梓の非日常/第二部 第六章・沢渡家騒動?(三)沢渡夫妻来訪
2021.06.05

続 梓の非日常/第六章・沢渡家騒動?


(三)沢渡夫婦来訪

 数日後。
 梓が書斎で、AFC(Azusa Foundation Corporation)より届けられた稟議書に目を通している時だった。
 麗華が来訪者を伝えにやってきた。
「お嬢さまに、ご面会をと来訪された方がいらっしゃいます」
「ここに直接?」
「その通りです」
 世界最大の財閥グループであるAFCの代表の梓に面会を通すためには、最低でも一年は掛かると言われている。
 まずはAFCに面会伺いを通してからである。
 ここに直接来たのは、梓のことを何も知らない人物だろう。
「本来ならアポイントのない面会者は門前払いなのですが……」
「どちらさん?」
「はい。沢渡建設の代表取締役、沢渡夫妻です」
「沢渡建設? ああ、慎二君の……」
「ご存知でしたか?」
「ああ、嫌というほど知っているわよ」
 さんざん不良扱いされ、馬鹿にされたのだ。
 一種恨みとも思えるような感情が湧き起こる。
 ちょっと悪戯っ気を出してみよう。
「いいわ、通してください」
「よろしいのですか?」
「ええ。VIP待遇、国賓クラス扱いでお願いします」
「国賓クラス?」
「ええ、ちょっとばかしね……」
「かしこまりました」

 早速屋敷中に梓の指示が伝達される。
 国賓クラス。
 それは屋敷中の者を総動員してお出迎えすることを意味する。
 メイド達はおろか調理人・庭師・運転手など全員が勢ぞろいする。
 総勢百名以上にもなる壮観さである。
 居並ぶ従業員を前にして麗華が訓示を述べる。
「非常に稀なことではあるが、本日は国賓クラスのお客様をお出迎えすることになった」
 あちらこちらで、くすくすと声を殺すような笑い声が聞こえる。
 国賓クラスが当日突然に訪れることなどあり得ない。国政のスケジュールを十分に配慮して、最低でも半年以上も前には予定を組んで置かなければならないはずである。
 今回の国賓クラス来訪の件は、梓お嬢さまの気まぐれか茶目っ気によるものだと、誰しもが予測できるものであった。
「お嬢さまのお名前を汚さないように、十二分に注意して丁重にお出迎えするように」
「はい! かしこまりました!!」
 一斉に声を揃えて返事をする一同。
 例え冗談や茶目っ気と判っていても、お嬢さまのご指示となれば、それに従うまでである。
 仕事は真剣勝負。
 国賓クラスのご来訪者として丁重にお出迎えするまでである。

