妖奇退魔夜行/胞衣壺(えなつぼ)の怪 其の拾参
2019.08.02


陰陽退魔士・逢坂蘭子/胞衣壺(えなつぼ)の怪(金曜劇場)


其の拾参 殺戮(さつりく)の果て


 目の前に懐かしい生家が、焼野原の中に奇跡的に無事に立っていた。
「ただいま!」
 玄関の扉を開けて中に入り、帰宅の声を上げる。
 返事はなかった。
 もう一度大声で、妻の名を呼ぶ。
 やがて奥の方で物音がしたかと思うと一人の女性が姿を現した。
「どなた?」
 出てきた女性は、男の顔を見るなり驚愕し、へなへなと床にへたれこんだ。
 男は、その女性の夫だった。
「ど、どうして?」
 その身体の腹部は膨満しており、明らかに妊娠しているとわかる。
「おまえ……誰の子供だ!?」
「こ、これは……」
 おなかを手で隠すようにして、言い訳を探そうとする女性だった。
 その時、玄関から何者かが入ってきた。
「무엇을하고있는」*1
 意味不明な言葉を発する侵入者は、腰に下げたホルスターから拳銃を抜いて構えた。
 そして間髪入れず引き金を引いた。
 弾は男の胸を貫いて、血飛沫が飛び散り土間を血に染めた。
 倒れた男の上を跨いで女性に詰め寄る侵入者。
「바람을 피우고 있었는지」*2
 女性の胸ぐらをグイと引っ掴み、ビンタを食らわす男。
 さらに手を上げようとした時、
「うっ!」
 苦痛に歪む顔。
 ゆっくりと振り返ると、背中に突き立てられた包丁。
 土間に倒れていた男が立ち上がり、流しに置かれていた包丁を手に反撃したのである。
 その包丁を引き抜くと、ドバっと血飛沫が土間一面に広がる。
 声を出そうとする侵入者だったが、肺に穴が開いたのか、声の代わりに背中から血が
噴出するだけだった。
 土間に突っ伏す侵入者。
 男はそれに目もくれずに、女性に向かって怒鳴る。
「そのお腹の子供はどうした? 誰の子供だ!」
 シベリア抑留で長期抑留されていたので、妻が妊娠することはあり得ない。
「誰の子供だ!」
 もう一度質問する男。
 すっかり怯え切って声も出ない女性だったが、ゆっくりと手を動かして、土間に倒れ
ている侵入者を指さした。
 その指先に差された侵入者を見やりながら、すべてを納得した男。
 お国のために命を投げ出して戦い、辛い抑留生活を送っている間に、自分の妻が間男
と逢瀬を重ねて、あまつさえ身籠ったのだ。
 許されるはずがなかった。
 包丁を振り上げると、女性のお腹めがけて振り下ろした。
 悲鳴を上げ絶命する女性。
 怒りは収まらず、突き刺した包丁で腹の中をえぐり始める。
 飛び出した腸を掻き出し、さらに奥の胎児の入った子宮をも引きずり出した。
 それらの内臓を土間に投げつけて、さらに包丁を突き立てて残虐な行為は続いた。
 はあはあ……。
 肩で息をしながら、自分のした行為に気が付く男。

 何のために今日まで生きてきたのだろう……。
 何のためにお国のために命をかけてきたのだろう……。

 何のために……。

 男は血のりの付いた包丁をしばらく見つめていたが、その刃先を首筋に宛てたかとお
もうと、一気に掻き切った。
 土間に倒れ込んだ男の周りが、飛び散った鮮血が一面を真っ赤に染め上げる。
 血の海は土間の土の中へと滲みこんでいく。
 と突然、土の一か所が異様に輝き始め、辺り一面の血液を吸い込み始めた。
 やがて静寂が訪れる……。

*1 何をしている
*2 浮気をしていたのか


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妖奇退魔夜行/胞衣壺(えなつぼ)の怪 其の拾弐
2019.07.26


陰陽退魔士・逢坂蘭子/胞衣壺(えなつぼ)の怪


其の拾弐 大阪大空襲


 1945年(昭和20)3月13日23時57分から14日3時25分の大阪大空襲。
 米軍の焼夷弾投下標的は、北区扇町・西区阿波座・港区岡本町・浪速区塩草に設定さ
れていた。
 グアムを飛び立った第314航空隊の43機が夜間に飛来し、大型の焼夷弾(ナパーム)
を高度2000メートルの低空から、港区市岡に対して爆撃を開始した。
 木と紙でできた日本家屋を徹底的に燃やし尽くすために開発された、民間大虐殺用の
ナパーム弾による大空襲の始まりである。
 続いて、テニアンから、第313航空団のB29 107機が浪速区塩草を爆撃。
 さらに、サイパンから第73航空団の124機が、北区扇町・西区阿波座を爆撃。

