銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 VIII
2019.06.29


第三章 第三皇女


                VIII

「内乱ですか……。宇宙港の物々しい警戒はそのためだったわけですか」
「双方にはそれぞれ穏健派と急進派がありまして、急進派の人々が至る所で騒動やテロ
を引き起こしているのです。要人の暗殺も起きております」
「大変な事態ですね。これは早急に手を打たないと、漁夫の利を得てバーナード星系連
邦の思う壺にはまりますよ」
 それは誰しもが考えていることであった。速やかに内乱を鎮圧して外来の敵に備えな
ければいけない。そのためには首謀者であるマーガレット皇女を捕らえることである。
 しかしマーガレット皇女率いる第二皇女艦隊は強者揃いである。そしてマーガレット
皇女が身を寄せているアルビエール候国にも、自治領艦隊百万隻に及ぶ大艦隊を有して
いた。それはアルビエール候国が、バーナード星系連邦との国境に位置しており、領土
防衛の観点からより多くの艦艇の保有を許されてきたからである。しかも連邦の侵略を
食い止めるために、常日頃から戦闘訓練が施されて精鋭の艦隊へと成長していた。
 第二皇女艦隊と自治領艦隊とを合わせて百六十万隻。
 対する摂政派率いる統合軍は、第一・第三・第六皇女艦隊、そしてウェセックス公国
軍とを合わせて二百四十万隻になるが、ジュリエッタ皇女の艦隊以外は、戦闘経験がま
ったくない素人の集団であった。まともな戦闘ができる状況ではなかった。
 銀河帝国の汚点とも言うべき内容を、外来者であるアレックスに対し、淡々と説明す
るエリザベス皇女。その心の内には、皇家の血統の証であるエメラルド・アイを持ち、
共和国同盟の英雄と称えられるランドール提督なら、解決の糸口を見出してくれるので
はないかという意識が働いたのではないかと思われる。
「もし許して頂けるのなら、私がマーガレット皇女様を保護し、この宮殿にお連れして
差し上げましょう」
 突然の意見具申を申し出るアレックスだった。まさしくエリザベス皇女の期待に応え
る形となったのである。
「そんな馬鹿なことができるわけがない」
「冗談にもほどがあるぞ」
 大臣達が口々に反論するが、一方の将軍達は黙ってアレックスを見つめていた。
「できるというのなら、やらせてみようじゃないか」
 そういう表情をしていた。同じ軍人であり、以心伝心するものがあるのかも知れない。
共和国同盟の英雄、奇跡を起こす提督ならやるかも知れない。
「判りました。いずれにしてもこのままでは、のっぴきならぬ状況に陥るのは目に見え
ています。前代未聞のことですが、ここは一つランドール提督にお任せしてみましょ
う」
 摂政が決断を下せば、それに従って行動を起こすだけである。
 アレックスは声には出さず、深々と頭を下げた。
「ランドール提督には、希望なり必要なものはありますか? できる限りの便宜をはか
りましょう」
「二つほどの要望があります」
「構いません。どうぞ、おっしゃってください」


銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 VII
2019.06.22


第三章 第三皇女


                VII

「さて……」
 と、前置きしておいてから、アレックスに向かって語りだすエリザベス皇女。
「妹であるジュリエッタを救い出して頂いたこと、個人としても大いに感謝しています。
あなたの組織する解放軍が援助を願っていることも伺いました。しかしながら、我が銀
河帝国には内憂外患とも言うべき頭の痛い問題を抱えているのです。もちろん一方は、
バーナード星系連邦の侵略です。そしてこれが一番の難しい問題なのですが……。はっ
きり申し上げましょう」
 エリザベス皇女が語り出した問題は、内乱の勃発というものだった。
 しかもそれを引き起こしているのが身内であり、マーガレット第二皇女がその首謀者
ということである。
 かつて銀河帝国を震撼する大事件があった。
 次期皇太子・皇帝となるべき皇位継承権第一のアレクサンダー第一王子が誘拐され行
方不明となったのである。
 そして皇帝が崩御されて、次期皇帝問題が起こったが、皇帝には第一王子以外に男子
はなく、行方不明である以上捜索を続けるべしとの結論が出されて、皇帝不在のままエ
リザベス第一皇女が摂政となることで取りあえずの一件落着が諮られた。
 しかし二十余年もの時が過ぎ去り、第一王子が行方不明のまま、いつまでも皇帝不在
なのは問題である。そこで新たなる皇太子候補を皇族の中から選びなおそうではないか。
 そして人選に上がってきたのが、エリザベス第一皇女と夫君のウェセックス公国領主
のロベスピエール公爵との間に生まれた、ロベール王子である。
 皇位継承の順位では、ロベスピエール公がアレクサンダー王子に次ぐ第二位になるの
であるが、公爵はその権利を第五位の息子に譲って、皇太子候補として強く擁立した。
 ロベスピエール公ロベール王子が次期皇太子。
 皇族の間では妥当であるとされ、皇室議会でも承認された。
 これに毅然として反対したのが、マーガレット第三皇女である。ロベール王子は皇家
の証であるエメラルド・アイではなく、アレクサンダー王子の消息が確認されるまでは
待つべきだと主張した。
 そして何より最大の根拠は、【皇位継承の証】の存在であった。
 【皇位継承の証】は、代々の皇太子に受け継がれてきた皇家の至宝である。その実体
はエメラルドの首飾りで、深く澄み通った鮮やかに輝く深緑色の大粒のエメラルドを中
心にして、その周囲をダイヤモンドが配されているというものだった。
 そしてそれは、アレクサンダー王子の首に掛けられたまま、共に行方不明となってい
る。
 アレクサンダー王子が生きていれば当然所持しているだろうし、仮に王子が亡くなら
れていたとしても、価値ある宝石であるために、いずれ宝石商やオークション、骨董品
市場などに流通するはずであろう。
 エメラルド・アイと皇位継承の証の二点を根拠に、反論を続けるマーガレット皇女で
あったが、結局ロベール王子擁立は覆されなかった。
 そしてついに、マーガレット皇女は、ロベール王子擁立を掲げるロベスピエール公爵
率いる摂政派に対して、皇太子派としての反旗を掲げたのである。そしてそれを支援し
たのが、自治領アルビエール候国領主のハロルド侯爵である。
 こうして銀河帝国を二分する姉妹同士が骨肉相食む内戦へと発展していった。

