梓の非日常/第二部 第一章・新たなる境遇(三)出発
2021.04.28

続 梓の非日常/第一章・新たなる境遇


(三)出発

 空港。
 尾翼に真条寺家の紋章、機首にはアメリカ国旗の描かれた専用機が停泊している。
 機内、仲良く並んで座っている梓と絵利香。その前に座っている篠崎良三と花岡一郎{篠崎重工専務}もにこやかに笑いながら二人と談笑している。彼らを接待しているのが麗香と梓専属のメイド達。
 窓から外を眺めていた梓が、声を上げて立ち上がった。
「あ、あの野郎!」
 慎二が送迎車に乗ってこちらに近づいてくるのが見える。
 絵利香が何事かと窓をのぞいて言った。
「なに? あ、慎二君だ」
「なんで、慎二がいるんだ。アメリカに行くの秘密にしていたのに」
「わたしは、しゃべっていないからね」
「沢渡さまは、渚さまがご招待されました」
「お母さんが?」
 やがて機内に慎二が入ってくる。
「よお、みんな揃っているな」
 慎二は良三の隣、絵利香の正面に腰を降ろす。
「慎二君。君が招待されていたなんて知らなかったな」
「あはは……。篠崎さんこそ、重役お二人が同時に会社を留守にしても大丈夫なんですか? 社長と専務ですよね」
「副社長の健四郎叔父さまが残っているから大丈夫よ。社長の地位をお父さんから引き継ぐためにアメリカ事業本部から帰ってきたばかりだけど」
「引き継ぐって……社長、引退しちゃうの?」
「引退はしないよ。母体企業である篠崎重工を含めた、グループ各社を統括する篠崎コンチェルンを立ち上げることになってね、その会長に就任するんだ」
「花岡さんも、新しく設立する篠崎重工アメリカの社長になることが決まっているのよ」
「まあ、そういうわけだけど。我々がアメリカに行くのは、コンチェルンのニューヨーク本社ビル建設用地の下見にいく用もあるのだよ」
「あ、その用地は、お母さんがブロンクスに所有している土地を提供したのよ。真条寺グループとの共同本社ビル建設ということにしたのよ」
「そうね。しかも篠崎デパートとホテルもある超高層複合ビルなのよね」
「あれ? ところで、お父さん達、どうして慎二君のこと知ってるんですか?」
「あ、いや。とある建設会社に建設機械などの重機を納入した際に、たまたまそこでアルバイトしていた慎二君に知り合ってね。彼、重機のオペレーターやってるから、使用説明とかがあるだろう」
「それに建設機械の運転免許を持っていない彼が、どうして重機を動かしているのか、気になって説明を聞いていたしね」
 篠崎氏と花岡氏が解説したが、何事か隠し事をしている雰囲気であった。
「そういうこと」
 慎二が同意する。
 実は、実父の建設会社でアルバイトしている事は、父にも内緒にしているということで、その身分も、絵利香達には秘密にしてもらいたいと、慎二が頼んでいたのであった。
「でも、社長であるお父さん達が直接出向いて行く会社って、よほど大きな会社ということ?」
「いや違うよ。そこの社長とは大学では机を並べて勉強した間柄でね。まあ、親友とまではいかないが、親しく付き合っているよ。そんな関係から、建設機械の導入も社長から相談を受けて、私が直接担当していたんだ」
「へえ、意外なところに繋がりがあるものね」
 確かに、人生どこで誰と繋がっているのかは神のみぞ知るである。


 ジャンボジェットはあっというまにアメリカへ到着する。
 着陸先は真条寺家の財力を注ぎ込んだ私設国際空港。
 私設ながらも、すぐ近くにあるジョン・F・ケネディー空港に勝るとも劣らない、国の入出国管理局や税関そして検疫施設などもある、正式に国際的に認められた空港である。
 その空港に、次々と各国政府専用機が発着を繰り返している。
 もちろん梓の十六歳の誕生日を祝う各国の親善使節が乗り合わせているのだ。
 自国で専用機をチャーターできない国家や個人には、真条寺家の自家用機で送り迎えの用意がしてある。
 空港からは、アメリカ本国に入国する一般のゲートの他、真条寺家の屋敷に通ずる直通ゲートがある。
 直通ゲートを通るには二種類の方法がある。
 入出国管理局で正式に手続きして入国する場合。
 仮上陸許可証を受けて臨時的に真条寺家や隣接の国際救命救急医療センターに来訪する場合。但しこの場合は、真条寺家の敷地内から外へ出ることはできないことになっている。慎二が以前に医療センターに運ばれた際や、今回の真条寺家訪問はこの制度を利用したのである。
「ここへ来るのは二度目だけど、相変わらず大きな屋敷だなあ。こんな大きな屋敷に住んでいる主は、梓ちゃんとお母さんの二人だけで、後の数百人に及ぶ人間は全員使用人だもんな。信じられないよ」

 梓の十六歳の誕生祝賀会が盛大にとりおこなわれることになった。

 次々と真条寺家に集まってくる人々。
 各国の政府代表・首脳はもちろんのこと、分家の傘下にあるグループ企業や主要取り引き企業のトップ達も招待されていた。もちろんその中には篠崎重工も含まれている。
 屋敷内に用意された客間で、カクテルドレスに着替えた絵利香が歩み寄ってくる。
『改めて、お誕生日おめでとう、梓ちゃん』
 その梓も、この日のヒロインにふさわしい豪華なカクテルドレスを身に纏って、来客達の挨拶を受けていた。
『ありがとう、絵利香ちゃん。今日は楽しんでいってね』
 ここでの公用語は英語となっている。自然に英語で会話をする二人。
『で、慎二君は?』
『相変わらず食ってるよ』
 と梓が視線を移す先には、立食パーティーのテーブルに並べられた豪華な食事にかぶりついていた。
『あはは……。何も言えないわねえ』
『他人の振りするに限るね。なんでお母さんが呼んだのかは知らないけどね』
『命の恩人だからでしょう?』
『たぶんね』

「ほへえ! ニュースでよく見る人物が一杯いるぜ! あいつはロシア大統領、であいつがフランス大統領、英国皇太子に……豪華な顔ぶれだ!!」
「ここは一種の大使館的存在で治外法権が適用されているんだよ。アメリカの警察も軍隊も、許可なく敷地内に入ることはできないんだ。だから仮にアルカイダのオサマ・ビンラディン氏が潜伏していても捕らえることはできないのさ」
 英語を話せない慎二のために、日本語で答える梓。
「まさか本当に潜伏してないだろうな……」
「いるわけないだろう。たとえで言っただけじゃないか」
 さて治外法権であるが、外交使節や国家元首、当該国家の許可を得て領土・領海内に入った軍隊や軍艦、国際司法裁判所の裁判官や国際連合の事務局長や事務局首脳とその家族に対しても治外法権が認められているのは周知の通りである。
 真条寺家がどのようにして治外法権の権利を得られたかは、実際のところ謎とされている。国際空港や国際救急救命医療センターをその敷地内に有しているからという説や、莫大な税金を納め国家を揺り動かすことのできる闇の大統領府としての存在を認めさせた経緯説などがある。
 前者の説が自然な流れであろうが、後者にしても真条寺渚が米国大統領や太平洋艦隊司令長官と懇意である事実がその信憑性を高めている。

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