思いはるかな甲子園~女子高生・梓~
2021.06.14

思いはるかな甲子園


■ 女子高生・梓 ■

 やがて春となり、梓は高校に進学した。

 真新しい栄進高校の女子制服に身を包み、その校門をくぐる梓。
 かつて浩二が通った高校に舞い戻ってきたのである。
「なつかしいな……」
 まだ浩二の記憶が残っていた。
 散策してみようかと思ったが、
「梓ちゃん、入学式のある講堂はこっちよ」
 と付き添ってきた母親が促す。
(子供じゃないんだから、付き添ってこなくてもいいのにな……)
 しかし母親にとってはいつまで経っても子供は子供なのだそうだ。入学式を終えて、家に帰りつくまでは離れてくれそうもない。慣れない道で迷子になりはしないかと心配なのだ。
 母親が一緒にいては自由に散策できない。
(ま、後日にでもゆっくりと散策しよう……)


 それから数日後の放課後。
 栄進高校野球部のある河川敷のグラウンド。
 眺めのよい土手にセーラー服姿の梓と、仲良くなった篠崎絵利香が腰を降ろして、野球部の練習を眺めている。一緒に帰る途中に梓が、絵利香を誘って立ち寄ったのである。
 鞄からメモ帳を取り出して何やら書き込んでいる梓。
「ねえ、何書いてるの?」
 とメモを覗きながら質問する絵利香。
「うん。部員達の行動パターンとか癖とか調べているんだ」
「そんなもの調べてどうするの?」
「野球部に入ったら必要になるから」
「ええ? 野球部に入るつもりなの?」
「まあね……」
「梓ちゃんに野球部は似合わないと思うけどな。女のわたしが見ても可愛いんだから、どちらかというとテニス部の方がいいよ」
「テニス部ねえ……一緒にテニスやりたいから言ってるでしょ」
「あたり!」
 絵利香はテニス部に入っていた。おりにふれてテニス部へ勧誘するのであった。
「でもさあ。あたしって、そんなに可愛いのかなあ」
「クラスの男子生徒達の視線に気づいていないの?」
「男子生徒?」
「みんなため息つきながら、梓ちゃんの事見つめているわよ」
「ふうん。そうなんだ……でも、絵利香ちゃんも可愛いよ」
「ありがとう」


「気づいていますか」
「ああ、土手の女の子だろう」
 グランドのホームベース近く、練習の打ち合わせをしていた主将の山中勝美と、副主将の武藤聡が、梓の方を見つめて話し合っている。
「このところ毎日のように来ていますね。他校のスパイかな」
「馬鹿、あのセーラー服はうちの学校のもんだよ」
「でも、ずっとこっちを見ていますねえ。リボンの色からすると、一年生みたいですね」
「しかし……なにはともわれ、かわいい女の子じゃないか」
「そりゃそうですが……あ、郷田のやろうが女の子に近付いてます」
「なに!」

 梓達に声を掛ける郷田。
「君達、ずっと見にきているね。野球が好きなのかい?」
「うん」
「栄進の女子生徒だよね」
「そうだよ」
「一年生のようだけど、名前はなんというの?」
「うん?」
「あ、ごめん。言いたくなかったらいいよ。僕は郷田健児。センターを守っているんだ」
「こらー! 郷田。さぼるな」
 ホームペース付近にいた山中主将が、メガホン片手に叫んでいる。
「あらあら、やかましのキャプテンがわめいてるから、行かなきゃ」
「がんばってね」
「また来てくれるかい?」
「たぶんね」
「ありがとう」


