銀河戦記/鳴動編 第二章 ミスト艦隊 XI
2019.04.12



第二章 ミスト艦隊


                 XI

 戦闘状態に突入して五分が経っていた。
 アレックスはスクリーンを見つめながら、戦況分析の真っ最中というところだった。
「当艦に対する敵艦隊からの攻撃がまったくありません」
「思惑通りだ。これで心置きなく指揮を取れるというものだ」
 呟くように言ったことを聞きつけて、副司令が答える。
「そうか……。判りましたよ、提督が敵艦隊に対して国際通信を行った理由」
「聞こう」
「連邦軍にとって提督は、鬼の首のようなもの。捕虜にした者には、最高の栄誉勲章が
与えられると聞きます。それが当艦に攻撃がこない理由です。自分がランドールである
ことを知らしめれば、決して攻撃してこないだろう。我が艦隊は少数ですから、拿捕し
て捕虜にするのも簡単だと思う。提督がこの艦隊を指揮するのは初めてです。じっくり
と指揮を執るには、落ち着いた環境が必要だった。そういうことですね」
 さすがに副司令官だけのことはあった。
「考え方によっては自己の保身を優先したようにも取れるんだが……」
「大丈夫です。誰もそんな風には考えません。提督は指揮に専念なさってください」
「ありがとう」
 そうこうしているうちにも、味方艦隊は次々と撃沈されていた。
「戦艦ビントウィンド撃沈。巡洋艦ハイネス大破……」
 多少の被害は覚悟の上ではあったが、もたもたしていては全滅するのは時間の問題で
ある。
「急速接近する艦があります」
 目の前のスクリーン一杯に敵艦隊が映し出された。
「斉射しつつ、面舵で交わせ!」
「どうやら接舷して白兵戦で提督を捕虜にしようとしているのでしょう」
 最初の艦はなんとか交わしたものの、次から次と襲ってきていた。
 単独でならともかく、複数の艦で体当たりされては交わしきれない。
「そろそろだな……。これより敵中の懐に飛び込む。全艦全速前進!」
 アレックスが最初から突撃を敢行しなかったのは、味方艦及び敵艦の力量を推し量っ
ていたのだ。
 特に司令官の人となりを、その戦い方ぶりから判断していたのである。
 加速して敵艦隊に向かって進撃するミスト艦隊。
 多数に無勢の時は、まともに正面決戦は自滅を早めるだけである。
 相手の懐深く飛び込んで乱激戦に持ち込み、あわよくば同士討ちに誘い込む。
「ランドール戦法だ!」
 誰かが思わず叫んだ。
 アレックスの得意戦法であり、敵艦隊をことごとく葬ってきた有名な戦法である。
 その戦いを目の当たりにし、しかも自らが参加している。
 兵士達の士気は大いに盛り上がっていく。
「お手並み拝見ですね」
「それは違いますよ。実際に戦うのは配下の将兵達です。指揮官を信じて指令通りに動
いてくれるからこそ作戦は成功します。指揮官のすることは、部下を信じさせることだ
けなのです」
 両艦隊はすれ違いながら互いに攻撃を加えていく。
 後方へ過ぎ去っていった艦は相手にはしない。
 前からくる艦のみを各個撃破していくだけである。
 機関出力最大で防御スクリーンにほとんどのエネルギーを回して、攻撃力よりも防御
力に重点を置いていた。
「敵艦を撃破することは考えなくても良い。全速力で敵艦を交わしていくのに全精力を
注ぐことに尽力せよ」
 早い話が、戦わずに逃げまくれと言っているに等しかった。
 領土防衛の戦いなのであるから、敵艦隊を殲滅させずして、逃げるなどとは理不尽な
指令である。
 逃げている間に占領されてしまう。
 しかし、ランドールが下した指令には、深い熟慮の上に計算され尽されてのものであ
ることは、誰しもが良く知っていた。
 例えばシャイニング基地攻防戦などが有名であり、ハンニバル艦隊来襲の時もカラカ
ス基地を空っぽにした。

 十五分が経過した。
 連邦軍旗艦には苦虫を潰したような表情の司令官がいた。
「ミスト艦隊は、我々の中心部分に入り込んだ模様です」
 両艦隊が全速力で進撃しているので、すれ違いの時間は短かった。
 すでに旗艦同士はすれ違いを終えていた。
「どうして討ち果たせん! 敵は我々の五分の一にも満たないのだぞ」
 理由は判りきっていたが、尋ねずにはおれなかった。
 懐に飛び込まれての乱激戦は同士討ちが避けられない。
 砲術士の腕も鈍るともいうものであった。
「すれ違う前には、正面に向き合っていたはずだ。どうして体当たりしてでも、これを
止めんかったのだ」
 これも判っていた。
 ミスト艦隊は小回りのきく惑星航行用の戦艦が主体であるから、旋回して体当たりを
避けることは簡単であった。
 司令は、競走馬と荷役馬と比喩したが、競走馬は真っ直ぐ走ることには得意でも、曲
がりくねった道を走るのは苦手である。
 これは戦国時代の城下町の街並み設計に取り入れているものだ。城の防衛のために高
速で騎馬が駆け抜けられないように、城下町には紆余曲折の道を作るのは常道であった。
 いかに高速を出せる艦艇でも、ちょこまかと動き回る艦艇をしとめるのは至難の伎で
ある。体当たりしようとしても、簡単に交わされてしまう。ただでさえ数度の加速を行
って最大限に達しているのである。軌道変更は困難であった。
「ええい。反転しろ! 反転して奴らの背後から攻撃する」
 しかし、その命令が悲劇のはじまりだった。


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