妖奇退魔夜行/胞衣壺(えなつぼ)の怪 其の拾玖
2019.09.06


陰陽退魔士・逢坂蘭子/胞衣壺(えなつぼ)の怪


其の拾玖 美咲魔人


 軍人の幽霊が、腰に下げた軍刀を抜いて斬りかかってきた。
 美咲魔人に操られているようだ。
 切っ先を鼻先でかわすと同時に、懐から取り出した呪符を、その額に張り付ける。
 身動きを封じた幽霊に対して、
「白虎、押さえておいて」
 命じると、白虎は幽霊に覆いかぶさるように押し倒して馬乗りになった。
 零体を押さえるなど人間には無理だが、聖獣の白虎なら可能である。
 白虎の神通力を持ってすれば、咆哮一発消し去ることもできるのだが、この彷徨える
霊魂を成仏させて輪廻転生させたいと願っていたのである。
 無に帰してしまえば生まれ変わりはできないからだ。
「ほう、そう来たか。わたしと一対一で戦おうというわけですね。でもね、こう見えて
も実はわたしは不死身なんですよ」
 不死身と聞いても蘭子は動揺しなかった。
 これまでにも幾度となく不死身の魔人とも戦ってきた経歴を持っていた。
「ところで聞いてもいいかしら?」
「構いませんよ」
「ここで殺人が行われた時に、すでにあなたは覚醒したと思います。それが戦後70年以
上経ってから、活動を始めたのは何故ですか?」
「目覚めても、依り代となっていた壺が土の中だったからですよ。動けなかった。誰か
が掘り起こしてくれるのを待っていた。で、地上に出られたは良いが、これがむさ苦し
い男だったから躊躇していた」
「そんな他愛のないことで?」
「誰かに憑りつくなら綺麗な女性に限りますからね。それにこの娘とは波長が合いまし
てね」
「波長が合う?」
「何故なら、この壺の主であるそこの霊体と、この娘とは血縁同士ですからね」
「血縁ですって?」
「彼には子供がいませんでしたから、叔父叔母とかの血筋ですかねえ」
 意外な展開に考え込む蘭子だった。
 抗争中にそんな余裕あるのかと言えば、魔人は不死身を自認しているだけに、余裕
綽々な態度を見せて蘭子を見守っているというところだ。
「あの夜、この娘がここを通りかかった時に、壺が震えました。共鳴現象という奴です
ね」
「なるほど、良く理解できました」
 緊張した空気の中で続けられる会話。
 事の次第が明らかになったことで終わりを迎える。
「そろそろ決着を付けましょうか」
「そうですね。これ以上の話し合いは無駄のようです」
 懐から虎徹を取り出し鞘から引き抜くと、それは短刀から本来の姿の長剣に変わった。
 中段・臍眼に構えながら念を込める。
 やがて虎徹はオーラを発しながら輝き始める。
 魔人を倒すことのできる魔剣へと変貌してゆく。
 美咲を傷つけることなく、魔人を倒すことができるのか?
 じりじりと間合いを詰め寄りながら、
「えいやっ!」
 とばかりに斬りかかる。
 すると美咲魔人は、ヒョイと軽々とステップを踏むように回避した。
 どうやら動きを読まれている。
「当たりませんねえ」
 不敵な笑みを浮かべる。
 しかし蘭子も言葉を返す。
「どうでしょう、こういう手もあるのよ」


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妖奇退魔夜行/胞衣壺(えなつぼ)の怪 其の拾漆
2019.08.30