 こうして一晩で大阪中心部はほぼ壊滅状態の焼け野原となった。
 阿倍野区は、照準点から少し離れてはいたが、大火災による延焼は避けられなかった。
 至る所で火の手が上がり、木造家屋を燃やし尽くしていった。
 それでも、奇跡的に延焼被害を免れた家屋も所々に散見された。
 そんな家屋の一つ、江戸時代から続く旧家があった。
 母屋を囲うようにして高い土塀があったために延焼を免れたようである。
 その玄関先に一人の男が立ち寄った。
 シベリア抑留から解放され帰国した元日本軍兵士で、久しぶりの我が家の玄関前に立
ったのだ。

 シベリア抑留者は、厳寒の中での重労働を強制される他、ソ連共産党による徹底的な
「赤化教育」が施された。
「天皇制打破」「生産を上げよ」「スターリンに感謝せよ」などのスローガンを叩きこ
まれてゆく。いち早く順応し優秀と見なされた者は待遇もよくなり、従わない日本兵へ
の「つるし上げ」が横行した。日本人が日本人を叫弾するという悪習がはびこっていた
のである。する方もされる方も次第に精神を病んでいった。
 長期抑留から解放されて日本への帰国がかなっても、祖国は焼野原となり多くの者が
家を失っていた。
 安堵して故郷の土を踏んだ矢先、入港した途端に警察に連行され「アカ(共産主義)」
というレッテルを張られて独房に入れられて執拗な尋問を受ける者も多かった。やっと
解放されても、どこへ行っても警察の監視が付いて回った。
 その男もそのような待遇に合わされた一人であった。


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妖奇退魔夜行/胞衣壺(えなつぼ)の怪 其の拾壱
2019.07.19


陰陽退魔士・逢坂蘭子/胞衣壺(えなつぼ)の怪


其の拾壱 事件ファイル


 台所。
 父親が喪服を脱いで食卓上に投げ捨て、ネクタイをグイと下に引きずりおろして、椅
子の背に頭をもたげるようにして疲れたようにだらしなく座っている。
 食卓の上には、葬儀屋が手配したのであろう家族用の食事が並べられている。
 そこへ美咲が入ってくる。
 すでに喪服から普段着に着替えて、外出していたようである。
「お帰り、食事しないか」
 それには答えず、無言で二階の自室への階段を昇る美咲。
 母親を亡くした気持ちを察して、それ以上は追及しない父親。
 二階に上がり、自室に入る美咲。
 その足元には、黒ずんだ血液の塊がこびり付いたままとなっている。
 仮に拭き取ったとしても、ルミノール反応が明確に現れるだろう。
 日頃から、許可なく入室禁止と固く約束させていた。
 ましてや男性である父親が入ってくることはなかった。
 母親がたまに許可を得て入ってくるだけである。
 血痕に目をくれることなく、机に向かう美咲。
 その上には、怪しく輝く胞衣壺が鎮座している。

 数時間後、玄関から無表情で姿を現す美咲。
 その右手には、キラリと怪しく輝く刀子を握りしめていた。


 公立図書館。
 パソコン閲覧室で過去の新聞を調べている蘭子。
 各新聞社ともデータベース化されているが、朝日新聞の【聞蔵IIビジュアル】を開き、
利用規約などに同意した後、ログインする。
 何かと朝鮮日報(韓国の新聞社)日本支部と叩かれるほど、日本国と日本人を侮辱し
朝鮮寄りの報道姿勢を取っている新聞社。
 それが証拠に、激しい旭日旗叩きをしている韓国人でも、旭日旗模様の朝日社旗だけ
は何故かスルーしている。
 それはともかく、調査だ。
 明治12年(1879)から~平成11年(1999)までの紙面イメージを、日付・見出し・キー
ワード等で検索可(号外・広告含む)
 昭和60年(1985)以降の記事を収録し全文検索可能。
 まずは、定番の住所・氏名などから、事件の手がかりを探る。
 タッチペンで画面をクリックしながら、記事を検索する。
「あった!」
 そこには、かの旧民家の写真とともに、事件の内容が記述されていた。


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妖奇退魔夜行/胞衣壺(えなつぼ)の怪 其の拾
2019.07.12


