梓の非日常/第二部 第六章・沢渡家騒動?(五)そんでね……
2021.06.07

続 梓の非日常/第六章・沢渡家騒動?


(五)そんでね……

 数日後。
 慎二が学校からアパートに戻ると部屋に鍵が掛かっていた。
「おかしいな……」
 ろくな家財道具を持たない慎二は、部屋に鍵を掛けたことがない。当然として鍵を持ち歩くこともなかった。鍵は部屋のどこかにあるはずだが、とっくにその置き場所は忘れてしまっていた。
「しようがないなあ。大家に合鍵借りるか」
 と引き返そうとした時、階段の下に近藤が待ち受けていた。
「お待ちしておりました」
「近藤……」
「アパートの契約は、旦那様のご命令により解約いたしました。もうここには戻れません」
「なんだとう。余計なことしやがって」
「旦那様は、屋敷にお帰りになるようにとの仰せです」
「よけいなお世話だよ。成金主義で凝り固まった屋敷なんかにいちゃ、身体が腐っちまうぜ」
 と、無視して立ち去ろうとする慎二。
「どちらへ?」
「野宿でもしながら暮らすさ。インターネット・カフェという手もあるしな」
「それではまるで浮浪者じゃないですか」
「浮浪者だよ。悪いか」
「そんなこと、この近藤が許しませんぞ。旦那様がお怒りになられます」
「親父なんかどうでもいいよ。親父は親父、俺は俺だ」
「実の親子ではありませんか。仲直りはできないのですか」
「仲直り? あいつがそんな殊勝な気持ちになるもんか。話はこれまでだ、近藤元気でな」
 近藤を振り切って、歩き出す慎二。
「お待ちください! それでは、私の責任が果たせません」
 近藤が強い口調で慎二の動きを制した。
「責任?」
 振り返って近藤の顔を見ると、きびしい表情で慎二を睨みつけていた。
「そういや、こいつ。さっきから感情を出さずに淡々としゃべってやがった」
 口癖であったお坊ちゃまという言葉も一言も発していなかった。
 慎二のお守り役という立場ではなく、主人の命令に従う使者として来ているようであった。
 説得に失敗して、慎二を連れ戻すことができなかった時、くびを言い渡されるか、さもなくば辞表を提出するしかない。それが責任問題であることは、慎二にも容易に想像ができた。
「ちきしょう、おやじのやつ。俺を連れ戻すために近藤を引き出しやがって」
 慎二の脳裏に、幼い頃からの記憶が走馬灯のように現れては消えていった。
 小学生の頃、近所の子供と喧嘩をして相手に怪我をさせた反省として土蔵に閉じこめられた時、窓から自分の弁当を差し入れてくれたこと。中学生の不良達に袋叩きにされている時、飛び込んできて慎二の身体に覆い被さり、身を呈してかばってくれたこと。入院した時も、家族の誰一人見舞いに来ない中、徹夜で必死に看病してくれたこと。
 いつも近藤ただ一人だけが、親身になって慎二の事を思いやってくれていた。それは今も昔も少しも変わっていなかった。
 慎二の瞳から、うっすらと涙がにじみでていた。涙がこぼれないように空を仰ぐ。
「わかったよ。家に戻ればいいんだろ」
 上着の袖で涙を拭きながら、待ち受けていた車に乗り込む慎二。
「お坊ちゃま……」
 近藤の目にも溢れる涙があった。

