梓の非日常/第三章・ピクニックへの誘い(一)フランス留学?
2021.02.13

梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い


(一)フランス留学?

 英語の授業で担任の下条教諭が出席を取っている。
「よし、全員出席と……」
「先生よお。梓ちゃんと絵利香ちゃんがいないじゃんか」
「あれ、君達にまだ話してなかったっけ。あの二人は、英語の授業は免除されてるんだ」
「免除ってどういうことですか?」
「実は二人は、生まれも育ちもニューヨークの帰国子女でな。完璧な英語を流暢に話せるんだ。特に真条寺君は、母親ともどもアメリカ国籍で、帰国というより留学で日本に来ているというのが正しい。逆に我々英語教師の方が彼女達に教えを請うくらいで、英語の授業を受ける意味がない」
 二人の意外な真相を知って、教室がざわめきだした。
「二人が、ちゃきちゃきのニューヨーカーだったなんて……」
「どうりで、雰囲気違ったわけだよな」
「そういえば、昨日英語がびっしり書かれた本を読んでたよ。表紙の絵は風と共に去りぬだったけど」
 一同が、主のいない二人の席を注視し、ため息をもらす。
「まあ、そんなわけだ」
「へえ。そうだったんすか。んじゃ、俺、英語の授業はさぼろうかな。梓ちゃんいないとつまんないもんね」
「こらこら、教師の前で堂々と言う奴があるか。第一そんなことしてみろ、彼女達との距離がよけい遠退くんじゃないのか。少しでも近づきたいなら英語が話せなきゃ、な!」
「うう。それ言われるとつらい」
「ちなみに英語と日本語どっちが難しいか尋ねたら、日本語の方が難しいと答えた。真条寺くんなんか、男性言葉と女性言葉の区別がわからなくて、時々男言葉になっちゃうとぼやいていた」
「あ、それ違うよ。梓ちゃんの場合は、元々男っぽいんだ。地の言葉っすよ。あれは」
 あはは。と、教室中の生徒達が納得して笑っている。
「そうなのか? ま、とにかくだ。彼女達は、英語のかわりに校長室でフランス語を習っているよ。校長の都合もあるから、毎回というわけじゃないけどな」
「フランス語ですか?」
「ああ、しかもだ。フランス語だって日常会話程度ならちゃんと話せるんだぞ。高校卒業後は、二人ともフランスの大学に進学するそうだ。日本留学の次ぎはフランス留学か、国際人だなあ」
「フ、フランス留学?」

 下条教諭の英語の授業が終わり、梓と絵利香が教室に戻ってきた。
 愛子ら女子生徒達が、早速話し掛けて来る。
「ねえねえ。二人ともニューヨーク帰りなんだって?」
「あら、先生から聞いたのね」
「どうして話してくれなかったの?」
「別に隠してるわけじゃなかったんだけど。ね、絵利香ちゃん」
「そうね。話す必要がないと思ってたから」
「一応梓ちゃんは、アメリカ人ということになるのね。当然永住権もあるわけだ」
「ついでに、お母さんもアメリカ国籍だよ。お父さんは日本だけど」
「頼む。フランスに行かないでくれ」
 突然慎二が割り込んできた。
「何、言ってんだ。おまえ」
「日本の大学ならまだ何とかなるかもしれないけど、フランスになんか行かれたら……お、俺は」
 いきなり梓に抱きつく慎二。
「捨てないでくれえ」
「どさくさに紛れて抱きつくなあ!」
 床に転がっている慎二を足蹴にしながら、
「悪いけど、これは真条寺家のしきたりなんだよ。英語圏に六年、その他の語圏に三年以上留学することが、家訓に定められているんだ」
「絵利香さんはどうなの。真条寺家とは何の関係もないんでしょ」
「そうなんだけど、三歳の時からずっと一緒だったから、ついて行くことにしたの」
「腐れ縁というやつね」
「そうじゃないでしょ。梓ちゃん」
「ははは……」

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梓の非日常/第二部 第八章 小笠原諸島事件(四)出航
2021.02.12

梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件


(四)出航


 出航の時間となった。
 昔は出航のセレモニーがあり、ドラが鳴らされたり、紙テープの乱舞があったものだが、最近では時刻がくると静かに出港するようだ。
 岸壁を離れてゆく絵利香号。
 乗客にとっては、胸躍る瞬間でもある。
「なあ、船尾に回れないか?」
 慎二が尋ねてくる。
「何しに行くのよ」
「そりゃ、スクリューが回って渦ができるところを見たいじゃないか。船が出発したんだなという情感に浸れるだろ?」
「気持ちは分かるけど、駄目ね」
「なんでだよ」
「貸し切りフロアからは出られないのよ」
「そこを何とか……」
「あなた、ドレスコードとか知らないでしょ?」
「ドレス……?なんだよ、それ。制服のことか?」
「知らないなら、無理ね。諦めなさい」
「中高生の制服は、冠婚葬祭でも着用できるから、どこでも出られるよな」
「制服は正式礼服だけどね」
「というわけで……何とか」
「無理よ。あたし達は特別招待客で一般客とは違うんだから。それにこの船は米国籍で、あの境から向こうはアメリカ領土なの。Do you understand?」
「じゃあ、今いる場所はなんだよ?」
「まあ、特別に許可された日本国飛び地よ。大使館と同じ治外法権なの。というわけで諦めてね」
 無碍もなく拒絶する。
「だいたい最近のクルーズ船は、電気制御のポッド型プロペラ(Azimuth thruster)使ってるから、そんなに泡立たないし」
「電気? ディーゼルエンジンじゃないのかよ?」
「ディーゼルで電気を起こして、それでプロペラを回すのよ。扇風機と言えば分かるかな、左右に転回するときも、ポッドを回転させるだけでいいから、余計な舵が必要なくて、それだけ振動とかも少なく速度を上げられる」
「水中で扇風機を回しているのか? 曲がるときには首振りするのだな」
「言いえて妙だけど、その通りよ」
 あまり理解できない様子の慎二。
「とにかく船尾には行けないのだな?」
「その通り」
「わかった……」
 ぶつぶつと言いながらも諦める慎二だった。
「ところで、さっきからずっと船の前を邪魔するように進んでいる船があるんだが、なんだあれは?」
 梓が、言われた方向を見ると、紅白の吹き流しをなびかせながら進行する船があった。
「ああ、エスコート船よ。水先案内人とか聞いたことあるでしょ」
「なんとなく」
「東京湾は一日の船の通行量が半端ないから、衝突や座礁事故とか起きないように、周囲の船の監視をしながら先導してくれる船よ。湾内から浦賀水道を抜け出すまでの間ね。東京汽船とか新日本海洋社とか、エスコート業務の許可を受けたタグボート会社が行ってるわ」
 エスコート船には、『AB34C-・1-3海〇〇〇』というような、海上保安庁指定の許可表示板の据え付けが義務付けられている。頭から、Aは進路警戒船、B34は消防設備、Cは側方警戒船、・1は浦賀水道、最後は第3管区保安部そして交付番号である。
 ちなみに東京湾に入港する長さ50m以上の船舶は、中ノ瀬(なかのぜ)航路を通ることが義務付けられている。


「面倒なんだな……」
「船の運航には、人命を守るためのいろいろな決まりごとがあるのよ。例えば船同士が衝突コースを取りそうな時は、『相手の船を右に見る船は、相手の船の進路を避ける』『正面衝突の危険ある時は、双方が右に舵を切る「右側通行の原則」』とかね」
 右側通行の原則も、岸壁に左舷側で着岸するのと同じ理屈。