陰陽退魔士・逢坂蘭子/胞衣壺(えなつぼ)の怪


其の拾漆 兵士の霊


 やがて現場に到着する。
 旧民家が跡形もなく姿を消し、整地された土地には地鎮祭に設置された縄張りが今も
取り残されていた。
 その片隅に怪しげな黒い影が、微かにオーラを発しながら立っていた。
 それは少しずつ形を現わしてゆく。
 旧日本軍の軍服を着た兵士の姿だった。
「霊魂?」
 怨念を残したまま成仏できずに彷徨っているのか?
 白虎から降り立ち、その敷地に一歩踏み入れる。
 そして丁寧に語り掛ける。
 この世に彷徨っている霊ならば、成仏できないでいる根源を取り払ってやらなければ
ならない。
「あなたは誰ですか?」
 幽霊になった者に、名前など聞いても意味はないかも知れないが、とにかく取っ掛か
りを得るためには会話することである。
「夜な夜な、罪もない人々を殺(あや)めたのはあなたですか?」
 前問に答えないので、引き続き尋ねる。
「復讐……」
 やっとこぼそりと呟くように答える。
「何のための復讐ですか」
「わたしの生活を残忍にも踏みにじった」
「踏みにじったとは?」
「お国のために出征したというのに、奴らはその隙をついて好き勝手にした」
「奴らとは?」
「朝鮮人だ!」
「在日朝鮮人ということですか?」
「だから朝鮮人に復讐するのだ」
「すると朝鮮人を殺めていたというのですか?」
「そうだ!」
 初耳だった。
 被害者はすべて在日朝鮮人だったというのか?

 井上課長から聞いた事件簿と照らし合わせて、これですべての因果関係が繋がった。

 ともかくこれ以上の惨劇はやめさせなければならない。
「浄化してあげます」
 手を合わせて、この世に呪縛する幽霊の魂を解き放つための呪文を唱え始める。
 と、突然。
「そうはさせない!」
 怒声が響き渡った。
 敷地の片隅に、胞衣壺を抱えた美咲が、姿を現した。
「美咲さん……じゃないわね。魔人?」
「そうです。この娘の身体を借りて話しています」
「血の契約を交わしたのね」
「その通りです」
 すんなりと答える美咲魔人。
「それはともかく、せっかく情念を増長させてあげて、怨みを晴らさせて上げていたの
に」
 白虎がうなり声を上げて威嚇をはじめた。
「大丈夫よ」
 今にも飛び掛かりそうになっているのを制止する。
 相手が誰であろうとも、まずは対話であろう。
 まあ、聞いてくれる相手ではないだろうが……。
 戦って勝ったとしても、それは美咲の死をもたらすことになる。
 リストカットの痕跡を見ても、血の契約を交わしたことは明らかであるから、相手を
倒すことは美咲を死に追いやることでもある。
 手を引いてくれないかと、まずは交渉してみるのも一考である。
「いやだね」
「何を?」
「貴様の考えていることくらい読めるぞ。この身体から手を引けというのだろう」
「その通りです」
「馬鹿か! せっかく手に入れた依り代を手放すはずがなかろうが」
「では、戦うまでです」
「この娘がどうなっても良いというのか?」
「仕方ありません。血の契約を交わした人間を助ける術はありませんから」
「知っていたか。まあいい、ではいくぞ!」


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妖奇退魔夜行/胞衣壺(えなつぼ)の怪 其の拾陸
2019.08.23


陰陽退魔士・逢坂蘭子/胞衣壺(えなつぼ)の怪(金曜劇場)


其の拾陸 追跡


 開け放たれた窓辺に寄りかかるようにして神田美咲が立っていた。
「どうやら罠に掛からなかったようだね」
「初歩的なトラップでした」
「ふむ、さすが陰陽師というわけですか」
「なぜ知っている?」
 自分が陰陽師である事は、美咲には教えていない。
「あなたの体内からあふれ出るオーラを感じますから」
「なるほど」
「で、どうなさるおつもりですか?」
「悪しき魔物は倒す!」
「そうですか……」
 ニヤリとほくそ笑むと
「ならば……逃げます」
 机の上の壺を抱え込んで窓の外へと飛び出した。
 しまった!
 という表情で、窓辺に駆け寄る蘭子。
 窓の下を覗いてみるが、すでに美咲の姿は消え失せていた。
 改めて部屋の中を観察する。
 見た目には綺麗に拭き取られているが、そこここに血液の痕跡が浮かんでいた。
 通常の警察鑑定のルミノール反応を調べれば確かな証拠が出るだろう。
 井上課長に一報を入れようかとも思ったが……。
 警察の現場検証が入れば後戻りはできない。
 魔人との決着が着いてからでもよいだろう。

