梓の非日常/第九章・生命科学研究所(五)地下施設
2021.04.19

梓の非日常/終章・生命科学研究所


(五)地下施設

 中へ入ると早速受付嬢に捕まった。
「いらっしゃいませ」
 業務用顔で笑顔を見せてはいるが、口調は不信感を顕にしていた。まあ、人相の悪い慎二が一緒にいれば当然かもしれない。
「当研究所に何かご用でしょうか?」
「あ、ついさっき女の子が入ってこなかったかと」
「どういうご関係でございましょうか?」
「こ・い・び・と・です!」
「はあ……?」

「誰が恋人よ。勝手に決めないでよ」
 突然聞き慣れた声が後ろから聞こえてきた。
「梓ちゃん!」
「後をつけてきたのね」
 長い髪を掻き上げながら、うんざりというような表情の梓。もちろん慎二に対してである。
「おうよ! 悪いか」
「悪いわよ!」
 いかにも機嫌が悪そうである。
 受付嬢が梓の耳元でひそひそと尋ねる。
「あの……。この方々はお嬢さまのお友達ですか? 特に柄の悪い男の子……」
「一応そういうことになってる」
「梓ちゃん教えてよ。ここで何をしているのか……」
 内緒にされていることで哀しそうな顔をしている絵利香。
 その表情が梓の同情心をさそう。
「わかったわよ。案内してあげるわよ。ついてきて」
 先に立って歩きだす梓。
「まあそういうわけだから、この二人連れて行くね」
「お嬢さまさえよろしければ結構です」
「んじゃね」
 軽く手を振る梓。

 三人並んで地下研究所へと降りていく。
 そして例の扉の前に立ち止まる。
「なんだこれは?」
「見てわからんのか、扉だよ」
「それくらいは判ってるよ。なぜこんな頑丈そうな扉があるかだよ」
「決まっているじゃない。企業秘密を守るためよ。ここにIDカードを差し込んで、あ! こっちが手のひらの血管分布模様や指紋を照合する機械ね」
 さすがに絵利香だけあって、状況分析能力は高い。
「とにかく、梓ちゃんが秘密にしているものがこの奥にあるというわけだ」
「まあね……」
 梓は端末を操作して扉を開けた。
「言っとくけど勝手に歩き回らないでよ。警報とか鳴るかも知れないからね」
「判ってるよ」

 通路を歩いて、あの部屋の前で立ち止まる。
「絵利香ちゃん、ほんとにいいの?」
「なにが?」
「気絶したりしないでよ。かなりキモイのがたくさんあるから」
「そ、そうなの?」
 少し心配顔になる絵利香。
「でも梓ちゃんに関係していることなら……」
 勇気を奮い起こして姿勢を正す絵利香。
「じゃあ、いいのね」
 端末を操作して扉を開ける梓。
 静寂の中に扉の開く音が静かに響き渡る。
 と同時に中から異様な音が聞こえてくる。
「やたらその辺を触らないでね。セキュリティーに引っ掛かると面倒だから」
 念のために再度確認を入れる梓。
「どうなるんだ?」
「知らないわよ」
「やってみるか?」
「怒るからね」
「冗談だよ」
 研究室の中に入る三人。


