梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件(十一)研究所
2021.04.02

梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件


(十一)研究所

「さてと……」
 遭難信号を設定すれば後はただ待つだけである。
「島の中を調べてみましょう」
 そうなのだ。
 救助がすぐに来るとは限らない。
 最低限の生きるための手立てをしておかなければならない。
 島の反対側に、実は人の住む村があった! ということもありうる。

 並んで島内を散策をはじめる。

 手入れのなされていない自然林は、足の踏み場もないほど荒れ放題。
「蛭とかの毒虫がいないのを祈るのみだな」
 津波の爪痕と思われる倒木とか、枝葉の千切れた樹々もある。
 拾った枯れ木で下草・下枝を払いながら突き進む。
 やがて前方に開けた場所へと迷い出た。

 そこで二人が見たものは?

 コンクリートブロック積の壁に囲まれた建物があった。
「なんだこれは?」
「研究所? みたいな作りね」
「誰かいるのかな?」
 壁をぐるりと回って入り口にたどり着いた。
「門が開いてるぜ。不用心だな」
「ほぼ無人島みたいだからね。戸締りする必要がないのでしょ」
「ならば壁も必要ないだろ?」
「風や害虫除けなんじゃない?」
 玄関の前に立つ二人。
「扉は……開いてるぜ」
 鍵の掛かっていない扉を開けると、派手に散らかっていた。
「この中にも津波が侵入してきたようね」
「誰かいないのかな?」
「逃げ出したか、水の進入しないところに避難したんじゃない?」
「水が浸入しないところ?」
「例えば防水扉のある地下室とか……」
 とここまで話して言葉を中断する梓。
 かつて若葉台研究所地下施設での火災事件のことを思い出したようだ。
「おい! ここに潜水艦とかでよく見るハッチのある扉があるぜ」
「そこに隠れているのかしらね」
「回したら開くかな?」
 とハッチを回し始める。
「おお、回るぜ」
 クルクルと回しゆくと、
「開いた!」
 結構重い扉を開けると、中から風が吹き抜けた。
 水が浸入しないように、内側の気圧が高くなっていたのだろう。
「しかし、なんでこんな扉にしなきゃならなかったのかな?」
「そりゃ、津波とか台風の通り道だからでしょうね。浸水に備えているのよ」
「ということは、この扉の向こうに人がいるという可能性ありだな?」
「たぶんね。津波で荒らされてはいるけれど、人が生活している形跡があるわ」
「形跡?」
「例えば、机の上には埃がないし、家の中に蜘蛛の巣がないし、灰皿に煙草の吸殻とかね」
「なるほど掃除をしているというわけか」
「他人には知られたくない秘密の何かを研究しているのかしらね」
「ともかく扉の向こうへ行ってみようぜ」
「そ、そうね……」
 おっかなびっくりで扉をくぐる梓だった。

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