梢ちゃんの非日常 page.12
2021.08.01

梢ちゃんの非日常(ルナリアン戦記前章譚)


page.12

 食堂に入る四人。
 四人用の食卓に、大人用と幼児用高椅子が向かい合ってセッティングされている。
『幼児用高椅子か……さて、梢ちゃんはどうするかな』
 ふと小さく呟く絵利香。
 真理亜はいつもそうしているので高椅子に自ら昇って座るが、梢は高椅子と絵利香の膝元を交互に見比べながら思案しているようであった。
『うふふ。考えているわね』
 絵利香の膝元は恋しいが、仲良しになった真理亜は高椅子に座っている。本能に従うか、プライドを取るかで、悩んでいるようだった。
『どうしたの? 梢ちゃん。椅子に一人で座れない?』
 美紀子の一言で、梢の意志が決定したようだ。一人で座れない? などと言われたら反発したくなる。
『座れるもん!』
 絵利香の膝元に自力で座れる梢だ、幼児用高椅子に座ることなど造作もない。梢は、幼児用高椅子によじ登るようにして座り込んだ。するとメイドが近づいて、梢が座った高椅子をテーブルに寄せてあげた。
 自分の右隣に絵利香、左隣に美紀子、そして正面には真理亜がにっこりと微笑んでいる。
 目の前には、梢が見たこともないような日本料理の数々が所狭しと並んでいる。
『わあ! すごい』
 真理亜が目の前に勢揃いした豪華な品々に感嘆の声を上げている。普段は一汁三采がせいぜいで、これほどの品が並ぶことはないからだ。その上自分の大好きな品が盛沢山だからもう流涙ものである。
『真理亜ちゃん。今日は特別メニューよ』
『特別?』
『梢ちゃんと仲良しになった記念よ』
『梢ちゃんと?』
『そうよ。梢ちゃんに感謝しなくちゃ』
『うん。梢ちゃん、ありがとうね』
 目の前の大好きな品々も、確かに梢が来たからには違いないようなので、素直に感謝する真理亜。
『ん? う、うん』
 自分では何もしていないのに感謝され、意味が判らずも答える梢。


 まずは壱の膳に取りそろえられた基本の一汁三采である、一対の漆塗りの木椀にはご飯にあさりと豆腐の味噌汁、向付には中トロと鯛の刺し身、煮物椀には鶏の砂肝と肝臓に生姜を利かせ輪切りの大根と共に煮たもの、突き出し皿には脂の十分に乗った真鰯を天然岩塩をまぶして焼いて大根おろしに醤油とスダチの汁を掛けたもの、そして割り山椒の器にはかぶと人参と胡瓜の酢味噌和え。ここまでは毎日の食卓に並ぶ程度のものなので、真理亜も目新しさを覚えていない。その視線が集中しているのは弐・参の膳の方である。
 弐の膳には、さざえの炭火壺焼き、ミズダコ・青柳・赤貝・ハモ・小肌・白甘海老のお造り、くるま海老と野菜の天ぷら、タラバガニの生姜酢醤油添え。
 参の膳には、活伊勢海老の特製マヨネーズ和え&甲羅揚げ、銀杏と椎茸の蒸し椀、炊き合せに加茂なす・鶏・冬瓜の白ゴマあん掛け。蒸し牡蠣の特製山椒味噌ダレ添え。鶏の臓物と長ねぎを串に刺して特製タレで焼き上げたもの。
 ひと目宴会料理のオンパレードというところだが、懐石が基本となっているので、一品あたりの量は少ない。
 とにもかくにも海産物王国の日本料理、圧倒的に海の料理が多数並ぶ。もっとも梢の好きそうな物を拾っていったらそうなったというところか。和と洋で共通にある食材となれば海の幸が一番である。海は全世界につながっているから。
 これだけの日本料理は、篠崎グループの一つである国際観光旅行社のレストラン事業部が経営する日本料理店(ニューヨーク・ロサンゼルス・ハワイなど全米店舗数十二)から派遣されている板前達が調理している。オーナーである篠崎邸で腕をふるって眼鏡にかなうことになれば、各店舗の板前長やチーフに抜擢されるのも夢ではない。篠崎邸に配属されることは出世コース、そう考えている板前達は多く、味噌汁のだし取り一つにも、全精力を傾け、持てる技術のすべてを出している。実際にもチーフや板前長を選出するには、篠崎邸に候補者達を呼んで、絵利香達も審査員となり最終選考会が執り行われることになっている。もちろん最終決定権は、グループの特別顧問常任取締役である絵利香が持っている。