 そうこうするうちに、外海に出る。

「あれれ? スマホが圏外だよ」
 と嘆いている者が続出した。
「当たり前だよ。基地局から離れた海上なんだから」
 早速、鶴田委員長が絵利香に打診する。
「船内 Wi-Fi とかないのですか?」
「あることはあるけど、30分1,000円か、もしくはクルーズ中使い放題プランで1日5,000円になるわ」
「そんなに高いの?」
「通信衛星電波を使うからね。ほとんどのクルーズ船の料金はそんなものよ」
 嘆いているクラスメートを横目に、
「ふうん……そうなんだ」
 と、自分のスマホをいじりながら、意外な顔をしている梓だった。
 梓のスマホは圏外にはなっておらず、正常にインターネット接続できる。
 なぜなら、梓は自己所有の通信衛星があり、スマホには専用回線衛星電波を使えるから。
 スマホのデザリング機能を使えば、みんなに Wi-Fi 環境を与えられるが、機器にはうとい梓なので思いつかない。

 ◇◇ 冒頭シーンに戻る。 ◇◇

 貸し切りなので、プールサイドには、生徒達しかいない。
 気兼ねなく泳ぎ回っている。
「今回の旅、本当にありがとうございました。絵利香さん」
 鶴田が丁寧に頭を下げて礼を述べる。
「気にしなくていいわよ。あなたも余計な事しないで、旅を楽しむといいわよ」
「そうそう。幹事だからといって、自分を束縛しちゃだめ! 自由になりなさいね」
 添乗ガイドがやってきた。
「絵利香様、ちょっとよろしいですか? 明日の行動予定のお話があります」
「分かりました。あそこのピーチパラソルのあるテーブルの所で聞きましょう」
「僕もご一緒して伺っていいですか?」
「そうね。構わないわ。梓ちゃんはどうする?」
「あたしは、もう少しここにいるわ」
 梓を残して、三人はピーチパラソルの方へと歩いてゆく。

 絵利香はいわぱスポンサーなので、その意向を無視することができない。
「今夜は船中泊となりますが、明日はフリータイムで船旅を満喫していただきます。鳥島と孀婦岩(そうふがん)を周遊します」
「父島に到着するのは、明後日の何時ごろかしら?」
「午前六時に到着です」
「天候の方はどうかしら?」
「大丈夫です。この先、一週間は好天が続く予報が出ております」

 
 日が暮れて、就寝の時間となった。

 旅館に泊まる修学旅行なら、定番の枕投げがはじまるところだろうが、クルーズ船で各二人部屋なので、それはできない。

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梓の非日常/第二章・スケ番グループ(七)新リーダー誕生
2021.02.11

梓の非日常/第二章 スケ番グループ(青竜会)


(七)新リーダー誕生

 梓の戦いぶりを観戦する慎二、そして絵利香。
「彼女が心配か?」
「あたりまえです」
「なあに、余裕だよ」
「余裕?」
「ああ、戦力分析をして、自分より相手の方がレベルが同じか上と判断した時は、強い奴から先に片付けるのがセオリーなんだ。しかし今のあいつは、あえて下っ端から片付けている。つまり楽勝できると判断しているわけだ。見ろよ、恐怖に引きつったスケ番の表情を」
「表情?」
「たった一人の相手に、手下が次々と倒されていくのを見れば、誰でも恐怖心を抱くものだ」
 最後の下っ端が梓の足元に崩れ落ちる。
 梓は、姿勢を正し髪の乱れを直して、スケ番に向き直った。
「さあて、あなた一人になったわよ。どうするの」
「このお、ふざけやがって」
 スケ番がかみそりを振りかざして突進してくるが、スウェイバックしてそれを軽くかわしてしまう。
「か、かわされた」
 スケ番は何度となく仕掛けて来るが、ただ空を切るだけですべて簡単にかわされていた。相手の攻撃を完全に見切っていた。
「そ、そんな。今まで一度もかわされたことがないのに」
 梓は、平然とした顔を崩さず、スケ番が攻撃して来るのをじっと待っているだけで、自分からは仕掛けることはしなかった。
 疲れきり肩で息をはじめたスケ番。
「どうしたの? もうおしまいかしら」
「ふざけんな。カミソリお竜といわれたあたしが負けるわけないんだ」
 閃いて左の手のひらに右手の拳をポンとたたくようにして、
「おお、分かったわよ! ときメモGS2の藤堂竜子ね。選択肢でバッドチョイスな呼び方よね」
 やおら右手人差し指を相手に向けて突き出す。
「何言ってんだ、こいつ。ふ、ふざけんなよ!」
 闇雲に突進を開始するスケ番。
 にやりとほくそえむ梓。