■ 栄進高校野球部 ■


 さらに数日後。
 再び、河川敷の野球部グラウンド。
 土手に座っている梓達のまわりに、部員達が集まっている。
「ちきしょう。あいつら、また練習をさぼって女の子といちゃいちゃしやがって」
 山中主将がいらいらしている。それに武藤が同調する。
「一度、活をいれてやらないと駄目ですねえ」
「よし、ちょっくら……」
 と、梓を囲む部員達の所に歩みはじめるよりもはやく、部員達の方が先に行動を起こしていた。
「おーし! みんな始めるぞ。グラウンド十周からだ」
 郷田が声をかける。
「おー!」
 一同一斉に走り出す。
「な、なんだ。いきなり……」
 呆然とする山中主将。
「よーし、ノックはじめるぞ。全員配置に付け」
 やがてグラウンド十周を終えた部員達は、それぞれの受け持つ守備についた。
 郷田を中心として練習をはじめる部員達。
「おお!」
 一斉にグラウンドに散る部員達。
「ショート!」
「おお!」
 構えるショートは、山中主将の代わりに守備に入っている南条誠。
 ノックを打つ郷田。
 球はワンバウンドしてショートのグラブの中へ、それを処理してファーストに投げる。
「もういっちょう」
「よし!」
 精力的に練習を続ける部員達。
「一体どうしたんだ」
 部員達のあまりの変り具合に、首を傾げている山中主将。
 それに武藤が答える。
「ああ、それはね。あの子のせいですよ」

 土手で部員に囲まれている梓が、さとすように話している。
『ボクは、女の子を軟派するような軟弱な人は嫌いですから。スポーツマンならスポーツマンらしく、行動で示すような、野球に熱中しているような人が好きなんです』

「……とか、言ってたらしいですよ」
「ははん。それで急にがむしゃらに練習を開始したのか」
「いいところを見せようとしているわけですね」
「まあなんにしても、動機は不純だが、練習に身がはいるというのならば、ことさらとして何も言うまい」
「いわゆる野球部のマスコットガールってところですか。いっそ野球部のマネージャーになってくれると、みんな喜ぶでしょうけどね」
「世の中、そううまく運ぶものじゃないさ。女の子はきまぐれなんだ。いつまでああして見学にきてくれるか、わかるもんか」
「それはそうですけどね」

 微笑みながら、部員達の練習を見つめている梓。
「こんな男的なスポーツのどこがいいのかしら」
 その隣で怪訝そうな表情の絵利香。
 帰宅の途中にある場所なので、梓の誘いを断りきれずに付き合っているが、いくら眺めても好きになれそうになかった。誘いを断ってしまえばいいのだが、絵利香にはお願い事を秘めているので、無碍にもできないでいたのだ。
「ねえ、梓ちゃん」
「なに?」
「あのね……」
 もじもじしながら言い出しにくそうにしている。
「……ん?」
「な、なんでもない」
「なによ。途中まで言いかけてやめるなんて」
「ごめんなさい。また後で話すから」
「気になるわね」

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思いはるかな甲子園~キャッチボール~
2021.06.13

思いはるかな甲子園


■ キャッチボール ■

 梓の父親は、東証一部上場会社の社長であった。
 ゆえにその屋敷も、大邸宅といっても過言でないほどの広さを誇っていた。
 その広さに最初は、戸惑っていた梓であった。
 自室からリビングに移動してきた梓。
 ソファーに腰を降ろして新聞を広げて読んでいる父親がいる。
 今日は日曜日、会社が休みでくつろいだ表情だ。
「お父さん、おはよう」
「ああ、おはよう。梓」
 声を聞きつけたのか、ダイニングキッチンから母親が顔を出す。
「梓ちゃん。起きたのね、悪いけどちょっと手伝って」
「はーい」
 明るく返事をして、ダイニングキッチンへ向かう梓。
「おはよう、お母さん」
「おはよう、梓ちゃん」
 梓は女の子であり、母親が朝食の手伝いをさせるのは当然である。
 そして、素直に従う梓であった。
 精神的には他人でも、身体的にはこの両親の娘である事には違いない。養ってもらっている以上、言われた事には忠実になるしかない。

