銀河戦記/鳴動編 第二部 第四章 皇位継承の証 XⅢ
2020.01.04

第四章 皇位継承の証


XⅢ


 ただちに御前会議が招集された。
 その席には、パトリシアもアレックスの参謀として参列していた。
 トランターを発して進軍する二百五十万隻の艦艇の模様が放映されている。
 その映像に説明を加えるパトリシア。
「この映像は、皇子すなわちランドール提督配下の特務哨戒艇が撮影した、今まさに進軍
中の総督軍の様子です。十日もしないうちに中立地帯を越え、銀河帝国への侵略を開始す
るでしょう。一刻も早く迎撃体勢を整えるべきです」
「しかし、友好通商条約はどうなるのだ」
「それは前にも申しましたように、条約は破られるものです」
「まさか、神聖不可侵のこの帝国が……」
 うろたえる大臣達。
「しかし、我々の情報部には何も」
「それはそうでしょう。帝国内にいる我々と違って、ランドール提督の元には同盟内にあ
って活発な活動をしている解放軍情報部を持っているのですから」
 パトリシアが説明する。
「そうはいっても現実に侵略を受けていない以上、帝国艦隊を動かすことはできない。宇
宙艦隊司令長官がいない現状では」
「しかし国境を越えられてから行動開始しては遅すぎます。総督軍が進軍を開始したのは
明白な事実なのです」
「戦略上重要なことは、情報戦において敵の動静を素早くキャッチして行動に移せるかに
かかっているのです」
「二個艦隊以上を同時に動かし、国境を越えるかもしれない作戦を発動できるのは、宇宙
艦隊司令長官だけなのです」
「宇宙艦隊司令長官ですか」
「銀河帝国皇太子殿下の要職で、他の者が就くことはできません」
「つまりは皇太子殿下がいなければ、どうしようもないということですか」
「帝国建設以来、一度も侵略の危機を経験することのなかった治世下にできた法ですから、
矛盾が多いとはいえ法は順守されねばなりません」
 数時間が浪費され、その日の御前会議はもの別れという結果で終わった。

 それから幾度となく御前会議が行われたが、議論を重ねるだけで何の進展もない日々が
続いた。
 二百五十万隻の艦隊が押し寄せてきているというのに、一向にその対策を見い出せず狼
狽するばかりである。
 一方の将軍達は、日頃からアレックスに尻を叩かれながらも大演習に参加したり、新造
戦艦の造船の様子を見るにつけ、戦争が間近に迫っていることを、身に沁みて感じ取って
いた。
 アレックスの先見性の妙、共和国同盟の英雄たる卓越した指導能力には絶大なる信頼と
なっていたのである。
「それでは、この災厄ともいうべき事態。皇子はどのように対処なさるおつもりですか」
 エリザベスが改めて質問した。
「もちろん迎撃に打って出ます。第二と第三艦隊に出動を要請し、私の配下の艦隊と合わ
せて連合軍を組織して、この私が指揮を執らせて頂きます」
「しかし、中立地帯を越えての出撃は問題ですぞ。たとえ第一皇子とてその権限はありま
せぬぞ」
 アレックスは呆れかえった。
 侵略の危機にあるというのに、相も変わらず法令を持ち出す大臣達の保守的な態度は救
いようがない。
 どうにかしてくれという表情で、エリザベスを見つめるアレックス。
 もはや最期の手段を決断する時がやってきているのである。

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銀河戦記/鳴動編 第二部 第四章 皇位継承の証 XⅡ
2019.12.28

第四章 皇位継承の証


XⅡ


 その夜のアレクサンダー皇子を迎えての晩餐会は盛大であった。
 アルビエール候国内の委任統治領の領主達が全員顔を揃えていた。
 彼らの子弟達は統制官大号令によって、将軍の給与をカットされて不満があるはずだろ
うが、今はその事よりも自分の顔を売って、委任統治領の領主たることを安寧にすること
の方が大切だと考えていたのである。
 アレックスのもとには、領主達が入れ替わりで挨拶伺いにきていた。その順番は、爵位
や格式によって決められているようである。
 共和国に生まれ育った者としては、実に面倒くさくて放り出したくなる風習だが、これ
が絶対君主国における貴族達との交流であり、国政をも左右する儀式でもある。これから
彼らを傅かせて帝国を存続させてゆく上で大切なものであった。
「いかがですかな? 楽しんでいらっしゃいますか?」
「はい。堪能させてもらっています」
 貴族達の挨拶には辟易するが、目の前に並べられた料理には感嘆していた。選びに選び
抜かれた極上の品々、舌もとろけそうなほどの美味な一品。どれも見張るばかりの豪勢な
ものばかりだ。
「それは良かった」