「お、決めにでるようだぞ」
 慎二が身体を乗り出し、梓の次の行動に注目した。
 梓の顔めがけて振り出してきたかみそりを持つ右腕を軽く払いのけて、急所の一つ脾腹に正拳を一発、苦痛に腹を押さえた相手の左脇に手を差し込んで見事な払い腰を決める。スケ番の身体はきれいな円を描くように宙を舞って、梓の足元に崩れ落ちた。脳震盪を起こして完全に意識を失っているスケ番。
「お見事!」
 勝負あったとみた慎二が、ぱちぱちと手を叩いて歩み寄ってきた。
「悪いけど、あなたとの勝負はまたにしておいてね」
「ああ、いいぜ。おめえとの勝負は、体調万全の時にしてやるぜ。負けた言い訳にされたくねえからな。つまり俺が勝つということだ。がはは」
「とにかく、絵利香ちゃんを守ってくれたことには礼を言っておく。ありがとう」
「礼には及ばないよ。俺の尊敬していた人が言っていたんだ。『女の子には優しく、時には守ってやるくらいの気概がなくてはいけない』とね」
「誰なの? その人」
「それが名前を知らないんだ。その人は本当に女の子を命懸けで救って死んでしまったんだ」
「ふうん……で、あたしも女の子なんだけどなあ」
「おまえは、特別だ。この俺を投げ飛ばし、大勢の男達を撃ち負かす腕前だ。か弱い女には程遠いからな。俺は、おまえをただの女の子とは思っちゃいない。ま、今日の疲れを癒して、首を洗って待っているんだな。がはは」
 高笑いしながら立ち去っていく慎二。
「もう……どうしても、あたしとやりたいみたい。あたしに投げ飛ばされたことを根に持っているのね」

 それから数日後。
 梓の後をぞろぞろとついて来るスケ番達。
「いい加減、ついてこないでよ」
「お願いします。あたい達の新しいリーダーになってください」
「リーダーって、あなたなんでしょが。そう簡単に明け渡しては、面子がたたないんじゃない?」
「いいえ。あたい達全員を苦もなく倒した、その腕前と度胸っぷりに感服しました。このあたいがまるで歯がたたなかったんだ。リーダーは一番強い者がなるべきです。面子はあの時失ってしまいました」
 ……こいつらのリーダーということは、スケ番ということじゃない。冗談じゃないわよ……
「一応、あたいの配下にある青竜会は、富士見女子校、市立川越東三高、城下町女子校、そして城東初雁高校を統一しております。およそ川越市の東半分を勢力下において、川越駅をその活動拠点としております。いずれそれぞれの学校のリーダーを挨拶によこさせます」
「東三高って、普通高・工業高・総合校のことよね。しかしまあ、よくもそれだけ勢力下にしちゃったわね。すごいよ」
「たいしたことないですよ。富士見・城下町・城東初雁は、ほぼ同時期に開校した新設校ですので、何の抵抗もありませんでしたよ。ああ、それから以前姉御を襲った連中にはナシをつけておきましたんで、二度と襲ってくることはないはずです」
 梓とスケ番グループがぞろぞろ道を塞ぐように歩いているので、道行く人々は遠巻きに奇異な眼差しを向けている。
 ……もう、これじゃファンタムⅥを呼ぶこともできないじゃない……
 そこへ慎二が歩み寄ってくる。
「おまえ、新しいスケ番になったんだってなあ」
 眉間がぴくりと動いたかと思うと、いきなり蹴りを突き上げて慎二をぶっ倒す梓。
「ふん」
 鼻息を荒げ、気絶して動かない慎二を放っておいて、そのまま立ち去る梓。
「さすが! あたい達の姉御だよ。この鬼の沢渡を一撃で倒すなんて。ますます惚れ込みましたぜ」
 梓の後を追ってスケ番達が続く。
 ……ああ、もういや。誰か何とかして……

