやら麗香さんが手を打ってくれたみたいよ」
「よかったわね、慎二君。警察沙汰にならなくて」
「ところでよお、例の部屋のある家ってどうなったんだ?」
「床下から抜けて、別の変な場所に出たという?」
「それなら火災が発生して消失したわよ」
「たぶん証拠隠滅ってところでしょ」
「そうなのか? しかし何か変な家だった。本当にあんな風な家はあるのだろうか?」
「思うんだけどさ……」
「なになに?」
「本当は、例の部屋の床下から隣室に入って、そのまま玄関から外に出たんじゃないの?」
「ソファーの下に隠し地下室があるというのは無理筋ね」
「ライオンとかがいたり、謎解きしながら部屋を巡るって、何かのゲームみたいじゃない。前日に徹夜でゲームやってて、その続きの夢見たということは?」
「ゲームをやってた記憶はないが……」
「もしかしたら、薬による幻覚か妄想、でなければ単なる悪夢だったんじゃないの?」
「そうかなあ……」
納得し難い慎二だったが、家が燃えて灰になった今、それを証明することは不可能だった。
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