梓の非日常/第三章・ピクニックへの誘い(五)旅行当日
2021.02.17

梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い


(五)旅行当日

 ピクニック旅行当日となった。
 校門前に大型観光バスが停車している。
 すでに生徒達は全員席に着いて出発を待っている。男子は制服を着ているものが数人いるが、女子は全員私服である。
 最前列左側の窓際に座る梓。グリーン系の涼しそうな半袖花柄ワンピースに、クリーム色の薄手のカーディガンを羽織っている。頭の上の荷物置きには、一泊二日の旅行に必要な替えの下着や衣類が入っている少し大きめの鞄が乗っている。
 その隣に沢渡慎二が座っている。
「梓ちゃんの隣だなんてついてるなあ」
「あのね。あんたがいるとみんな恐がるから、わざわざあたしの隣にしてもらったの」
「あんだとお、そうなのかあ!」
 振り返り凄味を利かせてバス内を睨む慎二。その頭をぽかりと叩いて、
「あほ! それだからいかんのだ。少しはクラスメートと仲良くすることを考えろ。今日はクラスの親睦をはかるための小旅行なんだぞ」
「ご、ごめんよお」
「ふん」
 喧嘩するものほど実は仲が良いものだ。
 日頃から喧嘩する日常の中で、梓と慎二は結構良い中になっていた。
 退屈な学校生活の中で、息抜きというように梓にちょっかいを出している慎二。
 梓も軽くあしらうように相手にしていた。

 そんな二人を横目で見ながら、運転手に耳打ちしている絵利香。淡いピンクのブラウスにベスト、そしてミニのタータンチェックのスカートといういでたちである。
「わたしと梓ちゃんのことは内緒にしておいてね」
「かしこまりました。お嬢さま」
 運転手のそばを離れて、梓とは通路を隔てた反対側の運転席後ろに座る絵利香。
「にしても、下条先生遅いね」
「学校側や現地警察との連絡事項の確認に時間がかかってるのだと思いますよ。引率教師としての責任がありますからね」
 鶴田が、お菓子だのジュースだのを配りながら、解説した。
「おい、慎二。おまえの目の前にあるのは何だ?」
「え? 冷蔵庫だと思うけど」
「だったらおまえもジュース配り手伝え、公平君に任せきりにするな」
「なんで俺がジュース配りなんか」
「少しはクラスの役に立つ事をやってみろよな」
「梓ちゃんは?」
「あたしは、やることはやったからいいの」
「なんだよそれ。まだ出発もしていないのに」
「やるの、やらないの? ジュース配り」
「しかし……」
「あたし、帰ろかな」
「や、やらせていただきます」
 梓に奥の手を出されては慎二もかたなしとなる。そもそも慎二が旅行に参加することを決めたのは、梓も一緒に行くからである。梓とのピクニックは楽しみにしていたのである。その梓に帰られてしまうと自分の居場所もなくなる。
 しぶしぶジュース配りをはじめる慎二。

 やがて学校内から小走りに下条教諭がやってくる。
「悪い悪い。ちょっと遅れたな。校長のところの電話が話中でなかなか繋がらなくてね」
「みんな、揃っていますよ。先生」
「そうか。じゃあ、運転手さん、出発させてください」
「かしこまりました」
 ゆっくりとバスが動きだす。
 鶴田がマイクを片手に取り、
「えー。後ろの方、聞こえますか?」
 確認を取っている
「聞こえてるよ」
「それでは簡単に今日の予定を説明します。国道254号線を北上しまして、最初の予定地の神原牧場に立ち寄り牛達と戯れた後、宿泊地の蓼科高原研修保養センターに向かいます」
「しかしよお、蓼科って清里とかに比べると観光名所やキャンプ場とか少ないんだよね」

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