梓の非日常/第二部 第八章 小笠原諸島事件(五)遊覧
2021.02.19

梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件


(五)遊覧

 翌朝となった。
 船旅の緊張で眠れなかった者が多かった。
 しきりに欠伸をしながら、ラウンジに集まってくる。
 窓からは朝の陽ざしが射しこんでくる。
 水平線の彼方から太陽が昇ってくるのは感動ものだろう。
 手を合わせて祈っている者もいる。
 おそらく航行の無事を祈っているというところだろうか。
 太陽信仰の一端か。
 日本は「日の出づる国」とも呼ばれ、日付変更線に一番近い国……つまり、「世界で一番早く太陽が昇る国」という意味。
『魏志東夷伝』を読むと、BC1050年ごろ(縄文時代後期)には、「東の果てに、中国人とは顔つきの異なる者の住む『日の出づる島』がある」という伝説が、中国にすでに伝わっていたことがわかる。
 中国人にとって日本列島は、太陽信仰の聖地であり、稲作農耕民であった中国の人々は、太陽の昇る東の果てにある国を目指して、日本にたどり着いた。これが弥生人のルーツとも言われている。

「今日一日は、小笠原に至る島々を巡ります」
 鶴田が、絵利香とガイドから聞いた内容を簡単に説明した。

「あれはなんだ!」
 誰かが叫んで指さしている。
 皆が一斉に注目し、スマホのカメラを向けている。
 孀婦岩(そうふがん)と呼ばれるもので、海のど真ん中に、ポツンと海上に100mほど突き出た岩である。
 実体は、カルデラ式海底火山の外輪山の一部であり、海底から 2100m の高さがある。
 孀婦岩の南西2.6 km、水深240 mには火口がある。
「何か神がかりの雰囲気があるね」
 一同納得の感想であった。

 船旅二日目となると、海を眺めるのにも飽きてくる。見渡す限りの水平線なのだから当然だろう。
 プールばかりでは、身体はふやけるし日焼けもする。
 スマホは使えないし、というわけで船内の設備を利用することとなる。
 図書室で静かに本を読む者。
 卓球などができるプレイルーム。
 囲碁・将棋・麻雀などができるカードルーム。
 クレーンゲームなどができるミニゲームセンター。
 貸し切りフロアから出て、他のフロアを回れれば、カジノ・ナイトクラブ・バーラウンジ・映画館・本格的スポーツジムなど盛り沢山の施設がある。
 乗客5200人が使える全フロアに対して、梓達生徒40人だけが使える貸し切りフロアでは、施設も限定されているのは致し方がない。

「なあ、これって貸し切りというよりも、隔離されているっていう方が正解じゃないのか?」
 慎二が気付いたようだ。
「そうかもね。でも破格の料金で豪華客船の船旅が味わえるんだから、我慢しなくちゃ」

『まもなく、西ノ島が見えて参ります』
 船内アナウンスがあった。
「西ノ島って、つい最近噴火したあの島か?」
「そうよ。見にいきましょう」
「まだ、噴火しているのかな」
 などと、口々に話しながらデッキに上がった。

 ガイドが案内する。
『西之島は、東京の南約1000km、父島の西約130kmにある小さな島で、伊豆・小笠原諸島の一つです。太平洋プレートの沈み込みによって生じたマグマが地表に噴出してできました、フィリピン海プレート上の火山島です。
 2013年に大きな噴火が起こり、溶岩流が堆積して島の面積を拡大させ、噴火前の約10倍の大きさになっています。
 現在の標高は160m。一見すると小さな火山島ですが、海水面下には3000mもの高さの巨大な山体が隠れています。
 西之島に井戸水はない上に農耕にも適さないため、遭難船の漂着者を除いて人が居住していた記録はありません』
「中国が領有を宣言しているんだっけ?」
「それは中国のネトウヨが言っているだけよ」
「どうせなら、沖ノ鳥島の方も噴火して陸地形成すれば、中国も黙るんだろうけどな」
「島じゃない、ただの岩だからEEZは設定できないって奴ね」
「そうして、大っぴらに調査しまくってるのよ」
 一つの島を巡って、地理社会の勉強の復習をしている生徒達だった。

『それでは、父島に向かいます!』
 西ノ島を横目に見ながら、船は左にゆっくり転回しながら、最初の訪問地の父島へと向かう。

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