梓の非日常/第二部 第五章・別荘にて(五)守護霊
2021.06.02

続 梓の非日常/第五章・別荘にて


(五)守護霊

 それは、梓お嬢さまが生まれて間もない頃のお話でした。仕事の都合上で日本に来ていた渚さまは、休暇を軽井沢の別荘で過ごしていました。梓さまのお守りとして、わたしも一緒に来ていました。ある夜のこと、梓お嬢さまが夜泣きをして、いっこうに泣き止みませんでした。どうにかしてあやそうと、梓お嬢さまを抱えて、別荘の周りを散歩していました。
 見知らぬ老人が立っていて、こちらをじっと眺めていて、声を掛けようとしたら森の中に溶けいるように消えてしまったのです。
 いつのまにか梓お嬢さまは泣き止んでいて、老人の消えた森の中をじっと見つめていたのです。
 不思議なことに、梓お嬢さまも楽しそうに、きゃっきゃっとはしゃいでいました。
 その夜からです。
 梓お嬢さまに付きまとうように、その老人が出没するようになったのです。
 梓お嬢さまのお部屋から笑い声が聞こえたかと思うと、ベビーベッドのそばにその老人が佇んでいて、やさしそうにお嬢さまをじっと見つめていました。しかし私が声を掛けようとすると、たちまちのうちに消えてしまいます。
 幽霊?
 私は、渚さまに事の次第を報告して、善処策を考えていただこうと考えました。
「その老人は、梓に何の危害も与えないのね」
「はい。じっと見つめているだけです。微笑んでいるようにもみえました。お嬢さまも全然怖がらずに楽しそうにしていました」
「そう……。なら、心配いらないわ」
「どうしてですか? 幽霊なら、いつかお嬢さまに危害を与えるかも知れないじゃないですか」
「そうね……。ちょっと、待って」
 というと、渚さまは書棚の前に立つと、古びた写真集を取り出してみせました。
 写真集のページを捲って、とある写真を指差しておっしゃいました。
「もしかして、その老人って、この写真の人に似ていませんでしたか?」
 白黒のかなり傷んだ写真でしたが、その顔はまさしくあの老人にそっくりでした。
 そう答えると、
「やっぱりね。この方は、わたしの祖父よ」
「ご祖父? でも、あの老人は、もっと昔の方のように見えましたが……。そう江戸時代の武士のような姿をしていました」
「そうかも知れないけど、顔はそっくりだったでしょ? 血が繋がっていますからね」
「は、はい」
「いつの時代の人かは判らないけど、真条寺家のご先祖さまには違いないらしいのよ。だから、祖父と瓜二つのお顔をしてらっしゃるの」
「でも、どうして?」
「この別荘を建てるために、土地を造成したでしょ。その際に祠を潰したせいで、多くの霊がさ迷いでてきたらしいの。ご先祖さまも、静かに眠っていたところを起こされて出てきたのね。でも、それが自分の直系の子孫だと判って、見守ることにしたんじゃないかしら」
「そうなんですか……」
「実はね、わたしも幼少の頃に、見知らぬ老人が佇んで見守っていたという話を聞いたことがあるの。あのご老人、子々孫々に渡っての守護者みたいになっているらしいわ」
「渚さままで……」
「だから、心配要らないの。見守っていてあげましょう」
「判りました」

「というわけで、梓さまにはご先祖様の霊が憑いているらしいのです」
「今もかしら?」
「たぶん……」
「でも、見たことがないわね」
「お守りとして梓さまをみていた頃の私は、まだ子供でしたし、梓さまも乳飲み子でしたから、純粋な気持ちで【霊的なる者】を見る能力が備わっていたと思います。しかし年を経るごとに、その能力も失われていったのでしょう」
「ふうん……。もう、無邪気な子供じゃないというわけね」
「あいにくでございますが……」
 そういうと、ふっとロウソクを吹き消した。
 生々しいほどの幽霊談を聞かされて、クラスメート達の口からは次の話題が出てこなかった。
 自然消滅するように百物語もお開きになった。

 結局その夜は停電が回復することなく夜を明かすこととなった。

 嵐の夜が明けた朝。
 谷間から立ち上る霧に包まれていた。
 しっとりと濡れた草花の間を散歩する梓。
 誰かに見つめられているような気がして振り向くと、見知らぬ老人がこちらをじっと見つめていた。
「あなたは?」
 梓は直感した。
 ご先祖様の霊ではないかと……。
 梓が声を掛けると、老人は静かに微笑んで森の中に溶けいるように消えた。
「あれが、ご先祖様か……」
 背後から声が掛かった。
 驚いて振り向くと慎二が立っていた。
「ご先祖様って……。見えたの?」
「ああ、見えたよ。麗華さんの言うとおり、ご老人だったな」
「そう……」
 梓は、何か因縁めいたものを、慎二の中に感じた。
 そういえば、危機一髪という時には、必ず慎二が現れて命を救ってくれていたような気がする。