 食事を終え、後片付けも済んで、リビングに戻る梓。
 そして父親を捕まえて催促するのだ。
「お父さん、キャッチボールしようよ」
「またかい? しようがないなあ」
 といいながらも、嬉しそうな表情を見せて立ち上がる父親であった。
 世間では父娘断絶の風潮があるなかで、娘の方から声をかけてきてくれて、頼りにされている実感というのは、父親冥利につきるというものだ。どんなに仕事で疲れていても、可愛い娘の相手をしていれば心は癒される。
 梓が父親とキャッチボールを始める発端になったのは、リビングの暖炉の上に飾られていたバットとグローブだった。
 不審に思った梓が尋ねてみると、父親が高校時代に甲子園出場を果たしたときの記念の品だというのだ。
「お父さん、甲子園に出たの!」
「ああ、そうだよ。もっとも一回戦で敗退しちゃったけれどね」
「ポジションはどこ?」
「投手だったよ」
「すごいなあ」
「一回戦で敗退しちゃったんだよ」
「でも、県大会を勝ち抜いたということじゃない。やっぱりすごいよ」
「まあ、そういうことになるのかな」
 梓、グローブをはめてみる。
「あは、ぶかぶかだ」
「そりゃ、そうさ。投手やるような男の手は大きくなくちゃだめだからね。梓は普通の女の子だから小さいのは当たり前さ」
「ちょっとお父さんの手を見せて」
「うん、お父さんの手かい」
 梓、広げた父親の手の平に自分の手の平を合わせてみる。
「わあ! お父さんのほうが倍くらいおおきい」
「ははは、大人の男だからね」
 梓の白くてしなやかな細い指と、日焼けしたごつくて太い父親の指との違いが一目瞭然であった。
「そうだ! お父さん、梓にグローブ買ってよ」
「グローブをか」
「うん。お父さんとキャッチボールしようと思って」
「キャッチボール?」
「だめ?」
「まあ……梓がどうしてもというならいいけど。梓の手なら、子供用だろうなあ」
「ありがとう、お父さん」
 といって抱きつく梓。
「これこれ、梓」

 というわけで、休日ごとにキャッチボールをはじめたわけである。

 今でこそ仲睦まじい父娘であるが、転落事故以前の父親は、家庭を省みない仕事一途であった。そんな父親不在の寂しさを紛らそうとする梓の意識に、あの不良達につけ込まれる要因があったといえる。
 事故を契機として、娘に変化が現われたのを期に、父親も次第に変わってきていた。キャッチボールしようと、娘の方から歩み寄ってきたり、喜んで抱きついてきたり、父親を尊敬し笑顔を向けるようになったのである。娘とのスキンシップの交流がはじまって、父親の方にも再び愛情が戻ってきた。
 仕事一途の生活から、朝夕は一緒に食事を取るようにもなって、梓との会話が楽しくなっていた。娘がこんなにも可愛くて、いとおしいものだったとは、改めて再認識する父親であった。

 庭に出てキャッチボールをはじめる父と娘。
「お父さん、いくよ」
「よし、こい!」
 父親が片膝ついて梓の投球を受けている。
「お父さん、今度はカーブ投げてみるね」
「いいぞ、来い」
 梓ゆっくりと投球モーションを起こし、下手スローからボールを投げ出す。
 その手から離れたボールは勢いよく父親のグローブに収まる。
「うーん。なかなかいいぞ」
 ボールを返球する父親。
「しかし、梓がここまで上達するとは思わなかったな」
「お父さんのお蔭だよ。それに、お父さんの子供だし」
「そ、そうだけどさあ。やっぱり女の子だもんな、限界は越えられないだろう」
「限界?」
「そうさ。男なら百五十キロの球速も出せるけど、女の子ではせいぜい百二十キロしか出せないからな」

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思いはるかな甲子園~新しい生活~
2021.06.12

思いはるかな甲子園


■ 新しい生活 ■


 夢うつつ。
 暗闇の中で背を向けて座り、何事か一心不乱に行っている浩二。
 と、突然目の前に怪しげな人物登場。
「お主、何をしておる」
「だ、だれ!」
「ほお、おいしそうなフランクフルトであるなあ」
 と自分の股間を見つめている人物。浩二が見てみるとなんといつの間にかフランクフルトがにょっきりとはえているのだ。それもマスタードとケチャップまでたっぷりとかかって。
「どうじゃ、このメロンパン二つと交換せぬか」
「だ、だめです!」
 しかしフランクフルトはいつのまにかその人物の手に渡っていた。
 気がつくと浩二は、女の子である梓の身体になっていて、胸にはメロンパンが二つくっついていたのだ。
「なんじゃ、これはー!」


