思いはるかな甲子園~お邪魔虫なお客
2021.06.18

思いはるかな甲子園


■ お邪魔虫なお客 ■


J.シュトラウス二世「喜歌劇・こうもり」序曲

 軽やかな曲の流れる店内。
 かいがいしく客の接待を続ける梓と絵利香。
 今日はファミレスのバイトの日である。
 ファミレスの表で、窓から中を覗いている栄進の野球部の面々がいる。
 武藤、城之内、木田、郷田の四人である。
「おい、本当にここで梓ちゃんと絵利香ちゃんが、アルバイトしているのか?」
 武藤が郷田に確認している。
「間違いないですよ」
 女子生徒に関しては、独自の情報網すら持っているという郷田ならではのこと、梓達のことはすでにお見通しである。
 特に可愛いユニフォームで有名なこの店は、軟派野郎の重要チェックポイントなので、ウェイトレスが新しく入ったなどというニュースは、逸早く情報網を通じて多くの男共の知れ渡るところとなる。

「いらっしゃいませ!」
 武藤達が入ってくるなり、一斉にウェイトレスが挨拶する。
「今、梓ちゃんと絵利香ちゃんの声が聞こえたが……」
 きょろきょろと店内を物色するように入ってくる武藤達。
「いたあ!」
 三園先輩がそばで見守るなか、一所懸命にキャッシャーを務めている梓。
 キャッシャーの操作に夢中で、武藤たちのことには気づいていない。武藤たちが耳にした声も、他のウェイトレスが掛けた挨拶に同調して出したものである。
 釣り銭を間違えないように慎重に、声ははっきりと明瞭にだして、かつ笑顔は絶やさずに、応対は素早くしてお客さまを待たせない。
「梓ちゃんは、レジ係りか」
 正確にはレジ(レジスター)ではない。携帯端末によるオーダー時点で、すでに注文商品から清算金額まで、ホストコンピュータ側で処理されているので、端末から打ち出されたオーダー伝票のバーコードを、読み取り機にかざすだけで清算金額及び参考釣り銭がディスプレイに表示される。システムダウンした時のために一応レジスター機能は持っているが、通常は釣り銭ボックスの開閉釦ぐらいしか使用しない。だからレジとは言わずにキャッシャーと呼び慣わされている。
「絵利香ちゃんもいますよ。ほらあそこ」
 フロアの片隅で、大川先輩のレクチャーを受けながら、オーダー用の携帯端末の操作の確認をしている絵利香。この端末、液晶タッチパネル方式で、一台が二十万円するというから、落としては大変とついつい慎重にならざるを得ない。
 もっともこの店では、顧客自らがスマートフォンを利用して直接注文が出せるようになっている。
 メニューに印字されているQRコードをバーコードリーダーで読み取ると、店舗の注文システムに直接アクセスできる。
 注文メニューには、
【注文する】【注文履歴を見る】【店員を呼ぶ】
 などが並んでおり、クリック一つで注文や何を注文したかを確認できる。

「絵利香ちゃん、こっちに来ないかなあ」
「どうですかね。テーブルごとに担当が分かれていると思いますから」
「へたに声を掛けない方がいいですよ。何せ仕事中ですからね。それに入店したばかりで、右も左も判らない状態で緊張の連続のはずです」
「そうそう。黙って遠くから見守ってあげなきゃ」
「それにしても、似合ってますね。二人のユニフォーム姿」
「ああ、ふりふりのミニドレスだけに、可愛い二人にはぴったりだよ」
「女の子って、制服のデザインの善し悪しで、アルバイトとか学校を選ぶ風潮があるといいいますけど、二人の好みに合ったのでしょうかね」
「少なくとも、俺達の目には合っているのは確かだ」
 結局、絵利香は来なかった。
 別のウェイトレスがオーダーを取りにきた。とはいっても、その彼女だって梓や絵利香ほどではないが、結構可愛かったりする。
 この店のウェイトレスの選考基準は、ユニフォームが似合う可愛い女の子というポリシーがあるようだった。


■ 部室検査 ■


 数日後。
 部室に入ってくる山中主将。
「お! ずいぶん部室がきれいになっているな。ごみ一つ落ちていないじゃないか」
「そりゃ、梓ちゃんに汚い所を見られたくありませんからね。梓ちゃんにも部室に入ってもらえるように、一所懸命きれいにしました」
 郷田が答える。どうやら率先して部室の清掃を言い出した本人のようだ。
「ほう、どうりでヌード写真ポスターもかたずけられているわけか」
 ポスターを剥がした後が壁に残っているのを見て言った。
「可愛い女の子を迎えるためには、清潔一番ですよ。清純なイメージの梓ちゃんにはそぐわないとの全員一致の意見で、すべてのポスターからロッカーの中の雑誌に至るまで、すべて処分しました。もちろん机や椅子もぴかぴかに磨いて、梓ちゃんが腰掛けても制服が汚れないようにしました」
 女の子を口説く事にかけては野球部一の軟派男の郷田だ。身ぎれいにしていなくちゃ女の子を誘う事はできないことを良く知っている。
「はん……そういうわけか。まあ、よしとしよう」

