梓の非日常/第二部 第二章・宇宙へのいざない(五)研究開発
2021.05.08

続 梓の非日常/第二章・宇宙へのいざない


(五)研究開発

 研究所応接室。
 一通りの視察を終えてくつろぐ梓たち。
「最新の研究施設を拝見できて、とてもためになりました。今後もより一層の研究開発の努力をお願いいたします」
「もちろんです。所員一同、梓さまのために精進努力を惜しまないつもりです」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 所長の秘書が差し出したお茶をいただきながら質問をする梓。
「ところで、研究開発となると、いろんな企画案件が提出されていると思いますが、何を選出基準にしていらっしゃるのですか」

「最新の目玉とかいうのはないのですか?」
「そうですね。今一番力を入れているのは、高出力原子レーザー発振技術ですかね」
「原子レーザー? 普通のレーザーとは違うのですか?」
「簡単にご説明致しましょう」
 所長が梓にも判るような範囲で説明を始めた。

 内容は量子理論から導かれる技術の集大成でもあった。
 原子レーザー発振技術は、ある種の原子を絶対零度に近い極超低温状態にさらした時、原子の固有振動の波長と位相が均一にそろって、いわゆるレーザー状態を呈してくる現象を利用している。レーザーとしての性質を持つに至った原子をビーム状に増幅収束して射出する。
 通常のレーザーが光子(フォトン)であるのにたいし、重粒子である原子を利用するためにエネルギー効果値は桁違いに大きく、その破壊力はすさまじい。なおかつレーザー特有のエネルギー減衰ロスが小さく拡散しないので、宇宙通信やエネルギー伝達の主役になると見込まれている。なお、悪用すれば超新星爆発{BozeNovaと呼ばれている}に匹敵する破壊力をも実現することも可能である。
 原子レーザーを可能にする極超低温状態にある原子がとる特異現象は、二十世紀前半において、インドの物理学者ボーズの理論をもとにアインシュタインが予言したもので、両者の名をとってBEC{ボーズ・アインシュタイン凝縮}と呼ばれており、
1997年1月27日、MIT{マサチューセッツ工科大学}において最初のレーザー発振実験に成功している。

「じゃあ、例えばウランやプルトニウムを原子レーザー化して月とかに掃射すれば、遠距離核爆発を引き起こすことも可能ですか?」
「まあ……すべての原子をレーザー化できるというものではありませんが、不可能とも断言できませんね。しかし、原子レーザーそのもののエネルギーが、ものすごい破壊力を持っていますので、核物質にこだわる必要はありません」
「ふうん……そうなんだ」
「科学小説でプロトン砲とかいうのを聞いたことがありませんか?」
「あるある。聞いたことあるよ」
「早い話が、水素原子核の陽子だけでも、それを原子レーザー砲として利用すれば、陽子の特異作用によって、対象物を破壊することが可能なのです。場合によっては核融合反応を凌ぐエネルギー効果を発生させることもできます」
「プロトン砲が実用化してるのですか?」
「まだ研究段階ですが、陽子レーザー砲による破壊実験には成功しております。厚さ一メートル程度のコンクリートブロックならほんの数秒で破砕できます」
「すごい! すごい! 科学小説の夢物語が実現すぐそこまで来ているんだ」
 小躍りするように感激している梓。

 それから小一時間ほど所長の解説に夢中になって聞き入っていた梓。
「お嬢さま、そろそろご帰宅のお時間です」
「あら、もうそんな時間なの?」
 麗華の言葉で、研究報告ともいうべき所長の解説の時間が終わった。
「とてもためになりました。また今度お伺いしてもよろしいですか?」
「いつでもお越しくださいませ。歓迎いたしますよ」
「ありがとう」

 玄関前にてファントムⅥに乗り込む梓を見送る研究所員。
「みなさん、お忙しい中、どうもありがとうございました」
「どういたしまして、またのお越しをお待ちしております」
 白井が後部座席ドアを閉める。
 窓の内側から手を振る梓。
 それに応えて手を振る所員たち。
 やがて静かに、ファントムⅥが滑り出すように走り出す。
 その後ろ影を見送りながら、所長が呟くように言った。
「高出力原子レーザー発振器による、月面移動基地への高エネルギー伝送実験の企画議案書を提出してみるか」
 それを聞きうけて別の所員が答える。
「これまでは、原子レーザー発振器の開発と、無人月面移動基地と原子レーザー発電装置の開発に、莫大な予算が必要でしたから、本格的研究は棚上げになっていた計画ですよね」
「ああ、高出力原子レーザービーム発振器の開発には、高電力を連続供給する原子炉と、超電導回路及びBEC{ボーズ・アインシュタイン凝縮}回路を維持するための極超低温発生装置など、最低でも五千億ドルを越える予算が必要だからな」

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