「なんだよ、これは!」
 立ち並ぶカプセル培養基に驚愕の表情の絵利香と慎二。
「絵利香ちゃん、大丈夫? 気をしっかり持ってる?」
「だ、大丈夫よ」
 とはいうものの、表情は硬かった。
(ほんとに大丈夫かなあ……でも着いてきている以上追い返せないし)
「一体何の研究しているんだ。こんなに動物を集めて」
「クローン研究……らしいわね。ここにあるのは生きた動物から取り出したES細胞を、特殊加工して発生にまでこぎつけたものよ」
「梓ちゃんはこんなものを見にきているのか?」
「あほ! 目的は別のところにあるよ」
 カプセルの間を抜けて、さらに奥へと案内する。
「これよ」
 指差した先には怪しく輝く横形の冷凍睡眠カプセル。
「な……。これって人間か?」
「見て判らないの? 本物の人間だよ」
「生きてるの?」
「生きてはいないけど、完全に死んでもいないというところね」
「どういうこと?」
「研究者の話しによれば、生きた心臓を移植すれば生き返ることも、不可能じゃないということらしいわ」
「ほんとなの?」
「ええ」
「……うーん……」
 中の人物をじっと見つめて何かを思いだそうとしている慎二。
「慎二君、どうしたの? さっきからじっと見つめて」
「いやねえ。この顔……どっかで見たことがあるような気がするんだ」
 なおも記憶の糸を手繰ろうと頭を抱えている。
「それでこの人と、梓ちゃんとはどういう関係なの?」
「聞いておどろけ! 以前絵利香ちゃんには話したことがあるけど、三年前の交通事故であたしを助けてくれた人。長岡浩二君だよ」
「なんですってえ! ほんとなの?」
「ええ、間違いないわ。あの事故の後にあたしを蘇生治療した研究者が言ってるのよ」
「お、思い出したぞ。交通事故……そうだよ。三年前のあの日、交差点で女の子を助けたあの人だ! 俺は事故の瞬間を見ていたんだ。突進してくるトラックの前に飛び出して、女の子を庇って死んだあの人だ。俺の憧れ理想の人だった」
「そうね……。以前慎二もそんなこと言ってたわね」
「その女の子がどうなったか知らなかったし、どこの誰かも知らなかった。救急車で運ばれてそれっきりだからな。そうか……その女の子が、梓ちゃんだったんだ」
「へえ……意外な巡り合わせね。もしかしたら、梓ちゃんと慎二君は赤い糸で結ばれているんじゃない?」
「よしてよ。慎二がその気になっちゃうじゃない」
「そうか……。やっぱり俺と梓ちゃんとは、赤い糸で結ばれているんだ」
「もう……」
 梓を助けだした恩人が眠っていることは絵利香と慎二には伝わった。
 しかし、その記憶の一部が移植されたことまでは、説明することをしない梓だった。
 慎二には知られたくないと思ったからだ。

 それから研究室を退却して、所内の応接室で話し合う三人。
「そうか、そういうわけで研究室通いしていたわけか。俺達にも内緒で」
「こんなこと簡単に話せる内容じゃないからね」
「わたしと梓ちゃんとの関係は、そんなものだったの? 何でも話し合える間柄だと思っていたのに……。誰しも人には言えない秘密を持っているとはいえ、水臭いんじゃない?」
「悪かったわよ。でもね……場所も場所だったし」
「まあ確かに、あんなグロテスクなものが並んでいるところは、絵利香ちゃんには似合わないな。よく気絶しなかったと不思議なくらいだ」
「あ、あれくらい何でもないわよ。実際平気だったでしょ」
「声が震えているわよ」
「気のせいじゃない?」
「しかし、浩二と言ったっけ、生き返る確率はどれくらい?」
「ははーん。慎二君は、生き返られると困ると思ってるでしょ。命の恩人となれば、梓ちゃんの気持ちが移っちゃうんじゃないかと」
「ば、ばか言ってんじゃないよ」
「図星ね」
「二人ともいい加減にしてよ!」
「梓ちゃん、赤くなってるわよ」
「え? ほんと?」
「うそよ」
「もう……」

 それから数時間後。
 研究室を出て、病院前でタクシーを拾う梓と絵利香。
 慎二は一足先に自動二輪で帰っていった。
 タクシーの中。
「ところでファントムⅥじゃなくてタクシーで通っているところをみると、麗香さんにも内緒にしているのね」
「うん。お母さんにだって知られていないことだから。知っているのは絵利香ちゃんだけよ」
「そうか……」
 運転手に聞かれても差しさわりのない程度に話し合う二人。

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v




にほんブログ村 本ブログ 小説へ
にほんブログ村



11

- CafeLog -