 一方の梢は、今まで見たこともない日本料理を前にいぶかしがっている。
 さざえを見て梢が言った。
『おっきなエスカルゴだね』
 食べられる巻き貝といえば、エスカルゴしか知らない梢の言葉に、思わず吹き出す絵利香と美紀子。
『これはね、エスカルゴじゃなくて、さざえっていうのよ』
『さざえ?』
『海の底にいるのよ。おいしいわよ、食べてみて』
 といって絵利香はフォークを手渡した。
 いざ食べようとするが、目の前の真理亜が見慣れぬ二本の棒で、さざえを食べはじめたのに気づいて尋ねる。
『真理亜ちゃん。それ、何?』
『これ?』
 真理亜が、握り箸式に手にしている二本の棒をかざして確認する。こっくりと頷く梢。
『これね。お箸っていうんだよ』
『お箸?』
『うん』
 そう言うと真理亜は、さざえの中に二本の棒すなわち箸の先端を差し込み、貝殻のカーブに合わせて軽く捻るようにして動かして、中身をするりと引き抜いた。したたり落ちる肉汁から香ばしさが漂うその身を口に運び、
『おいしい』
 と満足げに微笑みを浮かべている。貝の中に残った肉汁は、あさりの味噌汁に入れている。その豊潤な旨味と香りが、同じ貝類の具の味噌汁をより一層おいしく感じさせることを知っているからだ。
 そして次に蒸し牡蠣の方に箸をのばしている。
 その仕草を見ていた梢は、
『絵利香。梢も、お箸で食べたい』
 と言って絵利香の方を向いて催促する。
『あのね、お箸は難しいのよ。真理亜ちゃんは、ずっと小さい時からお箸使ってるから、食べられるけど。梢ちゃんは、お箸使ったことないでしょ』
『うう……ねえ、絵利香。お箸、教えて?』
 真理亜が箸を使えるのに、自分が使えないということに納得がいかないようだった。
『絵利香、教えてあげなさいよ』
 美紀子が助け船を出している。
『でも食べるのに時間掛かっちゃうわよ』
『いいわよ。じっくり待ってあげるから。日本食にフォークとナイフってのも変だし』
『仕方ないわね……』
 ため息をついてから、
『梢ちゃん。お箸の使い方教えるから、絵利香のお膝にいらっしゃい』
 と言って、梢が座れるように椅子を引き、膝をぽんと叩いた。
『うん!』
 絵利香の膝に座れるのは願ってもないこと。メイドがテーブルから少し引き離した幼児高椅子を、ぴょんと飛び降りると、絵利香のもとに寄って椅子を這いあがり、その膝の上によっこいしょと座り込む。
『あーん。梢ちゃん、ずるい!』
 絵利香の膝に座りたいのは真理亜も一緒。自分で食事が取れるようになって一人座りができるまでは、真理亜も絵利香の膝に座っていたのである。
『真理亜ちゃん、ごめんね。今日だけ、梢ちゃんに、絵利香の膝に座らせてね』
『ごめんね。真理亜ちゃん』
 梢も、手を合わせて謝っている。謝られては、真理亜も引き下がるしかない。
『うーん……。今日だけよ』
『ありがとう、真理亜ちゃん』
 真理亜は箸をよく落とすので、予備に何組か用意してあるものを使う。
 早速梢の小さな手に子供用の箸を握らせて、扱い方を伝授する絵利香。もちろん三歳の年齢では、正しい箸の持ち方などできないので、真理亜もやっているように、いわゆる握り箸という持ち方である。
 梢に箸の扱いを教えている間にも、他の人達には自由に食べてもらっている。
 特に真理亜はより好物なものから食しているようだ。これだけの量があると全部食べきれないだろうから、食べにくい魚料理などあまり好きでないものを最後の方に残すつもりのようだ。
 それで残した物はどうするかというと、全然箸をつけていなければ、この後に使用人達が食事を取るので、希望者に分けられるし、箸をつけていれば親達が始末したり、邸内で飼っている番犬達におすそ分けされる。