「白虎、来い!」
 四聖獣であり西方の守護神でもある白虎を呼び出す。
 それに答えるように、見た目虎の姿をした大きな身体の聖獣が姿を現す。
 蘭子が幼少の頃に召喚に成功し、以来ずっと蘭子を見守っている。
「魔物を追ってちょうだい」
 といいながら、その背中に乗る。
 追跡するのに犬ではなく、猫科の虎なのか?
 匂いで追跡するのではなく、白虎の神通力を使って、魔物が持つ精神波を探知するの
である。
 白虎の背に乗った蘭子が、闇に暮れた街中を疾走する。
「この先は?」
 白虎が突き進む先には、例の旧民家解体現場があった。
「そうか……そこへ向かっているのね」
 人生に行き詰った時、人は故郷を目指すという。
 いや、犯人はいずれ犯行現場に戻るもの、というべきだろうか。


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妖奇退魔夜行/胞衣壺(えなつぼ)の怪 其の拾伍
2019.08.16


陰陽退魔士・逢坂蘭子/胞衣壺(えなつぼ)の怪


其の拾伍 対峙


 パトカーが走り回る街、その夜も新たなる犠牲者が出た。
 蘭子は神田家の玄関前に立ち止まり、帰り人を待っていた。
 神田美咲の帰りを……。
 やがて美咲が帰ってくる。
「お帰りなさい」
 冷静に声を掛ける蘭子。
「何か用?」
 巫女衣装姿の蘭子を目にして怪訝(けげん)そうな表情で答える美咲。
「いえね、学校何日も休んでいるから様子見にきたの」
「大丈夫だから……」
「お母さんが亡くなられたという気持ちは分かるけど……」
「ほっといてくれないかな」
 とプイと顔を背けて、玄関に入ろうとする。
「それはそうと、大きな壺を拾わなかったかしら?」
 単刀直入に切り出す蘭子。
 美咲の身体が一瞬硬直したようだった。
「なんのことかしら」
「いえね、近所で口径30cmほどの壺が、胞衣壺らしいんだけど、掘り出されたの。
でも、いつの間にか消え去っていて、その直後に切り裂き事件が発生しているのよ」
「そのことと、わたしに関係があるのかしら」
「発見された場所が、あなたの学校からの帰り道の途中にあるのよ。何か見かけなかっ
たなと思って」
「知らないわ」
 と玄関内に入ろうとする。
 それを制止しようと、美咲の左腕を掴む。
 袖が捲れて、その手首が覗く。
 その時蘭子の目に、リストカットされた傷跡が見えた。
「この腕の傷はどうしたの?」
 一見には何もないように見えるが、霊視できる蘭子の眼にははっきりと、霊的治癒さ
れている痕跡が見えるのだった。
 蘭子の手を振り解き、
「な、なにもないじゃない。どこに傷があるというの?」
「いいえ、わたしの目には見えるのよ。霊的処方で治癒した跡がね」
 図星をさされて、傷跡を右手で隠す。


「あなたの部屋を見せていただくわ。二階だったわよね」
 というと強引に上がろうとする。
 至極丁寧にお願いしても断られるのは明確だろう。
「待ってよ」
 制止しようとするが、武道で鍛えた蘭子の体力に敵うはずもなく。
 非常識と言われようが、これ以上の被害者を出さないためにも、諸悪の根源を断ち切
らなければならない。
 本当に美咲が【人にあらざる者】に憑依されているのか?
 という疑問もなきにもあらずだったが、美咲のリストカットを見るにつけ、その不安
は確かなものとなった。
 魔人と【血の契約】を交わした者は魂をも与えたに等しく、魔人を倒したとしても本
人を助けることはできない。