 というところで梓は、悪夢というべき夢から覚めた。
 目が覚めてもしばし呆然としている梓であったが、ふと気が付いたように自分の身体を確かめはじめた。
 しかしごく普通の女の子の身体に相違なかった。胸は小さめながらも形の良い膨らみと弾力を持っているし、股間には今なお見なれることのできないデルタ地帯が広がっている。
「大丈夫、ごく普通の身体だよね」
 冷汗を拭っている梓。
「しかし、変な夢を見たな。夢かあ……今のこの梓になったことが、本当は浩二がみている夢であって、夢の中でさらに夢をみた……ということはなさそうだなあ。どう考えてもこの梓が現実の世界だよ」
 退院の日から、両親に連れられてこの部屋で暮らすようになって、すでに一ヶ月がたっていた。
 カーテンを通して朝の日差しが、部屋の中に差し込んでいる。
 この部屋は南向きの一番日当りの良いところで、両親が大事な一人娘のために当てがってくれた部屋である。ベッドを降りてカーテンを開き、窓を開けると朝のすがすがしい空気が流れ込んでくる。精いっぱいの背伸びをして新鮮な空気を深呼吸する。
 改めて部屋を見回してみる。
 梓の趣味だろうか、明るい色調のピンク系を主とする壁紙や装飾が部屋を取り囲んでいる。このベッドカバーもカーテンも……あれもこれもみんな以前の梓が選んだものであろうか、十四歳の女の子らしい感性に満ち満ちていた。
 本来なら相入れない感性のはずなのに、なぜかじっくり見つめているとなんだか落ち着いてくるような感じで、もしかしたら自分のどこかに以前の梓が持つ感性が潜在意識という形で残っているのかも知れない。
 感性だけでなく、ちょっとした自分の行動にもまさしく女の子らしい仕草が現れて、びっくりすることがある。たとえば椅子に座るときには意識せずともスカートの乱れを直しながら座っているし、あまつさえ自然に膝を合わせ足を揃えているのだ。いわゆる反射や条件反射とよばれるものに、女の子らしさが顕著に現れているのだ。
 どうやら梓が十四年もの間に渡って身につけてきた癖とか仕草、身体で覚えているものはそう簡単には消え失せないものらしい。これは母親がすでに気づいている通りであった。
 窓の縁に腰かけて、ぼんやりと庭を眺める梓。
 これまでのことを改めて考えなおしてみる。

 退院のおりに、長岡浩二という少年つまり、自分自身の死を告げられていた。


■ 女の子として ■


 あの日。
 転落するも奇跡的に無傷状態の少女。しかし転落のショックでその精神はすでに死亡しており、魂は抜け出てしまっていた。
 そして浩二の方も、コンクリートに後頭部を強打、脳挫傷で脳死状態になった。死亡した身体から魂が遊離し、たまたまそばに転がっていた魂の抜け殻となっていた少女の無傷な身体に乗り移った。

 考え行き着く結論は、やはりそんなところなのだろう。

 梓に生まれ変わったばかりの頃は、浩二の魂と少女の身体が同調しておらず、ほとんど記憶喪失状態であったが、時と共に魂と身体が馴染んでくると、しだいに梓という少女の記憶が呼び起こされてきていた。浩二の魂が入り込んだとはいえ、少女の記憶はそっくり残っているのだ。
 梓の身辺の世話をしてくれている母親とも、最初はぎくしゃくとしたものであったが、記憶が戻り共通体験による話題を語り合えるようになると、しっかりとした母娘関係が築かれていった。
 ただ困った事には、梓の記憶が一つずつ呼び起こされるごとに、浩二だった時の記憶がどんどんと失なわれていくのであった。
 梓の脳神経組織は、女として考え女として行動する、完全な女性脳として形成されている。ゆえに相容れない男性的な意識は、片っ端から切り捨てられているようであった。
 やがては、浩二だった記憶も完全に失せて、すっかり女の子らしい梓になってしまうのだろう。
「そうなるまえにやらなければならないな」
 転落事故に至ったあのスケ番達は、目撃者の証言から逮捕・補導され施設送りとなっており、二度と関わることがないだろう。
 問題は、浩二がやり残したこと……。
「甲子園か……」
 ため息をついて空を仰ぐ梓だった。

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11
思いはるかな甲子園~転落事故~
2021.06.11