 やがてリンカーンに前後を挟まれて沢渡建設社長夫妻の乗るベンツがやってくる。
 いかにベンツとて、リンカーンと比べられたらまるで貧弱そのものである。
 車寄せにベンツが到着すると、早速車係の者が寄ってドアを開け、沢渡社長夫妻の降りるのを手助けした。
 居並ぶメイド達や従者に圧倒される沢渡社長夫妻。
 これだけの大歓迎を受けたのは初めてのことであろう。
 いや、一生掛かってもお目にかかれない光景かも知れない。
 麗華が歩み出てくる。
「いらっしゃいませ、沢渡様。お持ち申しておりました。この屋敷の総責任者の竜崎麗華でございます」
「こ、こちらこそ。突然の来訪なのに、快く面会をお許しくださいまして感謝しております」
「運がよろしかったのですよ。本日のお嬢様はすこぶるご機嫌麗しく、お会いいたしましょうとのご快諾でした。ほんとうにこんなことは非常に稀なことでございます」
「そ、それはどうも……」
 案内されて玄関ロビーへと入り、きょろきょろと当たりを見回す沢渡社長夫妻。
 並べられた調度品の豪華さはもとよりのこと、天井の高さが半端でなかった。一般住宅でいえばゆうに三階くらいに匹敵する高さがあり、豪華なシャンデリアがぶら下がっている。
「エレベーターにお乗りください」
 真条寺家の邸宅は三階建てであるが、階層ごとの高さが半端ない。階段を歩いて昇るなど狂気の沙汰といっても過言ではない。ゆえにエレベーターが設置されていた。もちろん主人・客人用と従者用との二種類ある。
 エレベーターを三階で降りてまっすぐ歩いたところにあるのが正面中央バルコニーである。
 正面中央バルコニーからは、屋敷内の眺望が一目で見渡せる。
 正面玄関から車寄せへと続く広大な前庭。至るところで噴水が水飛沫を上げているのがいかにも涼しげである。
 バルコニーの中央に置かれた大理石のテーブルと椅子のセット。
 梓が腰掛けて紅茶を飲んでいる。
 それを見守るように、バルコニー入り口に二名、手摺よりに二名、そして梓の側に一名という配置で専属メイド達が立っている。
「う、美しい。美しすぎる。しかも全身から漂う気品の良さは一体……」
 ティーカップを手に持ち、茶をすする仕草は、上品このうえなくまるで隙がない。上流階級に育ったものだけが持つ、まさに本物のお嬢さま。そんな梓の雰囲気を感じ取ったのか、沢渡社長夫妻はしばし茫然と見とれていた。
「その節は突然お邪魔いたしまして、ご迷惑をおかけいたしました」
 先に声を掛けたのは梓だった。
「い、いえ……。こちらこそ、大変失礼なことを致しまして」
 冷や汗を拭きながら弁解する沢渡社長。
「ほんとに……いえねえ。慎二の連れてくる友達といったら不良ばかりでしたでしょ。ですからつい……同類かと思い違いいたしまして……」
 夫人の方も、見苦しいほどの言い訳を続けている。
 そこへワゴンを押してシェフ姿のコックがやってきた。
「お座りくださいませ。まあ、お菓子でもいかがですか?」
 シェフは、大皿に盛られたお菓子をそれぞれに取り分けていた。
「このシェフは、パリのダロワイヨで三年、ジェラール・ミュロで二年修行したパティシエ{菓子職人}で、フランス本国の最優秀パティシエ賞も受賞しています」
 ダロワイヨの定番スイーツのマカロンである。
 外側がカリッとしていて中が柔らかく、香り豊かでとろけるような中身のマカロン。バートダマンド{アーモンドとシロップのペースト}をベースにメレンゲを加えて作られている。
 マダガスカル産のヴァニラを利かせたヴァニーユ{Vanille}。シトロンをベースにメレンゲ、クリームを加えたシトロン{Citron}など、六種類ほどが用意されていた。
「最高級抹茶を使用して和風に仕上げましたテ・ヴェール{The vert}です」
 とのシェフの説明とおりに、薄緑色したマカロンからは微かに抹茶の香りが漂ってくる。
 一口放り込めば、舌をとろけさせるような甘美な余韻が口一杯に広がる。
 作ってからほとんど時間が経っていないから、味も香りも濃厚である。
 それに引き換え、沢渡家で出されるお茶菓子はすべて菓子屋から買ってきたものである。
 しかしここでは、シェフ自らが腕によりを掛けて自家製したものが出される。
 レベルがまるで違っていた。
 お茶菓子でこうなのだから、ディナーとかの本格的料理になるともう想像すらできなくなる。
 映画などで王侯貴族たちの食事風景が描写されるが、たぶんあれくらいの豪勢さになるのだろう。
 とんでもないほどの場違いなところへやってきてしまった。
 夫妻に後悔の念が湧き起こっていた。
「それで、今日のご来訪はどのようなご用向きなのでしょう?」
 梓が見透かしたように尋ねる。
「あ、はい。うちの馬鹿……。いえ、息子の慎二とお知り合いのようですので、親としてご挨拶に伺った次第です」
「ああ、慎二さまですね。日頃からお友達としてお付き合いさせていただいております。不良に絡まれているところを救っていただいたり、とてもやさしくて親切なお方ですわ」
 梓の言葉に、メイド達の表情が歪む。
 笑い出すのを必死で堪えているのである。
 あの慎二君が、やさしくて親切?
 粗暴で身勝手で喧嘩っ早いというのなら判るが……。
 たぶんそう考えているのであろう。
「は、はあ……。そうでございますか。慎二がそのような事を」
 梓は慎二の悪いところは一切触れないで、良い面ばかりを強調して褒め称えた。
 さすがの沢渡夫妻も、ただ頷くばかりであった。
 そうこうするうちに、沢渡夫妻の様子に変化が見られるようになった。
 そろそろ、おいとまする時間なのだが、切り出せないでいるという感じ。

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