 美咲の部屋のノブに手を掛けようとして、一瞬躊躇する蘭子。
 呪いのトラップが掛けられているようだった。
 懐から式札を取り出して式神を呼び出すと、代わりにドアノブを開けさせた。
 とたんに一陣の突風が襲い掛かり、式神は微塵のごとく消え去った。
 開いた扉から慎重に中に入る蘭子。
 そこには神田美咲が待ち受けていた。
 瞬間移動したのか?
 そうまでして守らなければならない大事なものが、この部屋にあるということだろう。


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妖奇退魔夜行/胞衣壺(えなつぼ)の怪 其の拾肆
2019.08.09


陰陽退魔士・逢坂蘭子/胞衣壺(えなつぼ)の怪


其の拾肆 朝鮮人


 井上課長が蘭子を訪ねて土御門神社に来ていた。
 蘭子に依頼されていた事件報告であった。
「やはり殺人事件があったよ」
 単刀直入に話し出す井上課長。

 以下は警察事件簿に残る記録である。
 終戦当時、朝鮮半島から出稼ぎに、朝鮮人労働者とその家族が大量に流入していた。
 日本人男性が徴兵で留守にしている間に、日本に出稼ぎに来ていた朝鮮人達が、警察
署を襲って拳銃を奪い日本人を殺戮するなどの暴動が頻発していた。
 空き家があれば押し入って我がものとし、空き地があれば問答無用に家を建てて所有
権を誇示した。
 挙句の果ては、出征した知人の日本人の名を名乗って戸籍を奪うものさえいた。
 かの侵入者もそんな朝鮮人の一人であった。
「通名・金本聖真、本名・金聖真(キム・ソンジン)という」
 立ち寄った先で見つけた家に目を付けて、主人がいないことを確認すると、傍若無人
にも押し入って留守を守っていた女性を凌辱した。
 そして、その家を女性ごと乗っ取ったのである。
 やがて男が帰ってきて、惨劇は繰り広げられた。
「とまあ……そういう顛末です」
 長い説明を終える井上課長。
「おかしいですね。図書館で私の調べたところでは、朝鮮人という記述は一言もありま
せんでした」
 疑問を投げかける蘭子。
「報道規制だよ」
「規制?」
「当時のGHQ(連合国総司令部)によるプレスコード、正式名は【日本に与うる新聞
遵則(じゅんそく)】だよ」
「プレスコードですか……」
「その一つに、『朝鮮人を批判するな』というものがあってね。朝鮮人による事件が起
きても、国籍を発表してはいけない……ということだ。当然事件はうやむやにされてし
まう」
「それって、今でも通用していますよね。特に朝日新聞などは、朝鮮日報(韓国紙)日
本支局と揶揄されるほどに、朝鮮人が犯人の国籍を隠蔽して発表しないみたいだし。大
阪南で、3月に起こった違法カジノ店襲撃事件の犯人が韓国人なのに、朝日だけは今な
お国籍を伏せて発表していません」
「まあ、そういうことだ。日本国憲法とは言っても、実情はマッカーサーノートに則っ
たGHQ憲法ということもね」
「日本は独立していないんですね」
「まあな。GHQによる WGIP(War Guilt Information Program)という「戦争につ
いての罪悪感」を日本人に植え付ける洗脳政策も行われたしな」
 深いため息をつく二人だった。
 しばらく沈黙が続いた。
「その家は固定資産税滞納による差し押さえ・競売となったのだが、殺人現場という瑕
疵物件で長らく放置状態だったらしい。で、つい最近やっとこ売却が決まって、現在の
持ち主となった」
「で、胞衣壺が掘り出された」
「うむ……」
「ともかく人死にがあって、かなりの流血もあったのでしょうね」
「土に滲み込んでいたが、土間いっぱいに広がるほどの量の血痕があったらしい」
「殺戮と流血、そして怨念渦巻くなか、例の胞衣壺がそれらを吸い込んだとしたら…
…」
「怨霊なり魔物なりが憑りつくか」
「そうとしか考えられません」
「問題は、その胞衣壺を掘り出したのは誰か?ということだな」
「ですね」
 その誰かについては、朧気ながらも犯人像をイメージしていた。


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