 初雁城東高校。
 登校する梓達。
 その後方から、重低音のエンジンを鳴り響かせて、自動二輪車が追いかけてきた。
「よお、梓ちゃん。おはよう!」
 慎二だった。
「おまえ、自転車通学じゃなかったのか? ガソリン代が払えなくてバイクは乗れねえとか言っていたじゃないか」
「ああ、ちょっとな。小遣いが入ったんだ」
「小遣い? 親父さんに貰ったのか?」
「その通り。実は家に戻ることになってね」
「おい、バイク通学は禁止だろう。先生に見つかったらやばいぞ。早くそれを隠してこい。詳しい話は教室でだ」
「判った!」
 再び高らかなエンジンと共に走り去る慎二だった。
 教室で慎二を囲んで談笑する梓達。
「ふうん。それで、屋敷に戻ったんだ」
「その近藤さんって、梓ちゃんとこの、白井さんと同じね」
「境遇が似ているから? 子供の頃からずっとお抱え運転手してると自然に情が移って、自分の子供みたいに思えるんじゃないかしら」
「天使と悪餓鬼という相違はあるけどな。それを守りぬこうとする固い意志が、働いていたのは共通しているみたいだ」
「いいなあ……わたしにはお抱え運転手いないから」
 いつも梓と一緒で、送り迎えには白井の運転するファントムⅥに便乗することの多い絵利香には、お抱え運転手の必要性がなかった。
「何言ってるの、白井さんがいるじゃない。絵利香ちゃんのことも、しっかりサポートしてくれているわよ」
「それは知ってるし、感謝しているけど。やっぱりねえ……」
「戻ったはいいが、梓ちゃんを屋敷にお連れしろとしつこく言われ続けるのはかなわんぞ。今じゃすっかり梓ちゃんの信奉者だよ」
「行きたくないからね」
「そう言うと思っていたよ」
「お小遣いを貰えるようになったんだ。それじゃあ、アルバイトの方はどうするの? やめる?」
「続けるさ。相手も頼りにしているし、途中で放り出すのは無責任だよ」
「うん。それでこそ慎二君よ。ご立派」
「おだてるなよ。とにかく小遣いをくれるというなら、ありがたく貰っておくことにしたんだ」
「とにかく家に戻れて良かったじゃない。何があっても親子なんだから」
「まあ、そういうわけだから。これからもよろしくな」
「はい、はい」
 慎二が貧乏生活を続けていることを心配していた梓達。
 毎日インスタントラーメンだとかを食していて、身体を壊さないかと気を揉むこともなくなるわけである。
 まずは、生活の安泰を祝して、
「よおし! 今日は俺が奢ってやるぞ」
 慎二が提案した。
「いいね、それ」
「シャルル・ソワイエがいいんじゃない?」
「なんだよそれ?」
「知らないの? 今流行りの洋菓子店よ。マカロンがおいしいの」
「マカロン?」
「フランスでは人気のあるお菓子の一つよ」
「まあ、いいや。そこに行こう」
 というわけで、授業を終えた放課後。
 連れ添って、シャルル・ソワイエへと向かうクラスメート達だった。

 第六章 了

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梓の非日常/第二部 第六章・沢渡家騒動?(四)お帰りはあちら
2021.06.06

続 梓の非日常/第六章・沢渡家騒動?


