銀河戦記/鳴動編 第二章 ミスト艦隊 X
2019.04.06


第二章 ミスト艦隊


                 X

 連邦軍旗艦。
 ミストを左舷後方に見る位置に、隊列を組んでいるミスト艦隊。
「敵本隊は、ミストの前方、十時の方向」
「取り舵十度! 敵艦隊に向かえ!」
「全艦取り舵十度! 進路変更します」
 ゆっくりと方向転換をはじめる艦隊。
 巨大惑星の影響だろうか、艦体がミシミシと音を上げていたが、艦橋要員達は軽く考
えていた。
 この時、艦の異常を真剣に受け止めて、対処しようとしてる者たちがいた。
 機関部の要員である。
 方向転換と同時に、急激に機関出力がダウンしてしまったのである。
『おい、機関出力が落ちているぞ。すぐさま上げてくれ』
 さっそく艦橋からの催促がかかる。
「了解! 出力を上げます」
 機関出力が上げられ、機動レベルを確保したものの、エンジンは異常音を立てていた。
やがて方向転換が完了してエンジンの負担が軽くなって異常音は止まったが、
「これはただ事ではないぞ」
 誰しもが感じていた。
 外の状況や艦橋の様子などがまるで見えない機関部には、ただ上から命令されて出力
を上げ下げするしかない。
 機関長のところに数人の機関士が集まってきていた。
「巨大惑星の影響に間違いありません」
「そうです。カリスの強大な重力に艦が引き込まれていると思われます」
「私もそう思います。上に意見具申なさった方が……」
 だが機関長は意外な発言をした。
「君達は艦内放送を聞いていなかったのか? 上はランドール提督を捕虜にしようとし
ているのだ。いいか、宿敵サラマンダー艦隊のランドールだぞ。奴を捕らえれば、聖十
字栄誉勲章間違いなし、報償は思いのままで一生を楽に暮らしていけるはずだ。例えエ
ンジンが焼け切れたとしても全力で追いかけるのは、判りきったことではないか。言う
だけ無駄だよ」
「やっぱり……ですかねえ」
「外がまるで見えない鉄の箱の中で、一生を終えるのはご免ですよ」
「俺達には選択の余地はない。上に指示に従うまでだ。さあ、配置に戻りたまえ」
 諭されておずおずと自分の部署に戻る機関士達だった。

 その頃、機関部要員の気持ちもお構いなしの艦橋では、ランドール捕虜作戦の真っ最
中であった。
「ランドールの乗艦を特定しろ。そして攻撃目標から外すのだ」
「了解」
 オペレーターが機器を操作して、ミスト艦隊の各艦をスキャニングしはじめた。
 やがてスクリーン上のミスト艦隊の中に赤い点滅が現れた。
「ランドール提督の乗艦しているものと思われる旗艦を特定しました」
「よし、攻撃目標から外せ」
「了解。戦術コンピューターに入力して、攻撃目標から外します」
「後方から、別働隊が追い着いてきました」
「構うな。今は正面の艦隊に集中しろ」
 司令の脳裏にはランドールしかないという風だった。
 聖十字栄誉勲章が目の前にぶら下がっているのだ。
 二階級特進も夢ではなかった。
 鼻先に吊るされたニンジンを追いかける馬のようなものである。


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