「そうそう、この星に来る時に海賊に襲われましてね」
「なんと! それはまことですか?」
「私が幼少の頃にも襲われたようですけどね」
「あの時は、皇后がこちらで出産、育児と静養をしておりましてね。そして帝国へお戻り
になられる時でしたな。船ごと誘拐されまして、皇后はお亡くなりになり、皇子も行方不
明となられました。その実は、共和国同盟でご存命であらせられ、軍人として立派な偉業
を成し遂げていらっしゃった。さすがにソートガイヤー大公様の血を継がれたお方だと感
心している次第であります」
 褒めちぎられて、こそばゆく感じるアレックスだった。
「ともかく、帝国領と自治領との境界や、国境中立地帯付近を通る時は注意した方がよろ
しいでしょう」
「そうですな。気をつけることに致しましょう」
 これらの会話において、ハロルド侯爵の表情の変化を読み取ろうとしていたアレックス
だった。内通者としての疑惑的な態度が現れないかと探っていたのであるが、侯爵の表情
は真剣に心配している様子だった。そもそも、侯爵が皇子を誘拐する理由はどこにもない
し、皇帝と血縁関係にあるものを自ら断ち切るはずもなかった。叔父と甥という関係は、
確実に存在しているようであった。
 一応は念のための確認であった。

 翌日。
 自治領艦隊の一部を護衛に付けると言う侯爵の申し出を丁重に断って、サラマンダー艦
隊にて首都星に戻ったアレックス。
 統合軍作戦本部長を執務室に呼び寄せると、海賊に襲われた経緯を伝えて、国境警備を
厳重にして、海賊が侵入できないようにするように命じた。海賊追撃のために自治領への
越境の許可も与えた。
 次々と戦争に向けての準備を続けているアレックス。
 そんな中、トランターのレイチェルのもとから暗号文がもたらされた。
 総督軍が、二百万隻の艦隊を率いて、銀河帝国への進軍を開始したというものだ。タル
シエン要塞からも、進軍する二百五十万隻の艦隊を確認したという報告が入った。後者の
数字が多いのは、輸送艦隊を含んでのことであろう。
 ついに戦争がはじまる。
 アレックスは身震いした。

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銀河戦記/鳴動編 第二部 第四章 皇位継承の証 XI
2019.12.21

第四章 皇位継承の証


                 XI

 首都星アルデランを出立する二百隻ほどの艦隊。
 アレックスを乗せたソレント行の一団である。
 アルデランを出立して六時間が経過した頃、艦のレーダーにほぼ同数の艦隊が映し出さ
れた。
「お迎えがきたようだ」
 それはサラマンダー艦隊であった。
 旗艦ヘルハウンドに乗り移り、ここまで送ってきた帝国艦隊に帰還を命じた。
 それは当初の予定にない行動であった。
「さてと……。奴らが乗ってくるかだな……」
 一言呟いて、サラマンダー艦隊に、予定していたコースを進軍させた。
 アルビエール候国との領界に差し掛かった時だった。
「右舷三十度前方に、国籍不明の戦艦多数! その数およそ三百隻」
 警報が鳴り響き、正面スクリーンには迫り来る敵艦隊が映し出された。
「やはりおいでなすったな。これで帝国内に内通者がいることがはっきりした」
 帝国内には、【皇位継承の証】を持つ皇太子に生きていられては困ると考えている連中
がいるということである。彼らはどうやってかは知らぬが、海賊達と連絡を取り合って、
今回と幼少の頃のアレックスを襲って、将来邪魔となる人物であるアレックスを消しに掛
かっているのである。あるいは莫大なる身代金目的の場合もあるだろう。
「戦闘配備! 相手は国籍を隠蔽している海賊だ。徹底的にやっても構わん。しかしリー
ダーと思しき艦は足止めするだけにしておけ。捕らえて首謀者を吐かせてやる」
 いかに戦闘能力の高い海賊艦とて、サラマンダー艦隊とは比較にもならなかった。瞬く
間に全滅させられ、リーダーらしき数隻がエンジン部を打ち抜かれて漂流していた。
 投降を呼びかけるアレックスだったが、リーダー達は無言で自爆の道を選んだ。
「こうなるとは思っていたが……。ま、確認が取れただけでよしとしよう」
 海賊艦隊を全滅させて、アルビエール候国へと向かうアレックスだった。