(四)お帰りはあちら

「あら、もうこんな時間……。ずいぶんとお話に夢中になっておりましたわ。お忙しいのでしょう?」
 梓が先に切り出した。
「あ、はい」
「お引止めして申し訳ありませんでした」
「いえ、どういたしまして」
 安堵の表情を見せる沢渡夫妻。
 この息苦しさからやっと解放される。
「どうもお邪魔いたしました」
 立ち上がり、おいとまする沢渡夫妻。
「機会がございましたら、またお越しくださいませ。今度は慎二様とぜひご一緒にどうぞ、歓迎いたしますわ」
 とは言われたものの、沢渡夫妻は二度と来たくないと思った。
 本物の財閥令嬢との格差を痛感させられ、身の程知らずで来訪した自分達の馬鹿さ加減を思い知らされていた。
 慎二が良く言っていた。
「あんたらは単なる成金主義に凝り固まり、人を見下している。本当の金持ちがどんなものか知らないだろう。きっといつか後悔するよ」
 まったくそのとおりだと思った。
 バルコニーを退散する沢渡夫妻。
 梓のお見送りはなしである。
 椅子に腰掛けたまま、夫妻が出て行くのを見守っていた。
「ご夫妻がエレベーターにお乗りになられました」
 途端に笑い転げるメイド達。
 エレベーターに乗れば、笑い声も届かないからである。
「お嬢さま、いったいあの方とはどのような事情があったのですか?」
 普段の梓お嬢さまからは、想像もしないような身の振り方を見れば、何かがあったと考えるのが自然である。
 明らかに沢渡夫妻に対して、やり込めようという意思が見え見えだった。
「実はね……」
 沢渡家で手酷い扱いを受けたことを正直に話す梓。
「まあ、お客さま扱いしないなんて、とんでもありませんわね」
「人を差別するなんて最低です」
「確かに慎二君は不良っぽいところはありますが、その友達まで不良だと断定するなんて」
「あのね、慎二は不良なの! そこのところ間違わないでね」
「不良は不良でも、正義の味方の不良です」
「意味深な言い回しね」
 事情を納得したところで、
「あの方達、またお見えになりますかね」
「来ないんじゃない?」
「そうですよね。成金主義だといいますから、プライドだけは高いでしょう」
「プライドが皮を被った人間です」
「その話はやめてお茶にしましょう。マカロンが丁度十二個残っていますから、二個ずつね」
 沢渡夫妻は結局、お茶菓子には手を付けなかったので、そのままそっくり残っていたのである。
 あの日、聞こえよがしに、
『よけいな客には、茶菓子は出さんでいいと言ったはずだぞ』
 と言った手前から、普通の神経を持ち合わせていれば当然だろう。
「いいんですか?」
「もちろん」
「やったあ!」
「このマカロン、とてもおいしいんですよね」
 梓を囲むようにしてテーブルに着席するメイド達。
 一般的に、主人と同じ席にメイドが座ることなどあり得ない事だ。
 梓と一緒にティータイムをくつろぐメイド達。
 そこへ、沢渡夫妻を見送った麗華が戻ってくる。
「あ、ごめんなさい。麗華さんの分ないの」
「いえ、結構です」
 メイド達が仕事を休んで、くつろいでいる風を見ても、咎めない麗華だった。
 梓お嬢さまの意向であることは明白だろうと気にも止めていない。
 いつものように冷静に報告をする。
「ご夫妻はお帰りになられました」
「満足してる様子だった?」
「いえ、それは計り知れませんが……」
「お嬢さまは、仕返しをなされたのです」
 美鈴が横槍を入れた。
「仕返し?」
 首を傾げる麗華に、梓に代わってメイド達が事情を説明していた。
「なるほど、そういうわけでしたか」
「仕返しするなんて、感心しないことなんだけど、あまりに酷い客扱いだったから」
「お手本をお見せしたということですか」
「まあ、そういうことになるかしら」
「屋敷の者達には半数ずつ交代で休息を取るように伝えてあります」
 国賓クラスの接待で従業員を総動員させたための処置であろう。
 働くときには一所懸命働く、休むときには心を楽にしてゆっくりと休む。
 真条寺家に働く従業員のための訓示七か条の一つである。
「ご配慮ありがとうございます」
「それでは私もこれから休憩に入ります」
「ごゆっくりどうぞ」
 麗華がくるりと背を向けて自分の部屋へと向かった。
 その後姿を見つめながら美鈴が呟くように言った。
「麗華さまは、ちょっとお疲れのようですわね」
「そりゃそうでしょ。粗相のないように屋敷の者全員に目を配っていたんですから」
「最高責任者の気苦労ですね」
 麗華が休息を終えて戻って来たときには、メイド達はそれぞれの配置について専属メイドとしての役目を果たしていた。

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梓の非日常/第二部 第六章・沢渡家騒動?(三)沢渡夫妻来訪
2021.06.05

続 梓の非日常/第六章・沢渡家騒動?


(三)沢渡夫婦来訪

 数日後。
 梓が書斎で、AFC(Azusa Foundation Corporation)より届けられた稟議書に目を通している時だった。
 麗華が来訪者を伝えにやってきた。
「お嬢さまに、ご面会をと来訪された方がいらっしゃいます」
「ここに直接?」
「その通りです」
 世界最大の財閥グループであるAFCの代表の梓に面会を通すためには、最低でも一年は掛かると言われている。
 まずはAFCに面会伺いを通してからである。
 ここに直接来たのは、梓のことを何も知らない人物だろう。
「本来ならアポイントのない面会者は門前払いなのですが……」
「どちらさん?」
「はい。沢渡建設の代表取締役、沢渡夫妻です」
「沢渡建設? ああ、慎二君の……」
「ご存知でしたか?」
「ああ、嫌というほど知っているわよ」
 さんざん不良扱いされ、馬鹿にされたのだ。
 一種恨みとも思えるような感情が湧き起こる。
 ちょっと悪戯っ気を出してみよう。
「いいわ、通してください」
「よろしいのですか?」
「ええ。VIP待遇、国賓クラス扱いでお願いします」
「国賓クラス?」
「ええ、ちょっとばかしね……」
「かしこまりました」

