思いはるかな甲子園~野球部へ~
2021.06.17

思いはるかな甲子園


■ 野球部へ ■

 野球部部室。
 練習開始前のミーティングで、部屋の中に集まっている部員達。
「今日も来るかな、あの子達」
「来るんじゃないかなあ」
「いっそマネージャーになってくれたらいいのにね」
「ああ、何にもしなくてもいいから、じっと見守ってくれるだけでもいいよ」
「おまえら、何いってんだ」
 その時、部室のドアがノックされる。
「誰か、来たみたいですね」
「どうぞ、入ってください」
 戸口そばに座っていた二年生の木田孝司が返事をする。
 しかしドアを開けて入ってくる気配がない。
「ん、どうしたのかな。木田、おまえ見てこい」
 木田に向かって命令する山中主将。
「はい」
 木田がドアの所へ行って、扉を開け外を確認する。
 そこには微笑んでいる梓が立っていた。
「き、君は!」
「こんにちは」
 一斉に振り向く一同。
「今の声は!」
「梓ちゃんじゃないのか?」
「なに、梓ちゃん!」
 木田を押し倒してドアに殺到する部員達。
「やっぱり、梓ちゃんだ」
「絵利香ちゃんはきてないの?」
「うん。今日はテニス部の練習」
「あ、そうかテニス部って言ってたっけ」
「で、梓ちゃんは、何しに来たの?」
「うん。キャプテンいますか?」
 部屋の中をちらりとのぞく梓。
「ああ、キャプテンね。いますよ」
 山中主将に視線が集中する。
「キャプテン、梓ちゃんが面会ですよ」
「梓ちゃんだとお。こっちに呼んでこい」
「なにいってんですかあ。かわいい女の子が、こんなむさ苦しい部室の中に、入ってこれるわけがないじゃないですか。キャプテン出てきてくださいよ」
「ったくう……」
 山中主将、しぶしぶ外に出てくる。
 梓を囲むようにしている部員達。
「おまえらなあ……ぼさっとしている暇があったらグラウンドへ行け!」
 右手の拳を振り上げて怒鳴り散らす山中主将。
 蜘の子を散らすようにグラウンドに駆け出す部員達。
「ほれほれ、早く行かんか」
 とろとろ歩いている部員の尻を蹴飛ばして、グランドに押しやる武藤。
「ったく、しょうがない連中だ」
 ぶつぶつ呟きながら、副主将の武藤の采配で一同が練習を始めるのを見届けてから、梓に話しかける山中主将。
「で、キャプテンの山中だけど、僕に何か用かい?」
 部員達に対しては怒声を上げる山中主将であるが、可愛い顔で微笑む梓を前にしては、さすがに口調もやさしくなる。
「はい」
 鞄を開けて中から一通の書状を取り出して主将に渡す梓。
「これは?」
 梓、にっこりと微笑んでいる。


■ マネージャー ■


 しばらくして。
 山中主将に連れられて梓がグランドに入ってくる。
 武藤のノックを受けている部員達。
 梓に気づいた部員の一人。
「おい見ろ、キャプテンだ。あの子を連れてくるぞ」
「もしかしたらさ」
「ああ、たぶんそうじゃないかな」

「みんな集まれ!」
 山中主将が声を掛けると、電光石火の素早さで部員が集まってくる。
「紹介する……といってもおまえらのほうが良く知っているのかもしれんが。今度野球部のマネージャーをやってくれることになった、新入生の梓ちゃんだ」
「やったー!」
「騒ぐな!」
 静まる一同。
「それでだ。うちの野球部のこまごまとしたことを、覚えてもらわねばならんのだがね……」
 一同を見回す主将。
「それだったら、僕が教えましょうか」
 郷田が一番に手を上げた。
「おまえはだめだ、女の子を見るとすぐ手を出す悪い癖があるからな」
「そんなあ……」
「順平!」
「はい!」
 部員の後方から一年生の白鳥順平が出てくる。
「おまえが教えてやれ。同じ一年生同士のほうが連絡をとりやすいし、何かと都合がいいだろうからな」
「は、はい」
 神妙な表情で答える順平。
「以上だ! 練習をはじめろ」
「ちょっとお、自己紹介とかはないんですか?」
「馬鹿野郎! そんな時間があったらノックの一球でも多く練習しやがれー」
「ひゃあ!」
 再び蜘蛛の子を散らすようにグランドに駆け出す部員達。
 くすりと笑う梓。
「とまあ、こういう野球部だけど、よろしくたのむ」
「はい。キャプテン」
「順平、梓ちゃんの入部届けだ。後で学校側に提出しておいてくれ」
 山中主将、入部届けを手渡す。
「じゃあ、後をたのむぞ。やさしく教えてやれ」
 と、言うなりグランドの方へと歩いて行く。
「わかりました」

 二人きりになる梓と順平。
 そばのベンチに腰を降ろして話しはじめる。
「一つ聞いていいですか?」
「なあに」
「どうして野球部のマネージャーなんかになったんですか」
「野球が好きだから。理由にならない?」
「そんなことないと思うけど」
「順平君は野球をどうしてやるの?」
「僕ですか?」
「やっぱり甲子園出場かな?」
「それもありますけど、僕が甲子園を目指すのはもう一つ理由があるんです」
「聞かせてくれるかなあ」
「僕には尊敬する先輩がいたんです」
「尊敬する先輩?」
 空を仰ぐ順平。
「夏の選手権大会県予選準決勝で、優勝候補西条学園をノーヒットノーランで抑えた、長居浩二投手を知ってますか?」
(俺のことじゃないか)
「知っているよ。でも決勝を目前にして死んじゃったんでしょ」
「そうです。僕は中学の時に、長居先輩から投手の手ほどきを受けたんです。ボールの握り方から、変化球の投げ方。セットポジションの構え方とかいろいろとね」
(そういえば、そうだったなあ)
「するとその長居さんという方の意志をついで甲子園を目指しているわけね」
「そうです。でも……ピッチャーとしての能力に自信を持てなくて……長居さんとはまるで才能が違うから」
「そんな弱気でどうするの。才能なんて元々備わっている人なんかほんの一握りしかいないんだから。ほとんどの人が血のにじむような練習を重ねてうまくなっていくんだよ」
「長居先輩と同じ事言うんですね」
「え? あ、いえ」
「まあ、それが道理だと判っているんです。でもね……」
 それきり黙り込んでしまう順平。
(あーあ。しようがないなあ……。浩二だったら「馬鹿野郎! そんな弱気でどうする」とか言って、怒鳴りちらしてやるんだけど)

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