 アルビエール候国は、先代皇后の故郷であり、アレックスの故郷でもある。
 領主のハロルド侯爵は、自分の甥の来訪を大歓迎した。
「これはこれは、アレクサンダー皇子。よくぞ参られた」
「今日、明日とおせわになります」
「いやいや、二日間だけと言わずに、お好きなだけご滞在なされても結構ですぞ」
 血の繋がった叔父と甥という関係なのだから、もっと親しく会話してもよさそうなので
あるが、幼少の頃より二十余年もの間音信不通で、形式ばった会話になるのは仕方のない
ことだった。
「メグも一緒だと思っていたのですが」
 もちろんメグとはマーガレット皇女のことである。
「いや、皇女は謹慎処分が完全に解けていないのです」
「それは残念です。次の機会には兄妹ご一緒にどうぞお越しください」
「ぜひ、そうさせて頂きます」

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銀河戦記/鳴動編 第二部 第四章 皇位継承の証 X
2019.12.14


第四章 皇位継承の証


                 X

 宮殿謁見の間。
「アレックス、だいぶ活躍しているようですね」
 エリザベスは、統制官大号令によって貴族達の反感が高まってきているのを知っていた。
貴族達からの陳情もあったが、あえて是正はしなかった。
 ひたひたと押し寄せてくる外敵からの脅威に備えなければならないのは、ジュリエッタ
が襲われたことからしても、身に沁みて感じていたからである。
「はい。総督軍なり連邦軍との戦争が間近に控えているというのに、平和的ムードに浸っ
ている人々があまりにも多いので、致し方なくはっぱを掛けております」
 すると大臣の一人が意見を求めた。
「統制官殿は戦争が間近だとおっしゃられたが、連邦・共和国双方とは友好通商条約を締
結しており、戦争の危惧はないはずですぞ」
 大臣達は、貴族達の代弁者でもある。何かにつけて統制官たるアレックスのやることに
異論を訴えていた。
「条約はいずれ破られるものです。過去の歴史をみれば判るでしょう。ジュリエッタ皇女
が襲われたことは知らぬとおっしゃられるか?」
「いや、あれは海賊の仕業だということだが……」
「連邦軍ですよ。連邦艦を偽装して海賊に見せかけてはいるが、内装やシステムは紛れも
なく連邦のものです。搾取した艦艇を調べて判明しました。総督軍は着々と侵略に向けて
の準備を進めています」
 さらに大臣達に脅しをかけるように強い口調で言った。
「もし仮に帝国軍が敗れるようなことになれば、貴族達のすべてが爵位を剥奪され、領地
や土地を没収されてしまいます。よろしいのですか?」
 さすがに反論はできないようであった。
「私は、共和国同盟において連邦軍と戦い、同盟が滅んだ今もなお解放戦線を組織して戦
い続けています。解放戦線の情報部からは、リアルタイムで連邦軍や総督軍の動きが、逐
一報告されてきているのです。総督軍の帝国侵略近しとね」
 実際に戦い続けてきた解放戦線最高司令官としての発言は、重厚な響きを持っていた。
 静まり返る謁見の間。