思いはるかな甲子園


■ 転落事故 ■


 夏の全国高等学校野球選手権大会、県大会会場。
 球場内から歓声が轟く。
 マウンド上の投手長岡浩二、ガッツポーズをとっている。
 アナウンス室では、金切り声を出して実況中継を行っていた。
『ラストバッターを三振に切って落し、栄進高校とうとう決勝進出を果たしました。なんと優勝候補の筆頭西条学園をノーヒットノーランに押え込んでの偉業達成です。それにしても今大会ノーヒットノーランはこれで三度目という超高校級の怪物投手がこんな無名チームに潜んでいたとは、まったく意外でありました』
『これは明後日の決勝戦、プロも注目の超高校級スラッガー、沢渡選手率いる城東学園高校との試合が楽しみになってまいりましたねえ』
『まったくです。その明後日の試合のプレーボールは午後一時からです。実況中継は、午後十二時五十五分からの放送となります。みなさまご期待ください……』


 とある雑居ビルの屋上。
 フェンス際で震えているセーラー服の少女と、取り囲んでいるがらの悪いスケ番風のグループ。
「お願いです。もう許してください」
 必死の表情で嘆願する少女。
「許せないねえ。あんたが逃げ帰ってくれたおかげで、約束の金が手にはいらなくなったんだ。どうしてくれんでえ」
 リーダー格と思われるスケ番が、少女に歩み寄って話し掛ける。
「他のことならなんでもします。だから……」
「なんでもだとう。女が手っとり早く大金を稼ぐには援交しかないんだよ。いいかい、あたい達には金が必要なんだ。それも至急にさ」
「このかわいい面なら、素敵なおじさまがいくらでも出してくれるんだ」
 と少女の顎をしゃくりあげるようにするスケ番。
「さあ、もういちど。あのホテルに戻るんだ」
「い、いやです。それだけは許してください」
「なんだとお、やさしくしてやりゃあ、つけあがりやがって」
 いきなり少女の胸元を引き裂いてしまうスケ番。ビリッという音とともに少女の胸元があらわになってブラがはみ出す。
「きゃあ!」
 両手ですかさず胸元を隠して、その場にしゃがみこむ少女。涙を瞳に一杯あふれさせている。
「おねがいです……」
「だめだねえ。強引にでも連れていくよ」
「さあ、来るんだよ」
 スケ番、少女の手を取って引き連れていこうとする。
「い、いやあ!」
 スケ番の手を思わず噛んでいる少女。
「いてえ! なにしやがんでえ」
 スケ番、少女を突き飛ばす。
 少女、手摺に激突してそのまま、手摺を乗り越え下へ転落してゆく。
「きゃあーーー」

 落下していく少女。


 街中。
 野球道具を肩に担いだ浩二が、舗道を歩いている。
「あぶない!」
 歩行者の叫び声。
「え?」
 声が掛かればつい本能的に立ち止まってしまうものだ。それがいけなかった。
 屋上から落下してくる少女は、一度ショーウィンドウの天幕でバウンドしてから浩二の頭上を襲った。
 身体ごと当たられてはさしもの屈強の体格をもってしても食い止められるわけがない。追突の衝撃は浩二を跳ね飛ばした。そして、運悪くアスファルトの道路に後頭部を強打して、意識を失ってしまったのだ。
 少女も道路に伏したまま身動きしなかった。


 高校野球県大会会場。
 興奮したアナウンサーの声が、そこここのラジオから流れている。
『打ったあ、これはでかい! 沢渡選手、手ごたえ十分とみてかまったく動きません。ボールの行方を確かめています。逆点の三塁ランナーは、一応タッチアップの態勢です。入ったあ、ホームラン。さよならです。沢渡選手、今やっと一塁へ歩きだしました。そしてしっかりと一塁を踏みしめました』
 球場を紙吹雪が舞っている。
『城東学園高校優勝です』
 飛び出してくる城東学園の選手達。
『あ、たった今。情報が入りました。意識不明の重体が報じられていました栄進高校のエース投手の長居君ですが、午後三時に埼玉医大救急病院にて、亡くなられたそうです』
 グラウンドで泣きくずれる栄進高校のナイン達。応援団の人々も茫然自失状態になっている。
『栄進高校にも知らされたのか、選手達泣いております。試合に敗れエースを失い、なんと慰めていいのか、適当な言葉が浮かんでまいりません』
 グラウンド上、一塁から戻った沢渡、ニュースを聞いて立ち尽くしている。
「長居君……。君と勝負がしたかった」
 マウンドを見つめたまま、ライバルの夭折に胸を傷めていた。
『ノーヒットノーランを達成して決勝まで進んだというのに、転落事故に巻き込まれて亡くなられるなんて……死んでも死に切れないでしょうねえ。ここに謹んでご冥福を祈ります』