 早速屋敷中に梓の指示が伝達される。
 国賓クラス。
 それは屋敷中の者を総動員してお出迎えすることを意味する。
 メイド達はおろか調理人・庭師・運転手など全員が勢ぞろいする。
 総勢百名以上にもなる壮観さである。
 居並ぶ従業員を前にして麗華が訓示を述べる。
「非常に稀なことではあるが、本日は国賓クラスのお客様をお出迎えすることになった」
 あちらこちらで、くすくすと声を殺すような笑い声が聞こえる。
 国賓クラスが当日突然に訪れることなどあり得ない。国政のスケジュールを十分に配慮して、最低でも半年以上も前には予定を組んで置かなければならないはずである。
 今回の国賓クラス来訪の件は、梓お嬢さまの気まぐれか茶目っ気によるものだと、誰しもが予測できるものであった。
「お嬢さまのお名前を汚さないように、十二分に注意して丁重にお出迎えするように」
「はい! かしこまりました!!」
 一斉に声を揃えて返事をする一同。
 例え冗談や茶目っ気と判っていても、お嬢さまのご指示となれば、それに従うまでである。
 仕事は真剣勝負。
 国賓クラスのご来訪者として丁重にお出迎えするまでである。

 やがてリンカーンに前後を挟まれて沢渡建設社長夫妻の乗るベンツがやってくる。
 いかにベンツとて、リンカーンと比べられたらまるで貧弱そのものである。
 車寄せにベンツが到着すると、早速車係の者が寄ってドアを開け、沢渡社長夫妻の降りるのを手助けした。
 居並ぶメイド達や従者に圧倒される沢渡社長夫妻。
 これだけの大歓迎を受けたのは初めてのことであろう。
 いや、一生掛かってもお目にかかれない光景かも知れない。
 麗華が歩み出てくる。
「いらっしゃいませ、沢渡様。お持ち申しておりました。この屋敷の総責任者の竜崎麗華でございます」
「こ、こちらこそ。突然の来訪なのに、快く面会をお許しくださいまして感謝しております」
「運がよろしかったのですよ。本日のお嬢様はすこぶるご機嫌麗しく、お会いいたしましょうとのご快諾でした。ほんとうにこんなことは非常に稀なことでございます」
「そ、それはどうも……」
 案内されて玄関ロビーへと入り、きょろきょろと当たりを見回す沢渡社長夫妻。
 並べられた調度品の豪華さはもとよりのこと、天井の高さが半端でなかった。一般住宅でいえばゆうに三階くらいに匹敵する高さがあり、豪華なシャンデリアがぶら下がっている。
「エレベーターにお乗りください」
 真条寺家の邸宅は三階建てであるが、階層ごとの高さが半端ない。階段を歩いて昇るなど狂気の沙汰といっても過言ではない。ゆえにエレベーターが設置されていた。もちろん主人・客人用と従者用との二種類ある。
 エレベーターを三階で降りてまっすぐ歩いたところにあるのが正面中央バルコニーである。
 正面中央バルコニーからは、屋敷内の眺望が一目で見渡せる。
 正面玄関から車寄せへと続く広大な前庭。至るところで噴水が水飛沫を上げているのがいかにも涼しげである。
 バルコニーの中央に置かれた大理石のテーブルと椅子のセット。
 梓が腰掛けて紅茶を飲んでいる。
 それを見守るように、バルコニー入り口に二名、手摺よりに二名、そして梓の側に一名という配置で専属メイド達が立っている。
「う、美しい。美しすぎる。しかも全身から漂う気品の良さは一体……」
 ティーカップを手に持ち、茶をすする仕草は、上品このうえなくまるで隙がない。上流階級に育ったものだけが持つ、まさに本物のお嬢さま。そんな梓の雰囲気を感じ取ったのか、沢渡社長夫妻はしばし茫然と見とれていた。
「その節は突然お邪魔いたしまして、ご迷惑をおかけいたしました」
 先に声を掛けたのは梓だった。
「い、いえ……。こちらこそ、大変失礼なことを致しまして」
 冷や汗を拭きながら弁解する沢渡社長。
「ほんとに……いえねえ。慎二の連れてくる友達といったら不良ばかりでしたでしょ。ですからつい……同類かと思い違いいたしまして……」
 夫人の方も、見苦しいほどの言い訳を続けている。
 そこへワゴンを押してシェフ姿のコックがやってきた。
「お座りくださいませ。まあ、お菓子でもいかがですか?」
 シェフは、大皿に盛られたお菓子をそれぞれに取り分けていた。
「このシェフは、パリのダロワイヨで三年、ジェラール・ミュロで二年修行したパティシエ{菓子職人}で、フランス本国の最優秀パティシエ賞も受賞しています」
 ダロワイヨの定番スイーツのマカロンである。
 外側がカリッとしていて中が柔らかく、香り豊かでとろけるような中身のマカロン。バートダマンド{アーモンドとシロップのペースト}をベースにメレンゲを加えて作られている。
 マダガスカル産のヴァニラを利かせたヴァニーユ{Vanille}。シトロンをベースにメレンゲ、クリームを加えたシトロン{Citron}など、六種類ほどが用意されていた。
「最高級抹茶を使用して和風に仕上げましたテ・ヴェール{The vert}です」
 とのシェフの説明とおりに、薄緑色したマカロンからは微かに抹茶の香りが漂ってくる。
 一口放り込めば、舌をとろけさせるような甘美な余韻が口一杯に広がる。
 作ってからほとんど時間が経っていないから、味も香りも濃厚である。
 それに引き換え、沢渡家で出されるお茶菓子はすべて菓子屋から買ってきたものである。
 しかしここでは、シェフ自らが腕によりを掛けて自家製したものが出される。
 レベルがまるで違っていた。
 お茶菓子でこうなのだから、ディナーとかの本格的料理になるともう想像すらできなくなる。
 映画などで王侯貴族たちの食事風景が描写されるが、たぶんあれくらいの豪勢さになるのだろう。
 とんでもないほどの場違いなところへやってきてしまった。
 夫妻に後悔の念が湧き起こっていた。
「それで、今日のご来訪はどのようなご用向きなのでしょう?」
 梓が見透かしたように尋ねる。
「あ、はい。うちの馬鹿……。いえ、息子の慎二とお知り合いのようですので、親としてご挨拶に伺った次第です」
「ああ、慎二さまですね。日頃からお友達としてお付き合いさせていただいております。不良に絡まれているところを救っていただいたり、とてもやさしくて親切なお方ですわ」
 梓の言葉に、メイド達の表情が歪む。
 笑い出すのを必死で堪えているのである。
 あの慎二君が、やさしくて親切?
 粗暴で身勝手で喧嘩っ早いというのなら判るが……。
 たぶんそう考えているのであろう。
「は、はあ……。そうでございますか。慎二がそのような事を」
 梓は慎二の悪いところは一切触れないで、良い面ばかりを強調して褒め称えた。
 さすがの沢渡夫妻も、ただ頷くばかりであった。
 そうこうするうちに、沢渡夫妻の様子に変化が見られるようになった。
 そろそろ、おいとまする時間なのだが、切り出せないでいるという感じ。

