梓の非日常/第二章・スケ番グループ(四)稽古始め
2021.02.08

梓の非日常/第二章 スケ番グループ(青竜会)


(四)稽古始め

 道場に集まった空手部の面々。
 二・三年部員に、真新しい道着を着込んだ一年生。そしてその中に梓の姿も。
「先生、いいですか?」
 キャプテンの山中が、下条教諭に確認した。
 新学期最初の稽古始めなので、普段は顔を見せることのない顧問教諭である下条も来ていたのだ。スポーツに事故はつきものだ。空手初心者の一年生もいるので、指導する先輩達が十分に慣れて、後を任せられると判断出来るまで、顧問教諭は監督指導する義務を持っている。
「うん。はじめてくれたまえ」
「わかりました」
 山中が向き直って、一年生と武藤に指示を出した。
「それじゃあ、一年生は型からはじめよう。武藤」
「はい」
「手本を見せてやれ」
「わかりました」
 指名されて前に出る武藤。次期主将ということで、一年の練習の面倒をみることになっていたようである。
「まずは見ていてください。型がどんなものか手本をお見せします。その後で、みなさんにやってもらいます」
「ではまず、壱百零八手(スーパーリンペイ)・鶏口拳です」
「おいおい。いきなりスーパーリンペイかよ」
「あはは。あいつ、あれしかまともに知らないからな」
 ちなみに、リンペイという型があってその上位技がスーパー・リンペイというものではない。漢字表記が示すように一つの型であり、剛柔流最高の技でもある。似た型には東恩流のペッチューリンがある。
「さあ、一年生は武藤にまかせて、二・三年生は一年生の邪魔をしないように自由組手だ」
 山中が両手を広げて、二・三年部員達を道場の反対側に押し遣るようにして、稽古をはじめる。
「あいよ!」
 一年生のグループから少し離れた場所で、組手をはじめる二・三年生達。
 蹴りや手刀がぶつかりあう音、道着の擦れ合う音、掛け声、さまざまな音が道場内にこだまする。

 一方の一年生グループは、武藤の型の演技に見入っていた。
 一通りの動作手本をゆっくりと確実に行う武藤。しだいに額に汗がにじみ始め、やがてそれは滝のように流れる。
 ……へえ。空手の型のことは、あまり判らないけど、あの動きなかなかのもんじゃない。さすがクラブで一番だとかいうだけの実力はありそうね……
 武藤の動きをじっと見つめていた梓が感心していた。
 やがて型をおえた武藤が、深呼吸し呼吸を整えてから、一年生達に向き直って言った。
「それでは、一年生は横に一列に並んでください」
 武藤の指示に従って並んでいく一年生達。
「僕が型の一挙一動をゆっくり示しますので、ラジオ体操のようにみなさん後から、真似をしてついてきてください」
「はーい」
 明るい返事が道場内にこだまする。無骨なクラブなら『押忍!』と答えるところなのであろうが、ここのクラブは親睦的な雰囲気が漂っている。
 流儀最高の型である、壱百零八手。空手を始めたばかりの一年生がそう簡単に扱える型であるはずがない。みんなぎくしゃくして動きにもなっていない。ただ一人を除いては。
 梓は、武藤の動きに合わせて一挙一動見事なまでについてきていた。とてもはじめてのこととは思えない完璧な動きだった。
 下条教諭は、そんな梓の動作を食い入るように見つめていた。自分の担任する女子生徒が空手部に入ったというので一目置いていたのである。
 ……ほう……真条寺君は、最初の手本を見ただけで、体道のおよそを理解したようだな。動きがなめらかでまるで淀みがない。少しもバランスを崩さないのは、足腰の鍛練が十分にできているからだ。さすがに女だてらに空手部に入るだけあるな……しかも、ただ鍛練したというだけではなさそうだ……

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v



にほんブログ村 本ブログ 小説へ
にほんブログ村



梓の非日常/第二章・スケ番グループ(三)女子テニス部
2021.02.07

梓の非日常/第二章 スケ番グループ(青竜会)