参照*外伝/王太子誘拐


銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 VI
2019.06.15


第三章 第三皇女


                 VI

 宮殿内の廊下をジュリエッタに案内されて歩いているアレックスとパトリシアの二人。
 やがて重厚な扉で隔たれた謁見の間に到着する。近衛兵の二人が扉を開けて一行を中
へ招きいれて、高らかに宣言する。
「第三皇女ジュリエッタ様のお成り!」
 謁見の間に参列していた者のすべてが振り返り、ジュリエッタに注視する。
 背筋を伸ばし、毅然とした表情で、歩みを進めるジュリエッタ。
 その左側には政治の中枢を担う大臣などが居並び、右側には将軍クラスの軍人が直立
不動で並んでいる。その誰しもが目の前をジュリエッタが通り掛かった時には、深々と
頭を下げていた。そして最前列には、着飾った皇族たちが占めていた。
「ジュリエッタ。よくぞ無事に戻ってこれましたね。心配していたのですよ」
 正面壇上に設けられた玉座に腰掛けて、妹の帰還を喜ぶ、銀河帝国摂政を務めるエリ
ザベス第一皇女だった。
「海賊に襲われたそうではありませんか」
「はい。ですが、この方々に助けていただきました」
 そう言って後に控えていたアレックス達を改めて紹介した。
「その方は?」
「旧共和国同盟軍アル・サフリエニ方面軍最高司令官であられたアレックス・ランドー
ル提督です。現在では解放戦線を組織して、バーナード星系連邦と今なお戦い続けてい
らっしいます」
「ほうっ」
 という驚嘆にも似たため息が将軍達の間から漏れた。さもありなん、要職にある軍人
なら共和国同盟の若き英雄のことを知らぬはずはない。数倍に勝る連邦艦隊をことごと
く打ちのめし、数々の功績を上げて驚異的な破格の昇進を成し遂げ、二十代で少将とな
ったアレックス・ランドール提督。その名は遠くこの銀河帝国にも届いていた。
「ということは、中立地帯を越えて我が帝国領内に、戦艦が侵入したということです
な」
 大臣の方から意見が出された。すると呼応するかのように、
「国際条約違反ですぞ」
「神聖不可侵な我が領土を侵犯するなど不届き千犯」
 各大臣から次々と抗議の声が上がった。
 それに異論を唱えるのは将軍達だった。
「確かに侵犯かも知れないが、だからこそジュリエッタ様をお救いできたのではないで
すか」
「それに救難信号を受信しての、国際救助活動だと聞いている」
 軍人である彼らのもとには、救難信号を受け取っていたはずである。救助に向かう準
備をしている間に、ランドール提督が救い出してしまった。もしジュリエッタ皇女が拉
致されていたら、彼らは責任を取らされる結果となっていたはずである。ゆえに、ラン
ドール提督擁護の側に回るのも当然と言えるだろう。
 大臣と将軍との間で口論になろうとしている時に、一人の皇族が前に進み出て意見具
申をはじめた。銀河帝国自治領の一つである、エセックス候国領主のエルバート侯爵で
ある。
「申し上げます。事の発端は、我がエセックス候国領内で起きたことであります。ゆえ
に今回の件に関しましては、私に預からせて頂きたいと思います」
「そうであったな。エルバート候、この一件ならびにランドール提督の処遇については、
そなたに一任することにする」
「ありがとうございます」
 エルバート候の申し出によって、この場は一応治まった。

銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 V
2019.06.08


第三章 第三皇女


                 V

「共和国同盟の婚姻制度は非常に複雑なのですが……。他国の制度でみれば結婚状態に
あると言えます」
「婚姻制度のことは、私も存じております。そうですか、ご夫婦ということですね」
「そう考えていただいて結構です」
 アレックスが二人の間柄を結論づけた。
「ということであれば、お休みなられるお部屋もご一緒でよろしいですね」
 艦隊内では別室である二人だが、夫婦であることを認めた以上、断る理由もなかった。
 インヴィンシブルが首都星へ着くまでの間、三人はそれぞれの国家における風習や、
出来事などについて語り合った。
 そして出生についての話題が持ち上がった。
「つかぬことをお聞きいたしますが、提督の瞳ですが……。エメラルド・アイは銀河帝
国皇家にのみに、遺伝的に継承されてきたことをご存知ですか?」
「存じております。それを有するものは、帝国皇族に繋がる血統の証でもあると」
「その通りです。エメラルド・アイは限定遺伝する特殊な例の一つで、瞳をエメラルド
に誘導する発色遺伝子をX性染色体に持ち、かつまたその遺伝子を活性化させる遺伝子
をY染色体に持っています。そしてこの両遺伝子が揃ってはじめて、エメラルド・アイ
が出現するのです。ゆえに必ず男性のみに遺伝していきます。その出現率は非常にまれ
で、血縁同士の婚姻が常識のようになっている皇族においてこそのものなのです。つま
り私と提督とは親戚関係にあると言えます」
 その言葉は将来にも関わる重大な事実を意味するものであった。
 実際にもジュリエッタは、アレックスの人となりを考えると、銀河帝国の祖である
ソートガイヤー大公にも似た面影を見出していたのである。その戦闘指揮能力はもちろ
んのこと、人を活用させる術にも長けていることなども……。