 最初の交差点での事故。
  事件当時には、慎二も現場にいて目撃したらしい。
 太平洋孤島不時着事故。
  慎二が密航したおかげで、コースがずれて孤島に不時着。そうでなければ太平洋の海の中に沈んでいたという。
 研究室地下火災事件。
  まさしく燃え盛る炎の中に飛び込んでの命がけの救出劇は涙ものである。

 もしかしたら、慎二の中に老人の霊が取り付いていて、守護霊として慎二を通して見守ってくれているのかもしれない。
 老人の姿が見えるというのも、そのせいかも知れない。
 慎二が守護霊?
 思わず含み笑いしてしまう梓だった。
「なんだよ、急に笑い出してよ。俺にも見えたのがおかしいのかよ」
「いや、そんなことはないぞ」
「ならなんだよ」
「何でもないよ。それより、今日から空手部の合宿がはじまるぞ。ビシビシ鍛えてやるから覚悟しろよ」
「いきなりかよ。お手柔らかに頼むぜ」
「さあ、そのためにも腹ごしらえだ。朝飯にするぞ」
「おうよ。五人前くらい食ってやる」
「好きにしろ」
 仲良く連れ立って別荘へと戻る二人だった。

第五章 了

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梓の非日常/第二部 第五章・別荘にて(四)怪談話
2021.06.01

続 梓の非日常/第五章・別荘にて


(四)怪談話

 むかしむかし、年老いたじいさんと親孝行の息子が、深い森にキノコ採りにやってきたとな。
 じいさんはキノコ採りの名人だったがのお、もういい加減に年だて、山登りもつろうなってのお、そろそろ引退じゃとキノコの生えている場所を、息子に伝授しようと考えたのじゃ。
 二人は連れ立って深い森に分け入って、キノコ採りに夢中になっておった。
「これがマイタケじゃ。毎年この場所に生えるから覚えておくんじゃぞ」
「わかった」
「ほれ、次はホンシメジじゃ。ただのシメジとは違うぞよ。味も香りもマツタケ以上じゃ」
「へえ、そうなんだ」
「ほれ、そのマツタケはここに生えている。赤松の根っこに輪を描くように生えるんじゃよ。しかも、年を経るごとに輪は少しずつ広がっていくから、去年あった場所に生えているとは限らんからの」
 という具合に、秘密の場所を次々と教えていたんじゃ。
 たくさん採って籠いっぱいになった。
「そろそろ、これくらいで、いいんじゃない?」
「そうじゃのお。いっぺんに教えても、場所を忘れてしまうじゃろうからな」
「そんなことはないと思うけど」
 二人は帰り支度をはじめたんじゃが、
「はて……」
「どうした、じいさん」
「帰り道がわからん」
「ええ!」
 じいさんは、息子に教えることばかり考えていて、帰り道のことを忘れておった。
「来た道を逆にたどれば帰れるんじゃない?」
「それがのお……。どこをどう通ってきたか、とんと覚えておらん」
「じいさん。もうろくする年じゃないだろ」
 息子も息子で、キノコ採りに集中していたから、帰り道を覚えておこうということはしなかったのじゃ。
 深い森の中、あてどもなくさ迷い歩く二人じゃった。
 やがて日が沈んで、深い森に夜の帳が舞い降りてくる。
 歩きつかれて、ほとほと困っていると、
「じいさん、山小屋がみえるよ」
「山小屋? そげなこつなか。こんなやまん中に山小屋なんか」
「だって、ほら。あそこ!」
 息子が指差す方向に、確かに古びた山小屋があった。誰か住んでいるのか、開いた窓から煙が出ておった。
「今夜一晩泊めてもらおうよ」
「そうじゃなあ……。仏様の導きかのお」
 二人は山小屋に急いだと。
「ごめんください」
 と、声をかけると、
「どなたかいの。こんな夜分に」
 中から老婆が出てきた。
「実は道に迷ってしまって、今夜一晩泊めてくれませんか」
 と、正直にお願いをしたのじゃ。
「それは、それは、お気の毒に。どうぞお入りになってけれ」
「ありがとうございます」
「大した料理は出せねえが、夕食でもどうかね」
「ああ、それでしたら。丁度、ここにキノコがあります」
 といって森で採ったキノコを差し出した。
「ほう。これはマイタケでねえか。ホンスメジもあるでよ」
 一夜の宿にたどり着き、キノコ鍋をたらふく食べた二人は、疲れもあって急に眠気が襲ってきた。
「今夜はゆっくりおやすみなせえ」

