梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件(十)反撃開始
2021.04.12

梓の非日常/第八章・太平洋孤島事件


(十)反撃開始

 居住区。
 敵駆逐艦が出しているソナー音が響いている。
「この音は、もしかしてソナーじゃない。戦争映画でよく聞く音だわ」
 絵利香が誰に聞くともなく言った。
「そのようですね」
 平然と答える麗香。
「梓ちゃん。この船は調査船じゃなかったの」
「調査船だよ。でも、戦闘艦でもあるの」
「どういうことなの?」
「わたしからご説明します」
 麗香が代わって説明をはじめた。ほとんどが梓がビデオで聞いたことと同じであるが、さすがに原子力船と核弾頭搭載の件は伏せていた。実際の潜水艦を数多く見た軍事オタクなら、その大きさから原子力ということも判断出来るだろうが、全員ずぶの素人のために判るはずもない。
「音が次第に大きくなるわ」
「もう真上に来たんじゃない」
 言うが早いか、激しい振動と爆音が鳴り響いた。
「きゃあ」
「爆雷だわ!」
 全員耳を塞ぎわめいている。
「心配いりません。この艦は一万メートル級の深海にも潜れる耐圧船殻を持っています。通常の爆雷程度ではびくともしません。もっとも内部配管などが、振動で破損することはあるでしょうが」
「それじゃ、同じ事じゃない。バラストタンクに空気を送る配管などが破損したら、浮上できなくなるんだよ」
 梓が確認するように尋ねる。
「内部配管なら修理は可能です」
「どうかなあ……」
 いくら信頼する麗香の言葉とて、爆雷の衝撃を経験すれば懐疑的になるのは当然であろう。

『三百フィートまで潜航』
 慌ただしく機器を操作するオペレーター。
『潜蛇、二十度』
 爆雷の衝撃がしばらく続いた後に、ソナー音が小さくなりやがて静けさが戻った。
『敵艦、離れていきます』
『やり過ごせますかね』
『無理だな。相手は対潜駆逐艦だ。速力は向こうが上回っている。すぐに引き返して追い付いてくるさ。しかもフォーメーションを組んでくるから、息つくひまも与えてくれないし、今度は魚雷攻撃もしかけてくるぞ』
『高々深度航行で逃げましょう。爆雷も届きません』
『いや。ここで奴等を見逃したら、またどこで攻撃を受けるかも知れん。逃げるわけにはいかん』
『艦長。水中聴音器に爆音らしき音が入ってきてます』
『どれ、聞かせてみろ』
 オペレーターからヘッドホンを受け取って、聞き耳を立てている。
『援軍の戦闘機が攻撃を開始したようだ。沈んでいる。一隻撃沈だ』
 やった!
 という声が飛び交う。
『静かに!』
 その一声で再び静寂が戻る。
『敵艦は戦闘機の攻撃で、回避行動を取っている。奴等が我々を見失っている今のうちに、ハープーンミサイルを撃てる距離まで離れるんだ。副長、潜望鏡深度まで浮上。最大戦速、進路そのまま』
 艦長の命令を副長が復唱しながら乗員に下令する。
『潜望鏡深度まで浮上。機関全速。進路そのまま』
『潜望鏡深度へ。メインタンク、ブロー』
『機関全速』
『進路そのまま』


 海面に潜望鏡とアンテナが突き出ている。
 艦橋から戦闘用潜望鏡(Attack periscope)を覗いている艦長。それは、スコープ内の目標にロックオンすれば、自動的に魚雷の発射制御装置に対し、距離や雷速などのデータが入力されて、発射ボタンを押すだけになるという、最新の装備を付加したものである。
『潜望鏡では、まだ視認できない。衛星からのデータは受信しているか』
『はい。AZUSA 5号B機からのデータによれば、後方七マイルの地点をこちらに向かって接近中です。二隻です』
『どうやら、二隻撃ちもらしたようだ』
『第一次攻撃隊は全滅したのでしょうか?』
『たぶんな。最近の駆逐艦は対空装備が充実しているからな」
『はい。例のデヴォンシャー型には、対空兵器としてシースラッグ三連装備とシーキャット連装が各一基ずつ搭載されています。さらに備砲として11.2cmと8cm砲がそれぞれ四門ずつあります。一筋縄では撃沈できませんよ』
『しかし、おそらく第二波攻撃がエイブラハム・リンカーンより出撃していると思います』
『だが、我が軍の攻撃より先に敵の魚雷攻撃の方が早い。これ以上、お嬢さまを脅えさせるわけにはいかないんだ。こちらから先制攻撃をかけるぞ。ハープーンミサイル発射準備』
『ハープーンミサイル発射準備』
『攻撃指揮装置に、AZUSA 5号B機からの敵艦の位置データを入力』
『発射管扉、開放します』
 ディスプレイに敵艦の位置と、刻々と変化するミサイル制御数値が表示されている。
『ミサイル発射準備完了』
『発射!』
『発射します』
 ガス・蒸気射出システムによって打ち上げられたミサイルは、海上に出たところで自身のロケットエンジンに点火され、敵艦に向かっていく。発射時からエンジン点火してもよさそうに感じるだろうが、それだと噴射ガスの高熱や圧力によって射出口が損壊して次弾を撃てなくなる。それを防ぐために考案されたのが、ガス・蒸気射出システムである。
『ミサイルの発射を確認。敵艦に向かっています。到着時間一分十二秒後』
『発射管扉閉鎖』

「爆雷攻撃があってからずいぶん経つね。逃げきれたのかしら」
 絵利香が、天井を見つめながら言った。
「まだじゃないかな、戦闘が終了すれば連絡があるはずだし」
 それに梓が応える。
「次の攻撃があるとしたら、魚雷戦になると思います」
 そして麗香である。
「魚雷!」
「そうです。それもホーミング魚雷ですから、たやすくは逃げられませんよ」
 麗香が解説する。
「そんなあ……」
「麗香さん。みんなを脅えさせるようなこと言わないでよ」
「ですが、事前に心の準備をしておくのも肝要ですから」
「あ、そう……」

 敵駆逐艦が、迫り来るミサイルに対し迎撃発砲している。
 誘導兵器を攪乱する、チャフやフレアがランチャーから一斉射出されてはいるが、一向に効き目がない。それもそのはず、衛星軌道上のAZUSA 5号B機によって、誘導されているのであるから、攪乱兵器が通用するはずがない。

 そして着弾。みるまに爆発炎上する駆逐艦。

『敵駆逐艦、完全に停止。沈黙しています』
『よし、接近して確認する。微速前進だ。艦首魚雷の発射準備もしておけ』
『微速前進』
『艦首魚雷発射準備』

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v




にほんブログ村 本ブログ 小説へ
にほんブログ村



11

- CafeLog -