(三)女子テニス部

 三日後の放課後。
 女子運動部の更衣室兼部室が立ち並ぶ女子クラブ棟に現れた梓と絵利香。
 女子テニス部というプレートが掲げられた部屋の前で立ち止まる二人。
「ここみたいね」
 ノックして中に入る二人。
 そこには着替え中の女子テニス部員達がたむろしていた。
「あなたは?」
 見知らぬ来訪者に不審げをあらわにする部員達。
「空手部の新入部員の真条寺梓と申します。こちらで着替えをしてくれというので、尋ねてきました。着替えさせていただきませんか?」
「ああ、聞いているわ。構わないわよ」
 奥から三年生とおぼしき人物が出てくる。
「わたしは、キャプテンの木杉陽子。ロッカーはそこの左端のを使って頂戴、空手部からロッカーと部室使用料をもらってるから遠慮しなくていいわ。一応ネームプレート入れといたからね」
「はい。ありがとうございます」
 名前を確認して扉を開ける梓。
「あれ! あたしの名前が」
 梓の隣のロッカーに篠崎というネームプレートが刺さっていた。
「ああ、それね。一人はマネージャーだから着替える必要ないけど、荷物とかあるから一応二人分用意しておいてくれってね」
「う……。いつのまにマネージャーにされちゃったのかしら」
「あはは、いいじゃない」
「まさかあなたが勝手にやったんじゃないでしょねえ」
「あのねえ……あたしが、絵利香ちゃんの嫌がることすると思う?」
「ん……とすると、あのキャプテンかしらね」
「だと思うよ。絵利香ちゃん、きれいだからね。一人でも多くの女の子を入れたかったんじゃないかな」

「そちらのあなたは確か入学式の時、新入生代表で答辞を読んだ子でしょ」
「はい。篠崎絵利香です」
「ということは首席入学ということね」
「はい。でも梓ちゃんも次席なんですよ」
「ほう……ふーん……」
 二人をためつすがめつ見つめるキャプテン。
 ……この二人が今注目の新入生か。どちらも甲乙つけがたい美貌と成績。しかもアメリカからの帰国子女ということ……空手部の山中君が、二人を天使のような美少女と形容していたけど、ほんとに可愛い子だわ……うちにもぜひ欲しい……
「ねえ。二人とも、テニス部に入らない?」
「テニス部に?」
 ……そうよ。女子テニス部には華が必要なのよ。彼女達を慕って多くの部員が集まるわ。試合になれば観客席の人々は、コートを駆け巡る美貌の少女を目で追い掛け、そしてため息をつくのよ……
 しばし夢想にふけるキャプテン。
「テニス部だったら、中学でやってた絵利香ちゃんね」
「そうか。篠崎さんはテニスやってたんだ。なら決まりね」
「勝手に決められても困りますけど……それより梓ちゃん。そろそろ集合時間よ」
「あ、そうか」
 制服を脱ぎ、着替えをはじめる梓。
「ま、いいわ。まだ入学したばかりだからね。じっくり考えて、答えを出して頂戴」
「うーん……」
「一応鍵を渡しておくわ。空手部とは部活の日時が合わないから」
 キャプテンは、予備鍵と記された札の付いた鍵を、梓に手渡した。
「それと着替える時はしっかりと戸や窓を閉めてカーテンを引いてからにしてね。覗きをする男の子がいるから」
「この学校には、覗きをする不届き者がいるんだ」
「そうなのよ、注意してね。そういえば二人は女子中学から来たんだっけ。男の子には免疫がないんだ……と、思ったけど、空手部に入るくらいだから、そうでもないか……交際してる?」
「男の子とは、話しをしたこともありません。稽古で男性武道家と手合わせをお願いしている程度です」
「そうか。なら安心ね」
 ……そうよ。華となる女の子は、清廉潔白でなければいけないものね……
 道着の帯をきりりと締め、
「よし、これでいい」
 襟をぴしっと直しながら、姿勢を正す梓。
「うん、やっぱりこれを着ると身が引き締まるわ」
「わたしとしては、スコート姿の方が似合ってると思うけどね」
 絵利香がつぶやくと、
「そうでしょ、そうでしょ。絶対スコートの方が似合っているよね」
 と、即座にキャプテンが切り替えしてくる。
 どうやら二人をテニス部に強引に入部させようという魂胆がありありだった。
 長居しているとその強引さに負けそうになりそうだ。
「もう……。行きます」
 ロッカーの扉をぱたんと閉めて、憤慨ぎみに歩きだす。
「あ、待ってよ」
 置いてけぼりにされそうになって、あわてて追い掛ける絵利香。
「それじゃ、失礼します」