『……でね。こうやってにぎにぎしてみて』
 まずは、箸だけ動かさせてみる。ある程度動きがスムーズになったところで実地に入らせる。
『それじゃあ、お箸を使って、実際に食べてみようか』
『うん』
 梢は、梓が直々に教えているピアノのバイエル教則本を難無く弾きこなすほど、手先は器用である。最初はぽろぽろと食べ物をこぼしていたが、ものの数分もするとすぐに慣れて、ほとんどこぼさずに食べれるようになっていた。
『さすがに運動神経抜群の梓の娘ね。こんなに早く、箸使いを覚えるなんて思いもしなかったわ』

『真理亜ちゃん。ご飯もちゃんと食べなさいね』
 海老の天ぷらを天汁につけて食べていた真理亜に絵利香が注意する。
『はーい』
 真理亜は主食のご飯には手をつけずに、いわゆるおかずばかり食べていたのである。
 米は日本人の心であり、エネルギー源としての炭水化物として重要であり、良質の蛋白質も含んでいる。どんなにご馳走が並んでも、ご飯と味噌汁だけは必ず食べるように躾ている。
 一方の梢が、タラバガニに手をつけようとしているが、これはフォークでは食べられないし、握り箸の真理亜にも無理である。三歳の幼児には難物である。
 最初から身だけ取り出して皿に盛って出してあげれば簡単なのであるが、それだと食物の学習にならない。海老なら海老、カニならカニの形状を覚えさせ、殻からの身の取り出し方とその味を知ること。そういった一見なんでもないようなことも、重要な食文化の勉強になるのである。さざえを見て、エスカルゴと言った梢も、その形状と名前そして味を覚えて、食べ物に関して一つ利口になったはずである。
 こつさえ覚えれば簡単にカニから身は取り出せる。絵利香と美紀子がカニから身を取り出して見せて、小皿に取り分けてあげる。梢と真理亜は親達がする手つきをじっと見つめて覚えようとしている。
『タラバガニって、カニとはいうけど、ヤドカリの仲間なんだよね。腹部がやわらかいのもそのせいよ。知ってた?』
 絵利香が呟くように言った。
『食べておいしければ、なんだっていいわよ』
 確かにその通りである。食卓で生物分類の話しをしても興ざめするだけである。
『そうだったわね。ともかくね、日本では缶詰にされちゃうんことが多いんだけど、調理の仕方次第では結構いけるのよこれが』

 梢が刺し身を箸でとんとんと軽く叩くような仕草をして尋ねる。
『ねえ、これなに?』
 どうみても生のようだし、食べられるのか不審に思っているようである。最後の方まで残していたのもそのためか。本当なら一番先に食して欲しかった一品であったのだが。
『お刺し身よ』
『お刺し身? 生……だよね』
『そうよ。お魚の身を切ってあるの』
『これ、お魚なの? 食べても、大丈夫なの?』
『大丈夫よ。お醤油をつけて食べるの』
 といって刺し身に醤油をつけて食べてみせる絵利香。相手は子供なので、わさびはつけないで食べさせるようだ。
『ふうん』
 教えられた通りに、刺し身に醤油につけて食べる梢。
『ん……なんかへんなの』
 率直に答える梢。淡白であまり歯ごたえのない食感に、的確な言葉を探せないでいる。日本の醤油の味にも慣れていないせいでもある。
『やっぱり、わさびをつけないとだめかな……』
『わさび?』
『この緑色のがそうよ。刺し身にほんの少しつけて食べるの。梢ちゃんなら、これくらいが適当じゃないかな』
 といって梢の刺し身に、わさびを適量つけてあげる絵利香。本人に任せてしまうと、以前梓がはじめて刺し身を食した時にわさびをつけ過ぎて失笑をかったようになってしまう。梓だから笑って澄まされたが、幼児の梢だと泣いてしまって、二度と刺し身を食べなくなるだろう。
 もういちど刺し身を口に放り込んで、
『うん。さっきより、おいしく感じるよ』
 わさびのぴりりとした刺激が、刺し身と醤油の旨味と調和して、おいしさを倍増させたようだ。
 ちなみに真理亜はわさびを醤油に溶かし込んでわさび醤油にして食べている。その方がせわないからであるが、本来は邪道な食べ方である。

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銀河戦記/鳴動編 第二部 第十四章 アクティウム宙域会戦 Ⅲ
2021.07.31

