梓の非日常/第二部 第一章・新たなる境遇(一)憂鬱な日々
2021.04.26

続 梓の非日常/第一章・新たなる境遇


(一)憂鬱な日々

 慎二も無事に退院し、梓の生活にも平穏が戻りつつあった。
 しかし心境は以前とまるで変化していた。
 慎二に命を助けられたことは、明白な事実である。
 炎を掻い潜って助けにきてくれた時は、ほんとに驚いてしまった。
 そして、あの炎の中での告白劇も脳裏から離れることはない。

 そう……お互いに好きだと告白したこと……。

 生きるか死ぬかという極限にあって、果たして分別のある精神状態であったかどうか……。自暴自棄にはなっていなかったか?
 ただ単に相手を安心させるために、口からでまかせに発した言葉なのかも知れないし……。
 命の恩人の慎二はともかく、自分はどうだったのだろうか。

「助かったら、女の子らしくしてくれ……か」
 あの時、慎二と交わした約束を思い出した。
 指きりげんまんした小指をみつめながら思いにふける。
「あたしって……ほんとに男っぽいのかな……」
 確かに、すぐに喧嘩を仕掛けたり、問答無用で相手を投げ飛ばしたり、蹴りを入れたりするけど……。
「やっぱり、普通の女の子じゃないわよね……」
 潜在意識にある長岡浩二という人物がいる限りは、どうしようもないかも。
 しかし指きりげんまんした手前、女の子らしくする努力をしなきゃならないし……命の恩人の頼みだから、なおさらだ。
「ああ、もう! なんでこんなことで悩まなきゃならないのよ」
 思わず大声を出してしまう梓だった。

「あらあら、何を悩んでいるの?」
 振り返るといつの間にか絵利香が立っていた。
「梓ちゃん、最近元気がないわよ。せっかく慎二君が退院したというのに」
「だから、悩んでいるのよ」
「そっかあ、命の恩人に対し、どう接したらいいか……悩んでいるんでしょ」
 さすがに勘の鋭い絵利香だった。
「命を助けられたからって、普段通りでいいんじゃないかしら」
「女の子らしくしてくれと言われても?」
「言われたんだ……」
「うん……炎の中で」
「そっか……それで悩んでるんだ」

「でもさあ、その時の慎二君は、自分の命を捨てる覚悟の上だったんでしょ。自分にたいしてではなく、将来に恋人ができた時のことを考えての発言だと思う。つまり、慎二君にとっては、梓ちゃんが女の子らしかろうが、男っぽいところがあろうが、気にしていないと思うよ」
「そうかなあ……」
「だって、男っぽいところの梓ちゃんとも結構気が合ってるしさ」
「喧嘩相手としてでしょ?」
「喧嘩するほど、仲はいいのよね」
「どこがよ」
「でも命を張って助けてくれたことは認めるでしょ」
「まあね」
「意外と薄情なのね」
「なんでそうなるのよ」
「自分も慎二君のこと好きなのを認めなさい。そうすれば気が楽になるわよ。そもそもの悩みはそこにあるんだから」
 図星を突かれて言葉に窮する梓。
「やっぱり好きなのかな……。慎二のこと」
「二人を見てたら、誰だってそう思うわよ。いい雰囲気よ」
「そっかあ……好きだったんだ」
「人事みたいに言わないでよ。自分のことでしょ」
「認めたくないもう一人の自分がいるんだよね」
「浩二君の意識?」
「かもね」
「それは違うわね。そう思うことで逃避しているだけじゃない?」
「はあ……なんか堂々巡りしているわね」
「そうね」
「気分転換にどっか行かない?」
「それもいいかもね」(二)ホテルにて

 というわけで、出かけた先はホテルのプールだった。
 もちろんホテルといえば篠崎グループと相場が決まっている。水着になって泳げば気分も爽やか、絵利香の誘いに乗ってやってきた。
 ただ以前と違うのは、SPらしき人物の数が増えていることであった。一般人を装ってはいるが鋭い眼光からすぐにそれと判る。場所が場所だけに、女性SPもいるようだ。
 そして外出の際には、いつも麗香が付き添うようになった。
 研究所火災は、ハワイ沖海戦のことを含めて、梓の命を付けねらう何者かの存在を明らかにした。

「で、放火の犯人は捕まったの?」
「え?」
 絵利香の唐突な質問に驚く梓。
「な、何を言っているのよ」
「だめよ。隠しても判っているんだからね。梓ちゃんの命を狙っている人間がいることぐらい、とっくに気づいているんだから」
「気づいていたの?」
「篠塚の情報網も馬鹿にできないわよ。事の発端は、ハワイに行ったときの飛行機墜落事故の調査結果よ。自動操縦装置のプログラムが何者かに書き換えられていたことが判明したのよ。コースが逸れて燃料切れとなるようにね。わたしか梓ちゃんのどちらかを狙った犯行だと断定されたのよ」
「その事、どうして黙っていたの?」
「確信がなかったからよ。しかし今度の研究所火災で、間違いなく梓ちゃんが狙われていることがはっきりしたわ」
「そうかあ……やっぱり絵利香ちゃんもそう思っているんだ」
「当たり前よ。駆逐艦に攻撃されたりなんかすれば、誰だって思うわよ」
「そうだよね」
「その話し振りからすると、犯人には逃げられたんだね。あのマッドサイエンティストじゃないの?」
「可能性は大きいわね。あれから姿が見えないもの」
「今度から人を雇うときはしっかりと身元を確認することね」
「へいへい」

「やあ、いたいた。おまたせえ!」
 と背後から聞きなれた声。
「慎二!」
 振り返ると、いつものひょうきんな表情をした慎二が、クラスメートと共に水着姿で現れた。
 鶴田公平、相沢愛子らの面々が揃っている。
「遅かったじゃない、みんな」
「仕方ないよ。ホテルのプールなんて利用したことないんだから。入場・利用の仕方が判らなかったし、どの階にあるのかも判らなかったんだよ」
「フロントに聞けばすぐに判ったはずよ」
「だってよ、ホテルのフロントって、何かかしこまっていてさ。聞きずらいじゃないか」
「そうそう、一般庶民には高級ホテルは近寄りがたいところがあるのよね」
「そんなものなの?」
「お嬢様育ちの二人には判らないかもしれないね」

「へえ、意外ときれいに直ってるじゃない。瀕死の大火傷を負ったというけど、見る影もないわね」
「まあね。何せ真条寺家が全力を挙げて、世界中の名医を掻き集めて、最新の治療を施してくれたからね。な! 梓ちゃん」
 と言いながら梓の隣に座る慎二。
「そ、そうね……」
「ふーん。そういえば慎二君の快気祝いしてないわね」
「言われてみれば、その通りね」
「この後でやりましょうよ。プレゼントとかは用意してないけど……料理は出すわよ」
「フランス料理のフルコース?」
 慎二が小躍りし、舌なめずりして尋ねた。
「ええ、いいわよ。慎二君がお望みなら」
「よーし。食うぞー!」
「あのねえ。普通、快気祝いって」
「固いこと言いっこなしだよ」
「食い意地の張ってる慎二君らしいわね」
「しかしフルコースを頂けるのは嬉しいけど……できればふさわしい服にドレスアップしたいわよね」
「ああ、そうだよね。俺なんかTシャツにGパンだよ。きっと、追い出されちゃうよ」

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