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梓の非日常/第二部 第六章・沢渡家騒動?(二)成金主義
2021.06.04

続 梓の非日常/第六章・沢渡家騒動?


(二)成金主義

 医者の所に立ち寄った後、沢渡家に着いた。
 梓と絵利香は、その威容さに驚いた。
 ごく普通の家庭かと思っていたそれは、とんでもないくらいに広い屋敷だったのである。
「ほんとにここが慎二君の家?」
「ああ、そうだよ。建設会社社長が金に明かせて建てた成金主義まるだしの屋敷さ。とはいっても、梓ちゃんや絵利香ちゃんの屋敷に比べれば猫の額ほどもないけどね。まあ、それでも人並み以上なのは確かさ」
「でも、慎二君の日頃の生活からは、とても想像できないわね」
「家出して自活しているからね。一応、アパート暮らしの貧乏生活さ」
「どうして、家出なんかしているの?」
「言っただろう? 成金主義だって。ちょっと金があるからといって、鼻持ちならない態度なんだよ。女中さんなんか雇って上流社会気取りでいる」
「それで家出を?」
「まあね。この家に暮らす限りには上流社会的な生活を強要されるからね。不良としての俺にとっては住みにくい家だってことさ」
「でも、お小遣いとかたくさん貰っていたんじゃない? それが今は、アルバイトしても生活費にことかく日々」
 ここ最近のガソリン代の高騰で、自慢のバイクに乗らずにもっぱら自転車という状況がそれを示していた。
「よけいなお世話だよ」
 それから応接室に案内された二人。
 お茶が出されて、手をかけようとした時、部屋の外で声がした。
 ここの主が帰ってきたようである。
 近藤が素早く動いて、出迎える。
 開いたままのドアから、主の姿が見える。
 こちらを振り向いた主。
 梓達を認めて、突き放すように答える。
「よけいな客には、茶菓子は出さんでいいと言ったはずだぞ」
 これ見よがし、わざと聞こえるように近藤を叱る父親だった。
「いえ、この方たちは、怪我したおぼちゃまを介抱してくださいましたのです」
「怪我?」
「はい」
「ふん! また喧嘩したのか。しようがない奴だ」
「そうは言われましても」
「構わん、適当にあしらって早く追い出せ」
 まるで泥棒猫に入られたような口調であった。
 憤慨する梓達。
 これでは出されたお茶にも手を出すわけにもいくまい。
「ひどい言われようね」
「客扱いしていないよ」
「人扱いすらしていないよ」
「不良の俺が連れてきた友達だから、同様に不良だと思っているんだよ。たかりに来たぐらいにしか思っていないよ」
「そうみたいね」
「お邪魔なようだから、帰りましょう」
「そうね」
 携帯電話を取り出して、麗華に迎えに来るように伝える梓。
 携帯の電波を逆探知すれば、場所は判るようになっている。
 立ち上がる梓達。
 歓迎されていない以上、いつまでも応接室にいるのは気分が悪い。
 屋敷の外で待つことにする。