 首都星アルデランが近づいてきた。
 さすがに首都星を守る艦艇の数も増えてくる。
「総勢百万隻からなる首都星の防衛を担う統合軍第一艦隊です。銀河帝国摂政にして第
一皇女のエリザベス様の指揮下にあります」
 やがてインヴィンシブルは、ゆっくりと首都星アルデランへと降下をはじめた。そし
て皇族専用の宇宙港へと着陸態勢に入った。
 宇宙港には、物々しい警備体制が敷かれており、空を対空砲が睨み、蟻一匹入れない
ように戦車隊や歩兵がぐるりと周囲を取り囲んでいた。
 戦争のない平和なはずの首都星における厳重な警備に、タラップを降りてきたアレッ
クスも、驚きの声を上げるしかなかった。
「この状況はどういうことですか?」
 思わず尋ねるアレックスだが、
「その件に関しましては、摂政の方からお話があると思います」
 ジュリエッタ皇女は、即答を避けた。
 何やら複雑な事情があるようだ。
 一行はインヴィンシブルに横付けされている皇室専用大型ジェットヘリに移乗し、宮
殿へと向かうことになった。
 数分後、眼下に広大な敷地を有した豪華な宮殿が見えてきた。
「アルタミラ宮殿です」
 立憲君主国制を敷く帝国における政治と軍事の中枢であり、皇族たちの住まいでもあ
る。

銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 IV
2019.06.01


第三章 第三皇女


                 IV

 貴賓室に入室したアレックスとジュリエッタ皇女。
 応接椅子に対面して座った。その周囲を侍女及びネルソン提督が待機している。
「我が艦隊の危機を救って頂いたこと、全将兵に代わりまして、ここで改めてお礼を申
し上げます」
 言いながら軽く会釈する姿は愛らしく微笑ましかった。
「提督が中立地帯を越えて、我が領内に入ったことは、国際救助ということで問題はな
いと思いますので、お気遣いのないように。それはせておき、提督のご来訪の目的は他
にもあるかと思うのですが、いかがなものでしょうか」
 さすがに艦隊を指揮できる洞察力の深い皇女だと感心するアレックスだった。
「皇女のご推察の通りです。我が祖国のために戦い、現在解放戦線として戦い続けてい
る連邦軍が、次なる目標として銀河帝国を据えていることを、ご警戒申し上げるために
参上しました」
「連邦軍が我が艦隊を襲ったことを考えれば、十分ありうることでしょう」
「それともう一つ」
 と、一端言葉を止めてから、口調を改めて話し出すアレックス。
「単刀直入に申し上げますと、我が解放軍への援助と共同戦線の協定を結びたいと思っ
ております」
「援助と共同戦線ですか……」
 深い思慮に入る皇女に、ネルソン提督が何やら耳打ちしている。
「その件に関しましては、ここでは結論を出すことはできません。もし宜しければ、提
督には帝国首都星アルデランへご足労願いたいと思います」
「判りました。首都星へ参りましょう」
 皇女は軽く頷いて、側に控えているネルソン提督に合図を送った。
「それでは提督には、このインヴィンシブルで首都星へお送りいたします。ご配下の艦
隊には最寄の軍事ステーションにて、一時駐留をお願いいたします。ご納得いただけま
すか?」
 戦艦が中立地帯を越えただけでも一大事なのに、ましてや首都星まで連れていくわけ
にはいかないだろう。
「結構です。一人同行させたい者がいるのですが、よろしいですか?」
「いいでしょう。お連れくさい」
 アレックスが同行させたのは、パトリシア・ウィンザーだった。単身で乗り込むこと
となった自身の補佐役及び相談役として、彼女が最適任だと判断したのだ。
 首都星へと向かうインヴィンシブル艦内において、アレックスはパトリシアを皇女に
紹介した。
「我が解放軍の総参謀長を務めています、パトリシア・ウィンザー大佐です」
 すると目を丸くして皇女は聞きなおした。
「総参謀長? 女性の身で軍の重職をなさっていらっしゃるのですか?」
「その通りです。志願兵制度を敷いている共和国同盟には男女の区別がありません。能
力さえあれば、いくらでも上の階級へ上がれます。もっとも妊娠・出産・育児を担う女
性には宇宙環境は厳しく、実質上結婚を機に一時離職しますが、育児が終われば地上勤
務に復職します」
 パトリシアが共和国同盟の実情を説明した。
 その間にも、アレックスの側にピタリと寄り添って、仲睦まじい雰囲気が漂っていた。
 それが判るのか、ジュリエッタ皇女は問いただした。
「ところでお二人は、ずいぶんと親しい間柄のように伺えるのですが」

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