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v



にほんブログ村 本ブログ 小説へ
にほんブログ村



梓の非日常/第二章・スケ番グループ(二)自己紹介だよ
2021.02.06

梓の非日常/第二章 スケ番グループ(青竜会)


(二)自己紹介だよ

「さあ、さあ。二人とも立ってないで、座って、座って」
「ここに座って。新しい制服が汚れないようにちゃんときれいに磨いてあるからね」
 部員達がすすめる椅子に腰を降ろす梓と絵利香。
「ええと、とにかく。初会合ミーティングをはじめるぞ」
 山中主将は、部員達を見回しながら、
「うん。二・三年は揃っているようだな。手始めに自己紹介からいこうか。新人は最後にしよう。おまえからやれ」
 といってそばにいた部員を指差す。
 しようがねえなあという表情をみせてゆっくりと立ち上がる。
「三年、副主将の城之内啓二だ。得意技は後ろ回し蹴り」
「三年、熊谷健司、得意技は前蹴り」
「三年、田中宏。得意技は……」
「真空跳び膝蹴りだろ」
 誰かがちゃちゃを入れる。
「ちがーう。と、とにかく近接戦闘ならなんでもありだ」
「二年、木田孝司。得意技は正拳上段突き」
「二年、武藤剛。得意技はとくにない」
 と立ち上がったのは、入部の受け付けをしていて、今日の会合を確認にきた部員だ。
「こいつが、二年生ながらも部で一番強いんだ。得意技がないんじゃなくて、その時点時点で最良の技がかけられるオールマイティーなやつだ。次期キャプテン候補だな」
 一番強いと聞いて梓の眉間がぴくりと動いた。おそらく機会があれば相手してもらおうと考えているに違いない。果たして自分の腕前が通じるか、武藤と名乗った相手をじっと洞察している。
 絵利香にも梓の心情が伝わっているみたいで、心配そうに梓と武藤を交互に見やっていた。
 自己紹介は続いているが、すでに梓は全然聞いていずに武藤を見つめたままだ。
「先輩達の自己紹介は一通り終わったな。次ぎは新人いこうか。端から立って出身校を含めて自己紹介しろ。得意技は言わなくていいぞ。一応名簿に記録するからな」
 キャプテンからみて右端にいた新人が立ち上がった。
「白鳥順平です。城西中学からきました」
「橘敬太です。富士見中学です」
「甲斐野誠。初雁中学です」
 そして梓の番になった。
「真条寺梓です。出身校は……言わなくちゃだめ?」
「できれば。大会に出場する時に聞かれることがありますので」
「ん……笑わないでよ」
「笑いません」
「東京にある聖マリアナ女学院中等部」
「じょ、女学院?」
「あー。やっぱり笑った!」
 手を前に伸ばして部員達を指差して憤慨する梓。
「笑ってませんよ。意外だったから驚いているだけです」
「同じ事だと思うけど」
「と、とにかく自己紹介はこれでおしまいです」
 全員の自己紹介が終わり、一同を見渡して山中が言った。
「それでは、次回は三日後に初練習をするので、ここで着替えて道場に集まってくれ」
「あの、梓ちゃんの着替えはどうするんですか?」
 絵利香が部室を見回しながら質問した。男子ばかりのこの部室で着替えはできないと疑問に思ったからだ。
 それに山中が答えた。
「はい。真条寺さんの着替えは、隣の女子クラブ棟にある女子テニス部の部室を使ってください。テニス部に交渉して許可を得ていますので」
「そうなんだ。一人だけ部外者が着替えるというのも、恐縮しちゃうもんだけど……まあ、仕方ないか」
「ところで、道着はみんな持っているだろうな」
「はい。持ってますよ」
「真条寺さんは?」
「もちろん持っています。大丈夫」
「なら、結構。ようし、今日はこれで解散しよう」
 もし道着を持っていなければ、体育着で空手の型を中心に練習することになるだろう。
 すっと立ち上がる梓と絵利香。他の男子部員は動かない。レディーファーストなのか梓達を先に送り出す所存なのであろう。
「それでは、お先に失礼します」
 ドアノブに手を掛け扉を開けようとした梓だったが、
「最後に一言、さっきのようなポルノ雑誌ですけど。読むなとは言いませんが、それを部室に持ってくるのはやめて下さいね。なんか自分が見られているようで、いやなんです。お願いします」
 と念押しに忠告した。
「わ、わかりました」
 しばしうなだれる武藤であった。
 山中主将が部員に向き直って言った。
「おい。おまえらもわかっただろうな」
「もちろんです」
「理解してくださって、ありがとうございます」
「いえいえ。当然のことですよ。それじゃ、三日後に初練習がありますので」
「結構です」
 山中が確認する。
「はい。三日後ですね。その日に、また会いましょう」
 軽く手を振って退室する梓と、
「さよなら、みなさん」
 一礼して部室を出て扉を閉める絵利香。
 二人が出ていって、ほっと胸をなで降ろす郷田。
「しかし、美少女二人と一緒にいると、心臓に悪いな」
「ポルノ雑誌なんか持ち込むからですよ。おかげでこちらまで疑惑の眼差しをむけられたんですからね。たまらないっすよ」
「す、すまん。もう二度と持ち込まないよ」
「とうぜんです!」
 部員全員から叱責されてしょげかえる郷田。自分が蒔いた種とはいえ、面目丸潰れといったところである。