陰陽退魔士・逢坂蘭子/胞衣壺(えなつぼ)の怪


其の拾 公園

 ゆっくりと周囲を見渡す蘭子。
 公園の入り口付近には外灯があるが、夜間にはここまでは届かず薄暗いだろうと思わ
れる。
 外灯の届かない公園の片隅に、何の用で立ち寄ったのだろうか?
 トイレは入り口付近にあるし、公園の奥まった場所で帰宅の近道にもならない。
 疑問が沸き上がる。
「殺害現場はここで間違いないのですか?」
「いや、はっきりしていない」
「といいますと?」
「発見場所はここなのだが、それにしては流れ出ている血液の状態がおかしいのだよ」
「別の所で殺害されて、ここへ運び込まれた?」
「その通り。流血状態と血液凝固の状態から、殺人現場がここではないということを示
している。傷口の状態を見ると、ここで殺害されたならもっと広範囲に血液が飛び散る
はずだし、流れ出た血液の地面への浸透具合もおかしい」
「実際の殺害現場を探さなければというところですか」
「その通りだ」
「遺体を動かさなければならなかったのは、その場所が犯人を特定する重要な証拠とな
るからですね。例えば、犯人か被害者の自室だったなど」
「うむ、その線は濃厚かもしれないな」
「課長。この事件には、消えた胞衣壺が深く関わっていると思うんです」
「ふむ、またぞろ怨霊とか?」
「そうとしか考えられません」
「で、何か方策とあるのかね」
「解体された旧家ですが、その家族の消息とか、胞衣壺が埋められて以降に何か事件が
起きていなかったどうかとか」
「埋められて以降かね。そもそもここら辺一帯は、太平洋戦争時の大空襲で焼野原にな
っているから、戦後復興以降だよな」

「空襲時に、掘り返して持ち出したということもあります」
「何故そう思う?」
「胞衣壺の風習は戦前までで、戦後はほとんど行われていません。胞衣壺に関わる人物
背景を知る必要があります」
「なるほど、調べてみるよ」
「お願いします」
 以降のことを確認しあって、分かれる二人だった。


 その夜、神田家の門前に佇む蘭子。
 美咲に会って話してみたいと思ったのだが……。
 その窓は暗いままで、中の様子は静かだった。
 葬式の直後に訪問するのは、流石に躊躇われる。
 哀しみにくれる親子の心情を思えば。
 心苦しくも神田家を立ち去る蘭子。


妖奇退魔夜行/胞衣壺(えなつぼ)の怪 其の玖
2019.07.05


陰陽退魔士・逢坂蘭子/胞衣壺(えなつぼ)の怪



其の玖 現場百回


 神田家の玄関先の両側に立てられた葬儀用花輪。
 行き交う人々は黒衣に身を包み、厳かに家の中に入ってゆく。
 近場には、井上課長も覆面パトカーの中で待機している。
 訪問客に不審な者がいないかチェックしていたのである。
 そこへ蘭子が訪れて、井上課長と何事か話し合った後に、葬儀場へと向かう。

 今日は同級生としてではなく土御門春代の名代としての出席である。神田家は土御門
神社の氏子だったからである。
 受付に一礼してお悔やみの言葉を述べる。
「この度はご愁傷様です」
 懐から取り出した袱紗(ふくさ)から香典を出して渡す。
 案内係の指示に従って着席する。
 棺に近い場所には父親と美咲がおり、重苦しい表情をしている。
 やがて住職が入場して、読経がはじまる。
 ほぼ出席者が揃ったところで、読経が止まり故人と最も親しかった関係の深い人の弔
辞。
 弔辞が終わると再び読経、僧侶が自ら焼香をしたら、喪主・遺族・親戚・そして席次
順に焼香がはじまる。
 やがて蘭子の番となり、恭しく前に進んで喪主に軽く挨拶してから焼香をあげる。
 美咲は終始俯いたままで、一度も顔を上げない。
 焼香が一巡したところで僧侶が退場。
 喪主が立ち上がって、最後の挨拶を行って閉会となる。
 出席者は別室に移って、遺族たちの故人との最後のお別れが行われる。
 それが済むと出棺となる。
 一同が玄関先に集まって、棺が霊柩車に納められ、喪主の最後の挨拶。
 全員の合掌・黙祷が行われる中、静かに霊柩車と遺族の車は静かに出発する。
 見送る蘭子に井上課長が近づいてくる。
「何か変わったようなところはなかったかね」
「いえ、何もありませんでした」
「ふむ……もう一度、現場に行ってみるか」
「そうですね、現場百回と言いますから」


 というわけで、神崎美咲の母親の遺体発見現場へとやってきた。
 住宅街の一角にある児童公園の片隅、木々の生い茂った場所。
 一部に「チョーク・アウトライン」がうっすらと残っていた。
 遺体の周りをチョークで囲うアレである。
 しかし実際の現場検証では、チョーク・アウトラインを引くことはない。
 警察などの現場検証が終わった後に、新聞記者などが写真撮影で分かりやすくするた
めに書いているのがほとんどである。
 被害者の血液なども流れでていた跡がうっすらと残っている。
「ここが遺体発見場所ですか」
「その通りだ」


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