 道場。
 部員達の前に立ち並ぶスケ番達。
「今日から空手部に入部しました。よろしくお願いします」
 梓が紹介する。
「押忍!」
 一斉に頭を下げるスケ番達。
 部員達は、唖然とした表情でスケ番達を見つめている。
「おいおい。こいつらスケ番グループじゃないか。いいのか?」
 山中主将が梓に耳打ちする。
「大丈夫ですよ」
「ほんとうか?」
「た、たぶん……」
 実際に、彼女達がちゃんと真面目にクラブ活動に参加してくれるかは未知数だ。他の部員達とも仲良くやってくれるかもわからない。

第二章 了

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梓の非日常/第二章・スケ番グループ(六)スケ番登場
2021.02.10

梓の非日常/第二章 スケ番グループ(青竜会)


(六)スケ番登場

 道場の窓から中を覗く女達がいた。この学校を取り仕切るいわゆるスケ番グループ
という奴だ。
「あいつが、そうか」
「はい。間違いありません」
「よし。あいつが出てきたらやるよ。いいな」
「はい」

 女子クラブ棟から制服に着替えて出てくる梓と絵利香。
 シャワーを浴びてしっとりと湿った梓の髪が夕日に輝いている。
「信じられない! 男子クラブ棟にシャワー室がないなんて」
 言いながら掻き上げる髪から、シャンプーの香りがほのかに漂う。
「シャワー室は、結構場所とるからよ。男子はシャワー室よりも、より多くの部室を
確保したかったみたい」
「それで汗臭い身体で電車やバスなんかに乗られたら、そばにいる乗客は迷惑じゃな
い」
「そんなことないわよ。聞いたら、稽古の後は近くの銭湯に入るって言ってたよ」
「ふーん。銭湯か……大衆浴場のことよね。知ってる? 銭湯には、水着を着て入っ
ちゃだめなんだぞ、すっぽんぽんで入るんだ」
「それくらい知ってるわよ。梓ちゃん。入った事ないでしょ」
「あるわけないでしょ」
「今度、一緒に入ってみようよ」
「そうだね。日本にいる間に、一度くらいは経験してたほうが後学のためになるか…
…」
「そこまでかしこばらなくてもいいと思うけど」
「そうか……あはは」
「ふふふ」
 梓が笑うと絵利香もつられて笑う。アメリカ育ちの財閥令嬢の二人には、特別な事
情がない限り銭湯に入る機会はないだろう。
 お抱え運転手の石井に迎えに来るように伝えてあるので、ロールス・ロイス・ファ
ンタムVIを待つべく裏門へ向かう梓達。裏門に通ずる道は広く人通りも少ないので、
ファントムVIが入ってくるのに都合がいいからだ。
「それでね、先輩達の練習見学してたけどさあ、やっぱり稽古相手となると武藤先輩
しかいないみたい。彼、基本がしっかり出来ているのよね。多分小学校の頃からやっ
てるんじゃないかな、それともどこかの道場に通っているか」