 統制官執務室に戻ったアレックス。
 窓辺に佇みながら、眼下の宮殿参りの貴族達の行列を眺めている。
「戦争が間近に迫っているというのに、呆れた連中だな。己の保身のことばかり考えてい
る。貢物を献上するくらいなら、民衆にほどこしをするなり、税金を下げるなりしないの
か。賄賂が横行し腐敗政治となっている委任統治領も少なくないという。いっそのこと統
治領を輪番制にして、三年なり四年の任期で、どんどん頭を挿げ替えればいいのかも知れ
ないな」
「それは軍部統制官の職務からはずれます」
 そばに控えていた次官が忠告した。
「判っている。言ってみただけだ」
 軍部統制官の仕事だけで、問題が山積みとなっているのである。
「国政のことを考えている暇はありません」
 とでも言いたげな次官の表情である。
「国政に関しましては、皇太子におなりになられた時に、改めてお考えになってくださ
い」
「ああ、そうだな……」
 それがいつになるかは判らないが……。
「さてと……。明日、明後日は故郷へ里帰りだ。留守の間のことは、予定通りに進めてお
いてくれ」
「かしこまりました」
 故郷とは、アレックスが生まれ育った土地である。アルビエール候国ハロルド侯爵の領
地、惑星ソレントである。
 アレックスがこの大切な時期に、ソレントへの渡郷を決断したのには理由がある。
 あることを確認しようと考えたからである。


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銀河戦記/鳴動編 第二部 第四章 皇位継承の証 IX
2019.12.07


第四章 皇位継承の証


                 IX

 軍部統制官という官職に就いたことで、宮廷の一角に執務室を与えられたアレックス。
 まず最初に行ったことは、艦隊の予算配分状況を調べさせたことである。今は、想定さ
れる総督軍・連邦軍との戦闘が避けられない中で、現在予算をどれだけ消費しどれだけ残
っているかを把握しておかなければ、いざ戦争という時に予算不足で艦隊を動かすことも
できないという事態にもなりかねない。
 その作業は、次官として配属された新任の武官に当たらせた。
 やがて報告書を見たアレックスは驚きのあまり言葉を失ったくらいである。
 一艦隊あたりの予算がべらぼうな額だったのである。
 アレックスも共和国同盟軍や解放軍を統率しているから、軍政部長のルーミス・コール
大佐の報告を受けて、どれくらいの予算が掛かっているかを知っている。
 ところが銀河帝国軍のそれは、共和国の三倍から四倍もあったのである。
 これはどういうことかと次官に尋ねるアレックス。
 委任統治領や荘園領以下城主に至るまでの何がしかの土地を与えられている高級貴族の
子弟や、土地を持たない下級貴族まで、爵位を持つ者のほとんどが、将軍として任官され
ているという。しかも同じ階級ながら貴族というだけで、破格の給与が支払われていると
も。
「貴族による、軍部予算の食い潰しじゃないか」
 階級に見合った仕事をしてくれるならまだ許せる。しかし戦闘訓練も行ったことすらな
い将軍が、艦隊を統率などできるはずがない。いざ戦争となれば、艦隊を放り出して一番
に逃げ出すだろう。
 役に立たない金食い虫となっている貴族を軍部から放逐する事が、アレックスの最初の
大仕事となった。
 人事を握っている軍令部評議会に対し、来年度から貴族を徴用することを禁じ、現在任
官している貴族将軍の給与も段階的に引き下げるように勧告した。軍部統制官の権限であ
る予算配分をカットすればそうせざるを得ないであろう。
 当然として貴族達の反感を買うことは目に見えているが、誰かが決断して戦争のための
予算を作り出し確保しなければ、銀河帝国は滅んでしまうことになる。
 まさか帝国は戦争が起これば、戦時特別徴収令などを発して、国民から税金を徴収する
つもりだったのか? それでは民衆の反感を買い、やがては暴動となってしまうじゃない
か。
 アレックスは、あえて憎まれ役を買って出ることにしたのである。
 続いて、統合軍作戦参謀本部に対して、大規模な軍事演習を継続して行うように勧告し
て、演習のための予算を新たに与えた。予算の無駄使いのないように監察官も派遣した。
 そして、統合軍宇宙艦隊司令部に対しては、新造戦艦の建造を奨励して、老朽艦の廃棄
を促進させた。工廟省には武器・弾薬の大増産を命じた。
 軍人なら艦を動かし、大砲をぶっ放したいと思うはずである。しかし、これまでは貴族
達の予算食い潰しによって演習もままならず、大砲を撃ちたくても肝心の弾薬がないとい
う悲惨な状態だったのである。まともに動けるのは、辺境警備の任にあって優先的に予算
を回されていたマーガレットとジュリエッタの艦隊だけであった。
 すべては起こりうる戦争に向けての大改革である。
 後に【統制管大号令】と呼ばれることになる一連の行動は、貴族達の大反感を買うこと
になったが、一般の将兵達からは概ね良好にとらえられた。


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