 ぐっすり眠ったかと思った朝。
 じいさんが目を覚ますと、隣にねていたはずの息子がおらんじゃった。
「息子がおらんとよ、知らねえかね」
 と婆さんにたずねると、
「なんやら朝早く出て行ったげなよ」
「なしてな?」
「知らんこつよ」
 と言いながらも湯気の立つ鍋から汁をよそおって差し出した。
「朝飯じゃけん、はよ食べな」
 汁椀からはおいしそうな香りが立ち上っていた。
「おお、肉がはいっとるわな」
「今朝早く、なじみの猟師が猪を撃ったからつうて置いてったげな。で、猪鍋にしたんさ。ほれ、うまいぞよ」
 じいさんは目の前に差し出された汁椀を一口すすると、
「う、うめえ! こんなうまい汁は食ったことがねえだ」
 感激しておかわりまでしてしもうたと。
「そうかい、そうかい」
 ばあさんの口元がにやりとゆがんだように見えたげな。
「ほれ、わし一人じゃたべきれんじゃて。わけたるから持って帰れや」
 といって、猪の肉を葛篭に入れて渡してくれたとよ。
 じいさんはお礼を言って、その葛篭を背負って家に帰ったと。
 して、家でその葛篭を開けて腰を抜かしたとよ。
 猪肉かと思ったのは、切断された人間の足や指が入っていたんだがね。
 それはまさしく自分の息子の変わり果てた姿じゃった。
 知らなかったとはいえ、息子の肉をおいしいと口の中に入れた。
 じいさんは良心の呵責に気が狂ってしまったと。
 以来、森にさ迷いこんだ旅人を山小屋に誘い込んでは食べてしまうという、人食い爺になってしもたとよ。


 自分の前のローソクを吹き消す梓。
 一瞬暗がりが広がったように感じた。
「どこかで聞いたような……」
「ありそうな話ではあるわね」
「うんじゃ、今度はわたしね」
 と名乗り出たのは相川愛子であった。


 昔々、若者が山道を歩いていると、道端でじいさんがうずくまっているのに出会った。
「どうしたんですか?」
 心配になって声を掛けると、
「持病の癪が出て、難儀しております」
「それはお困りですね。お家はどちらですか? お送りいたしましょう」
 というと若者は、じいさんを背負って家まで届けることにした。
「これはご親切に、ありがとうございます」
「お一人でお住まいなんですか?」
「息子がおったんじゃが……」
「息子さんがおられたんですか?」
「そうじゃ。でもね……」
「でも……?」
 若者が聞き返した途端だった。
 突然、じいさんの身体が重くなってきた。
 それはそれは、あまりの重さに若者は歩けなくなり、その場に片膝ついてしまった。
「でもね。ある人に騙されて、知らずに息子を食ってしまったんだよ」
「食べた?」
「知らなかったとはいえ、これがまた、飛び切りにおいしくてね」
「まさか……」
「人の肉のおいしさを知ったんじゃ。以来こうして旅人を襲っては食らっておる」
「た、助けて!」
 じいさんは、若者の首を噛み切って殺してしまった。そして小屋に持ち帰って人間鍋にしてたべてしまっとさ。

「おしまい」
 というと愛子は自分のローソクを吹き消した。
「梓ちゃんの話の亜流だね。まあ、良しとしましょう」


 ほんの少し昔。
 この別荘ができる前のお話です。
 小さな墓地がありました。
 この近所の人々の噂では、旅の途中で行き倒れてしまった人々を葬って、祠を建てて供養したと言われています。
 中には、人食い爺や人食い婆の犠牲になった人も混じっていたとも言われています。
 その場所は、眺めのよい景勝地で、軽井沢の街並みが一望の元に見渡せる好位置にありました。
 これに目を付けた不動産会社が、土地の所有者に別荘開発を持ちかけました。
 当時の所有者である真条寺家は、これは良いとばかりに別荘建設に応じました。
 さっそく不動産会社から派遣された一級建築士が現地調査と測量を行いました。
 祠の存在にも気づいていましたが、邪魔だからと無断で潰してしまったのです。
 墓地も祠のあった場所もきれいに整地され、やがて別荘建設がはじまりました。
 ところが建設現場では奇妙な事件や事故が相継いで起こったのです。
 一級建築士が現場監督として赴任していましたが、原因不明の高熱に襲われ三日三晩苦しんだ挙句に死んでしまいました。
 二階に上げていた建築資材が、いきなり落下して、真下にいた大工が大怪我を負ったり、広範囲に土地が陥没して下から数多くの人骨が出てきたりした。
 祠を潰した祟りだ!
 という声が上がって、大工達は祠を再建して、改めて供養をすることにした。
 すると、その日から異変が起こらなくなり、別荘は無事に出来上がったという。

「というような、お話があります」
「なんだよ、麗華さん。いつの間に参加していたんだよ」
「いえね。自分が聞いた話が丁度いいんじゃないかと思いましてね」
「話が終わったんなら、ローソクを消したら?」
 麗華は不気味に微笑みながらも、ローソクを吹き消そうとはしなかった。
「いえ。実はこの話は後日談がありましてね……。祟りはまだ続いていたのですよ」
「嘘でしょ?」
「嘘ではありません」

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