 その時だった。
 わらわらと梓達を取り囲むようにスケ番グループが現れたのだ。二人が逃げ出せな
いように完全に包囲されている。
「なに?」
「さあ……」
 首を傾げる二人だったが……、
「あ、分かった!キルラキルのコスプレでしょ?アニメなのに、ドカーンと書き文字
が入ってて面白かったよ」
 と、突拍子に納得する梓。
「ちがう、ちがう!」
 絵利香が慌てて訂正する。彼女らを怒らせるような発言は禁句のようだから。
「何言ってんだこいつ」
 不良の一人が呆れて言った。
「と、とにかくだ。沢渡と一緒に、あたい達の仲間を病院送りにしたのは、あんただ
ね」
 リーダー格と思われる人物が強面の表情で言う。
「こいつら、あたしに用があるみたい。絵利香ちゃん、危ないから下がってて」
 梓が自分の鞄を手渡しながら囁くように言うと、納得して静かに退く絵利香。
 自分には何もできない。せめて邪魔にならないように離れているのが策なのだと、
十分承知しているからだ。
 梓は、洗ったばかりでまだ結っていなかった自慢の長い髪を、ポケットにしまって
いたリボンで簡単にまとめはじめた。
「さてと……釈明しても無駄のようだから」
 といいながら臨戦体制をとり、
「いつでもいいわよ。掛かってくるなら掛かってらっしゃいな」
 自分の方から戦いののろしを上げる梓だった。
「わかってるじゃないか。それじゃ、遠慮なくいくよ!」
 合図とともにスケ番達が襲ってくる。
 最初に飛び掛かって来た相手、その腕を極めて懐に潜り込み、そして見事な一本背
負い。相手はもんどりうって宙を舞って飛んでいく。
「あ! あれは、慎二くんにかけた技だわ。そうか……」
 以前梓が絵利香に語ったことがある。
『大勢の人数相手に喧嘩する時はね、まず機先を制して戦う意欲を失わせることが大
事なのよ』
 それを実行に移していたのである。
「あんな大技を見せられたら、好んで接近戦を挑もうとするものはいなくなるわ」
 確かにスケ番達の攻撃が散発的になっていた。意を決して殴りかかって来ても、腰
が引けているのでまともな有効打がでない。梓は苦もなく近づいてくる相手を倒して
いく。

 勝負あったかと思われた時だった。
「きゃあ!」
 悲鳴があがり、梓が振り向くと絵利香が、一人の女に羽交い締めされていた。
「へへ、こいつがどうなってもいいのかな」
 カミソリを頬にあてられている絵利香は、恐怖のあまり声も出せず震えている。
「てめえが動けば、こいつの奇麗なお肌に傷を作ることになるぜ」
 まともに戦っては相手にならないと悟ったスケ番達は、絵利香を人質にとる作戦に
出たのである。
「……絵利香ちゃん……」
「形勢逆転だな」
「今までの分、まとめて返させてもらうぜ」
 一斉に梓に向かっていく女達。
 絵利香を人質に取られ攻撃手段を失った梓は、身体を屈め両腕で顔から胸をブロッ
クする態勢に入った。
「待ちな!」
 大きな怒声がこだました。思わず立ち止まり、一斉に声のしたほうに振り向く女達。
 そこには、絵利香を羽交い締めしていた女の腕を、ねじり上げている慎二がいた。
「いてえ、何すんだよ」
「おまえら、喧嘩するなら正々堂々と戦えよ」
 慎二は、腕をねじ上げていた女の背を、どんと押して突き出した。
 つんのめるようにして地面に倒れる女。
「沢渡! なんでおまえがここに」
「言っとくが、俺は女とは戦わんからな」
 ……よく言うよ。あたしとは決着つけるつもりのくせに……
「女は女同士、心ゆくまで戦いな。俺はここで見物させてもらうぜ」
「形勢、再びぎゃーくてん。ってところかしら」
 態勢を立て直し、再び攻撃の姿勢を取る梓。
「ちぃっ。みんな、かかれ」
 再び乱闘がはじまる。
 絵利香はどうやら慎二が守ってくれるようだ。
 そう判断した梓は、手加減しない。

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梓の非日常/第二章・スケ番グループ(五)黒帯?
2021.02.09

梓の非日常/第二章 スケ番グループ(青竜会)


(五)黒帯?

