梓の非日常/第三章・ピクニックへの誘い(八)研修保養センター
2021.02.21

梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い


(八)研修保養センター

 二人が何を話し合っていたのか……。
 人には秘密があるし、聞いては失礼なこともある。絵利香は他人の事を詮索する野暮なことはしない。
 ロッジの前に到着したバスに再び乗り込む一同。
 鶴田が乗車口に陣取って、一人一人確認している。
「梓ちゃんに、絵利香ちゃん。そして沢渡君。乗車っと」
「公平君も大変だね」
 梓が鶴田の肩をぽんと叩いて乗車する。
「どういたしまして、五分後に出発ですよ」
「ご苦労さまです」
 絵利香が続いて乗車する。
「フランス料理、おいしかったですよ。みんなには好評でした」
 鶴田がそっと耳打ちすると、微笑みを返す絵利香。
「おい、慎二。菓子とジュース配り」
「なんだよ。またかよ」
 梓が慎二にジュース配りをさせるのは、クラスメートとの親睦を少しでも計ってあげようとする心遣い。それを改めて感じ取った慎二は、ぶつぶつ言いながらもかいがいしく菓子とジュース配り役を務めていた。
「済みませんねえ、沢渡君」
「いや、いいんだ」
 鶴田は車内をぐるりと見回して言った。
「一応全員乗車していると思いますが、まわりをみて誰かいない人があるか、念のために確認してくださいませんか?」
 鶴田の言葉にきょろきょろと周囲を見渡す生徒達。
「全員いるよ。委員長」
「出発していいよ」
 生徒達から返事が返ってくる。
「わかりました。では、出発します」
 というと運転手に指示を出した。
「それじゃ、運転手さん。出発してください」
「かしこまりました」
 エンジンを始動し、バスをゆっくりと発進させる運転手。
「次ぎは、今日の目的地の蓼科研修保養センターに向かいます」

 バスは蓼科に向かう山間部を走行していた。
「みなさま。右手にご注意ください。まもなく本日の宿泊地となります、研修保養センターが眼下に一望できます丘を走ります」
 運転手がとつぜんガイドをはじめた。やがて樹木が切れて展望パノラマが眼下に広がる。
「五つ星クラスのホテルにも匹敵します三十六階建の保養センターが中心にそびえておりますが、それを基幹として周囲に配置された数多くのレジャーセンターが広がっているのが一望できると思います。広大な全天候型アスレチックフィールド、二十面のテニスコート、乗馬コース、映画館・ボーリング場・ゲームコーナーなどがあるレクレーションセンター、野球・サッカーなどオールマイティーに使えるドーム球場、三十六ホールのゴルフ場。最新技術を投入した三百六十度回転ジェットコースターのある遊園地などなど。時折発着するヘリコプターは遊覧飛行場からのものであります。もちろん二十四階建研修・技術開発センターも、入り口付近にそびえ立っております。また海外からの利用も考えまして羽田・成田・伊丹・関西・新潟・名古屋空港からの直行バスも出ております。念のため付け加えますと遊園地など、土日祝祭日しか営業していない施設もあるようです」

「なによこれ!」
「レジャーセンター?」
「ちょっと、まってよ。わたし、蓼科の観光ガイド持ってるけど、こんな巨大な施設どこにも載ってないわよ」
「それ古いんじゃんないの」
「失礼ね、今年四月に発行されたばかりの最新版なのよ」
 それらの疑問に運転手が答えた。
「ははは、それはですね。ここは観光目的に開発されたものじゃなくて、とある企業グループが自社の従業員の研修と本人及び家族の保養のために建設されたものだからですよ。観光ガイドに載ってるわけないですよ。だから研修保養センターなんです」
 運転手は、真条寺グループの名を出せずに「とある企業」としか言えなかった。
「なあ、これだけの施設を所有する、とある企業グループってどこだよ。一体何人の従業員がいればこれだけの施設が必要になるんだ?」
「さ、さあ」

「梓ちゃん。これどういうこと?」
 絵利香が、梓に耳打ちして尋ねた。
「あはは。研修保養センターがまさかこんな高級ホテルを含めた巨大レジャーセンターだったとは知らなかったわ」
「梓ちゃん、下調べはしなかったの?」
「実は手続きとかは、全部麗香さんに手配してもらったのよね。保養センターがあるのは知ってたから、三十一人行くから空けといてといったら、大丈夫ですよっていうから、じゃあお願いしますってね。それでおしまい」
「あのね。あなたのお母さま率いる国際企業グループ三百二十万人従業員とその家族が利用する施設なんだから、その規模くらい想像できなかったの?」
「そのことは頭になかったの。ほほほ」
 バスは研修保養センターへと入って行く。
 その広大にして大規模なる施設の玄関口ともいうべき保養センターにバスは到着する。
「さあ、到着です。みなさん、忘れ物のないようにしてください」
 荷物籠から荷物を降ろしはじめる生徒達。
「お疲れさまです」
 運転手が乗車口に立って一人一人をねぎらっていた。
 降り立った生徒達の足は、ぞろぞろと玄関ロビーへと向かっている。
 玄関では従業員達が勢揃いして到着した生徒達に挨拶している。
「いらっしゃいませ。どうぞ中へお入り下さいませ」
 そして最後に梓と絵利香が降り立つ。
「梓ちゃん。あれ!」
 絵利香が指差した方向には、従業員から少し離れた場所に、青紫色のメイド服を着込んだいつも見慣れた顔の一団があった。麗香の姿もあった。視線が合い深々とお辞儀をする彼女達。
 つかつかとその場へ歩いていき、いきまく梓。
「なんであなた達がいるの? 今日明日はお休みをさし上げたはずでしょう」
「はい。もちろん、保養にきたのです。たまたま偶然一緒になっただけです」
「じゃあ、なんで。ユニフォーム着て出迎えているのよ」
「お嬢さまがいらっしゃると聞きましたので、失礼のないようにしました」
「わざわざユニフォーム持って保養にくるわけ?」
「持っていると落ち着きますので」
「もういいわ……麗香さん。部屋に案内して」
「かしこまりました。どうぞ、こちらです」
 麗香の先導で、歩きだす一同。梓と絵利香の手荷物はメイド達が運んでいる。
「ところで、お嬢さま」
「はい?」
「お嬢さまのお言いつけの通り、従業員には研修の一貫ということで、統一させております。名札も研修生というプレートを用意させました」
「ありがとう。お手数かけましたね」
「いえ。これくらいたいしたことではありません。さあ、他のみなさんに気づかれないようにエレベーターへ参りましょう」
 生徒達に見つからないようにエレベーターに乗り込む。麗香が持っていた鍵を、操作盤の鍵穴に差し込んでから右に回すとエレベーターが動きだした。
「なにその鍵は?」
 不審そうに梓が尋ねると、
「VIPルームのある最上階に行くには鍵が必要なのです。ごらんの通り操作盤には展望レストランのある35階までしか表示されていませんが、実際にはさらにその上があるのです。36階がVIPルーム、屋上がヘリポートと緊急自家発電装置室となっております」
 麗香が解説した。
「しかもこの鍵を差し込むと、外からの呼び出しを無視して他の階には停まらない直通エレベーターになります」

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