梓の非日常/第二部 第五章・別荘にて(四)怪談話
2021.06.01

続 梓の非日常/第五章・別荘にて


(四)怪談話

 むかしむかし、年老いたじいさんと親孝行の息子が、深い森にキノコ採りにやってきたとな。
 じいさんはキノコ採りの名人だったがのお、もういい加減に年だて、山登りもつろうなってのお、そろそろ引退じゃとキノコの生えている場所を、息子に伝授しようと考えたのじゃ。
 二人は連れ立って深い森に分け入って、キノコ採りに夢中になっておった。
「これがマイタケじゃ。毎年この場所に生えるから覚えておくんじゃぞ」
「わかった」
「ほれ、次はホンシメジじゃ。ただのシメジとは違うぞよ。味も香りもマツタケ以上じゃ」
「へえ、そうなんだ」
「ほれ、そのマツタケはここに生えている。赤松の根っこに輪を描くように生えるんじゃよ。しかも、年を経るごとに輪は少しずつ広がっていくから、去年あった場所に生えているとは限らんからの」
 という具合に、秘密の場所を次々と教えていたんじゃ。
 たくさん採って籠いっぱいになった。
「そろそろ、これくらいで、いいんじゃない?」
「そうじゃのお。いっぺんに教えても、場所を忘れてしまうじゃろうからな」
「そんなことはないと思うけど」
 二人は帰り支度をはじめたんじゃが、
「はて……」
「どうした、じいさん」
「帰り道がわからん」
「ええ!」
 じいさんは、息子に教えることばかり考えていて、帰り道のことを忘れておった。
「来た道を逆にたどれば帰れるんじゃない?」
「それがのお……。どこをどう通ってきたか、とんと覚えておらん」
「じいさん。もうろくする年じゃないだろ」
 息子も息子で、キノコ採りに集中していたから、帰り道を覚えておこうということはしなかったのじゃ。
 深い森の中、あてどもなくさ迷い歩く二人じゃった。
 やがて日が沈んで、深い森に夜の帳が舞い降りてくる。
 歩きつかれて、ほとほと困っていると、
「じいさん、山小屋がみえるよ」
「山小屋? そげなこつなか。こんなやまん中に山小屋なんか」
「だって、ほら。あそこ!」
 息子が指差す方向に、確かに古びた山小屋があった。誰か住んでいるのか、開いた窓から煙が出ておった。
「今夜一晩泊めてもらおうよ」
「そうじゃなあ……。仏様の導きかのお」
 二人は山小屋に急いだと。
「ごめんください」
 と、声をかけると、
「どなたかいの。こんな夜分に」
 中から老婆が出てきた。
「実は道に迷ってしまって、今夜一晩泊めてくれませんか」
 と、正直にお願いをしたのじゃ。
「それは、それは、お気の毒に。どうぞお入りになってけれ」
「ありがとうございます」
「大した料理は出せねえが、夕食でもどうかね」
「ああ、それでしたら。丁度、ここにキノコがあります」
 といって森で採ったキノコを差し出した。
「ほう。これはマイタケでねえか。ホンスメジもあるでよ」
 一夜の宿にたどり着き、キノコ鍋をたらふく食べた二人は、疲れもあって急に眠気が襲ってきた。
「今夜はゆっくりおやすみなせえ」

 ぐっすり眠ったかと思った朝。
 じいさんが目を覚ますと、隣にねていたはずの息子がおらんじゃった。
「息子がおらんとよ、知らねえかね」
 と婆さんにたずねると、
「なんやら朝早く出て行ったげなよ」
「なしてな?」
「知らんこつよ」
 と言いながらも湯気の立つ鍋から汁をよそおって差し出した。
「朝飯じゃけん、はよ食べな」
 汁椀からはおいしそうな香りが立ち上っていた。
「おお、肉がはいっとるわな」
「今朝早く、なじみの猟師が猪を撃ったからつうて置いてったげな。で、猪鍋にしたんさ。ほれ、うまいぞよ」
 じいさんは目の前に差し出された汁椀を一口すすると、
「う、うめえ! こんなうまい汁は食ったことがねえだ」
 感激しておかわりまでしてしもうたと。
「そうかい、そうかい」
 ばあさんの口元がにやりとゆがんだように見えたげな。
「ほれ、わし一人じゃたべきれんじゃて。わけたるから持って帰れや」
 といって、猪の肉を葛篭に入れて渡してくれたとよ。
 じいさんはお礼を言って、その葛篭を背負って家に帰ったと。
 して、家でその葛篭を開けて腰を抜かしたとよ。
 猪肉かと思ったのは、切断された人間の足や指が入っていたんだがね。
 それはまさしく自分の息子の変わり果てた姿じゃった。
 知らなかったとはいえ、息子の肉をおいしいと口の中に入れた。
 じいさんは良心の呵責に気が狂ってしまったと。
 以来、森にさ迷いこんだ旅人を山小屋に誘い込んでは食べてしまうという、人食い爺になってしもたとよ。