 高級外車のベンツがやってくる。
 中には中年女性が乗っており、梓達を訝しげに見つめながら、慎二の姿を見出して窓を開けて尋ねる。
「慎二じゃないか。どうせ金の無心にきたのだろう? どうせ、そこの女達と遊びにいく金だろ」
 切り出した言葉がまた聞き捨てならぬものだった。
 まったく夫婦揃って、金持ちを鼻に掛けて嫌味たっぷりである。
 慎二が家出する理由も納得できる。

 そこへファントムⅥがすべるようにやって来て止まる。
「お待たせいたしました」
 運転手の白井が出てきて、後部座席のドアを開けて招き入れる。
「どうぞ、お嬢さま。絵利香さまもご一緒に」
「ありがとう」
 さんざん不良扱いされていた梓は、見せつけるようにお嬢さまぜんとした優雅な動きで乗り込んでいく。
 絵利香も同様にしずしずと乗り込む。
 沢渡夫人は、ファントムⅥの威容さに目を見張るばかりだった。
 車のことはあまり知らなくても、その概容からとんでもない高級車であることは、いやでも判る。
 今ではちょっと金を出せば誰でも買えるベンツなどとは比べ物にもならない。ちょっとやそっとでは手に入れられない代物だとも判る。

 英国製、ロールス・ロイス・ファントムⅥ。BMWの傘下に入る以前の、モータリゼーション華やかりし全盛の頃、1960年代往年の名車である。
 全長6045mm、全幅2010mm、車高1752mm、全重量2700kg、水冷V8エンジン6230cc。ロールス・ロイスの方針でエンジン性能は未公表のため不明だが、人の背の高さをも越えるその巨漢は、周囲を圧倒して、道行く人々の感心を引かずにはおかない。

 その巨漢に圧倒されないものはいない。
 唖然として、梓達を見つめている沢渡夫人。
「今夜は、近藤の顔を立ててここに泊まるが、明日にはアパートに戻るよ。ここは居づらいからな」
「学校で会いましょう」
「さよなら」
「ああ、さよならだ」
 ファントムⅥがゆっくりと動き出す。
 五十年近く経っているというのに、非常に静かなエンジン音は、日常の整備が良くなされている証拠。
 オークションに出品すれば、一億円という値が軽く提示される代物である。
 やがてファントムⅥは沢渡家を後にした。
 居残った慎二と沢渡夫人。
「今の女の子達は誰なの?」
「なあにあんたが想像した通りのズベ公だよ」
「そんなことないでしょ。ロールス・ロイスでしょ、あの車」
「そうだよ」
「どこかの大金持ちなんでしょ?」
「大金持ち? そんなレベルじゃないよ。雲の上に住んでるからね」
 きょとんとしている沢渡夫人だった。
 口で説明しても、理解できるような内容ではない。

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梓の非日常/第二部 第六章・沢渡家騒動?(一)おぼっちゃま?
2021.06.03

続 梓の非日常/第六章・沢渡家騒動?


(一)おぼっちゃま?