■ 生まれ変わり ■


 とある病院の病室。
 ベッドに寝ている少女。
 そのそばで心配そうにしている少女の両親らしき二人。
「うーん」
 少女、目覚める。
 母親気が付く。
「あなた! 梓が気づきましたわ」
「本当か」
「ほら目を開けています」
 朦朧とする中で、心配そうに自分を見つめている見知らぬ男女に気がつく少女。
「梓ちゃん、聞こえる?」
(梓……? なんだ)
「梓、しっかりしろ」
(俺のことをいっているのか……)
 丁度、担当医師が入ってくる。
「先生、梓が、気がつきました」
「どれどれ」
 医師、梓のそばに寄り、脈をとっている。
「梓さん。聞こえますか?」
(また、梓……、俺はいったい……だめだ、頭が痛い)
 再び目蓋を閉じて眠りにつく少女。
「梓ちゃん」
 医師、少女の目蓋を指で開いて、ライトを当てながら瞳孔検査をしている。
「先生……どうですか?」
 医師、振り向いて立ち上がる。
「意識ははっきりしていなかったようですが、もう大丈夫ですよ。すっかり良くなっています。二・三日もすれば起き上がれるほど回復するでしょう」
「本当ですか?」
「はい」
「ありがとうございます」
「あなた……」
 母親、父親の胸に。それをやさしく抱く父親。
「よかった。よかった……」
「高いビルから転落したり飛び降り自殺した人というのは、地面に激突する以前に、墜落の途中で心臓麻痺や脳死によってすでに死んでいると言われます。実際にそれを確かめる方法がないのであくまで推測の域を出ていませんが。ともかく、お嬢さまが仮死状態ながらも、無傷で助かったのはほとんど奇跡といっていいでしょう」

 病室。
 開け放たれた窓のカーテンをそよ風が揺らしている。
 ベッドに起き上がっている少女。
「ここはどこだ?」
 きょろきょろとしている。
 布団をはねのけて、ベッドから降りようとする。
「え?」
 女物のネグリジェを着ている自分に気づく少女。
「あんだ、これは! なんで、女物のネグリジェなんか着てるんだ?」
 さらに胸の膨らみに気がつく。
「こ、これは……」
 そっと胸に手をあてる。
 ぷよぷよとした弾力ある感触が返ってくる。
 そっと胸をはだけてみる。
 豊かとは言えないが少女にはふさわしいほどの胸の膨らみがあった。
「なんで胸があるんだあ」
 合点がいかないようすの少女。
「まさか……」
 下半身に手をあてる少女。
「ない……」
 あまりのショックに声も出ないと言った表情。
 そうなのだ。何を隠そうこの少女の身体には、長岡浩二の精神が乗り移っていたのである。
 自分の身に一体何が起きたのか思い起こそうとしている。
「たしか……」
 やがてビルからの転落事故の記憶が蘇ってくる。
「そうか……上から人が落ちてきたんだ……そして、気がついたらこのベッドの上にいた。しかもこの身体……」

 その時母親が入室してくる。
 あわてて隠れるように布団に入り込む少女。
「梓! 気がついたのね」
「……」
 布団から顔だけを出すようにして、入室してきた人物を見ている。
 母親、少女の枕元にやってくる。
 少女あわてて布団を頭からかぶる。
 緊張して心臓もドキドキ。
「気分はどう? 梓」
 やさしく声をかける母親。
(梓って、いうのか……この身体の主の名前は……そしてこの女性はその母親みたいだな)
 ゆっくりと顔を出す少女、梓。
 にこりと微笑んでいる母親の表情。
「ここはどこ?」
「病院よ。あなたはビルの屋上から転落して、救急車でこの病院に運ばれたのよ」
「病院……」
 母親、梓の額の汗をハンカチで拭ってやっている。
「そうよ。一時は仮死状態にまでなったんだから。でも奇跡的に息を吹き返したの」
「……」
「でもよかったわ、多少の打ち身はあるものの、身体には何の支障もなくって。ビルの一階に張り出された天幕の上に丁度うまい具合に落ちたから、それがクッションの役目を果たしたのね」

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