第十四章 アクティウム宙域会戦




 巡洋戦艦インビンシブル艦橋。
 貴賓席に腰を降ろし、艦隊の指揮を執るアレックスことアレクサンダー皇太子。
 傍らにはジュリエッタ皇女が、副官よろしく控えている。
 帝国艦隊を指揮するには、サラマンダーにいるより都合が良いと判断してのことである。攻撃空母のアークロイヤルは防御面で難があるので、万が一を考えてより安全な方をとの皇女達の勧めであった。

「摂政派の艦隊が動き出しました」
 ジュリエッタが報告する。
「やっとこさか。双方の予想進撃ルートを出してみてくれ」
「かしこまりました」
 正面スクリーンに、広大な星図が表示され、双方の艦隊が進むルートが表示された。
 アルビエール侯国から帝国本国に向かうには、銀河渦状腕の縁に沿っていくことになる。かつて銀河開拓時代に、銀河の腕に沿って通ったシルクロードみたいなものだ。
 途中には、 銀河渦状腕間隙の一部が支流のように枝分かれして帝国内に食い込んでいる宙域がある。いわば流れる川の側にできた三日月湖みたいなものであり、ここに侵入した艦艇は航行不能になる。船の墓場と化しており、かつては多くの艦艇が漂流していた。
「双方が遭遇するのは、アクティウム海域と思われます。船の墓場を回り込むように進む難所となっております」
「船の墓場か……。言いえて妙だな」
「この宙域に入り込むと、確実に動けなくなりますから」
「そうだな……」
 しばし考え込んでいたが、
「このアクティウム海域を決戦場とする!」
 と、宣言した。
「御意!」
 姿勢を正して、全艦に下礼するジュリエッタ皇女。
「進路をアクティウム海域にとれ! 全速前進!」


 その頃、摂政派軍は足並み揃わないまま、よろよろと進軍していた。
 カスバート・コリングウッド提督は頭を悩ます。
 かつて第一次内紛では、摂政派のジュリエッタ皇女について戦った味方同士であった。
 ところが皇太子のまさかのご帰還以降は、皇女達は皇太子派に転身。袂を分かつこととなった。
 身の振り方を考える間もなく公爵が反旗を翻(ひるがえ)して、気が付けば自らは摂政派に取り込まれ、総大将に祭り上げられてしまったのだ。
 コリングウッド提督と同じ思いをしている将兵も数多く存在しており、それがゆえに士気の低迷となって表れていた。
 一糸乱れぬ行軍など不可能な状態なのである。
 相手は皇太子かつ共和国同盟の英雄であり、味方の将兵に願わくば敵前逃亡など起こしてくれるなという心境に近かった。


 一足早くアクティウム海域に到達した皇太子派軍。
「敵さんはまだのようだな」
「そのようです。さらに先に進撃も可能ですが?」
「いや、ここで良い。ここで布陣しよう」
「かしこまりました」
 向き直って、
「全艦停止せよ!」
 命令を下す。
「全艦停止!」
 復唱がなされて、静かに艦隊は停止した。
「敵艦隊の到着予定時間は?」
「八時間ほどだと推定されます」
「そうか……。総員に交代で休息を取らせよう」
「では、三時間ずつで交代させます」
「よろしく頼む」

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2021.07.31 09:42 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
梢ちゃんの非日常 page.11
2021.07.30

梢ちゃんの非日常(ルナリアン戦記前章譚)


page.11

 篠崎邸花岡家に入るフリートウッド。
 屋敷の所有は篠崎家のままであるが、現在は篠崎重工アメリカのCEOとして、渡米してきた花岡一郎氏とその家族が住んでいる。妻の文子、長男の賢治・美紀子夫妻とその娘三歳の真理亜である。美紀子は、篠崎良三氏が篠崎グループの会長に就任して、その後を引き継いで篠崎重工社長となった実弟の健四郎氏の娘で、絵利香とは従姉妹同士である。
 かつてこの屋敷には良三氏の兄である伸一氏一家が住んでいたが、航空機事故で一家全員死亡して、一時主がいなくなっていた。やがてアメリカ出張となった良三氏夫妻が移り住み、絵利香が生まれた。その後先代社長が引退を表明、良三氏が絵利香を残して日本に戻って社長を引き継ぎ、代わりに健四郎氏一家がやってきた。
 一人絵利香が残されたのは、親交厚い真条寺家にも梓が生まれて、幼馴染みとして仲良く育ていこうという、両家の意向があったからである。その子守りには六歳年上の美紀子があたることになった。かれこれ二十年余ほど前の話しである。
 その後も屋敷に留まった美紀子は、アメリカ出張で篠崎邸に居候することになった花岡賢治氏と恋愛結婚し、真理亜が生まれた。絵利香も、梓とともにコロンビア大学に入学するために戻ってきて、以前に使っていた部屋にそのまま住んでいる。