 昼休み。一年A組の教室。
 並んで弁当を広げている梓と絵利香。
 そして何故か、山中主将が尋ねてきている。
「……というわけで、順平と一緒に練習試合の相手校を探して欲しいんだ」
 山中主将は、何かにつけて直々に梓に頼み込んでいた。順平に話しをするのはいつも梓の後である。
「いいですよ」
「ありがたい」
 そこへ血相変えた野球部員の木田が飛び込んでくる。
「キャプテン! やっぱり、ここにいたんですか」
「何だ、あわてて」
「風紀委員会による、一斉抜き打ち部室検査ですよ」
「抜き打ち部室検査だとお」
「はい、今野球部の部室をチェックしています。それでキャプテンに部室まで来ていただきたいと」
「ったくう……正子の野郎、風紀委員長になったのをいいことに、権限を笠に着やがって……しかも校長に取りいって生徒会規則の第23条・第3項とかに部室使用許可の取消しに関する条項を加えやがった」
「それって、クラブ部室に風紀違反となるようなものを持ち込んだり、不正使用したりした場合には、風紀委員長の意見具申をもとに、校長がその使用を禁ずることができる。ってやつでしょう」
 木田が確認する。
「その通りだ。この間それで柔道部が二週間の使用不許可の決定を下されたよ」
「なんですか? その部室検査って」
 梓が尋ねると、
「いや、梓ちゃんが心配する事はないよ。ゆっくり、ごはんを食べていてくれ」
 といって、足早に教室を出ていった。

 野球部部室前。
 腕に腕章を付けた数人の風紀委員が扉の前にたむろしている。
 山中主将が駆けつける。
「山中君。遅いわよ」
 風紀委員長の神谷正子が口を開いた。
「また、あくどいことをしているな」
「あら、あくどいだなんて変な言いがかりはよしてよね。私達は学校の風紀を守るために日夜努力しているのだから。感謝されることはあっても、悪態をつかれる筋合いはないわ」
「何が感謝されるだ。だれもおまえになんか感謝しているものなんか一人もいないぞ」
「あらそうかしら。女子生徒の間では、これでも尊敬されているほうなんだけど」
 風紀を乱すのは圧倒的に男子が多い。それを取り締まるのだから、女子から頼りにされるのは当然と言えた。
「はん、勝手にほざいてろ。いつか天罰がくだるぞ」
 部室の中から数人の風紀委員が出てくる。
「委員長。さしあたって風紀を乱すようなものは、何一つ見つかりませんでした」
「なんですって! 何一つ?」
「はい。ポルノ雑誌の類からタバコ類にいたるまで、一切です」
「そんなばかな! ちゃんと見たの」
「隅から隅まで確認しましたが、何一つ発見できません」
「どういうことよ」
「わかりません」

 木田が山中主将に耳打ちしている。
「先日、大掃除したかいがありましたね」
「ああ……大正解だ。たまには郷田も良い事をするな」
 神谷、爪を噛むしぐさで悔しがっている。
「いいわ。次のクラブにいくわ」
「おい、たったそれだけかい。他人の部室を掻き回しておいて、他にもっと気のきいたセリフはないのかよ。しかもこの昼飯どきにわざわざ」
「お騒がせ致しました! 引続き部室をお使いください。今後ともこのようにお願いします」
「当り前だ。俺達はいつも潔白だ。なあ」
 山中主将が同意を求めると、
「はい、そうです」
 木田が、きっぱりと答えた。
「失礼します」
 きびすを返すように去っていく神谷とその配下の風紀委員達。
 それとすれ違いざまにやってくる梓と絵利香。
「キャプテン、何かあったのですか? あの人達が、風紀委員ですか?」
 心配するなと言われたが、やっぱり気になって部室を訪れたのである。
「ああ、なんでもない。それもこれも、君のお蔭だよ」
「え? ボクが何かしましたか」
「いやいや、君がいるだけで充分なんだよ。我々の救いの女神さまだ」
「なんかわかりませんけど……」
「いいんだ、深く考えなくても」
 きょとんとしている梓。

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