 スーパーリンペイの演技が終わった。
 絵利香から手渡されたタオルで汗を拭っている梓。他の一年生が息を切らしているのに、呼吸は整っているし道着さえも少しも乱れていない。
「一年生は、ここで少し休憩します」
 さすがに壱百零八手の後に、稽古を続ける体力は、一年生にはない。
「今回教えた型は、スーパーリンペイと言って、空手の型でも最高難度と言われています。今日明日で覚えられるものではないし、高校在学中にも覚えられるとも限りません。ではどうして教えたのかというと、型とはどういうものかを、身を持って感じてもらうためです。次回の稽古からは、やさしい基本の型から順次教えていくつもりです。ではしばらくは、端によって先輩方の練習を見学していてください」

 梓のもとに下条が歩み寄ってきた。
「ちょっと、真条寺君」
「はい?」
「君は、空手の経験があるのかい?」
「いいえ」
「しかし、君の動きを見ていると鍛練の形跡がある。それも沖縄唐手の鍛練法とみたが」
 ……ええ! ちょっと動きを見ただけで、唐手のことを見抜くなんて、この先生ただものじゃないわ……
「はい。空手の経験はありませんが、合気道と沖縄古武術の稽古をしておりました」
「どうりで、動き方が手慣れていると思ったよ」
「先生こそ、一目で見抜くなんて、よほど研究なされているんですね」
「それなりにね……だてに空手部の顧問をしていないってところかな」
 梓が研究といったのは、下条教諭がとても武術をやっているようには思えなかったからだ。武術家というよりも研究家として、顧問を引き受けていると思っていた。
「それと真条寺君」
「はい?」
「次の稽古からは、黒帯絞めてきていいからな」
「どうして、黒帯と?」
「体道、つまり君の身のこなしを見れば判るよ。だいたいからして、道着は着古しているのに新品の白帯なんておかしいだろ」
「あはは、やっぱり判ります? 本当は道着も新調しようかと思ったんですけど、着慣れているものでないと十分な動きができないから。新品のものってごわごわしてますからね。白帯は持っていなかったので、仕方なく新規購入しました」
「頭かくして尻かくさずだな。正直に、合わせ段位でいくらの免状を持ってる?」
「三段です。合気道三段、古武術の方は民間伝承なので正式な段位というものはありません」
「そうか……とにかく許すから黒帯絞めてこい」
「どうして黒帯にこだわるんですか? 空手は始めたばかりです。白帯が自然だと思いますけど」
「それはだなあ……」
 と切り出そうとした時、横合いから藤沢が口を挟んだ。
「黒帯絞めた女の子がいれば、新入部員が増えるからですよ」
 いつの間にか、梓を取り巻くように部員達が集まって来ていた。口々に質問をあびせかけている。
「へえ、梓ちゃん。黒帯だったんだ」
「どうして隠してたの?」
「え? だってえ……」
「しかし、有段者の女の子が空手部に入ってくれるなんて、願ったりかなったりだよ。ね、せ・ん・せ・い」
「あのなあ、おまえら。稽古中だろが!」
 一年生担当の藤沢はともかく、稽古していたはずの二・三年生までが集まってきていた。
「この際、固いことは言いっこなしだよ。先生」
「あのですねえ……。空手については無段なんですから、白帯でいいじゃないですか。まずは級位認定から一歩ずつやりましょうよ」
「そうは言ってもなあ……」
 ひとえに黒帯を勧めるのはやはり新入部員勧誘のためだろう。
 そもそも梓の空手は喧嘩空手で、正式に習って体得したものではないし、認定試験も受けていないので、白帯黒帯以前の問題である。

ちなみに段位認定を取得するには、各都道府県空手道連盟公認段位審査会に合格すること。
3段(少年段位2段)までは、以下のものを体得する必要がある。

基本:外受逆突、手刀受逆突、前蹴逆突
形 :2つの形
  全空連指定形1つ/自由形(但し、ピンアン・平安・鉄騎・サンチン・ゲキサイを除く、JKF指定型かWKF得意型リストから受審者が選択)計2つの形
組手:自由組手又は約束組手(2回)

少年初段は基本形と全空連指定形1つ

全空連指定形は
●セーパイ  (剛柔会)
●サイファ  (剛柔会)
●ジオン   (松濤館)
●カンクウ大 (松濤館)
●セイエンチン(糸東会)
●バッサイダイ(糸東会)
●セイシャン (和道会)
●チントウ  (和道会)
などがある。

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