『ねえ、ここは?』
 見知らぬ屋敷に入るのを見て、梢が尋ねた。
『ここはね。絵利香のお家よ』
『絵利香の?』
『そうよ。ここに住んでいるの』
 『梢のお家より小さいね』
 素直に感想を述べている。
『あのね。梢ちゃんのお家は特別なの。これでも大きい方なのよ』
「ブロンクスのベルサイユ宮殿」との別名のある真条寺家の屋敷は論外として、篠崎邸はブロンクスでも五本の指に入る豪邸と呼ぶにふさわしい屋敷なのだ。
『ふうん……そうなんだ』
 絵利香が住むという篠崎邸を、改めて窓から眺める梢。
 やがて車寄せに到着する。
『お帰りなさいませ。絵利香お嬢さま』
 真条寺家とは比べものにはならないが、こちらにもそれなりのメイドがいる。しかも篠崎家時代からそのまま引き継いでいるので、絵利香とは懇意の関係である。
『絵利香ちゃん、お帰り』
『ただいま、お姉さん』
 美紀子が出迎えている。六歳年上の彼女とは、幼少の頃にこの屋敷で姉妹のように育っているので、仲がすこぶる良い。
『その娘が梢ちゃんね』
『そうよ。梓の娘』
『いらっしゃい、梢ちゃん』
 絵利香が手を引いている梢にも、かがみこんで挨拶をする美紀子。幼児と会話するには、視線の高さを合わせた方が、より親近感がでる。
『こんにちは』
 と、あしかのぬいぐるみを抱えたまま、にっこりと微笑みかえす梢。
『あらあ、ちゃんとご挨拶ができるのね。お利口なのね』
 梢の頭をなでる美紀子。
『うん。梢は、三歳だよ』
『うふふ。先に言われちゃったわね』
 梢は、やさしそうな女性から話し掛けられたら、名前と年齢を言うことにしているようだ。どうせ必ず聞かれる事柄なので、先に言ってしまおうということか。
『三歳というと、うちの真理亜と一緒ね』
『まりあ?』
 その時、ぱたぱたと小走りに駆けてくる足音が近づいてくる。
 現れたのは真理亜。一人遊びしていたところに、絵利香の声が聞こえたので、あわてて廊下を駆けてきたのである。そして絵利香の姿を見るなり、飛び付いてきた。
『お帰りなさい!』
『ただいま、真理亜ちゃん』
 かがみこんで真理亜の抱擁を受ける絵利香。
『真理亜ちゃん。紹介するわ。梢ちゃんよ』
 といって、真理亜に梢を引き合わせた。
 対面する梢と真理亜。年齢も背格好も同じなので、共感を覚えるのか、梢が真理亜に接近して話し掛けはじめる。
『梢だよ。仲良くしようよ』
 にっこり微笑みながら、真理亜にその小さな手を差し出す梢。
『うん。真理亜よ』
 おずおずと手を差し出して、梢の手を握る真理亜。真理亜は人見知りするタイプであるが、さすがに同い年の女の子には気を許すようである。
『真理亜、お部屋に行って二人で遊んでおいで。夕ご飯になったら呼びに行くからね』
 絵利香がそっと二人を押し出す。絵利香の言うことには素直に従う真理亜。
『わかった。梢ちゃん、こっちよ』
『うん。絵利香、これ持っててね』
 といって大切なあしかのぬいぐるみを絵利香に預ける梢。
 そして、仲良く手をつないだまま部屋に向かう二人。
 梓の娘と、絵利香の姪。真条寺家と篠崎家の血の絆というべきか、やはり引き合うものがあるようだ。
 真理亜も梢同様まだ個室を与えられていないので、絵利香の部屋が子供部屋を兼ねている。ドアノブに、背伸びして手を掛けて、ドアを開ける真理亜。
『ここよ』
『うん』