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v



にほんブログ村 本ブログ 小説へ
にほんブログ村



梓の非日常/第二部 第八章 小笠原諸島事件(三)乗船
2021.02.05

梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件


(三)乗船

「生徒のみなさーん! こちらから乗り込みでーす!」
 係員が、客船のそばに設置されたシャフト式垂直格納型舷梯装置へと案内する。
 舷梯(げんてい)とは、船や飛行機などの乗降に使われる舟はしご(タラップ)のことである。
「ここは乗組員専用のはしごです。係員の誘導に従ってお乗りください」
 絵利香達生徒は特別客なので、一般客とは別扱いされるようだ。
 通常は乗組員及び荷役用だが、非常時には避難はしごとなる。
 一般客は、より大型で船に格納できる客船用水平格納型振り出し式舷梯装置から乗船するようになっている。
 現在、神戸港から乗船した客が下船している最中である。
 神戸~横浜間、船中泊三日の旅という短い国内船旅だが、豪華客船に一度乗って体験してみたいというお客様だ。それでも料金120,000円から520,000円ほどかかる。

「すげー!」
 豪華客船など乗ったことはもちろん、見たこともない生徒がほとんどだ。
 船内をキョロキョロと物珍しそうに、あっちフラフラ、こっちフラフラするものだから、なかなか目的の場所に到達できないでいる。
 たどり着いたのは、中層階船首部デッキのあるフロア。
 このフロアは、先ほど横浜に降り立った客のような国内向けで、リーズナブルな価格と客室設定になっている。
 フロアの前部を生徒達専用の貸し切りにして、一般客立ち入り禁止にしている。

「あたし、船酔いするかも」
 客船などに乗ったことがない生徒もいて、船酔いを心配していた。

 船が海上の波によって起こす「揺れ」が原因で発生する症状。これを一般には「船酔い」と呼んでいます。どうやら英語のsea sicknessの直訳が語源のようで、学問上では「動揺病・加速度病」と言います。
・ピッチング(縦揺れ)
・ローリング(横揺れ)
・ヨーイング(水平面での左右の揺れ)
・ヒーヴィング(上下動)
さらに波が大きくなると
・パンチング(船首が波に叩き付けられる)
・フォーリング(急速落下)
 内耳にある平衡感覚を調整する機能が、不規則な連続情報過多により、正常に働かなくなって船酔いを起こす。

「大丈夫よ。総トン数が一万トンを超える大型船は、比較的揺れは少ないんだから」
「酔ってからでは、酔い止めを飲んでも、吸収されにくいから、今の内に念のため飲んでおいた方がいいわよ」
「あたし、酔い止め貰ってくるね」
 心配してくれるクラスメートがいれば心強いものだ。

 客船といえば、横揺れ防止装置/フィン・スタビライザーが装着されているが、悲しい話がある。
 三菱造船(現三菱重工業)の元良信太郎博士が発明し、1923年に対馬商船「睦丸(むつまる)」に世界で最初に取り付けられた。しかし、制御技術の未熟だった当時では十分な効果を発揮することが出来ず、特許はイギリス企業 Denny Brown に売却された。以降日本の船舶は、特許料を支払って装備しているという。