 繁華街を歩いている慎二がいる。
 と、わき道から女性の悲鳴。
 何事かとわき道へと歩いていく慎二。
 女性が困っていたら助けるのが男の信条。
 そこには一人の女性が数人の不良グループに絡まれていた。
「助けてください!」
 慎二に気がついた女性が助けを求める。
「おらあ! おまえ達何をしているか」
 声を荒げて不良グループ達に近づいていく慎二。
 ところが一歩踏み出した瞬間に後頭部に激しい痛みを覚えた。
 地面にどおっと倒れる慎二。
「やったぜ!」
「大丈夫なの? 死んだんじゃない?」
「これくらいじゃ死なないよ。石頭だからな」
「でも、動かないじゃない」
 女性の声も聞こえる。
 その語り具合からして仲間だったようである。
「ちょっと脳震盪を起こしているだけさ。すぐに気が付くさ」
「気が付かれる前にやっちまおうぜ」
「おうよ。まともに戦って勝てる相手じゃないからな」
 よってたかって倒れている慎二に夢中で蹴りを入れる不良グループ達。
 慎二は気絶していても本能的に急所を庇っていた。

 その頃。
 同じ繁華街を二人仲良く徒歩で帰宅する梓と絵利香。
 ふとわき道に視線を向けた絵利香が気が付く。
 路上に倒れている男がいる。
「ねえ、あれ慎二じゃない」
「ん……そうみたいだね」
 急いで慎二の所に駆け寄る二人。
「おい。こんなところで寝ていると風邪ひくぞ」
「それが地面に倒れている者に掛ける言葉かよ」
 倒れたまま声を出す慎二。
「いや、おまえがやられるなんて信じられなかったからな。寝ているんじゃないかと」
「ひどいやつだな」
 と、ゆっくりと起き上がる慎二。
「また喧嘩したのかよ。懲りないやつだな。で、今日は何人が相手だ」
「喧嘩じゃねえ。闇討ちにあったんだよ。でなきゃ負けやしない」
「女でもいたか?」
「ああ、いたな」
「ええ格好しようとして油断したんだろ」
「かもしれねえ」
「立てるか?」
「ああ……」
 と立ち上がろうとする慎二だったが、わき腹を押さえて蹲ってしまった。
「無理するな。肩を貸してやる」
 慎二の両肩を左右から梓と絵利香が抱きかかえるようにして、立ち上がらせる。
「すまねえな。無様なところを見せてしまって」
「なあに、おまえにも人並みなところがあると知って安心したよ」
 慎二の手が丁度梓の胸元あたりでぶらついている。
 ちょっと手を曲げれば胸を触ることができる位置にある。
 そのことに梓と慎二は、ほとんど同時に気がついていた。
 もんもんとする慎二だが、梓もその気配を感じ取ったのか、機先を制するように言った。
「おい。どさくさに紛れて胸を触るなよ」
「だ、誰が、触るもんか」
「ふん。どうだか。ちょっとでも触れてみろ、絶交だからな」

 その時、背後で車の停まる音がしたかと思うと、
「慎二おぼっちゃまじゃないですか」
 という声が聞こえた。
 三人が振り向くと、黒塗りのクラウンから運転手が降りて来る。
「近藤!」
「やっぱり、慎二おぼっちゃまでしたか」
 慎二と近藤と呼ばれた運転手のやりとりを聞いていた梓だったが、腹を抱え涙流して笑い転げだした。
「おぼっちゃまだって、きゃははは」
「なんだよ。俺がおぼっちゃまと呼ばれておかしいか」
 言われてじっと慎二の顔を見つめる梓。
「似合わん」
 きっぱりと言い放つ。
「誰も乗っていないようだが……」
「はい、お客様をご自宅へお送りしての帰りですので」
「どうでもいいけど……。いつまで、わたし達に肩車させておくつもり?」
「ああ、これは申し訳ありませんでした。お坊ちゃま、車にお乗りください。お医者のところにお連れします」
 といいながら、二人の手元から慎二を抱きかかえるようにして後部座席に座らせた。
「お医者さまのところに寄ってから、ご自宅に向かいます」
「お嬢様方もお乗りください。ご自宅までお送りします」
「それよりも、慎二君の家に案内していただけないかしら」
「そうそう、友達なんだから家くらいは教えてもらいたいわね」
「お坊ちゃま、いかがいたしますか」
「案内してやれよ。成金主義の邸宅を見せるのも一興だ」
「成金主義?」
「行けば判る」
「あ、そう……」

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