 居間のソファーに深々と腰を降ろしている絵利香。
『しかし、今日は一日、梢ちゃんを動物園に連れ添って、疲れちゃったわ。動物が良く見えるように抱っこしてあげたりしたせいね』
『それは梢ちゃんも、同じでしょう。ちっちゃな足で広い園内を歩き回るのは疲れるでしょう』
『梢ちゃんは、お昼寝してるから、疲れはあまりないみたい。子供って一眠りするだけで、疲れも取れちゃうんだよね。この年過ぎると、夜ぐっすり寝ても、朝に疲れが残っていることがあるんだけど』
『新陳代謝が活発だから、疲れ物質もすぐに除去されるのよ』
『そうでしょうね。ところで、お願いしてた夕食は、大丈夫だった?』
『うん。梢ちゃんの好物は一通り揃ったわ。でも朝になって急に言い出すものだから、材料が間に合うか心配だったわ。日本料理店の前田マネージャーに至急取りそろえてもらったんだから』
『ありがとう。恩に着るわよ、お姉さん』
『どういたしまして』
『ところで今夜も、旦那様はご不在ですか』
『仕方ないわ。賢治もお義父様も、お仕事が忙しいのよ』
『わたしのお父さんもそうだったけど、真条寺家と取り引きするようになって、会える日が数えるほどになってしまったのよね』
『真条寺家との取り引きは、まず研究開発から始まるので、通常の商取引と違って、部下に任せきりというわけにはいかない、とぼやいているわ。良三伯父さまだって、ロケット開発で奔走していたじゃない。特に梓ちゃんが宇宙産業に手を広げてからは、家に帰る暇もなくなったわね』
『まあ、仕事だから仕方がないと言ってしまえばそれまでだけど。娘としては、寂しい限りよ』
『でもね。真理亜ちゃんの場合は、父親の代わりに絵利香がいるから、ちっとも寂しがっていないわよ』
『というよりも、まだ父親というものがわかってないからよ。真理亜ちゃんが起きている時に、帰って来たためしがないんだものね』

 夕食の支度が整ったことをうけて、二人が絵利香の部屋にいる子供達の元に迎えにいくと、梢も真理亜も床に画用紙を広げ、腹這いになって、くれよんで絵を一所懸命に描いているところであった。楽しそうに二人で語らいながら、自由になっている足を交互にぱたつかせて描いている。
『あ、絵利香。ほら、ママの絵だよ。絵利香も一緒』
 といって立ち上がり、梢が描いた絵を見せてくれた。
 画用紙いっぱいに描かれた、長い髪で目鼻立ちのしっかりした大きな顔の梓と、ほぼ同じくらいの大きさの絵利香の絵である。二人の周りにある物体? はどうやら今日の動物園の動物達のようだ。子供は印象度の高いものをより大きく描く傾向にある。母親と住んでいる家を描かせたら、母親を大きく、背景に家を小さく描くのが普通である。梢の描いた絵を見る限り、梓と絵利香の印象度はかなり接近していると言えるのではないか。
『そうか、ママと絵利香の絵を描いてくれたんだ。お上手よ』
 といって頭をなでてやる絵利香。
 元々が芸術性には優れた梓の娘である。何のためらいもなく自由自在に描いており、三歳にしてはなかなかの出来映えである。
『真理亜も、ママと絵利香の絵を描いたよ』
 といって美紀子に画用紙を大きく広げて見せている。
『ありがとう、真理亜。うれしいわ』
 二人の子供は、頭を撫でられ誉められて、嬉しそうにしている。にしてもどちらも絵利香を一緒に描いていることは特筆すべきことである。二人とも父親不在のまま成長しているようだが、しっかりと第二の母親としての絵利香を認めているのは確かだ。

『子供の相手をするには、やはり同じ年頃の子供にさせるに限るわね。親が面倒みなくても、好き勝手に二人で遊んでくれるから』
『これなら、動物園に連れていかなくても済んだかもね』
『それはないわよ。いくら仲良しになっても、朝から夕方まで一緒にいたら、さすがに飽きがきちゃう』
『そんなものかしら』
『絵利香は、まだ子供の事が良く判っていないわね』
『あたりまえじゃない。子供を生んだことがないから。真似事はできても、真の母親にはなりきれない』

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