梓の非日常/第三章・ピクニックへの誘い(九)VIPルーム
2021.02.22

梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い


(九)VIPルーム

 最上階で降りると、そこは豪華な絨毯が敷き詰められたフロアであった。
「ようこそ、お嬢さま。お持ちもうしておりました」
 ぴったりとしたスーツに身を固め、姿勢を正した女性が立っていた。
「副支配人の神岡幸子と申します。お見知りおきを」
「支配人じゃないのですか」
「支配人は他のお客様の相手をされています。お嬢さまには、男性の支配人がお相手するわけにはまいりませんので、代わりに私がご用を承ります」
「ちょと聞いていいですか?」
 絵利香が尋ねた。
「どうぞ」
「このセンターが日本にあるという立地条件です。日本は世界地図でみてもわかる通りに、世界の端に位置しています。利便性からいえば、アメリカ本土か欧州のいずこかに建設した方がよかったのではないでしょうか? 国際企業従業員三百二十万人が利用するにはやっぱり不便と思いますけど」
 もちろんニューヨーク育ちの梓や絵利香が思い浮かべる世界地図といえば、ニューヨーク経度を中心に描かれた地図に他ならない、言う通りに日本は世界の端に位置している。世界地図は発行される各国を中心に描かれるのが普通だ。日本人が思い浮かべる世界地図は、日本を中心として右半分に太平洋とその端にアメリカ大陸、左半分に中国大陸から続く欧州大陸という図式になっている。梓達欧州人と日本人では、地図に見る世界観はまるで違うのだ。
「確かにその通りなのですが、このセンターは日本はもちろんのこと、真条寺企業グループの進出著しい中国や東アジアで働く人々を対象にしようと考えられました。何せ中国とインドだけで世界人口の三分の一になりますから」
「中国は共産党独裁で、こういう施設の建設許可がおりませんし、アジア各国は政情不安定ですからね。日本が最適というわけです」

 通路の最も奥まった重厚な扉の前で立ち止まる副支配人。
「こちらでございます。お嬢さま」
 メイドが扉を開けて、梓達の入室をうながした。
 ゆっくりと中に入る梓。
 一目五十畳くらいはありそうな広い部屋に、天蓋が掛けられた豪勢なクイーンサイズのベッドがでんと置かれ、広い大きな窓の向こうは硝子張の屋上庭園となっており、周囲の景色が一望のもとに眺められるようになっている。
「ところでさあ……。あたしは、みんなと一緒の部屋でいいと言ったはずですけど」
「とんでもない。そんなことしたら、渚様に叱られてしまいます。万が一のことがありましたら責任が取れません」
 副支配人に代わって麗香が答えた。
「お嬢さま、この部屋を用意させたのは、わたしです。御無理をおっしゃってはいけません。人にはそれぞれの立場というものがあるのです。副支配人には副支配人の、メイドにはメイドの、そしてお嬢さまは、どこへいかれてもお嬢さまなのですから」
「その通りでございます。お嬢さまは、世界企業四十八社を束ね、総資産六千五百兆円を所有する真条寺渚さまの一人娘。そんなお嬢さまのお世話ができるというのは、我々の誇りなのです。精神誠意お尽くしするのが我らの使命。万が一があっては、許されないのです。このお部屋をご用意した私どもの誠意を、お察しくださいませ」
「はあ……わかりました。その心意気、感謝します」
「おわかり頂きありがとうございます」
「……それで、メイド達も後を追ってきたわけね」
「違います! わたし達は、保養にきたのです」
「もういいわ。水掛け論になるから」
「賢明な判断です」

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