 自分の前のローソクを吹き消す梓。
 一瞬暗がりが広がったように感じた。
「どこかで聞いたような……」
「ありそうな話ではあるわね」
「うんじゃ、今度はわたしね」
 と名乗り出たのは相川愛子であった。


 昔々、若者が山道を歩いていると、道端でじいさんがうずくまっているのに出会った。
「どうしたんですか?」
 心配になって声を掛けると、
「持病の癪が出て、難儀しております」
「それはお困りですね。お家はどちらですか? お送りいたしましょう」
 というと若者は、じいさんを背負って家まで届けることにした。
「これはご親切に、ありがとうございます」
「お一人でお住まいなんですか?」
「息子がおったんじゃが……」
「息子さんがおられたんですか?」
「そうじゃ。でもね……」
「でも……?」
 若者が聞き返した途端だった。
 突然、じいさんの身体が重くなってきた。
 それはそれは、あまりの重さに若者は歩けなくなり、その場に片膝ついてしまった。
「でもね。ある人に騙されて、知らずに息子を食ってしまったんだよ」
「食べた?」
「知らなかったとはいえ、これがまた、飛び切りにおいしくてね」
「まさか……」
「人の肉のおいしさを知ったんじゃ。以来こうして旅人を襲っては食らっておる」
「た、助けて!」
 じいさんは、若者の首を噛み切って殺してしまった。そして小屋に持ち帰って人間鍋にしてたべてしまっとさ。

「おしまい」
 というと愛子は自分のローソクを吹き消した。
「梓ちゃんの話の亜流だね。まあ、良しとしましょう」


 ほんの少し昔。
 この別荘ができる前のお話です。
 小さな墓地がありました。
 この近所の人々の噂では、旅の途中で行き倒れてしまった人々を葬って、祠を建てて供養したと言われています。
 中には、人食い爺や人食い婆の犠牲になった人も混じっていたとも言われています。
 その場所は、眺めのよい景勝地で、軽井沢の街並みが一望の元に見渡せる好位置にありました。
 これに目を付けた不動産会社が、土地の所有者に別荘開発を持ちかけました。
 当時の所有者である真条寺家は、これは良いとばかりに別荘建設に応じました。
 さっそく不動産会社から派遣された一級建築士が現地調査と測量を行いました。
 祠の存在にも気づいていましたが、邪魔だからと無断で潰してしまったのです。
 墓地も祠のあった場所もきれいに整地され、やがて別荘建設がはじまりました。
 ところが建設現場では奇妙な事件や事故が相継いで起こったのです。
 一級建築士が現場監督として赴任していましたが、原因不明の高熱に襲われ三日三晩苦しんだ挙句に死んでしまいました。
 二階に上げていた建築資材が、いきなり落下して、真下にいた大工が大怪我を負ったり、広範囲に土地が陥没して下から数多くの人骨が出てきたりした。
 祠を潰した祟りだ!
 という声が上がって、大工達は祠を再建して、改めて供養をすることにした。
 すると、その日から異変が起こらなくなり、別荘は無事に出来上がったという。

「というような、お話があります」
「なんだよ、麗華さん。いつの間に参加していたんだよ」
「いえね。自分が聞いた話が丁度いいんじゃないかと思いましてね」
「話が終わったんなら、ローソクを消したら?」
 麗華は不気味に微笑みながらも、ローソクを吹き消そうとはしなかった。
「いえ。実はこの話は後日談がありましてね……。祟りはまだ続いていたのですよ」
「嘘でしょ?」
「嘘ではありません」

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