 荷物を部屋に置いたら、丁度昼食時間となりバイキングビュッフェへ向かう。
 肉料理主体の洋食コース、お寿司などの和食コース、もちろん中華コースもある。
 デザートもシェフの精魂を込めた品々が並んでいる。
 各自、それぞれ自由に取り分けて、テーブルに運んで食べるのだ。
「なあ、本当に全部タダだよな」
 慎二が心配そうに尋ねた。
「大丈夫よ。好きなだけ食べていいわよ」
「そっかあ!じゃあ、遠慮なく」
 普段は食べることはないだろう肉料理にかぶりつく慎二だった。

 こういったバイキング形式の料理コースで、クルーズ中に太ってしまったという客が大勢いるので要注意である。

 食事を終えてしばらくすると、
『お客様にお知らせ致します。これより緊急避難訓練を行いますので、乗務員の指示に従って救命ボート乗船口(Master Station)などへ移動してください』
 船内放送が流れてきた。
 マスターステーションとは、救命艇ごとに割り当てられた船内ラウンジなどのパブリックエリアのこと。
「避難訓練?」
 慎二が尋ねると、
「ライフボートドリル (Life Boat Drill)よ。はい、説明書読んで」
 梓が、パンフレットを渡す。

 ライフボートドリル (マスタードリルともいう)とは、避難訓練の事です。万が一の緊急時に備え、毎クルーズごとに避難訓練を行う事が国際海洋法で義務付けられています。避難場所の確認、ライフジャケット装着のデモンストレーション等が行われます。
 海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS条約)では乗船後、24時間以内に避難訓練を行うことを義務付けています。通常、乗船日の出航前に行っています。
 以下略。

「学校で行う避難訓練と同じだろ?」
「まあね。でも、学校は校庭に出ればいいだけだけど、船の上では周りは海だからね。遅れたら死ぬのよ」
「タイタニック号の沈没みたいにか?」
「タイタニック号の場合は、乗客乗員数に対して救命ボートの数が三分の一程度しかなかったのよ。事故は防げなかったにしても、ボートが足りていれば防げた人命災難ね」

 ともかく乗務員の指示通りに、救命ボート乗り場へとやってきた。船べりに救命艇(Life Boat)が据え付けられているのが見える。
「それでは、救命胴衣の装着方法をお教え致します」
 乗務員のやり方を見よう見まねで、全員が救命胴衣(Life Jacket)を着けてゆく。

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v



にほんブログ村 本ブログ 小説へ
にほんブログ村



梓の非日常/第二章・スケ番グループ(一)空手部にようこそ
2021.02.04

梓の非日常/第二章 スケ番グループ(青竜会)


(一)空手部へようこそ

 空手部部室。
 空手部員達が、一所懸命に部室の掃除をしている。
 ロッカーを開けて中を整理しているもの。窓拭きするもの、雑巾掛けするもの、そ
れぞれ分担しながら掃除を続けている。
「おい、こら。こんなもん。剥がしとけ!」
 壁に張られたグラビアヌード写真を指差しながら、主将の山中大志がどなっている。
「いいか。可愛い女の子が入部してくるんだ。部室が汚いのに驚いて逃げ出されない
ように、隅々まできれいにしておくんだ。塵一つあっちゃならねえ」
「しかし、本当にその女の子来るんでしょうねえ」
「間違いありませんよ。今日最初の部会があること伝えるために、今朝彼女に会って、
念のため確認しときましたから」
「本当に可愛いのか? 武藤。空手なんかはじめようなんて女の子だ。実はぶすだっ
たなんてのは、反則だぞ」
「大丈夫ですよ。飛び切りの美少女ですから」
 武藤と呼ばれたのは、入部受け付けをやっていたあの部員だった。
「ならいいが……」

 校舎から各クラブの部室があるクラブ棟への渡り廊下を歩いている梓と絵利香。
「来ました、来ましたよ。可愛い女の子が二人こちらへ歩いてきます」
 外を監視していた部員が叫んだ。
「二人? どういうことだ。女子部員はひとりだろ」
「ああ。たぶんもう一人は付き添いですよ。男ばかりの場所に、女の子一人で行かせ
るのは心配だからって、彼女の友達が一緒に来ることになってます」
 武藤が答える。
「俺達、狼ってことかあ?」
「充分狼だと思いますけど」
 新入一年生の白鳥順平が、床に落ちていた無修正のポルノ雑誌を拾い上げて、
「こんなんありましたけど。高校生がこんなもん学校に持ってきていいんでしょう
か」
「そ、それは!」
「はい、郷田先輩。ちゃんと隠しておいてくださいね」
 といって手渡す。
「う、うう。わかった」

