梓の非日常/第二部 第四章・峠バトルとセーターと(三)民家にて
2021.05.23

続 梓の非日常・第四章・峠バトルとセーターと


(三)民家にて

 峠頂上から名栗村へと、県道53・70号線を下って、一路川越へと帰路につく。
「せっかくのデートなのに、悪かったね」
「気にしていないわよ。結構楽しんでいたから」
「なら、良かった」
「それより、どこかコンビニに寄ってくれないかな」
「お腹でも減ったのか?」
「そうじゃないわよ。鈍感ね」
「え? あ、ああ……。ごめんごめん」
 トイレに行きたくなっていたのである。慎二もすぐに気が付いた。
 男なら適当な所に停車して用を足すことができるが、女の子はそうはいかない。
 まったく人気がなければ、茂みに入って……。できるかも知れないが、慎二がそばにいる状態では恥ずかしくてできるわけがない。乙女としては絶対にしてはならないことだった。
 が、しかし……。
 山の中である。
 そうそうコンビニがあるわけもない。
 どこまで走っても民家ばかりで、商店すらもなかった。
 我慢も限界がある。
「どこでもいいから。家の前で止めて」
「判った」
 緊急避難的に民家でトイレを借りようという算段のようであった。
 開いた戸口の前で中に向かって声を掛ける。
「すみませーん。どなたかいらっしゃいますか?」
 こういう民家では、日中は田んぼに出かけていて留守ということが結構あるが、
「はーい」
 と、すぐに返事があって、家の者が出てきた。
 お婆さんともう一人若い女性。
「何でしょうか?」
「申し訳ありません。トイレをお借りしたいのですが」
 お婆さんに向かって頼み込む梓。
「ああ、どうぞどうぞ。構いませんよ。恭子さん、娘さんを案内して」
 嫁なのであろうか、若い方の女性に向かって梓を案内させる。
「はい。こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
 ずーと奥のほうへ入っていく二人。
「そこのあなた。上がってゆっくりしていきませんか?」
 と、外にいる慎二にも声を掛ける。
「俺ですか?」
「まあ、お茶でも出しますので」
「そうですか。じゃあ、上がらせていただきます」
 遠慮のない慎二だった。
 ずけずけと家の中へと上がってゆく。

 袖触れ合うも多少の縁。
 都会ではありえないであろうが、田舎では良くあることである。
 客間に通されて、茶菓子とお茶を出されて歓待される慎二だった。
 やがて物珍しそうにきょろきょろとあたりを見回しながら梓が戻ってくる。
 旧家のこととて百年以上は経っているだろうか。
 同じ旧家の絵利香の屋敷とはまるで趣が違っていた。
 豪商邸宅と農耕民家では、まるで違うのは当然のことであろう。
 慎二の隣に置かれた座布団に正座する梓。
 正座など苦手な梓であるが、和風の民家ではそうするよりない。
「お二人は夫婦ですかの?」
 お婆さんが突飛なことを言い出す。
「ち、違いますよ」
 梓が慌てて否定するが、
「夫婦に見えますか?」
 慎二は嬉しそうに答える。
「違うのかい?」
「私たちまだ高校生です。十六歳になったばかりですよ」
「十六かい? わしらが若い頃にはとっくに祝言を挙げて、子供を産んでいたよ」
「十六歳でですか?」
「ああ、最近では十六で嫁に行くなって、ほんとに珍しくなったけどねえ。三十過ぎてもまだ独身や結婚なんていないなんて娘はざらになってきよった」
「まあ、そうですよね」
 十六歳で結婚という話を聞いて、真条寺家の事情を思い出さずにはおれなかった。
 真条寺家の長女は、十六歳にして家督を継いで結婚し、世継ぎを産む。
 母親の渚にしても、そして祖母も、十六歳で結婚して子供を産んでいる。
 法律的にも結婚を許されている年齢である。
「俺は、十八歳にならなきゃ結婚できませんよ」
「そうじゃったな。でもまあ、二人を見ていると、お似合いの夫婦になれる感じがするよ。一緒に旅行してるところみると、満更でもない関係なんだろ?」
「そうなんです!」
 ずずーっ、と身を乗り出すようにして強い口調で肯定する慎二。
「ち、違います。ただの友達です」
「あははは!」
 腹を抱えて笑い出すお婆さんだった。
 きょとんとしている梓。
「いいね、その表情。二人の様子見てると仲が良いのが判るよ。きっと良い伴侶になれるさ。わしが太鼓判を押すよ」
「ありがとうございます」
 慎二が素直に喜ぶ。
「慎二ったら、もう……」
 ちょっと膨れ面になる梓だった。

 それから一時間後。
 お土産まで貰って、その民家を出てくる二人だった。
 キャリアにそれを縛り付けながら、
「田舎の人たちは人情があっていいねえ」
 と感慨深げな慎二。
 似合いの夫婦になれると言われて気分が良かった。
 対して少し機嫌を悪くしている梓だった。
 こんなことならもっと我慢してでもコンビニにすべきだったと後悔していた。
「じゃあ、帰ろうか」
「そうね。とっとと帰りましょう」

 そもそも、なんで自分がデートに行くことを承諾してしまったのか?
 すべての発端はそこにある。
 まるでもう一人の自分がいるような気分になってきたのである。

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