「ごめんください」
 部室の外から、可愛い声が聞こえてくる。
「きた!」
 一斉にドアの方に視線を集中させる部員達。
 こほん!
 と咳払いしてドアのところへいく木田孝司。
 そっと静かにドアを開けると、目の前に女子生徒が二人。梓と絵利香が微笑んで立
っている。
「入部希望の真条寺梓です。よろしくお願いします」
「付き添いの篠崎絵利香です」
「すみません。どうしてもついていくときかなくて」
「ははは、構いませんよ。女の子は多いほうが華やかでいい。そうだ、せっかくだか
らマネージャーになりませんか」
「そうだよ、絵利香ちゃん。なりなよ」
「え? そんな急に言われても」
「よし、決定! 篠崎絵利香、マネージャーになります」
「勝手に決めないでよ! もう」
「いつでもいいですよ。気がむいたらということで」
「クラブがクラブですから、怪我したりするかもしれないですよね。梓は女の子です
から、やっぱり同性のわたしが一緒にいたほうがいいと思うんです。だから今後も、
一応付き添いさせてください」
「まあ確かに一理ありますね。いいですよ」
「無理言って申し訳ありません」
「さあ、中にはいって。むさ苦しいところですけど」
「失礼します」
 部室内を物珍しそうに物色する梓。
「へえ。結構、きれいになってるわね。きっと、あたし達が来る前に掃除してたの
よ」
「ちょ、ちょっと。梓ちゃん。失礼よ」
「だって、ほら。よくある話しじゃん。男子の部室ってさあ。汚くて臭くて、たとえ
ばロッカー開けたりすると、エッチな本なんか出てくるんだよ。たとえばこのロッ
カー」
 と、ロッカーに手を当てている。
「あ!」
 部員達が息を飲んだ。そこは郷田剛のロッカーである。無修正のポルノ雑誌が入
っているはずである。
 その時ロッカーが開いて、ポルノ雑誌がこぼれ落ちる。
「あ、梓ちゃん。ひとのロッカー勝手に開けちゃだめじゃない」
「開けないよ。ひとりでに開いちゃったんだよ。ちゃんと閉まっていなかったんだ
ね」
 といいながら、雑誌を拾い上げ、ぱらぱらとページをめくる梓だが、次第に頬を赤
らめていく。
 冷や汗流している郷田剛。他の者もどうなるかと、固唾を飲んで見守っている。
 絵利香にそっと耳打ちする梓。
「ほんとに入ってたよ」
「あ、梓ちゃん」
「はい。絵利香ちゃん」
 といいながらポルノ雑誌を手渡す。
「そんなもんわたしに、渡さないでよ」
 あわてて梓に突き返す絵利香。
「ねえ、絵利香ちゃん。男の子って、みんなこういうの持ってるのかな?」
「さ、さあ。わたしには、何ともいえないわ。男の子と付き合ったことないから」
「あたしだって、そうよ」
 二人のひそひそ話しは続いている。その声が聞こえるのか、部員達は視線をずらし
て梓達を見ないようにしている。
「でも、ほら。あなたは昔……」
「だめよ。昔の記憶はないの。あるのはイメージだけ」
「そうだったわね……」
「記憶はないけど、見舞いに行った時、その人の部屋にあったわよ。こういうの」
「やっぱりねえ……」
 と言って部員達を見回す二人。
 二人と視線が合うと首を横に振って否定する部員、心あたりのある者は天井を仰い
でいる。
 梓は、黙ってロッカーにポルノ雑誌を戻しながら、
「別に、こういうもの読むなとは言わないけど……学校に持ってくるものじゃないよ。
先生に見つかったら停学か退学になっちゃうわよ。郷田先輩」
 貼られたネームプレートを読み上げ、ぱたんと扉を閉める。
「す、すまん……」
 名指しされて頭を垂れて謝る郷田。

 部室は常に清潔に保ち、グラビアヌードイラストなどは貼らないように。

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v



にほんブログ村 本ブログ 小説へ
にほんブログ村



- CafeLog -